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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第6章

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 選抜戦5日目。

 各グループの最終順位が確定するこの日は、朝から会場全体が異様な熱気に包まれていた。

 特に観客たちの目当ては、初日から圧倒的な絶望と波乱を見せつけてきた「死のグループ」こと、Aグループの最終戦である。

 絶対王者ルイ・コフィーンの魔術を再び拝めるのか。それとも、ルシア・アルステッドが何か一矢報いるのか。期待に胸を膨らませる生徒たちで、観客席は立錐の余地もないほど埋め尽くされていた。


 だが、その熱狂は、無慈悲なアナウンスによってあっさりと冷や水を浴びせられることとなる。


「――第1試合、ルイ・コフィーン対ルシア・アルステッドの試合ですが、ルシア選手の棄権により、ルイ選手の不戦勝となります!」


 一瞬の静寂の後、会場から「えーっ」という落胆の声と、心無いブーイングがパラパラと巻き起こった。

 無理もない。観客たちは、最高峰の魔術の撃ち合いを期待してここまで足を運んだのだ。戦わずして勝負を降りたルシアに対し、事情を知らない他学年の生徒たちが不満を漏らすのは必然の反応だった。


 しかし、そのブーイングは、続くアナウンスによって急速に萎むこととなる。


「続けて第2試合、ユーゴ・グレイス対アリス・フェンリズの試合ですが……アリス選手が前試合の負傷によりドクターストップとなったため、棄権。ユーゴ選手の不戦勝となります!」


 その言葉に、会場の空気はスンッと冷え切った。

 不満の声を上げていた生徒たちも、口を噤む。彼らの脳裏に、3日目のルイとアリスの試合――あの、1学年トップクラスの火力を誇るアリスが、一歩も動けずに『重力結界グラビティ・フィールド』で地面に叩き伏せられ、ピクリとも動かなくなった凄惨な光景が蘇ったのだ。

「……そりゃ、無理だわな」

「あんなの食らって、たった2日で立てるわけがない」

 誰かがポツリと漏らした同情の声が、現在のAグループの異様さを物語っていた。


 こうして、最も注目を集めていたAグループの最終戦は、誰一人フィールドに姿を現すことなく、あっけなく幕を閉じた。

 全勝で1位通過を決めたルイ・コフィーンと、負傷によるアリスの離脱。そして、合理的な判断で無傷のまま予選敗退を受け入れたルシア。


「……ふぅ。助かった」

 

 今日は誰もいない選手控え室で、ユーゴ・グレイスは深く、深く安堵の息を吐き出していた。

 彼の手は、微かに震えている。

 これで彼の成績は2勝1敗。強豪ひしめく死のグループにおいて、見事「2位通過」で敗者復活戦への切符を手にしたのだ。

 

「正直、1年2位との試合で消耗しきってたし、いくら怪我人とはいえ、あのフェンリズ妹とまともにやり合えばタダじゃ済まなかっただろうからな……」

 

 ユーゴは自嘲気味に笑い、壁に寄りかかった。

 決して誇れる勝ち上がり方ではないかもしれない。だが、あの化け物たちの檻に放り込まれながら、こうして五体満足で次に駒を進められたこと自体が、彼にとっては奇跡のようなものだった。

 

「さて、俺の運もここまでか、それとも……」

 

 ユーゴは、微かに聞こえるBグループの歓声を背に、静かに闘志を燃やし直すのだった。

 



 

 Aグループのあっけない幕切れによる不完全燃焼な空気を吹き飛ばすように、Bグループの試合は白熱していた。


 第3試合、3学年序列4位のクレア・セントールと、2学年序列2位のサリッサ・ピジョルの対決。

 初戦でアリアに秒殺されたサリッサは、名誉挽回とばかりに得意の風魔術で苛烈に攻め立てたが、経験と魔力量で勝るクレアが冷静にそれらを捌き切り、危なげなく勝利を収めた。

 これにより、クレアの2勝1敗での2位通過が確定する。


 そして、会場のボルテージが最高潮に達する中、Bグループの最終戦を告げるアナウンスが響き渡った。


「第4試合! アリア・フェンリズ対ウェルズ・ブランドン!」


 現在、2勝0敗のアリア。対するウェルズは0勝2敗。

 この試合に勝てば、文句なしの全勝でグループ1位通過が確定する。

 東ゲートから現れたアリア・フェンリズの表情は、どこまでも澄み切っていた。

 だが、その足取りには一切の無駄がなく、いつもよりほんの少しだけ速い。彼女の心はすでにこの演習場にはなく、医務室で悔し涙を流しているであろう妹の元へと飛んでいた。

 勝つのは当然。問題は、いかに最短で、タイムロスなくこの舞台から降りるかだ。


 対する西ゲートからは、2学年序列5位のウェルズ・ブランドンが、悲壮な決意を顔に張り付けて登場した。

 すでに予選敗退が確定している身ではある。だが、上級生の意地として、1年生相手に全敗で終わるわけにはいかなかった。


『始め!』

 

 審判の手が振り下ろされた瞬間、ウェルズは咆哮と共に動いた。

 

「うおおおおおっ! 『業炎弾フレア・バースト』!『風刃ウィンド・エッジ』!」

 

 出し惜しみは一切なし。手持ちの魔術を全力で連射し、先手必勝の猛攻を仕掛ける。炎と風の複合魔術が、フィールドを焦がしながらアリアへと殺到した。

 だが。


「……セレスティア」


 アリアの静かな、まるで作業手順を確認するような一言。

 それだけで、世界が「水」に沈んだ。


「――『蒼牙水龍サファイア・ファング・レヴィアタン』」


 空気が急激に冷え、致死量に等しい湿度が演習場を満たす。

 アリアの背後から噴出した莫大な量の水が、瞬く間に巨大な顎と牙を持つ水龍へと形を変えた。

 王級精霊の顕現。

 その圧倒的な質量の前に、ウェルズの放った炎も風も、まるで小石が海に投げ込まれたかのように、一瞬で呑み込まれ、掻き消えた。


「なっ……!?」

 ウェルズが絶望に目を見開く。

 目の前に聳え立つのは、見上げるほどに巨大な蒼き龍。それが放つ「概念圧」だけで、ウェルズの膝は震え、まともに呼吸をすることすら困難になっていた。


「ウェルズ先輩」

 

 水龍を背に従えたまま、アリアは一切の感情を交えずに、凛とした声で告げた。

 

「降参を推奨いたします。この戦闘継続は、互いに無駄な時間を費やすだけかと存じます」


 それは、後輩からの情けなどではない。

 純粋な実力差を正確に測った上で、一秒でも早くこの試合を終わらせたいという彼女の冷徹なまでの「効率化」の提案だった。

 だが、その意図はどうあれ、追い詰められた上級生のプライドを逆撫でするには十分すぎた。


「ふざけるな……! 1年生ふぜいが、上級生を舐めるな!」

 

 ウェルズは血を吐くような声で叫び、残された全魔力を振り絞って構えた。

 

「俺はまだやれる! 『大炎陣ファイア・サークル』――!」


 展開しようとした魔法陣。

 だが、アリアは小さく息を吐き、静かに右腕を振り下ろした。

 その瞳には、手加減という選択肢は微塵も存在していない。


「……そうですか。ならば、全力で」


 ズドォォォォォンッ!!


 鼓膜を破るような轟音と共に、蒼牙水龍がウェルズへと突撃した。

 回避など不可能。防御魔術を張る暇すら与えない。

 巨大な水の塊が、ただ物理的な圧倒的質量となってウェルズを飲み込み、フィールドの端まで一気に押し流した。

 防護結界が激しく明滅し、悲鳴を上げる。

 水が引いた後には、全身ずぶ濡れになり、白目を剥いて完全に気を失ったウェルズの姿だけが残されていた。


「そ、そこまで! 勝者、アリア・フェンリズ!」


 審判の声が響き渡ると同時、会場が割れんばかりの大歓声に包まれる。

 だが、アリアは歓声に応えることもなく、一瞥すらくれずにセレスティアを還した。

 倒れたウェルズに対して事務的な一礼だけを済ませると、すぐさま踵を返し、早足で退場ゲートへと向かっていく。

 全勝、グループ1位通過。

 1年生という枠を遥かに超えた、孤高の「王」の威厳。

 しかし、彼女の頭の中を占めていたのは、勝利の余韻ではなく、待たせている妹の顔だけであった。

 

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