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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第6章

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 選抜戦4日目、第3試合。シオンvsナービィ・ブライト。

 

「始め!」

 

 審判の腕が振り下ろされた瞬間、2学年序列6位のナービィ・ブライトは一切の躊躇なく動いた。


「沈みなさい! 『水神の縛牢アクア・プリズン』!」


 ナービィが杖を振り下ろすと同時、シオンの足元から猛烈な勢いで水柱が噴き上がった。

 彼女は初日のエド戦で見せたような様子見は一切しなかった。相手は「一瞥もせずに3年生を降参させた」得体の知れない1年生。油断など微塵もない、初手からの最大火力による制圧魔術だ。


 四方八方からうねりを上げて迫る水の檻。

 その中心で、シオンは内心ガッツポーズを決めていた。


(素晴らしい! 威力、迫力、申し分なし! これをモロに食らって、派手に場外まで吹き飛べば完璧な「敗北」だ!)

 シオンは抵抗する素振りを一切見せず、ただ両腕をクロスして「防ぎきれなかった」というポーズを作る準備をした。さあ来い、と目を閉じる。


 ――だが、いつまで経っても水の衝撃は来なかった。


「……ん?」

 シオンがそっと薄目を開けると、目の前で信じられない光景が広がっていた。

 自分を押し潰そうと殺到していたはずの大量の水が、シオンの体から数十センチ離れた空中で「ピタリ」と静止していたのだ。まるで、目に見えない巨大なガラスのドームに阻まれているかのように。


『あんな泥水で、あなたが汚れるなんて許せないわ』


 シオンの脳内に、ひどく不機嫌で、けれど甘い声が響いた。

 足元の影。そこに潜むディアナの周囲から、微細な金色の粒子が立ち昇っている。

 

(おいバカ! 何してんだディアナ! 僕は負ける予定なんだよ、バリアを張るな!)

 

『バリアなんて張っていないわよ。ただ、あんな低俗な魔力に触れられるのが不愉快だから、少し「退かした」だけ』


 退かした、という言葉の通りだった。

 シオンに迫っていた水牢は、次の瞬間、パリンッという乾いた音と共に一瞬で蒸発し、ただの霧となって霧散してしまったのだ。


「なっ……!? 防壁も展開せずに、私の魔術を消し飛ばした……!?」

 

 ナービィが驚愕に目を見開く。彼女の目には、シオンが一歩も動かず、魔力を練る素振りすら見せずに上位の魔術を無効化したようにしか見えない。


「ち、違うんです先輩! 今のは僕じゃなくてですね……!」

 

「舐めないで! これならどう!? 『水刃乱舞アクア・カッター』!!」

 

 シオンの言い訳など聞こえていないナービィは、半ばパニックになりながら次々と水魔術を連射する。

 鋭い高水圧の刃が雨あられとシオンに降り注ぐが――そのすべてが、シオンに届く寸前で金色の粒子に触れ、シュウゥゥッという音を立てて消滅していく。


(やめろ! 頼むから一発くらい当たってくれ! 痛いフリするから!)

 

 シオンは必死に水刃に自ら当たりに行こうと体をよじるが、ディアナの完璧な「絶対防御(という名の拒絶)」の前には無意味だった。

 

 端から見れば、シオンは迫り来る致死の魔術の雨を前に、避けることすら面倒くさいと言わんばかりに棒立ちで受け流している「絶対的強者」そのものだ。


「はぁ、はぁっ……嘘、でしょ……?」

 

 数分後。魔力を文字通り「底が尽きる」まで撃ち尽くしたナービィは、肩で激しく息をしながら膝をついた。

 シオンの制服には、水一滴、埃一つついていない。

 あまりの次元の違い。手も足も出ないという絶望。


「わ、私の……負け、です。降参、します……」

 

 ナービィが震える声で告げると、審判が少し遅れてハッと我に返ったように声を張り上げた。


「そ、そこまで! 勝者、シオン!」


 わぁぁぁぁっ! と、会場が今日一番のどよめきに包まれる。

 その歓声の中心で、シオンだけが「どうしてこうなった……」と両手で顔を覆い、天を仰いでいた。



 


「言わんこっちゃないわ。どこが平和的な敗北やねん」

 

 観客席でその光景を一部始終見ていたナギが、引きつった笑いを浮かべながら隣の二人を見た。

 

「ああ。言っていたな。だが現実を見ろ。一歩も動かず、魔術を撃つこともなく、2年生の上位ランカーを精神的にへし折って完封したぞ」

 

 エルドが頭を抱えながら溜息を吐く。


「シオン君、防壁の術式展開すらしていませんでしたよ……」

 

 ミナは手元のノートを見つめながら、信じられないものを見たというように震える声で分析を口にする。

 

「水がシオン君を避けていった……いえ、触れる前に魔力そのものが『消滅』させられていたように見えました。あんな現象、どの文献にも載っていません。規格外すぎます」


「ほんま、どこが平和やねん。一番目立っとるわ!」

 

 ナギの的確すぎるツッコミが、ざわめく観客席の空気に溶けて消えた。

 無名の1年生が見せた、圧倒的で不気味なほどの防御力。これでシオン・グループFにおける首位通過は、誰の目にも疑いようのない事実として刻み込まれてしまったのだ。



 ◆

 


 シオンの異常な勝利の余韻が冷めやらぬ中、続いてグループFの第4試合が行われた。

 対戦カードは、3学年序列6位のタルマ・ネウギ対、1学年序列8位のエド。


(あいつのヤバさは身に染みてわかった。だが、相手が普通の1年生なら話は別だ。ここで確実に白星を拾って、なんとか2位通過に望みを繋ぐ……!)

 

 初戦でシオンに戦わずして降参するという屈辱を味わったタルマは、名誉挽回とばかりに開始前から重厚な土の魔力を練り上げ、気合をみなぎらせていた。


 対する西ゲートから現れたエドは、いつも通りの特徴のない顔に、人懐っこい笑みを浮かべて定位置についた。


『始め!』

 

 審判の合図と共に、タルマが先手を取る。

 

「『土弾ロック・バレット』!」

 

 牽制としては十分な威力を持つ岩の弾丸が、エドに向けて放たれた。エドはそれを慌てたような、しかし無駄のないステップでヒョイッと避ける。


「わわっ、危ないなぁ。やっぱり3年生の先輩はすごい迫力だ」

 エドはにこりと笑ったまま、パンッと両手を軽く叩き合わせた。

 そして、魔術を打ち返すこともなく、あっけらかんとした声で宣言する。


「うーん、僕じゃあ先輩の強固な防御は抜けそうにないや。降参しまーす!」


「……は?」

 

 気合を入れて次弾の詠唱に入ろうとしていたタルマは、肩透かしを食らって間抜けな声を漏らした。

 審判も一瞬戸惑ったが、本人が明確に降伏の意志を示した以上、試合を止めるしかない。


「し、勝者、タルマ・ネウギ!」

 

 呆気ない幕切れに、観客席からはまばらな拍手が起きる。

 

「ありがとうございましたー」

 

 エドはタルマに軽く一礼すると、悔しがる素振りも見せずに、のんきな足取りで退場ゲートへと向かっていった。


 これでエドは2連敗。グループ予選敗退がほぼ確実となったはずだが、その背中には焦りも絶望も一切ない。

 ただ、目立たず、騒がれず、ひっそりと「敗者」という安全圏に紛れ込んでいく。

 奇しくもそれは、シオンが最も望んでいた完璧な「敗北計画」の体現でもあった。

 

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