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アリア・フェンリズの圧勝劇によって、会場の空気は奇妙なものになっていた。
熱狂よりも、困惑に近い。
「1年生が強すぎる」のか、それとも「2年生が弱すぎる」のか。
その答え合わせをするように、Bグループ2試合目の第4試合が始まった。
3学年序列4位、クレア・セントール対、2学年序列5位、ウェルズ・ブランドン。
「くそっ、なんで当たらないんだよ!?」
フィールドでは、ウェルズが必死の形相で魔術の連射していた。
だが、対するクレアは優雅な身のこなしで、そのすべてを躱していく。
「遅いわね。去年の私でも余裕だったんじゃないかしら?」
クレアが弓を引き絞る。放たれた光の矢は正確無比にウェルズの杖を弾き飛ばし、次弾で彼の防御障壁を貫いた。
勝負あり。
一方的な展開だった。
「……やはり、2年生は不作の世代か」
「上位ランカーがこれじゃあな」
観客席のあちこちから、そんな失望の声が漏れ聞こえる。
そんな空気の中、第5試合のアナウンスが流れた。
「第5試合!シュナ対アストラ・ノーグ!」
◆
フィールドの西側ゲートから、飄々とした足取りで少年が現れる。
1学年序列4位、アストラ・ノーグ。
ポケットに手を突っ込み、緊張を感じさせないその姿はアリス・フェンリズとの序列戦を思い起こさせた。
(……へぇ。2年の先輩方、ボロボロっすね)
アストラは内心で舌を出す。
サリッサがアリアに秒殺され、ウェルズもクレアに手も足も出なかった。
つまり、2年生のレベルは想定よりも低い。
対戦相手であるシュナは2学年1位だが、所詮は「不作の世代」のトップだ。
「だけど、そう上手くはいかないっすよね。手は抜くつもりはないっすけど」
アストラは脳内で盤面を構築する。
相手の情報は水属性を派生させた『氷属性』であること以外、ほとんどない。去年の選抜戦の情報もなければ、世界大会は辞退しているらしい。
だが、王級のアリスとやりあえたこと。その後、あの戦いを分析しきり、今の自分なら勝てるという自信が2学年1位を前にしても確かにあった。
アストラが軽い調子で審判に会釈する。
その周囲に、三つの影が同時に浮かび上がった。
紫電を纏う【狼】。
暴風を操る【鷹】。
鋼鉄の【巨兵】。
異なる属性を持つ三体の精霊の召喚準備を行う。
彼の代名詞とも言える『盤面支配』の布陣だ。
アリスとの模擬戦で見せた、三位一体の連携。それを初手から展開するつもりだ。
(相手は氷。なら、巨兵を盾にして射線を切りつつ、狼の雷速で死角を突く。鷹は上空からの遊撃。完璧な布陣っすね)
勝利の計算式はすでに頭の中で組み上がっていた。
彼は中央から一歩も動かず、ただ「処理」するように勝つ。それが彼のスタイルであり、矜持だ。
対する東側ゲート。
静寂と共に、少女が現れた。
2学年序列1位、シュナ。
白銀の髪、色素の薄い瞳。
彼女がフィールドに足を踏み入れた瞬間、会場の空調が一気に冷えたような錯覚を覚える。
「……うわ、寒っ。審判さん、空調壊れてるんじゃないっすか?」
アストラが軽口を叩くが、シュナは反応しない。
無表情のまま、ただ静かにアストラを見つめている。
武器も構えない。精霊も出さない。
ただ、そこに「在る」だけ。
『始め!』
審判の合図。
アストラは即座に思考を切り替える。
相手が動かないなら、こちらから盤面を制圧するまでだ。
「んじゃ、こちらからいかせてもらうっすよ。――制圧だ」
アストラの目が鋭くなる。
指先一つ動かさず、思考のみで精霊たちを操る。
巨兵が地面を砕いて突進する。氷魔術を防ぐための壁役。
同時に、狼が紫電を撒き散らしながら右翼へ展開し、シュナの視界の外へ回る。
上空からは鷹が風の刃を生成し、逃げ道を塞ぐ。
三方向からの同時攻撃。
巨兵の殴打、紫電の誘導、風刃の追撃。
回避ルートを塞ぎ、防御を強要させ、その隙を狩る必勝の陣形。
(どう動く?防御壁を張るか?なら狼の雷撃が通る。回避行動を取るか?なら風刃の餌食だ)
アストラの脳内で、勝利へのルートが無数に分岐し、その全てが「詰み」へと収束していく。
完璧だ。
この世代のトップ相手に、自分の計算が通用する。
だが。
「……邪魔」
シュナが、小さく呟いた。
彼女の白く細い指先が、わずかに持ち上がる。
精霊の魔力も感じない。陣の展開もない。詠唱もない。
ただ、世界への命令だけがあった。
硬質な音が響いた。
次の瞬間、アストラの視界が「白」に埋め尽くされた。
「……は?」
思考が停止する。
目の前の光景が、理解できない。
正面から突っ込んでいた巨兵が、その巨体ごと巨大な氷柱に貫かれ、串刺しになって停止していた。
だが、異常なのはそれだけではない。
右翼を走っていた狼。
実体のないエネルギー体であるはずの紫電を纏ったまま、空中で「凍りついて」いた。
雷光が、氷の中に閉じ込められている。
上空の鷹。
放たれた風の刃ごと、空中で氷像となって落下し、地面で砕け散った。
一瞬。
たった一瞬で、アストラの完璧に造られた盤面が、氷の芸術作品へと変えられていた。
「な、んで……雷も、風も……実体のない魔力っすよ……!?」
アストラの手が震える。
物理的な実体を持つ巨兵ならともかく、雷や風といったエネルギー体までもが凍結している。
物理法則を無視した、概念的な『停止』。
計算など及ばない、理不尽な現実改変。
「……もういい?」
シュナが、つまらなそうに吐き捨てる。
彼女は一歩も動いていない。
アストラが得意とする「動かずして勝つ」スタイル。だが、その格が違いすぎた。
アストラが「計算」で盤面を支配するなら、シュナは「理不尽」で世界そのものを支配している。
「く、そ……っ!また足りないのか!」
アストラが叫ぶ。
慢心は無い。恐怖が思考を加速させる。
(一度精霊の実体化を解いて、再度展開させれば――」
「……もういいって聞いてるんだけど?」
シュナがアストラを見た。
ただ、視線を向けただけ。
ゾクリ、と。
アストラの心臓が、冷たい手で鷲掴みにされたように跳ねた。
アストラの周囲の地面から、無数の氷の槍が隆起した。
それは攻撃ではなかった。
彼を中心に、ドーム状に氷が組み上がり、瞬く間に「檻」を形成していく。
「あ、あ……!?」
逃げ場はない。
氷の檻に閉じ込められたアストラは、外界から隔絶された。
檻の中は、絶対零度の地獄だ。
吐く息が凍り、まつ毛が白く染まる。思考すらも鈍るほどの極寒。
氷の鏡面越しに見えるシュナは、まるで氷像のように美しく、そして冷酷だった。
「……降参しないと、永遠にそこで眠ることになる」
死刑宣告。
アストラの膝が笑う。
計算? 相性? 盤面整理?
そんなものが通用する相手ではない。
これは、天災だ。
「こ、こう……参……降参っす……!!」
震える声で、アストラは敗北を認めた。
プライドも計算も、すべてが凍りついて砕け散った瞬間だった。
「勝者、シュナ!」
審判の声と共に、シュナが指を鳴らすと、氷の檻は霧散した。
へたり込み、ガタガタと震えるアストラ。
会場は静まり返っていた。
2年生は不作?弱い?
違う。
他の2年生が弱く見えるほど、この『氷の魔女』だけが規格外の化け物なのだ。
「……えぐいな」
観客席で、シオンが顔を引きつらせる。
隣のナギも、青ざめた顔で頷く。
「アストラ、息しとるか? あれはトラウマもんやで……」
「明日は我が身、か……」
アストラの自信を粉砕し、2年生の「王」としての絶望的な実力を見せつけたシュナ。
シオンは自らの首筋に冷たいものを感じながら、明日の自分の試合に目をやるのだった。




