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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第6章

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 アリア・フェンリズの圧勝劇によって、会場の空気は奇妙なものになっていた。

 熱狂よりも、困惑に近い。

「1年生が強すぎる」のか、それとも「2年生が弱すぎる」のか。


 その答え合わせをするように、Bグループ2試合目の第4試合が始まった。

 3学年序列4位、クレア・セントール対、2学年序列5位、ウェルズ・ブランドン。


「くそっ、なんで当たらないんだよ!?」


 フィールドでは、ウェルズが必死の形相で魔術の連射していた。

 だが、対するクレアは優雅な身のこなしで、そのすべてを躱していく。


「遅いわね。去年の私でも余裕だったんじゃないかしら?」


 クレアが弓を引き絞る。放たれた光の矢は正確無比にウェルズの杖を弾き飛ばし、次弾で彼の防御障壁を貫いた。


 勝負あり。


 一方的な展開だった。


「……やはり、2年生は不作の世代か」

「上位ランカーがこれじゃあな」


 観客席のあちこちから、そんな失望の声が漏れ聞こえる。

 そんな空気の中、第5試合のアナウンスが流れた。


「第5試合!シュナ対アストラ・ノーグ!」



 フィールドの西側ゲートから、飄々とした足取りで少年が現れる。

 

 1学年序列4位、アストラ・ノーグ。

 ポケットに手を突っ込み、緊張を感じさせないその姿はアリス・フェンリズとの序列戦を思い起こさせた。


(……へぇ。2年の先輩方、ボロボロっすね)


 アストラは内心で舌を出す。

 サリッサがアリアに秒殺され、ウェルズもクレアに手も足も出なかった。

 つまり、2年生のレベルは想定よりも低い。

 

 対戦相手であるシュナは2学年1位だが、所詮は「不作の世代」のトップだ。


「だけど、そう上手くはいかないっすよね。手は抜くつもりはないっすけど」


 アストラは脳内で盤面を構築する。

 相手の情報は水属性を派生させた『氷属性』であること以外、ほとんどない。去年の選抜戦の情報もなければ、世界大会は辞退しているらしい。

 だが、王級のアリスとやりあえたこと。その後、あの戦いを分析しきり、今の自分なら勝てるという自信が2学年1位を前にしても確かにあった。


 アストラが軽い調子で審判に会釈する。

 その周囲に、三つの影が同時に浮かび上がった。


 紫電を纏う【狼】。

 暴風を操る【鷹】。

 鋼鉄の【巨兵】。


 異なる属性を持つ三体の精霊の召喚準備を行う。

 彼の代名詞とも言える『盤面支配』の布陣だ。

 アリスとの模擬戦で見せた、三位一体の連携。それを初手から展開するつもりだ。


(相手は氷。なら、巨兵を盾にして射線を切りつつ、狼の雷速で死角を突く。鷹は上空からの遊撃。完璧な布陣っすね)


 勝利の計算式はすでに頭の中で組み上がっていた。

 彼は中央から一歩も動かず、ただ「処理」するように勝つ。それが彼のスタイルであり、矜持だ。


 対する東側ゲート。

 静寂と共に、少女が現れた。


 2学年序列1位、シュナ。

 白銀の髪、色素の薄い瞳。

 彼女がフィールドに足を踏み入れた瞬間、会場の空調が一気に冷えたような錯覚を覚える。


「……うわ、寒っ。審判さん、空調壊れてるんじゃないっすか?」


 アストラが軽口を叩くが、シュナは反応しない。

 無表情のまま、ただ静かにアストラを見つめている。

 武器も構えない。精霊も出さない。

 ただ、そこに「在る」だけ。


『始め!』


 審判の合図。

 アストラは即座に思考を切り替える。

 相手が動かないなら、こちらから盤面を制圧するまでだ。


「んじゃ、こちらからいかせてもらうっすよ。――制圧だ」


 アストラの目が鋭くなる。

 指先一つ動かさず、思考のみで精霊たちを操る。


 巨兵が地面を砕いて突進する。氷魔術を防ぐための壁役。

 同時に、狼が紫電を撒き散らしながら右翼へ展開し、シュナの視界の外へ回る。

 上空からは鷹が風の刃を生成し、逃げ道を塞ぐ。


 三方向からの同時攻撃。

 巨兵の殴打、紫電の誘導、風刃の追撃。

 回避ルートを塞ぎ、防御を強要させ、その隙を狩る必勝の陣形。


(どう動く?防御壁を張るか?なら狼の雷撃が通る。回避行動を取るか?なら風刃の餌食だ)


 アストラの脳内で、勝利へのルートが無数に分岐し、その全てが「詰み」へと収束していく。

 

 完璧だ。

 この世代のトップ相手に、自分の計算が通用する。


 だが。


「……邪魔」


 シュナが、小さく呟いた。

 彼女の白く細い指先が、わずかに持ち上がる。

 精霊の魔力も感じない。陣の展開もない。詠唱もない。

 ただ、世界への命令だけがあった。


 硬質な音が響いた。

 次の瞬間、アストラの視界が「白」に埋め尽くされた。


「……は?」


 思考が停止する。

 目の前の光景が、理解できない。


 正面から突っ込んでいた巨兵が、その巨体ごと巨大な氷柱に貫かれ、串刺しになって停止していた。

 だが、異常なのはそれだけではない。


 右翼を走っていた狼。

 実体のないエネルギー体であるはずの紫電を纏ったまま、空中で「凍りついて」いた。

 雷光が、氷の中に閉じ込められている。


 上空の鷹。

 放たれた風の刃ごと、空中で氷像となって落下し、地面で砕け散った。


 一瞬。

 たった一瞬で、アストラの完璧に造られた盤面が、氷の芸術作品へと変えられていた。


「な、んで……雷も、風も……実体のない魔力っすよ……!?」


 アストラの手が震える。

 物理的な実体を持つ巨兵ならともかく、雷や風といったエネルギー体までもが凍結している。

 物理法則を無視した、概念的な『停止』。

 計算など及ばない、理不尽な現実改変。


「……もういい?」


 シュナが、つまらなそうに吐き捨てる。

 彼女は一歩も動いていない。

 アストラが得意とする「動かずして勝つ」スタイル。だが、その格が違いすぎた。

 アストラが「計算」で盤面を支配するなら、シュナは「理不尽」で世界そのものを支配している。


「く、そ……っ!また足りないのか!」


 アストラが叫ぶ。

 慢心は無い。恐怖が思考を加速させる。


 (一度精霊の実体化を解いて、再度展開させれば――」


「……もういいって聞いてるんだけど?」


 シュナがアストラを見た。

 ただ、視線を向けただけ。


 ゾクリ、と。

 アストラの心臓が、冷たい手で鷲掴みにされたように跳ねた。


 アストラの周囲の地面から、無数の氷の槍が隆起した。

 それは攻撃ではなかった。

 彼を中心に、ドーム状に氷が組み上がり、瞬く間に「檻」を形成していく。


「あ、あ……!?」


 逃げ場はない。

 氷の檻に閉じ込められたアストラは、外界から隔絶された。

 檻の中は、絶対零度の地獄だ。

 吐く息が凍り、まつ毛が白く染まる。思考すらも鈍るほどの極寒。


 氷の鏡面越しに見えるシュナは、まるで氷像のように美しく、そして冷酷だった。


「……降参しないと、永遠にそこで眠ることになる」


 死刑宣告。

 アストラの膝が笑う。

 計算? 相性? 盤面整理?

 そんなものが通用する相手ではない。

 これは、天災だ。


「こ、こう……参……降参っす……!!」


 震える声で、アストラは敗北を認めた。

 プライドも計算も、すべてが凍りついて砕け散った瞬間だった。


「勝者、シュナ!」


 審判の声と共に、シュナが指を鳴らすと、氷の檻は霧散した。

 へたり込み、ガタガタと震えるアストラ。

 会場は静まり返っていた。


 2年生は不作?弱い?

 違う。

 他の2年生が弱く見えるほど、この『氷の魔女』だけが規格外の化け物なのだ。


「……えぐいな」


 観客席で、シオンが顔を引きつらせる。

 隣のナギも、青ざめた顔で頷く。


「アストラ、息しとるか? あれはトラウマもんやで……」

 

「明日は我が身、か……」


 アストラの自信を粉砕し、2年生の「王」としての絶望的な実力を見せつけたシュナ。

 シオンは自らの首筋に冷たいものを感じながら、明日の自分の試合に目をやるのだった。

 

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