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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第6章

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 絶対王者ルイ・コフィーンが去った後も、会場のどよめきは収まっていなかった。

 あまりにも異質な強さ。精霊使いという概念を超えた理不尽な暴力。

 その余韻が冷めやらぬ中、厳粛に第3試合のアナウンスが告げられる。


「第3試合!アリア・フェンリズ対サリッサ・ピジョル!」


 グループBの初戦。

 フィールドの東側ゲートから姿を現したのは、1学年序列1位、アリア・フェンリズ。

 凛とした佇まいで歩くその姿は、先ほどの試合で敗北した妹・アリスとは対照的に、静かな湖面のような落ち着きを払っていた。


 対する西側ゲートからは、2学年序列2位、サリッサ・ピジョルが登場する。

 煌びやかな装飾が施された鉄扇を手に、観客席へ愛想を振りまく余裕を見せる。

 彼女もまた、昨年の選抜戦で本戦出場争いをした実績を持つ実力者だ。


「……アリアの相手、2年の2位か」


 シオンが手元の資料に目を落とす。

 サリッサ・ピジョル。風属性の上級契約者であり、精霊魔力行使による魔術を使った広範囲制圧と、風による斬撃を得意とする技巧派だという。

 

 魔力量の数値だけ見れば、1年生のアリアよりも上回っている。上級と王級とで契約精霊では差があるものの、経験の差を考えれば、決して侮れない相手だ。


「あらあら、新入生のトップちゃん?さっきの妹さんは残念だったわねぇ」


 フィールド中央で対峙したサリッサが、扇を口元に当てて挑発的に微笑む。

 その全身からは、鋭い風の魔力が立ち昇っている。決して口だけではない。肌を刺すようなプレッシャーは、確かに学年2位の座にふさわしいものだ。


「……世間話をしに来たわけではありません。先輩もそうでしょう?」


 対するアリアは、冷ややかだった。

 彼女の周囲に、清冽な水の魔力が漂い始める。

 静かだが、底が見えない深い海のような重圧。

 妹の敗北に動じている様子はない。ただ、その碧眼には「勝利」への渇望だけが宿っている。


「生意気ね……!1年の差を教えてあげるわ!」


『始め!』


 開始の合図と共に、サリッサが動いた。

 懐からもう一本扇を取り出し、双扇の構えを取る。

 その2本の扇を振るうと、不可視の風が刃となり、アリアの周囲を包囲した。


「切り刻みなさい、『双嵐のツイン・ストーム』!」

 

 左右からアリアを挟み撃ちにする巨大な二つの竜巻が発生した。

 ただの風ではない。その内部には無数の真空刃が乱舞しており、触れるものすべてを細切れにする。

 石畳が削り取られ、轟音と共にアリアへと迫る。


「……なるほど。流石は2年生の上位といったところでしょうか……ですが――」


 アリアは冷静に分析する。

 魔法の構成速度、威力、制御。どれをとっても一級品だ。まともに食らえば、身体強化ごと肉体を削ぎ落とされるだろう。


「セレスティア」


 アリアは一歩も動かず、相棒を呼び出す。

 回避行動も取らず、防御魔法も展開しない。


 ただ、静かに目の前の風に手をかざす。


「『蒼牙水龍サファイア・ファング・レヴィアタン』」


 大気が震えた。

 アリアの背後で魔力が渦となって溢れだし、そこから莫大な量の水に形状変化する。

 それは瞬く間に形を成し、巨大な顎を持つ蒼き水龍へと変貌する。

 

 アリアが契約する水王級精霊『セレスティア』の魔力による一撃。

 

 その魔力の塊はサリッサの風を外側から覆い尽くす。


「なっ……!?」


 サリッサの表情が凍りつく。


「まずは一撃、様子見です」


 アリアが腕を振り下ろす。

 その動作に呼応し、蒼き水龍が咆哮を上げながら突撃した。


 激突。

 サリッサの全力である『双嵐の舞』が、水龍の巨体に飲み込まれた。

 風が水を巻き上げるか、水が風を押し潰すか。

 本来、風と水は相性差がない。そのため、純粋な火力での勝負となる。


 全力の上級、小手調べの王級。


 現実は残酷だ。

 そこにあったのは、圧倒的な「質量」の差。

 水溜りの水に息を吹きかけても弾き飛ばせるが、津波に向かって息を吹いても意味がないのと同じだ。


「嘘、でしょ……!? 私の風が……!」


 サリッサの絶叫。

 竜巻は一瞬で霧散し、行き場を失った大量の水流が、そのままサリッサへと襲いかかる。


「きゃぁぁぁぁぁっ!?」


 トラックが衝突したかのような衝撃音。

 サリッサは慌てて多重の風の障壁を展開したが、水龍の牙はその全てを紙屑のように食い破った。

 彼女の体は水流に飲まれ、木の葉のように舞い、闘技場の壁に激しく叩きつけられた。


「……ッ!」


 水が引いていく。

 後に残ったのは、水浸しになったフィールドと、壁際でぐったりとして動かないサリッサの姿だけだった。


「……あら?」


 アリアが意外そうに眉をひそめ、少し首を傾げた。

 彼女としては、相手がこれを防ぐか、あるいは回避したところに追撃を入れる予定だったのだろう。

 あくまで「初手」のつもりだった。

 だが、サリッサは起き上がることができない。それどころか、ピクリとも動く気配もない。


「……終わりですか?」


 アリアが審判を見る。

 審判も一瞬呆気にとられていたが、慌ててサリッサの元へ駆け寄り、その状態を確認する。


「し、勝者、アリア・フェンリズ!」


 あっけない幕切れ。

 会場からはどよめきが起こるが、それは熱狂というより困惑に近かった。


「……おいおい、マジかよ」


 観客席で、エルドが呆然と呟く。


「アリアが強いのは知ってたが……まさか2年のナンバー2が、一発でのされるとはな」


「アリア、加減間違えたんちゃうか?」


 ナギの指摘通りだ。

 アリア自身も、少し不完全燃焼な顔をして、一礼だけして退場していく。

 

 全力すら出していない。汗一つかいていない。

 ただ水を放ったら、相手が勝手に沈んだ。そんな印象すら受ける試合だった。


「……噂に聞いた程度ですが」


 ミナが何かに気づいたように言葉を紡ぐ。

 

「アリアさんが強すぎるのもありますけど……2年生のレベルそれほど高くないとの前情報もあります」


「……あり得るな」


 エルドが腕を組む。

 2年生は『不作の世代』と言われている。

 だが、ここまで差があるとは。序列2位であの有様だ。

 1年生のトップ層、特に王級契約者達が異常に強いというのもあるが、それを差し引いても2年生の上位層の脆さが際立っている。


「これなら、この後のアストラ君もワンチャンあるかもしれませんね」


 ミナが希望的観測を述べる。

 グループC。アリア達の戦いの1つ後はアストラ・ノーグ対2学年1位のシュナの戦いである。

 

 2位のサリッサが、1年生のアリアにあっさり負けたのだ。

 1位といえど、所詮は「不作の世代」のトップ。

 アストラも腐っても1学年4位の実力者で、アリスとも互角に戦っている。いい勝負になるかもしれない――いや、勝てるかもしれない。

 会場の1年生達はアストラへの期待へと傾き始めていた。


「……寒いな」


 シオンが身震いをした。

 空調が壊れたわけではない。

 フィールドの気温が、物理的に急激に下がっていたのだ。

 アリアの水魔法による湿気すらも、一瞬にして凍てつくほどの冷気。


 『不作の世代』における唯一の例外。

 2学年序列1位、『氷の魔女』シュナが、静かに準備を進めていた。

 

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