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絶対王者ルイ・コフィーンが去った後も、会場のどよめきは収まっていなかった。
あまりにも異質な強さ。精霊使いという概念を超えた理不尽な暴力。
その余韻が冷めやらぬ中、厳粛に第3試合のアナウンスが告げられる。
「第3試合!アリア・フェンリズ対サリッサ・ピジョル!」
グループBの初戦。
フィールドの東側ゲートから姿を現したのは、1学年序列1位、アリア・フェンリズ。
凛とした佇まいで歩くその姿は、先ほどの試合で敗北した妹・アリスとは対照的に、静かな湖面のような落ち着きを払っていた。
対する西側ゲートからは、2学年序列2位、サリッサ・ピジョルが登場する。
煌びやかな装飾が施された鉄扇を手に、観客席へ愛想を振りまく余裕を見せる。
彼女もまた、昨年の選抜戦で本戦出場争いをした実績を持つ実力者だ。
「……アリアの相手、2年の2位か」
シオンが手元の資料に目を落とす。
サリッサ・ピジョル。風属性の上級契約者であり、精霊魔力行使による魔術を使った広範囲制圧と、風による斬撃を得意とする技巧派だという。
魔力量の数値だけ見れば、1年生のアリアよりも上回っている。上級と王級とで契約精霊では差があるものの、経験の差を考えれば、決して侮れない相手だ。
「あらあら、新入生のトップちゃん?さっきの妹さんは残念だったわねぇ」
フィールド中央で対峙したサリッサが、扇を口元に当てて挑発的に微笑む。
その全身からは、鋭い風の魔力が立ち昇っている。決して口だけではない。肌を刺すようなプレッシャーは、確かに学年2位の座にふさわしいものだ。
「……世間話をしに来たわけではありません。先輩もそうでしょう?」
対するアリアは、冷ややかだった。
彼女の周囲に、清冽な水の魔力が漂い始める。
静かだが、底が見えない深い海のような重圧。
妹の敗北に動じている様子はない。ただ、その碧眼には「勝利」への渇望だけが宿っている。
「生意気ね……!1年の差を教えてあげるわ!」
『始め!』
開始の合図と共に、サリッサが動いた。
懐からもう一本扇を取り出し、双扇の構えを取る。
その2本の扇を振るうと、不可視の風が刃となり、アリアの周囲を包囲した。
「切り刻みなさい、『双嵐の舞』!」
左右からアリアを挟み撃ちにする巨大な二つの竜巻が発生した。
ただの風ではない。その内部には無数の真空刃が乱舞しており、触れるものすべてを細切れにする。
石畳が削り取られ、轟音と共にアリアへと迫る。
「……なるほど。流石は2年生の上位といったところでしょうか……ですが――」
アリアは冷静に分析する。
魔法の構成速度、威力、制御。どれをとっても一級品だ。まともに食らえば、身体強化ごと肉体を削ぎ落とされるだろう。
「セレスティア」
アリアは一歩も動かず、相棒を呼び出す。
回避行動も取らず、防御魔法も展開しない。
ただ、静かに目の前の風に手をかざす。
「『蒼牙水龍』」
大気が震えた。
アリアの背後で魔力が渦となって溢れだし、そこから莫大な量の水に形状変化する。
それは瞬く間に形を成し、巨大な顎を持つ蒼き水龍へと変貌する。
アリアが契約する水王級精霊『セレスティア』の魔力による一撃。
その魔力の塊はサリッサの風を外側から覆い尽くす。
「なっ……!?」
サリッサの表情が凍りつく。
「まずは一撃、様子見です」
アリアが腕を振り下ろす。
その動作に呼応し、蒼き水龍が咆哮を上げながら突撃した。
激突。
サリッサの全力である『双嵐の舞』が、水龍の巨体に飲み込まれた。
風が水を巻き上げるか、水が風を押し潰すか。
本来、風と水は相性差がない。そのため、純粋な火力での勝負となる。
全力の上級、小手調べの王級。
現実は残酷だ。
そこにあったのは、圧倒的な「質量」の差。
水溜りの水に息を吹きかけても弾き飛ばせるが、津波に向かって息を吹いても意味がないのと同じだ。
「嘘、でしょ……!? 私の風が……!」
サリッサの絶叫。
竜巻は一瞬で霧散し、行き場を失った大量の水流が、そのままサリッサへと襲いかかる。
「きゃぁぁぁぁぁっ!?」
トラックが衝突したかのような衝撃音。
サリッサは慌てて多重の風の障壁を展開したが、水龍の牙はその全てを紙屑のように食い破った。
彼女の体は水流に飲まれ、木の葉のように舞い、闘技場の壁に激しく叩きつけられた。
「……ッ!」
水が引いていく。
後に残ったのは、水浸しになったフィールドと、壁際でぐったりとして動かないサリッサの姿だけだった。
「……あら?」
アリアが意外そうに眉をひそめ、少し首を傾げた。
彼女としては、相手がこれを防ぐか、あるいは回避したところに追撃を入れる予定だったのだろう。
あくまで「初手」のつもりだった。
だが、サリッサは起き上がることができない。それどころか、ピクリとも動く気配もない。
「……終わりですか?」
アリアが審判を見る。
審判も一瞬呆気にとられていたが、慌ててサリッサの元へ駆け寄り、その状態を確認する。
「し、勝者、アリア・フェンリズ!」
あっけない幕切れ。
会場からはどよめきが起こるが、それは熱狂というより困惑に近かった。
「……おいおい、マジかよ」
観客席で、エルドが呆然と呟く。
「アリアが強いのは知ってたが……まさか2年のナンバー2が、一発でのされるとはな」
「アリア、加減間違えたんちゃうか?」
ナギの指摘通りだ。
アリア自身も、少し不完全燃焼な顔をして、一礼だけして退場していく。
全力すら出していない。汗一つかいていない。
ただ水を放ったら、相手が勝手に沈んだ。そんな印象すら受ける試合だった。
「……噂に聞いた程度ですが」
ミナが何かに気づいたように言葉を紡ぐ。
「アリアさんが強すぎるのもありますけど……2年生のレベルそれほど高くないとの前情報もあります」
「……あり得るな」
エルドが腕を組む。
2年生は『不作の世代』と言われている。
だが、ここまで差があるとは。序列2位であの有様だ。
1年生のトップ層、特に王級契約者達が異常に強いというのもあるが、それを差し引いても2年生の上位層の脆さが際立っている。
「これなら、この後のアストラ君もワンチャンあるかもしれませんね」
ミナが希望的観測を述べる。
グループC。アリア達の戦いの1つ後はアストラ・ノーグ対2学年1位のシュナの戦いである。
2位のサリッサが、1年生のアリアにあっさり負けたのだ。
1位といえど、所詮は「不作の世代」のトップ。
アストラも腐っても1学年4位の実力者で、アリスとも互角に戦っている。いい勝負になるかもしれない――いや、勝てるかもしれない。
会場の1年生達はアストラへの期待へと傾き始めていた。
「……寒いな」
シオンが身震いをした。
空調が壊れたわけではない。
フィールドの気温が、物理的に急激に下がっていたのだ。
アリアの水魔法による湿気すらも、一瞬にして凍てつくほどの冷気。
『不作の世代』における唯一の例外。
2学年序列1位、『氷の魔女』シュナが、静かに準備を進めていた。




