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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第1章

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6


『ねぇ、アナタなんで私を使わなかったの?』


「……いや、使えるわけないだろ」


 少年がベッドから身を起こすより先に、いつもの声が飛んできた。

 部屋には彼――シオンしかいない。だがその声は、空気の振動ではなく、心の奥底へ直接滑り込んでくる。勝手気ままで、妙に楽しげな、艶のある“女の声”だ。


『昨日の検査、見てて飽きなかったわよ。あんな派手な壊れ方するのね』


「壊したつもりはない。……事故だ」


『でも結果として壊れたわ。あ、別に責めてるわけじゃないのよ? 面白かったって話。人間の作る玩具が、あんな風に火を噴くなんて知らなかったもの』


「僕は面白くない。……あれ、弁償かな」


 シオンは重い溜息とともに布団を跳ね除けた。

 憂鬱な朝だ。昨日の「属性検査」の光景が、まだ脳裏に焼き付いて離れない。


 本来なら、筒へ手を入れるだけで終わる簡単な測定のはずだった。

 魔力回路が個人の適性を読み取り、淡い光で結果を示す。ただそれだけの事務的な手続き。


 だが、シオンが触れた瞬間、測定機は赤いエラーを激しく明滅させ、次の瞬間にボンッという景気のいい音を立てて爆発したのだ。


 もうもうと上がる黒煙。

 鼻を突く焦げ臭い匂い。

 凍りつく試験官と生徒たち。


 シオンがその場から逃げ出したのは、決して「力を隠すため」といった高尚な理由ではない。

 単に、「入学初日から高価そうな魔導具を備品破壊した気まずさ」と、「後から届くであろう高額請求書の恐怖」に耐えられなかっただけである。


『アナタの顔、すごかったわよ。鳩が豆鉄砲を食らったような、って言うのかしら。あれはなかなか良いもの見たわ』


「……頼むから忘れてくれ」


 シオンは頭を振り、制服に袖を通した。

 窓の外、朝の光に包まれた学院は美しい。だが、器物破損の逃亡犯(仮)にとっては、その輝きすら胃に重くのしかかる。


 今日から授業が本格的に始まる。そして何より、あの検査結果が「序列」として掲示される日だ。


「……うまく誤魔化せてるといいんだけど。機械の不調ってことにならないかな」


『断トツじゃない? 面白さで言えば』


「面白さはいらないんだよ。平穏が欲しいんだ」


『無理ね。アナタ、星の巡りが騒がしいもの』


『どんな順位でも、私の1番はアナタよ?』


「……全く褒められてる気がしないな」


『もちろん。褒めてるわけじゃないもの。事実を言ってるだけ』


「やっぱりね」


 相棒である天使――ディアナは、楽しげにそう断言した。



 寮の長い廊下を、シオンは歩く。


 朝らしいざわめきが遠くから聞こえてくる。精霊が笑うような光の弾ける音、誰かの足音、制服の擦れる衣擦れの音。

 しかし、シオンの周囲だけは奇妙なほど静かだった。


 すれ違う精霊たちは、シオンを見るなりサッと道を開ける。

 風精霊は風を止め、火精霊は揺らぎを潜め、まるで透明な壁があるかのように彼を避けていく。

 生徒たちも同様だ。無意識に彼を避け、視界に入っていないかのように通り過ぎていく。


 シオン本人はこれを「自分が地味だから」「昨日の件で避けられているのかも」と解釈しているが、実態は異なる。

 本能的な忌避だ。

 小動物が、捕食者の気配を感じて茂みに隠れるのと同じ。

 あまりに異質な「高位の気配」に対し、精霊も人間も、無意識レベルで関わることを拒否しているのだ。


『気づいてる? 精霊たち、アナタから露骨に距離置いてるわよ』


「……やっぱり、昨日の今日だからかな。弁償の話とかされたらどうしよう」


『視点が低いのよねぇ……。まあ、そこが可愛いんだけど』


 呆れたようなディアナの声を聞き流し、シオンは掲示板の前へ辿り着いた。

 人だかりができているが、彼が近づくと自然とモーゼの海割れのようにスペースが空く。


 シオンはおそるおそる、順位表を確認した。


 1位から3位には、王級精霊持ちの名前が並んでいる。

 問題は、その下だ。


 9位。


 名前がない。

 そこにあるのは不自然な空白と、事務的な備考書きだけ。


 『測定時エラー(機材破損により推定値を算出)』


「……うわぁ」


 シオンは思わず手で顔を覆った。


「名前すら書いてもらえないのか……。これ、完全に『要注意人物』扱いだろ」


『むしろ品があるじゃない。無駄を削った感じで』


「ポジティブだね……。僕としては『ビリだと思ってたら、ランキング上位でした。しかも名前が不明です!』なんて、どこの物語の主人公だよって感じなんだけど」


『ぴったりじゃない。あなたはいつでも私の物語の主人公よ』


「……心当たりが一人しかなさすぎて頭が痛い」


『私にもわかったわ』


「なんとなく予想してた自分が嫌なんだよ」


『昨日の壊れ方なら、予想はできたわね』


「したくなかったけどね」


 シオンの懸念は「目立ちたくない」という一点に尽きる。

 だが周囲の生徒たちの反応は違った。空白の9位を見て、「誰だ?」「昨日のボヤ騒ぎの……」「機材を吹っ飛ばして9位?」と、恐怖と好奇心の入り混じった視線を向けている。


 その視線が自分に向けられていることに気づかず、シオンは「誰かに特定される前に」と、コソコソとその場を離れた。


 背中を丸めて歩くその姿は、とてもではないが「王級精霊を戦慄させた怪物」には見えない。

 ただの、トラブルを恐れる小市民であった。



 人気のない中庭へ向かう途中、ディアナがふわりと声をかけた。


『ところで、シオン。1位は目指さないの?

 アナタの力があれば、あの王級の娘たちなど相手にならないでしょうに』


「目指すわけないだろ」


 シオンは即答する。


「静かにしてること。余計な目立ち方をしないこと。普通に過ごして普通に卒業して……そんな“普通”を手に入れるために来たんだ」


『控えめなのね。……ふふ、らしいわ』


「控えめでいいんだよ。だからお前も、余計なことはするなよ。昨日みたいに猫の姿でうろついたりするな」


『愚問ね。私、アナタに嫌われたくないもの』


 その言葉は淡々としているが、どこか温度がある。

 シオンとディアナ。契約者と精霊という枠組みを超えた、奇妙な共犯関係。


「今日は静かにいきたいんだ。誰にも話しかけられず、誰にも変に思われず、無難に一日を終えたい。……うまく馴染めたら、友達も作りたいしね。普通の生活を送りたいんだ」


『ふぅん、そう』


「……なんだよ、その含みのある言い方は。信用がないな」


『予感がするのよ。アナタの未来って、だいたい騒がしいもの』


「静かであってほしいんだけど」


『願望と現実は別物よ』


「厳しいね」


『事実を言ってるだけ』


「もう少しだけさ……優しい言い方、ない?」


『優しくしてあげる必要、ある?』


「……ないかもしれない」


『ええ、とてもいい子よ、アナタは』


「そうかな」


『そう。そして“いい子”には、だいたい面倒ごとが寄ってくるの』


「寄ってきてほしくないんだけど」


『願望は自由よ。でもね、シオン』


 ディアナの声が、少しだけ低く、穏やかになった。


『“静かに見える日ほど、何かが起こる”

 この世界は、ずっとそういう風にできているの』


「いやだな、その世界」


『でもアナタ、その“流れ”にとても好かれているわ』


「……ありがたくないんだけど」


『ふふ。でしょうね』


 シオンが顔をしかめた、その時だった。


 角の向こうから、軽い足音が近づいてくる。

 精霊の小さな風音を伴って。


『あら……シオン』


「ん?」


『ほら……来るわよ』


「いや、来るって何が」


『元気で、まっすぐで……アナタみたいな雰囲気を絶対に見逃さない子が』


「いや、僕全然そんな雰囲気出してないよ!」


『あなたがどう思っていようと――』


 声がわずかに楽しげに揺れる。


『“ああいうタイプは、あなたを見つける”のよ』


「いやだな、そのタイプ……」


『ほら。角の向こう』


 シオンが振り返るより早く、その風は吹き込んできた。

 嫌な予感というものがあるなら、今がそうだ。


(……頼むから通り過ぎてくれ)


 そう願った瞬間――


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