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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第4章

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 巨大な結界の揺らぎを抜けると、そこには別世界が広がっていた。

 荒涼とした岩肌も、視界を遮る濃霧もない。

 柔らかな陽光が降り注ぎ、色とりどりの花が咲き乱れる、まさに桃源郷のような光景。


「うわぁ……綺麗……」


 アリスが煤けた顔で感嘆の声を上げる。

 その先には、木造の家屋が立ち並ぶ小さな集落があった。


「ここが、ナギさんの故郷……」


「うん。……ただいま、みんな」


 ナギが懐かしそうに目を細めた、その時だった。


「――お? その声はナギちゃんか!?」

「ナギちゃんが帰ってきたぞー!!」


 畑仕事をしていた村人の一人が声を上げると、瞬く間に集落中から人々が飛び出してきた。

 鍬を持ったおじさんや、洗濯物を干していたおばさん、子供たちまで。

 彼らは一様に笑顔で、ナギたちへと駆け寄ってくる。


「お帰りナギちゃん! 元気にしてたか!?」

「えらい男前連れてきたなぁ!」

「学院に行ったんちゃうんか? 休みか?」


「え、あ、ちょ、みんな落ち着いて……!」


 揉みくちゃにされるナギを見て、アリアが少しだけ目を見開く。


「……意外ですね。霊峰の隠れ里というから、もっと閉鎖的な場所かと思っていましたが」


「ほんまにね。みんなええ人らなんよ」


 ナギが苦笑しながら答える。

 彼女が「ある事情」から身分を隠してこの里に預けられたことを、この善良な村人たちは誰も知らない。

 ただの「元気な里の娘」として接してくれる彼らの優しさは、ナギにとって何よりの救いだった。


 だが。

 その和やかな空気を、一陣の“暴風”が切り裂いた。


 ドォォォォォン!!


 大気が爆ぜるような音と共に、凄まじい風圧が里を駆け抜ける。

 殺意すら感じる烈風に、アリアとイオリが即座に反応した。


「ッ……アリス、下がって!」

「ナギ様、後ろへ!」


 アリアが前に出て氷壁を展開しようとするが、それよりも早く、風の発生源――集落の奥から、一人の女性が姿を現した。


 豪奢な着物をラフに着崩し、片手には大きな扇子。

 年齢不詳の美貌と、周囲の空気を支配する圧倒的なプレッシャー。


「騒がしい思たら……どこのアホ弟子が帰ってきたんかい」


 彼女が扇子を広げると、暴れ狂っていた風が一瞬で凪いだ。

 完璧な魔力操作。

 アリアの頬を冷や汗がつたう。


(……何という魔力密度。この人が、ナギさんの……)


 里の人々が、一斉に居住まいを正す。


「ミナモ様!」

「ミナモ様、ナギちゃんが帰ってきはりました!」


 里の長にして、ナギの魔術の師、ミナモ。

 彼女はナギの前に立つと、ジロリと値踏みするように視線を巡らせた。


「学院に入学してまだ一年も経っとらんやろ。なんや、もう退学にでもなったんか?」


「ちゃ、違いますって!」


「ほな何や。まさかホームシックで泣いて帰ってきたわけやないやろうな?」


 ミナモが扇子でパンッ、とナギの額を軽く叩く。

 軽口を叩いてはいるが、その瞳は笑っていない。

 『何かあったのか』――ナギの秘密を知る唯一の保護者として、その目は鋭く事態を探っていた。


「……色々あってん。師匠に、助けてほしくて」


 ナギが真剣な表情で告げる。

 ミナモはふと視線を外し、ナギの後ろで警戒を解いていないアリアたち、そして最後にシオンへと目を向けた。


「……なるほどな。ワケありの客人付き、っちゅうことか」


 ミナモはパチンと扇子を閉じ、短く息を吐いた。

 重苦しい沈黙が流れる。

 だが、それを破ったのは里の人々だった。


「まぁまぁミナモ様! 硬い話は後にして、今日は祝いましょうよ!」

「せっかくナギちゃんが友達連れて帰ってきたんですから!」

「酒や酒! 今夜は宴会やー!」


 村人たちが口々に叫ぶ。

 その能天気とも言える明るさに、ミナモの張り詰めていた気が削がれたようだった。


「……はぁ。しゃあないな」


 ミナモは呆れたように肩をすくめ、ナギに向かってニヤリと笑った。


「ほな、説教は後回しや。……まずは歓迎したる。よう帰ってきたな、ナギ」


 



  日が落ちると、里の広場には巨大な焚き火が焚かれ、宴が始まった。

 テーブルには里で採れた山菜の天ぷらや、川魚の塩焼き、猪肉の鍋などが所狭しと並べられている。


「んー! おいしい! なにこれ、このお芋甘い!」


「アリス様、口の周りが汚れていますよ。……ですが、確かに絶品ですね」


 アリスがリスのように頬を膨らませ、イオリがそれを甲斐甲斐しく世話する。

 最初は警戒していたアリアも、村のお婆ちゃんたちに囲まれ、「あんた肌綺麗やねぇ」「都会の服はすごいのぉ」と褒めちぎられて、まんざらでもない様子でいた。


 平和な夜。

 死闘が嘘のような穏やかな時間が流れている。


 そんな喧騒から少し離れた場所で、シオンは猪汁を啜っていた。

 隣には、里の人々に挨拶回りを終えたナギが腰を下ろす。


「……ふぅ。みんな元気そうでよかったわ」


「いい里だな。ナギが帰りたがるのも分かる」


「へへ、そやろ? 何もないとこやけど、私の自慢の故郷やねん」


 ナギが嬉しそうに笑う。

 焚き火の光に照らされたその横顔は、学院で見せる表情よりもずっと幼く、柔らかい。

 と、そこへ。


「あ! ナギねーちゃんだ!」


 ドタドタと小さな足音が近づいてきた。

 鼻水を垂らした男の子と、その後ろに隠れる数人の子供たちだ。


「お、ケン太か。大きくなったなぁ」


「へへーん、もう5歳だぞ! ……って、あれ?」


 男の子――ケン太は、ナギの隣に座るシオンを見上げ、不思議そうに首を傾げた。

 そして、子供特有の残酷なまでの純粋さで、爆弾を投下する。


「ねぇねぇ、このお兄ちゃん誰? ナギねーちゃんの彼氏?」


「ブッ!!」


 ナギが飲んでいた茶を盛大に吹き出した。

 顔を一瞬で真っ赤に染め、両手をバタつかせる。


「か、かかか、彼氏ちゃうわ! アホなこと言うな!」


「えー? だってすっげー近くに座ってるじゃん。父ちゃんと母ちゃんもそうやって座るぞ?」


「そ、それはたまたまここが空いてただけで……! な、シオン! あんたからも言うたって!」


 ナギが助けを求めるようにシオンを見る。

 シオンは椀を置き、淡々とした口調で答えた。


「残念ながら違うぞ。俺はただの荷物持ちだ」


「荷物持ち? なんだよー、つまんねーの」


 ケン太は唇を尖らせるが、すぐにシオンの膝に乗っていた黒猫に気づき、「あ! 猫だ!」と興味を移した。

 ディアナが「触るな小僧」と言わんばかりにシャーッと威嚇するが、子供たちはキャッキャと笑いながら追いかけっこを始めてしまう。


「……あー、びっくりした……」


 嵐が過ぎ去り、ナギが大きなため息をつく。

 まだ耳まで赤い。


「子供の言うことだ。気にするな」


「……あんたは落ち着きすぎやねん。もっとこう、動揺とかないんか?」


「事実じゃないからな」


「む……」


 シオンのそっけない返答に、ナギは少しだけ唇を尖らせた。

 否定してほしいけれど、即答されるとそれはそれで面白くない。複雑な乙女心だ。


 そんな二人の様子を、少し離れた縁側から眺めている人影があった。

 ミナモだ。

 彼女は一升瓶を片手に、ニヤリと口角を上げる。


「……ほう。ただの荷物持ち、ねぇ」


 彼女の目は誤魔化せない。

 ナギがシオンに向ける信頼の眼差しも、シオンがナギを守るように常に半歩引いた位置にいることも。


「ま、ナギが選んだ男ならええけどな」


 ミナモは盃を干すと、手招きをした。


「おい、ナギ。それとそこの荷物持ちのボウズ。……酒はもうええやろ。ちょっとツラ貸さんかい」


 場の空気が、スッと変わる。

 ナギの背筋が伸びた。


「できれば、人目のないところでお願いします。」


 シオンがそう告げると、ミナモは立ち上がりついてこいと言いながら歩き出した。

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