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ズドォォォォォン……!!
遠くから響く地鳴りのような爆音と、遅れて届いた熱風でナギは我に返った。
視界を埋め尽くしていた白い霧が、爆風によって一時的に晴れる。
「な、なに!? 今の音……雷!?」
「いや……あの規格外の熱量。十中八九、アリスだろうな」
シオンが呆れたように空を見上げる。
濃霧の彼方が赤く染まり、巨大な火柱が立ち昇っているのが見えた。
あれだけの魔力放出だ。隠密行動など到底不可能だが、今の状況では逆にありがたい。
霧によって狂わされていた方向感覚が、あの火柱によって修正されたからだ。
「アリスが無事なのは分かった。……ついでに、俺たちの目的地もな」
「あそこに行けば合流できるってこと?」
「ああ。派手に暴れてくれたおかげで、方角もはっきりした。全員、あの光を目指して動くだろう」
シオンは冷静に状況を分析する。
アリスが暴れているなら、アリアや他のメンバーもあの光を目指すはずだ。
最も分かりやすい合流地点が出来たと言える。
「行こうか。ナギ、歩けるか?」
「うん、平気。……よかった、みんな生きてるんやね」
ナギが安堵の表情を浮かべ、一歩を踏み出そうとする。
だが、シオンはその細い肩を掴んで制した。
「シオン?」
「……どうやら、タダでは通してくれないみたいだ」
シオンの視線が、再び濃くなり始めた霧の奥へと向けられる。
爆音にかき消されていたが、そこには確かな殺気があった。
肌を刺すような、冷たく湿った敵意。
シュルル……ッ。
湿った音を立てて、ナギの背後の闇から“それ”は姿を現した。
霧そのものが凝固したような、半透明の大蛇。
鎌首をもたげたその大きさは、人間など一口で飲み込めるほどだ。
空洞の瞳が、獲物を定めて怪しく光る。
「っ……!」
ナギが息を呑む。
逃げ場はない。
だが、悲鳴は上げなかった。
彼女は恐怖に凍りつくよりも早く、隣の少年の横顔を見た。
そして、気付く。
シオンの肩の上。
いつの間にか、金色の光の粒子が渦を巻き、小さなシルエットを形成していたことに。
キラキラと舞う光が収束し、現れたのは一匹の黒猫。
金色の瞳を輝かせ、すでに臨戦態勢で敵を見下ろしている。
その姿は、かつてナギを絶望から救い出した、あの圧倒的な力の片鱗そのものだった。
「頼めるか?」
シオンは表情を変えず、短く相棒に問いかけた。
すると、黒猫――ディアナは、呆れたような、それでいて絶対の自信を含んだ表情で返す。
大蛇が獲物を侮ったのか、嘲笑うかのようにシューッと噴気音を漏らす。
巨体がバネのように収縮し、音速を超えんとする速度で二人目掛けて突っ込んだ。
大口を開け、鋭い牙がナギの頭上へと迫る。
だが。
カッ!
瞬間、暗い森に銀色の閃光が走る。
それは雷光よりも速く、鋭く、空間そのものを切り裂いた。
『随分遅いのね』
ディアナが地面に着地し、優雅に尻尾を振った。
直後。
空中に静止していた大蛇の体が、ズレた。
首が、胴が、尾が。
数千、数万もの賽の目状に分断され、ドサドサと崩れ落ちたのだ。
再生する間も、霧散する間すら与えない、神速の解体ショー。
ただの爪撃ではない。魔力を乗せた斬撃は、霧の概念ごと魔獣を断ち切っていた。
「……相変わらず、可愛くない猫やねぇ」
ナギが苦笑いしながら呟く。
この程度の魔獣など、彼女にとっては準備運動にもならないことを、ナギは既に理解していた。
「行くぞ。他の連中が集まってくる前に」
シオンは何事もなかったかのように歩き出す。
ディアナも「にゃっ」と普通の猫のように鳴いて、定位置であるシオンの肩へと軽やかに飛び乗った。
「もう……二人とも、ちょっとは待ってーな」
ナギが苦笑しつつ、その背中を追う。
周囲の霧はまだ深いが、彼女の足取りに不安はなかった。
この最強の主従が居る限り、どんな魔獣が現れようと散歩道と変わらない。
その絶対的な安心感が、ナギの足を前へと進ませていた。
◆
ディアナが切り開いた道を進むこと数分。
急に視界が開け、焦げ臭い匂いが鼻をついた。
「……うわ」
シオンは思わず足を止めた。
そこだけ、森が消滅していたからだ。
半径百メートルほどの範囲が黒く焼け焦げ、地面からはまだ煙が上がっている。
もはや自然災害の跡地だ。
「あ! やっと来たー! 遅いよシオン!」
黒焦げの大地の中心で、アリスが元気に手を振っていた。
その足元には、真っ白に燃え尽きたシンシアがへたり込んでいる。
「アリス……これは一体……」
「え? ちょっと霧が邪魔だったから、燃やして晴らしたの! いい目印になったでしょ?」
「限度があるだろ、限度が」
シオンが呆れてため息をつく。
そこへ、反対側の森からも二つの人影が現れた。
「あら。随分と賑やかですね」
「アリス様!」
アリアとイオリだ。
アリアは涼しい顔をしているが、イオリはアリスの姿を見るなり、普段の冷静さを投げ捨てて駆け寄った。
「ご無事ですか!? お怪我は!? 煤で汚れて……今すぐ拭きますね!」
「わわっ、イオリ落ち着いて! 平気だから!」
イオリが過保護全開でアリスの世話を焼き始める。
アリアはその様子を一瞥してから、シオンたちの方へと歩み寄ってきた。
「ナギさんも、無事のようですね。安心しました」
「あ、はい。なんとかなりました」
ナギがぺこりと頭を下げる。
アリアの視線が、ちらりとシオンに向けられた。
探るような、鋭い眼差し。
「シオンさんたちは、どうやってここまで? あの霧の中、魔獣の襲撃もあったはずですが」
序列一位からの尋問。
だが、シオンは表情一つ変えず、あらかじめ用意していた嘘を吐く。
「いやぁ、死ぬかと思ったよ。運良く岩陰を見つけたから、ナギと二人で隠れてやり過ごしてたんだ。アリスの爆発で敵が逃げていくのが見えたから、その隙に移動してきた」
ナギもまた、シオンの意図を察して話を合わせた。
「そうなんです。シオンが守ってくれて……ホンマに怖かったわぁ」
「……そうですか。賢明な判断ですね」
アリアはふわりと微笑んだ。
疑っているのか、信じたのか。その真意は読めないが、追求する気はないらしい。
「何はともあれ、これで全員合流です。そして――」
アリアが視線を上げる。
アリスが焼き払った森の先。霧が晴れたことで、その全貌が露わになっていた。
巨大な結界の揺らぎ。
そしてその奥に見える、質素だがどこか神聖な気配を漂わせる庵。
「どうやら、荒っぽいノックのおかげで、玄関まではたどり着けたようですね」
ナギがハッと息を呑み、懐の石を握りしめる。
そこは、彼女の師匠が待つ場所。
霊峰の最深部、隠れ里への入り口だった。




