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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第4章

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 ズドォォォォォン……!!


 遠くから響く地鳴りのような爆音と、遅れて届いた熱風でナギは我に返った。

 視界を埋め尽くしていた白い霧が、爆風によって一時的に晴れる。


「な、なに!? 今の音……雷!?」


「いや……あの規格外の熱量。十中八九、アリスだろうな」


 シオンが呆れたように空を見上げる。

 濃霧の彼方が赤く染まり、巨大な火柱が立ち昇っているのが見えた。

 あれだけの魔力放出だ。隠密行動など到底不可能だが、今の状況では逆にありがたい。

 霧によって狂わされていた方向感覚が、あの火柱によって修正されたからだ。


「アリスが無事なのは分かった。……ついでに、俺たちの目的地もな」


「あそこに行けば合流できるってこと?」


「ああ。派手に暴れてくれたおかげで、方角もはっきりした。全員、あの光を目指して動くだろう」


 シオンは冷静に状況を分析する。

 アリスが暴れているなら、アリアや他のメンバーもあの光を目指すはずだ。

 最も分かりやすい合流地点が出来たと言える。


「行こうか。ナギ、歩けるか?」


「うん、平気。……よかった、みんな生きてるんやね」


 ナギが安堵の表情を浮かべ、一歩を踏み出そうとする。

 だが、シオンはその細い肩を掴んで制した。


「シオン?」


「……どうやら、タダでは通してくれないみたいだ」


 シオンの視線が、再び濃くなり始めた霧の奥へと向けられる。

 爆音にかき消されていたが、そこには確かな殺気があった。

 肌を刺すような、冷たく湿った敵意。


 シュルル……ッ。


 湿った音を立てて、ナギの背後の闇から“それ”は姿を現した。

 霧そのものが凝固したような、半透明の大蛇。

 鎌首をもたげたその大きさは、人間など一口で飲み込めるほどだ。

 空洞の瞳が、獲物を定めて怪しく光る。


「っ……!」


 ナギが息を呑む。

 逃げ場はない。

 だが、悲鳴は上げなかった。

 彼女は恐怖に凍りつくよりも早く、隣の少年の横顔を見た。


 そして、気付く。


 シオンの肩の上。

 いつの間にか、金色の光の粒子が渦を巻き、小さなシルエットを形成していたことに。


 キラキラと舞う光が収束し、現れたのは一匹の黒猫。

 金色の瞳を輝かせ、すでに臨戦態勢で敵を見下ろしている。

 その姿は、かつてナギを絶望から救い出した、あの圧倒的な力の片鱗そのものだった。


「頼めるか?」


 シオンは表情を変えず、短く相棒に問いかけた。

 すると、黒猫――ディアナは、呆れたような、それでいて絶対の自信を含んだ表情で返す。


 大蛇が獲物を侮ったのか、嘲笑うかのようにシューッと噴気音を漏らす。

 巨体がバネのように収縮し、音速を超えんとする速度で二人目掛けて突っ込んだ。

 大口を開け、鋭い牙がナギの頭上へと迫る。


 だが。


 カッ!


 瞬間、暗い森に銀色の閃光が走る。

 それは雷光よりも速く、鋭く、空間そのものを切り裂いた。


『随分遅いのね』


 ディアナが地面に着地し、優雅に尻尾を振った。

 

 直後。

 空中に静止していた大蛇の体が、ズレた。

 首が、胴が、尾が。

 数千、数万もの賽の目状に分断され、ドサドサと崩れ落ちたのだ。

 再生する間も、霧散する間すら与えない、神速の解体ショー。


 ただの爪撃ではない。魔力を乗せた斬撃は、霧の概念ごと魔獣を断ち切っていた。


「……相変わらず、可愛くない猫やねぇ」


 ナギが苦笑いしながら呟く。

 この程度の魔獣など、彼女にとっては準備運動にもならないことを、ナギは既に理解していた。


「行くぞ。他の連中が集まってくる前に」


 シオンは何事もなかったかのように歩き出す。

 ディアナも「にゃっ」と普通の猫のように鳴いて、定位置であるシオンの肩へと軽やかに飛び乗った。


「もう……二人とも、ちょっとは待ってーな」


 ナギが苦笑しつつ、その背中を追う。

 周囲の霧はまだ深いが、彼女の足取りに不安はなかった。

 この最強の主従が居る限り、どんな魔獣が現れようと散歩道と変わらない。

 その絶対的な安心感が、ナギの足を前へと進ませていた。


 

 ◆



 ディアナが切り開いた道を進むこと数分。

 急に視界が開け、焦げ臭い匂いが鼻をついた。


「……うわ」


 シオンは思わず足を止めた。

 そこだけ、森が消滅していたからだ。

 半径百メートルほどの範囲が黒く焼け焦げ、地面からはまだ煙が上がっている。

 もはや自然災害の跡地だ。


「あ! やっと来たー! 遅いよシオン!」


 黒焦げの大地の中心で、アリスが元気に手を振っていた。

 その足元には、真っ白に燃え尽きたシンシアがへたり込んでいる。


「アリス……これは一体……」


「え? ちょっと霧が邪魔だったから、燃やして晴らしたの! いい目印になったでしょ?」


「限度があるだろ、限度が」


 シオンが呆れてため息をつく。

 そこへ、反対側の森からも二つの人影が現れた。


「あら。随分と賑やかですね」


「アリス様!」


 アリアとイオリだ。

 アリアは涼しい顔をしているが、イオリはアリスの姿を見るなり、普段の冷静さを投げ捨てて駆け寄った。


「ご無事ですか!? お怪我は!? 煤で汚れて……今すぐ拭きますね!」


「わわっ、イオリ落ち着いて! 平気だから!」


 イオリが過保護全開でアリスの世話を焼き始める。

 アリアはその様子を一瞥してから、シオンたちの方へと歩み寄ってきた。


「ナギさんも、無事のようですね。安心しました」


「あ、はい。なんとかなりました」


 ナギがぺこりと頭を下げる。

 アリアの視線が、ちらりとシオンに向けられた。

 探るような、鋭い眼差し。


「シオンさんたちは、どうやってここまで? あの霧の中、魔獣の襲撃もあったはずですが」


 序列一位からの尋問。

 だが、シオンは表情一つ変えず、あらかじめ用意していた嘘を吐く。


「いやぁ、死ぬかと思ったよ。運良く岩陰を見つけたから、ナギと二人で隠れてやり過ごしてたんだ。アリスの爆発で敵が逃げていくのが見えたから、その隙に移動してきた」


 ナギもまた、シオンの意図を察して話を合わせた。


「そうなんです。シオンが守ってくれて……ホンマに怖かったわぁ」


「……そうですか。賢明な判断ですね」


 アリアはふわりと微笑んだ。

 疑っているのか、信じたのか。その真意は読めないが、追求する気はないらしい。


「何はともあれ、これで全員合流です。そして――」


 アリアが視線を上げる。

 アリスが焼き払った森の先。霧が晴れたことで、その全貌が露わになっていた。


 巨大な結界の揺らぎ。

 そしてその奥に見える、質素だがどこか神聖な気配を漂わせる庵。


「どうやら、荒っぽいノックのおかげで、玄関まではたどり着けたようですね」


 ナギがハッと息を呑み、懐の石を握りしめる。

 そこは、彼女の師匠が待つ場所。

 霊峰の最深部、隠れ里への入り口だった。

 

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