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3章まで改稿終わってます。話自体は変わってませんが14〜15話の間に14.5話を追加しています。よろしくお願いします。
『外で聞き耳を立てている、悪い子にも話を聞かなくちゃね』
ディアナの言葉に、二人は扉の方に顔を向ける。
「……なんや、なんかおるんか?」
『大丈夫よ。敵ではないわ』
心配そうな顔をするナギを落ち着かせるように、ディアナは言う。
『シオンも気づいてるんでしょ?』
「あ、あぁ。そそそ、そうだよ。当たり前じゃないか」
冷や汗で額を濡らすシオンに、小さくため息をつくディアナ。
ナギはそれを茶化す余裕もなかった。
しばらくして――
控えめなノックの音が、二度。
「……失礼します」
聞き覚えのある、落ち着いた声。
扉が静かに開き、最初に姿を見せたのはアリア・フェンリズだった。
その一歩後ろに、腕を組んだままのアリス・フェンリズが続く。
「盗み聞きのような真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」
開口一番、アリアがナギに謝る。
「以前の件、私達でも独自に色々調べていまして、ナギさんに聞きたいことがあった次第です」
「……アリア、それにアリス……さん? まで」
ナギが目を丸くする。
序列一位と三位。学院のトップが揃って病室に現れたのだ。驚くなという方が無理がある。
「アタシのことは気にしないでよ。それより――」
アリスが、アリアの背中からひょいと顔を出す。
その視線は、ナギでもシオンでもなく――一点に釘付けになっていた。
「なにその猫! めっちゃ可愛いんだけど!!」
アリスの目が輝く。
状況も空気も読まない、純度100%の好奇心。
彼女はズカズカと部屋に入り込むと、シオンの横に浮いているディアナに顔を近づけた。
「金色? え、キラキラしてる! 精霊? ねぇこれ精霊なの!?」
『……気安く触らないでちょうだい。毛並みが乱れるわ』
「わっ! 喋った!?」
アリスが驚いて飛び退く。
ディアナはふん、と鼻を鳴らし、シオンの肩へと優雅に着地した。
『礼儀を知らない子ね。シオン、教育が足りていないんじゃないかしら?』
「……勘弁してくれ。そんな仲じゃない」
シオンがやれやれと頭を抱える。
そのやり取りを見て、アリアが小さく咳払いをした。
「アリス、控えなさい。話が進みません」
「だってアリア! 喋る猫だよ!?」
「見れば分かります。……それに、ただの精霊ではないことも」
アリアの視線が鋭くなる。
アリスも分かっている。この猫がとんでもない力を秘めていることを。それを知ってカマをかけているのだろうが、アリアにはそれすら無意味に感じる。
王級契約者である彼女には、ディアナから放たれる魔力の“質”が、通常の精霊とは一線を画していることが分かっていた。
だからこそ、アリアはそれ以上追求しなかった。
「今は、ナギさんのことが優先です」
アリアはナギに向き直る。
その表情は真剣そのものだった。
「単刀直入に言います。私たちも、その“旅”に同行させてください」
「え……?」
ナギが言葉を失う。
「同行て……アリアたちが? なんでまた」
「理由は二つあります」
アリアは指を立てる。
「一つは、護衛です。今回の事件、敵の狙いが明確ではありません。学園外に出るとなれば、シオンさん一人では手が足りない事態も想定されます」
「……それは」
ナギが反論できずに黙り込む。
「もう一つは……私的な理由です」
アリアの表情が、少しだけ崩れた。
「友人が傷つけられ、恐怖に震えているのを、ただ指をくわえて待っているのは……性に合いませんから」
「アリア、堅苦しいよ」
アリスが横から口を挟む。
ニカっと笑い、ナギのベッドの縁に腰掛けた。
「要するにさ、夏休みだし! 友達だし! 一緒に行こうよって話!」
「アリスさん……」
「アリスでいいよ! もう友達だろ?」
ナギの瞳が揺れる。
迷惑をかけたくない。巻き込みたくない。そんな躊躇いが、二人の真っ直ぐな視線に溶かされていく。
チラリと、シオンを見る。
シオンは、「好きにしろ」と言わんばかりに肩をすくめた。
「……場所は、『霧の霊峰』や」
ナギが、ぽつりと告げる。
「霧の……?」
アリアが眉をひそめる。
「地図にも載っていない、公国と帝国の境にある山岳地帯や。結界があって、普通の人には辿り着けへん。……そこに、ウチの師匠がおる」
「なるほど。隠れ里、といったところですか」
アリアは納得したように頷く。
「場所が特殊なら、なおさら戦力は多い方がいいでしょう。決まりですね」
有無を言わせぬ決定事項。
けれど、その強引さが今のナギには心地よかった。
「……ほんま、物好きやな」
ナギは、目元を拭いながら笑った。
それは、久しぶりに見せる、心からの笑顔だった。
◆
翌日。
早朝の校門前に、一台の豪奢な大型馬車が停まっていた。
フェンリズ家の紋章が入った漆黒の車体。それを引くのは、魔力強化された四頭の軍馬だ。
「……すごいな」
集合場所にやってきたシオンが、思わず呟く。
その隣で、ナギも口を開けて固まっていた。
「お、お姫様の馬車やん……」
「おはようございます、シオン様、ナギ様」
「……おはようございます」
馬車の前で待機していた二人の少女が頭を下げる。
どちらもメイド服に身を包んでいるが、雰囲気は対照的だった。
一人は、眼鏡をかけたクールな雰囲気の少女。
もう一人は、少し背が低く、オドオドとシオンたちの顔色を伺っている少女。
「紹介しますね」
馬車の窓からアリアが顔を出す。
「私の専属侍女のシンシアと、アリス専属のイオリです。今回は彼女たちにも同行してもらいます」
「よ、よろしくお願いしますぅ……!」
シンシアと呼ばれた小柄なメイドが、慌てて頭を下げる。
アリア達とは同級生の為、学院内で同じ授業をうけている。
序列125位、回復と索敵を得意とする彼女は、アリアとは幼馴染のような関係だ。
「荷物はお預かりします」
イオリが事務的に告げ、シオンたちの荷物をテキパキと積み込んでいく。
こちらは序列70位、支援と結界のエキスパート。表情を変えずに淡々と仕事をこなす姿は、主であるアリスとは真逆に見える。
「さぁ、乗って! 中も広いから!」
中からアリスが手招きする。
「……なんか、変な感じやな」
ナギが馬車のステップに足をかけながら呟く。
彼女もまた、入院着から動きやすい私服に着替えていた。
「何がだ?」
シオンが問う。
「いや……これから大変なとこ行くんやなって気持ちと、なんかワクワクしてる自分がいてるのが、不思議でな」
ナギは、自身の胸に手を当てた。
精霊の反応は、まだない。
空っぽのままだ。
けれど、隣にはシオンがいる。
前には、アリアとアリス、そして頼もしいメイドたちがいる。
(一人じゃ、ないんやな)
それだけで、足がすくむような恐怖が、少しだけ和らいだ気がした。
「行こうぜ、ナギ」
シオンが背中を押すように声をかける。
「……せやな!」
ナギは一度だけ学院の方を振り返り――
そして、力強く前を向いた。
御者の合図と共に、馬車が動き出す。
傷ついた翼を癒やすための、ひと夏の旅が始まった。




