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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第4章

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 表向きには、通常通り全てが滞りなく行われていた。

 序列戦の熱も冷め、次の序列戦に向けて各自調整をしていく。


 ただ、その平穏な日常の皮の下で、鋭敏な感覚を持つ数名は、密かに巻き起こっている一連の事件に対して、既に疑念を抱き始めていた。


 シオンは中庭の端で立ち止まり、空を見上げていた。


 雲は薄く、空は高い。

 季節は、確実に夏へ向かっている。


「ディアナか」


『ただいま。シオン』


 シオンの頭の中に、聞き慣れた甘い声が響き渡る。


「無事なのか?」


『ええ。でも、まだ終わっていないわ』


「終わっていない?」


『あの風精霊を「完全に」元に戻すことはできなかった。核の修復は終わったけれど、意識が戻らない。それはそれで、暴走のリスクが消えたという意味ではプラスかもしれないけれど……目覚めるための“鍵”が必要ね』


「……鍵?」


 ナギの契約精霊の治療にあたっていたディアナが、シオンの元に戻り進捗を伝える。


『鍵と言っても、物理的なモノではないわ。何か、きっかけのようなものね。あの子の根源を強く刺激する何かがあれば、それで大丈夫だと思うわ』


「結局、何が必要なんだ? お前でも具体的に出ないとなると、僕には分からないぞ」


 シオンはその場で、しばらく動かなかった。

 ディアナの言葉が、頭の中で何度か反芻される。


 完全には戻っていない。

 だが、失敗でもない。

 そして必要なのは、「鍵」。


 それも、どこかへ探しに行く類のものではなく――

 条件が揃えば、自然と起きる“きっかけ”。


「……相変わらず、抽象的だな」


 小さく息を吐く。

 だが、不思議と苛立ちはなかった。ディアナがこう言うときは、大抵こちらが“気づく側”になるよう誘導している時だ。


『分かりやすく言えば』


 ディアナが、少しだけ言葉を選ぶように続ける。


『あの精霊は、まだ“帰る理由”を持っていないのよ』


「理由……?」


『ええ。力でも、魔力でもないわ。精霊が、もう一度そこに在ると決めるための“約束”のようなもの』


「でも、それが何かは分からないんだろ?」


『契約者本人なら、何か知っているんじゃないかしら? あの子がその精霊と、どこで出会い、何を感じたか』


「……ああ、ナギか。分かった。聞きに行ってみよう」



 病棟の窓から差し込む光は柔らかく、時間の流れを曖昧にしていた。


 白いカーテンが微かに揺れる。少し離れたところには学院の建物が見えるが、今のナギたちには、あの喧騒が酷く遠いものに感じられた。


「ナギさん、調子はどう? 痛いところとかないですか?」


「なんや、看護師みたいなこと言うんやなミナは。もう痛いところはあらへんで。大丈夫や」


「大きな怪我がなくて安心した。あの時のことを思い出すと、どうしても心配が勝ってしまう」


「なかなかのトラウマを見せてしもたようで悪かったな」


 病棟の一室で、ナギとエルド、そしてミナは談笑に耽っていた。

 先日まで面会謝絶だったナギも、徐々にではあるが精神的な回復を見せている。


「面会謝絶なんて言われた時はびっくりしましたよ。すごい大きな怪我でもしてたんじゃないかって」


「……それなんやけどな。怪我は擦り傷や切り傷が多くて痛いのは間違いなかったんやけど、意識ははっきりしてたし、面会謝絶するくらいの状態でもなかったんや」


「なら、どうして面会できなかったんだ?」


「それがウチにもわからんねん。ティコ先生っちゅう若い女の先生が、お医者さんに『面会は拒否するように』って言ってたところだけ見てたんやけど……理由は教えてくれへんかったわ」


 ナギは、少しだけ眉を寄せる。

 それが自分の身を守るための措置だったとは、まだ知る由もない。


「でも、こうやってすぐに二人に会えるようになってよかったで。ちゃんと現実に戻ってきた感じがするわ」


「それならよかった」


 エルドが短く頷く。それは慰めではなく、安堵の確認だった。


「……精霊の方は?」


 エルドの問いに、ナギは一瞬だけ言葉に詰まった。

 ほんの一瞬。だが、ミナはそれを見逃さなかった。


「……正直に言うと、よう分からへん」


 ナギは、困ったように笑う。


「呼びかけても、おらんのや。胸にぽっかり穴が空いているみたいな……そんな感じ」


「怖いんですね」


 ミナの表情が僅かに曇る。


「……そうかもしれへんな。自分にとって大切な半身を失った。そんな感覚や」


 ナギは胸元に手を当てた。

 そこに在るはずの温かみがない。


 部屋に、短い沈黙が落ちた。

 ミナは、空気を変えるようにそっと話題を振る。


「そういえば、もうすぐ夏休みだよ。

 学院も少し静かになるし」


「夏かぁ……」


 ナギは、窓の外を見た。

 青々とした木々が風に揺れている。


「……ウチのことは気にせんといてな。みんなでどっか遊びに行ったら、思い出話だけ聞かせてくれたら嬉しいわ」


 少し寂しそうにナギが呟く。


「必ずみんなで遊びに行きましょうね!」

「ああ。また来る」


「ありがとうなぁ。二人とも」


 面会時間が終わり、エルドとミナが部屋を出ていく。

 パタン、と扉が閉まると、部屋には再び静寂が戻った。


 ナギは一人、ベッドの上で膝を抱える。


 忙しい。事情がある。

 来られない理由はいくらでも思いつく。

 それを分かっているからこそ、自分の中に生まれた感情を、どう扱えばいいのか分からなかった。


 命を救われた。

 あんな無茶をしてまで、助けてくれた。

 だからこそ――一番に顔が見たかった。


「……薄情もん」


 誰に聞かれるわけでもなく、小さく呟いた。

 その声は、寂しさに震えていた。

 

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