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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第3章

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あけましておめでとうございます。

 控室へ戻る途中、アストラはゆっくりと息を吐いた。


 思ったよりも、身体は軽い。

 魔力の枯渇も、集中力の欠落もない。


 ――負けた。

 だが、消耗し切った感覚はなかった。


(……ああ、そうか)


 そういう負け方だったのだと、今になって理解する。


 三体同時の実体化。

 配置も、連携も、判断も――間違ってはいなかった。


 それでも、届かなかった。


 精霊たちを還しながら、アストラは天井を見上げる。


 悔しさはある。

 だが、焦りはない。


 負けた理由が、はっきりしているからだ。


(今の自分にできることは更なる経験っすね。)


 才能でも、相性でもない。

 もっと単純で、もっと残酷なもの。


「そこに至るまでの時間」。


 王級という言葉が、ただの称号ではない理由を、

 今日、初めて実感した。


「……ま、これはこれでいい経験っすね」


 誰に聞かせるでもなく、そう呟く。


 次にどうするかは、まだ考えない。

 今はただ、この感覚を忘れないようにするだけだ。


 歩きながら、アストラは一度だけ拳を握った。


 強くも、弱くもない。

 ただ、確かめるように。


 ――まだ、伸びる。


 そう思えたことが、

 今日一番の収穫だった。


 

「……惜しかったですね。」



 控室まで着くといつもの生徒会メンバーが労いの言葉で出迎えた。


「そう見えたっすか?」

 

 アストラは即座に返すと、相手は一瞬だけ言葉に詰まった。


「……ええ。王級相手としては、十分すぎる内容でした」


 評価だ。

 慰めではない。


「まぁ、負けは負けっすよ」


 肩をすくめる。


「王級相手に“いけそう”って思った時点で、負けてたっす。」


「それでも、三柱同時実体化をあそこまで維持できるのは異常です」


 淡々とした口調のまま、事実だけが並べられる。


「正直、序列の付け方に文句が出てもおかしくありません」


「はは、それ言われると困るっすね」


 アストラは天井を見上げた。


「序列は分かりやすい方が楽じゃないっすか。自分は四位で、上はちゃんと強い。それで十分っす」


 一拍。


「今日の負けで、余計な勘違いしなくて済みましたし」


 相手は何も言わず、短く頷いた。


 評価は変わらない。

 だが、見方は少し変わった。


「……ところで。」


「はいはい。もう戻ります?」


「ええ。これ以上、あなたが注目を浴びる理由もありません」


「それ、褒めてます?」


「事実です」


 生徒会メンバーは淡々と告げる。


 アストラは立ち上がり、軽く背伸びをした。


「了解っす。次はもう少し、いい勝負できるようにしないとですね」


「期待しています」


 それも、飾りのない言葉だった。


 控室を出る前、

 アストラは一度だけ闘技場の方向を振り返る。


 もう、火は残っていない。


 だが――

 あの熱量は、確かに記憶に刻まれていた。


「……悪くないっすね」


 そう呟いて、今度こそ歩き出した。


 


 ◆



 序列戦終了から、しばらくして。


 第六位の所在が確認できないという報告が、

 正式に上がった。


 体調不良による延期。

 そう処理されていたはずの名前が、名簿から消えていない。


 それが、最初の違和感だった。


「まだ戻ってない?」

「ええ。今も連絡が取れていません」


 (……連絡がつかないだと?)


 演習場からの帰り道、ライゼルは教員の会話に聞き耳を立てる。

 

 上位ランカーの、所在不明。


 そんなことが現実に起きれば、学院のセキュリティに対して疑問が残る。学院の水準を考えれば、起きるはずもない事件だろう。

 ただ、ライゼルには1つ気掛かりなことがあった。


(第六位は俺と同じ王族だ。連絡がつかないことなんて許されるのか……?)


 序列第六位、ロイ•アーデルハイド。

 アーデルハイド公国の皇子で精霊使いとしても優秀な王族だ。今年の新入生には優秀すぎる精霊使いが多いため六位に甘んじているが、年度が違えばTOP3も狙える逸材。


 (アイツがバックれるとも思えねぇしな。)


 決して仲がいいわけではなかったが、ライゼルからしてみれば友人とはいかなくても演習や授業などで顔馴染みではあった。


「少し、探るか。」


 ライゼルは自身の雷精霊、【雷帝•ヴォルティノーグ】に対して指示を出し、情報収集を始める。


 ……嫌な予感がする。ただ、それよりも事態の収束に動くべきだと、王族の勘がそういっている。


 ◆


 雷精霊が、淡く瞬いた。


 派手な雷鳴はない。

 雷帝・ヴォルティノーグは、索敵や殲滅に特化した精霤ではない。


 彼らが今できることは、伝達と感知。


 学院中に張り巡らされた結界網。

 通路、寮、医務室、管理棟。


 それらに触れた“電位の揺らぎ”を、

 精密に拾い上げる。


「……医務室、反応なし。

 寮も……不自然だな」


 ロイの魔力反応は、ない。


 遮断された痕跡も、

 隠蔽された形跡も見当たらない。


 ――最初から、いなかったかのように。


 ライゼルは、足を止めた。


(……消え方が、綺麗すぎる)


 失踪にしては痕跡がない。

 事故にしては報告が遅い。


 そして何より――

 王族の一人が、無断で行方不明になること自体が異常だ。


 護衛は?

 連絡網は?

 最低限の所在確認は?


 どれも、噛み合っていない。


「……教員側も、まだ全体には出してないな」


 これは隠蔽ではない。

 判断待ちだ。


 問題の大きさを測りかねている。


 もし本当に事件なら、

 学院だけでは抱えきれない。


 学院内から国家へ。

 

 波紋は、確実に広がる。


 だからこそ――

 今はまだ、“所在不明”という言葉に留めている。


「……ったく」


 ライゼルは、低く息を吐いた。


 面倒事は嫌いだ。

 深入りする性格でもない。


 だが。


(アイツが、黙って消えるわけがない)


 ロイは真面目だ。

 融通は利かないが、責任感だけは人一倍ある。


 序列戦を延期するほどの体調不良なら、

 それこそ連絡を入れるはずだ。


 それが、ない。


 雷帝が、微かに震えた。


 ――反応。


 ほんの一瞬。

 学院外縁部で、異質な魔力の残滓。


 弱く、薄い。

 だが、確かに“学院のものではない”。


「……外か」


 ライゼルは、視線を上げる。


 空は、すでに夕暮れに染まり始めていた。


 序列戦の熱気が冷め、

 学院が日常へ戻ろうとする時間帯。


 その裏で、

 一人分の“空白”だけが、静かに広がっている。


「……深入りするつもりはないが。」


 誰に向けた言葉でもなく、呟く。


 王族である以上、

 見過ごすという選択肢はない。


 まして――

 同じ立場にいる者が消えたのなら。


「行くぞ、ヴォルティノーグ」


 雷精霊が、静かに応じた。


 派手な雷光は、まだ落ちない。


 だが。


 この時点で、

 ライゼルはもう――


 事件の外側には、いなかった。


 


 

 

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