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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第3章

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 業火は、意思を持ったかのように収束した。


 爆ぜるのではない。広がるのでもない。

 業火滅槍ラグナ・ヴォルカの炎は、アリスの意思に従って鋭く、細く、研ぎ澄まされていく。


 それは、威圧ではなかった。

 純粋な――圧縮。


 闘技場の結界が、高熱で軋む。

 観戦席にいる者でさえ、喉の奥が焼けるような熱気を感じていた。


「……魔力の質が変わった」


 上位席で、誰かが呟く。

 ただ強いのではない。ただ多いのでもない。

 “使い切る”前提で、限界まで組み立てられた魔力。


(……まずいっすね)


 アストラは、はっきりとそう認識した。


 三体の精霊は、まだ動いている。

 配置も、連携も崩れてはいない。

 それでも。


 アリスが一歩踏み込むたび、精霊たちは「次」を要求される。

 反応。再配置。補正。

 それを、一瞬も止めずに続けなければならない。


(長引いたら……負ける)


 勝敗の問題ではない。

 脳が焼き切れる。


 上級精霊三柱の同時実体化。

 それ自体が、人間の処理能力を超えた無茶な戦闘方式だ。

 王級と真正面からやり合うには、これ以上時間を与えてはいけない。


 だから――


 アストラは、前に出た。


 中央から、一歩。

 それだけで、三柱の精霊の動きが変わる。


 雷が前に。風が低く。硬質な魔力が面で展開される。

 今までの“受け”ではない。

 攻めに転じた攻撃的布陣。


「……っ!」


 アリスは、即座に察知する。


(来る)


 雷が落ちる。

 牽制ではない。視界を潰し、感覚を麻痺させるための直線的な一撃。

 同時に、風が爆ぜる。地面を抉るほどの圧で、足場を崩す。


 ――そして、硬質。

 衝撃を受け止めるための防御ではない。

 アリスを押し潰すための、動く城壁。


 アリスは、槍を振る。

 火が、正面から叩きつけられる。


 ドォォォンッ!!


 衝突。

 炎と魔力が噛み合い、空気が悲鳴を上げた。


「……っ!」


 その瞬間。

 雷が、防御の隙間を抜ける。


 視界の端を焼き、肩をかすめて走り抜ける。

 アリスの身体が、わずかに流れた。


 ――初めての、明確な被弾。

 制服の肩が焦げ、白い肌に赤い筋が走る。


 観戦席が、息を呑む。

 だが。


 アリスは、止まらなかった。


 歯を食いしばり、槍を地面に突き立てて踏ん張る。

 火が、爆ぜる。

 自分の足元から、業火が逆巻くように立ち上る。


「……やっとだ」


 声は、震えていない。

 むしろ――楽しそうだった。


「その攻めは、嫌いじゃない」


 魔力が、さらに引き上げられる。

 今度は、量ではない。質でもない。


 密度。


 一本の槍に、王級精霊の全出力を束ねる。

 余波などいらない。一点だけを、確実に貫くための形。


 アストラは、直感する。


(……これ、受け切れないっす)


 迎撃はできる。止めることも、物理的には可能だ。

 だが――崩れる。

 三体の精霊に、同時に同じ負荷がかかる。耐えきれない。


「……来るっすね」


 アストラは、片手を上げた。


 精霊たちが、一斉に前へ出る。

 雷。風。硬質。

 三方向から、同時にアリスを“叩き落とす”。


 だが――


 アリスは、真正面から踏み込んだ。


 回避しない。散らさない。

 ただ、貫く。


「【業火滅槍ラグナ・ヴォルカ】――!!」


 炎が、線になる。

 世界を焼き切るような、細く、鋭い閃光。


 衝突。


 パァァァンッ!!


 硬質な魔力が、砕け散った。

 防御の要であった【鋼鉄の巨兵】が、耐えきれずに霧散する。


 一体。完全に、消失。


「――っ!」


 アストラの呼吸が、わずかに乱れる。

 要を失い、雷が遅れる。風が流れを失う。


 均衡が、崩れた。


 赤い閃光が、アストラの首元へ伸びる。

 熱気だけで皮膚が焼けそうな距離。


 だが――槍先は、喉元数センチでピタリと止まった。


 炎は、進まない。

 そこから先は、最初から予定されていなかった。


 沈黙。

 観客すら、音を忘れたような静寂。


「……参ったっす」


 アストラは、静かに両手を上げた。

 主を守ろうとしていた残り二体の精霊たちが、ひとつずつ、光へと還っていく。


 アリスは、数秒そのまま構えを保ち――

 やがて、ふぅ、と息を吐いて槍を下ろした。


「いい試合だったよ」


 息は荒い。汗が、頬を伝う。

 それでも、その瞳は澄んでいた。


「長引いてたら、もっと面倒だった」


「それ、こっちの台詞っす」


 アストラも苦笑いし、肩の力を抜く。

 審判の声が、場に響く。


「――勝者、アリス・フェンリズ!」


 ワァァァァァァッ!!


 歓声が、遅れて広がる。

 爆発的な熱気。


 だがそれは、一方的な称賛ではなかった。

 王級をここまで追い詰めた敗者――アストラに向けられる驚嘆の視線が、確かに存在していた。


 アリスは、観戦席を見上げる。

 貴賓席に座るアリアと、目が合う。


 ほんの一瞬。

 姉は、呆れたように、けれど確かな誇りを込めて小さく頷いた。


 アリスは、笑う。


(……なるほど)


 序列は、数字だ。

 だが――強さは、もっと複雑だ。


 手の中の火が、ゆっくりと消えていった。



「あれが……最上位の戦い」


 観客席の一角で、ライゼル・ヴォルトレイグは拳を握りしめていた。

 焦燥感。

 このままでは駄目だという、強烈な危機感。


 いずれ大きな差がついてしまう。

 いや――一柱の精霊ですら、アストラほどの実体化維持ができない今の自分では、すでにその差は絶望的だ。


 それなのに。

 アストラの異常な三柱同時実体化ですら、「すごい」という感想の裏で、アリスには「通用する前提」で処理されていた。

 そして、アリスはそれを真正面からねじ伏せた。


(……追いつけない)


 その事実が、胸に重く沈む。

 努力が足りないわけじゃない。手を抜いてきたつもりもない。

 それでも――積み上げてきたものの“段”が、違う。


 拳を、さらに強く握る。

 爪が食い込む痛みだけが、意識を現実に繋ぎ止める。


 勝ちたい。

 上に行きたい。


 それは、序列のためじゃない。名誉のためでもない。

 置いていかれたくない。

 あの場所――彼らが立っている高みに、自分も届きたい。


 それだけだった。


 ふと、闘技場の端に視線が向く。

 アストラ・ノーグが、控えへ戻っていく背中。

 敗者のはずなのに、どこか満足したような、やり切ったような――妙に、静かな背中だった。


(……あいつ)


 負けた。

 それでも、自分の限界を理解し、その上で全力を出し切っている。

 それが、今の自分と決定的に違う。


 ライゼルは、ゆっくりと息を吐いた。


 どうすればいいかは、まだ分からない。

 何をすべきかも、見えない。

 それでも――足を止めるつもりはなかった。


 視線を、もう一度闘技場へ戻す。

 火は、もう消えている。

 だが、熱だけが、確かに残っていた。


(……次は)


 その言葉を、ライゼルは喉の奥で飲み込んだ。


 今はまだ、口にしていい言葉じゃない。

 結果を出した時、初めて口にできる誓いだと分かっていたから。

 

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