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火が、弾けた。
業火滅槍が振るわれるたび、闘技場の空気そのものが焼き払われていく。
直線的で、豪快。
だが、無駄がない。
王級精霊の出力を一本の槍に凝縮した攻撃は、防御という概念を許さない。
「……っ!」
最初に動いた精霊が、弾き飛ばされた。
風の精霊。
牽制役として前に出ていた【翡翠の鷹】が、直撃を避ける間もなく結界際まで吹き飛ぶ。
「まず一体!」
アリスは即座に踏み込む。
間合いを詰める。押し切る。
王級vs上級であれば、それが最適解だ。
だが――
雷が、走った。
視界の端。影の外側から、鋭い紫電が差し込む。
「……っ!」
アリスは咄嗟に槍を引き、軌道をずらす。
直撃は免れたが、熱量が削がれた。
同時に、硬質な魔力を纏った【鋼鉄の巨兵】が前に出る。
残る二体。
攻撃と防御が、完全に噛み合っている。
アストラは、動かない。
ただ、視線だけが戦場をなぞっていた。
(……速い)
アリスは、肩で息をしながらも視線を鋭く細める。
反応が遅れているわけではない。むしろ、こちらの動きに合わせて“先回り”されている。
(動きが読まれてる……だけじゃない)
精霊たちの配置が、わずかに変化していた。
――鷹は斜め上空。
――狼は死角の外側。
――巨兵はアリスとの真正面。
牽制・阻害・制圧。
三つの役割が、常にアリスの攻撃動作に合わせて流動的に“入れ替わっている”。
(……これ、全部あいつの計算ってこと?)
アリスは一瞬、背筋が粟立つ感覚を覚える。
精霊の数や力量ではない。
アストラ自身の観察力と、配置の最適化。
体勢が崩されても、次の瞬間には別の精霊がカバーに入り、瞬く間に陣形を回復させる。
その瞬間――風が動いた。
横殴りの突風がアリスの足場を削る。
体勢がわずかに乱れた瞬間、
「――っ!」
紫電の狼が視界を狙う。
閃光が走る。一瞬だけ視界を白く奪われ、足が止まる。
その“止まり”を狙って、巨兵の拳が迫った。
ただの妨害ではない。
押し返すための明確な“攻勢”。
「っ、く……!」
アリスは槍を叩きつけるように振り抜き、衝撃を相殺する。
ガギィンッ! と嫌な音が響き、アリスの足が数センチ後ろへ滑る。
ほんの一瞬――押された。
観戦席に、低いざわめきが走る。
王級が、押し込まれている。
「……ふぅ」
アリスは、槍を握り直す。
火が、再び高熱を帯びる。
「いいね。そっちがその気なら――」
腰が沈む。
槍先が、わずかに下がる。
ただの王級の“突き”ではない。
技量と速度を最大化した、“刺し貫くための型”。
アストラは、片手を軽く上げる。
「……来るっすね」
踏み込みの角度。
槍を振る速度。
攻撃後の間。
すべてが、「起こる前提」で配置されている。
「やっぱ、やりにくいな……!」
アリスは、地面を蹴った。
一気に距離を取る。
火力を上げる。
槍の穂先が、さらに赤く染まり、白熱し始める。
魔力が、再び引き上げられた。
観戦席がどよめく。
誰の目にも分かるほど、出力の桁が変わった。
王級の本気。
それを、真正面から叩き込む。
――だが。
雷が視界を奪う。
風が進路を歪める。
巨兵が衝撃点を限定する。
攻撃は、止まらない。
だが、通らない。
焼き切れない。
押し切れない。
「……なるほど」
アリスは、息を吐いた。
焦りはない。苛立ちもない。
ただ、理解しただけだ。
(これ、数の問題じゃない)
精霊の数でも、出力差でもない。
戦場が、最初からアストラの手の上で「整理」されている。
アストラは、中央に立ったまま、一歩も動いていない。
それでも、場の主導権は、完全に彼の側にあった。
「……面白いじゃん」
アリスは、口角を上げる。
「正直、ここまでやるとは思わなかった」
「うれしいっすね。自分が王級に通用するとはっす」
アストラは、軽く肩をすくめた。
声に余裕はある。だが、油断はない。
精霊たちは、常に最適位置を保っている。
「通用してるとは言ってないよ!」
次の瞬間。
アリスが、踏み込んだ。
これまでより、低く。
これまでより、速く。
業火が、爆ぜる。
今度は、真正面ではない。
三体の配置の、わずかな“継ぎ目”を突く。
力任せではない。
王級の技量を、一点突破でぶつけにいく。
精霊が、対応する。
だが、一瞬だけ遅れた。
「――もらい!」
槍が、雷の狼をかすめる。
直撃ではない。それでも、毛皮を焼き払う確実な手応え。
均衡が、わずかに揺れた。
アストラの視線が、初めて鋭くなる。
「……やっぱ、王級半端ないっすね」
アリスは、槍を構え直す。
息は、少し荒い。
だが、目は先ほどよりも輝いている。
「だろ?」
火が、再び燃え上がる。
業火の熱量が、明確に変わった。
先ほどまでの“抑え”はない。
槍を中心に集束していた魔力が、今度は身体全体へと循環していく。
アリスの足元の地面が、じり、と溶解した。
「……へぇ」
アストラの声が、わずかに低くなる。
精霊たちの動きが、一瞬だけ止まった。
停止ではない。
“待ち”だ。
アストラは、初めて視線を逸らさず、真正面からアリスを見る。
魔力の流れ。密度。揺らぎの少なさ。
そして――減らない。
(……これ、まだ余力あるっすね)
出力を上げているのに、魔力の消耗が想定よりも遥かに遅い。
短期決戦用の爆発力ではない。
長時間維持を前提にした、王級特有の“循環”。
アストラは、ゆっくりと息を吐いた。
「……なるほど」
次の瞬間。
雷が、前に出た。
これまでの牽制ではない。
一直線に、アリスの喉元へ向かう加速。
「――っ!」
アリスが反応するより早く、風が背後を取る。
同時に、巨兵が横から質量弾のように迫った。
三体が、同時に“攻め”に転じる。
包囲ではない。挟撃でもない。
逃げ道を潰したうえで、確実に殺しに来ている。
「……っ、来た!」
アリスは即座に迎撃に入る。
槍を振る。火が走る。
だが、雷は止まらない。風は退かない。巨兵は割れない。
三体が、それぞれ“一歩だけ”深く踏み込む。
その一歩が、今までで最も重い。
――アストラが、初めて攻めに出た。
中央に立ったまま、彼は一歩も動かない。
だが、戦場の圧が、明確に変わった。
(……これ、受けに回ったらまずい)
アリスは理解する。
今までの攻防は、アストラが“安全圏”で組み立てていた。
だが、今は違う。
こちらの魔力底を見て、「リスクを負ってでも攻め落とせる」と判断した。
それだけのこと。
アリスは、舌打ちする。
「……判断、早すぎ」
火力を落とす。
その代わり、動きを極限まで絞る。
槍の軌道が、最短になる。
雷を弾く。
風を裂く。
巨兵を叩く。
すべてが、紙一重。
熱が擦過する。衝撃が腕に残る。
観戦席が、息を呑んで静まり返る。
攻防が、完全に拮抗した。
アストラは、初めて口角を上げる。
「……いいっすね」
精霊たちの動きが、さらに鋭くなる。
もう、“測って”はいない。
アリスも、笑った。
「でしょ?」
火が、槍に絡みつく。
王級と、制度外。
本当のぶつかり合いは、ここからが本番だった。




