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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第3章

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 火が、弾けた。


 業火滅槍ラグナ・ヴォルカが振るわれるたび、闘技場の空気そのものが焼き払われていく。


 直線的で、豪快。

 だが、無駄がない。

 王級精霊の出力を一本の槍に凝縮した攻撃は、防御という概念を許さない。


「……っ!」


 最初に動いた精霊が、弾き飛ばされた。


 風の精霊。

 牽制役として前に出ていた【翡翠の鷹】が、直撃を避ける間もなく結界際まで吹き飛ぶ。


「まず一体!」


 アリスは即座に踏み込む。

 間合いを詰める。押し切る。

 王級vs上級であれば、それが最適解だ。


 だが――


 雷が、走った。

 視界の端。影の外側から、鋭い紫電が差し込む。


「……っ!」


 アリスは咄嗟に槍を引き、軌道をずらす。

 直撃は免れたが、熱量が削がれた。

 同時に、硬質な魔力を纏った【鋼鉄の巨兵】が前に出る。


 残る二体。

 攻撃と防御が、完全に噛み合っている。


 アストラは、動かない。

 ただ、視線だけが戦場をなぞっていた。


(……速い)


 アリスは、肩で息をしながらも視線を鋭く細める。

 反応が遅れているわけではない。むしろ、こちらの動きに合わせて“先回り”されている。


(動きが読まれてる……だけじゃない)


 精霊たちの配置が、わずかに変化していた。


 ――鷹は斜め上空。

 ――狼は死角の外側。

 ――巨兵はアリスとの真正面。


 牽制・阻害・制圧。

 三つの役割が、常にアリスの攻撃動作に合わせて流動的に“入れ替わっている”。


(……これ、全部あいつの計算ってこと?)


 アリスは一瞬、背筋が粟立つ感覚を覚える。


 精霊の数や力量ではない。

 アストラ自身の観察力と、配置の最適化。

 体勢が崩されても、次の瞬間には別の精霊がカバーに入り、瞬く間に陣形を回復させる。


 その瞬間――風が動いた。


 横殴りの突風がアリスの足場を削る。

 体勢がわずかに乱れた瞬間、


「――っ!」


 紫電の狼が視界を狙う。

 閃光が走る。一瞬だけ視界を白く奪われ、足が止まる。

 その“止まり”を狙って、巨兵の拳が迫った。


 ただの妨害ではない。

 押し返すための明確な“攻勢”。


「っ、く……!」


 アリスは槍を叩きつけるように振り抜き、衝撃を相殺する。

 ガギィンッ! と嫌な音が響き、アリスの足が数センチ後ろへ滑る。


 ほんの一瞬――押された。


 観戦席に、低いざわめきが走る。

 王級が、押し込まれている。


「……ふぅ」


 アリスは、槍を握り直す。

 火が、再び高熱を帯びる。


「いいね。そっちがその気なら――」


 腰が沈む。

 槍先が、わずかに下がる。


 ただの王級の“突き”ではない。

 技量と速度を最大化した、“刺し貫くための型”。


 アストラは、片手を軽く上げる。


「……来るっすね」


 踏み込みの角度。

 槍を振る速度。

 攻撃後の

 すべてが、「起こる前提」で配置されている。


「やっぱ、やりにくいな……!」


 アリスは、地面を蹴った。


 一気に距離を取る。

 火力を上げる。

 槍の穂先が、さらに赤く染まり、白熱し始める。


 魔力が、再び引き上げられた。


 観戦席がどよめく。

 誰の目にも分かるほど、出力の桁が変わった。

 王級の本気。

 それを、真正面から叩き込む。


 ――だが。


 雷が視界を奪う。

 風が進路を歪める。

 巨兵が衝撃点を限定する。


 攻撃は、止まらない。

 だが、通らない。


 焼き切れない。

 押し切れない。


「……なるほど」


 アリスは、息を吐いた。


 焦りはない。苛立ちもない。

 ただ、理解しただけだ。


(これ、数の問題じゃない)


 精霊の数でも、出力差でもない。

 戦場が、最初からアストラの手の上で「整理」されている。


 アストラは、中央に立ったまま、一歩も動いていない。

 それでも、場の主導権は、完全に彼の側にあった。


「……面白いじゃん」


 アリスは、口角を上げる。


「正直、ここまでやるとは思わなかった」


「うれしいっすね。自分が王級に通用するとはっす」


 アストラは、軽く肩をすくめた。

 声に余裕はある。だが、油断はない。

 精霊たちは、常に最適位置を保っている。


「通用してるとは言ってないよ!」


 次の瞬間。

 アリスが、踏み込んだ。


 これまでより、低く。

 これまでより、速く。


 業火が、爆ぜる。

 今度は、真正面ではない。

 三体の配置の、わずかな“継ぎ目”を突く。


 力任せではない。

 王級の技量を、一点突破でぶつけにいく。


 精霊が、対応する。

 だが、一瞬だけ遅れた。


「――もらい!」


 槍が、雷の狼をかすめる。

 直撃ではない。それでも、毛皮を焼き払う確実な手応え。


 均衡が、わずかに揺れた。

 アストラの視線が、初めて鋭くなる。


「……やっぱ、王級半端ないっすね」


 アリスは、槍を構え直す。

 息は、少し荒い。

 だが、目は先ほどよりも輝いている。


「だろ?」


 火が、再び燃え上がる。

 業火の熱量が、明確に変わった。

 先ほどまでの“抑え”はない。

 槍を中心に集束していた魔力が、今度は身体全体へと循環していく。


 アリスの足元の地面が、じり、と溶解した。


「……へぇ」


 アストラの声が、わずかに低くなる。

 精霊たちの動きが、一瞬だけ止まった。

 停止ではない。

 “待ち”だ。


 アストラは、初めて視線を逸らさず、真正面からアリスを見る。


 魔力の流れ。密度。揺らぎの少なさ。

 そして――減らない。


(……これ、まだ余力あるっすね)


 出力を上げているのに、魔力の消耗が想定よりも遥かに遅い。

 短期決戦用の爆発力ではない。

 長時間維持を前提にした、王級特有の“循環”。


 アストラは、ゆっくりと息を吐いた。


「……なるほど」


 次の瞬間。


 雷が、前に出た。

 これまでの牽制ではない。

 一直線に、アリスの喉元へ向かう加速。


「――っ!」


 アリスが反応するより早く、風が背後を取る。

 同時に、巨兵が横から質量弾のように迫った。


 三体が、同時に“攻め”に転じる。


 包囲ではない。挟撃でもない。

 逃げ道を潰したうえで、確実に殺しに来ている。


「……っ、来た!」


 アリスは即座に迎撃に入る。

 槍を振る。火が走る。


 だが、雷は止まらない。風は退かない。巨兵は割れない。


 三体が、それぞれ“一歩だけ”深く踏み込む。

 その一歩が、今までで最も重い。


 ――アストラが、初めて攻めに出た。


 中央に立ったまま、彼は一歩も動かない。

 だが、戦場の圧が、明確に変わった。


(……これ、受けに回ったらまずい)


 アリスは理解する。

 今までの攻防は、アストラが“安全圏”で組み立てていた。

 だが、今は違う。

 こちらの魔力底を見て、「リスクを負ってでも攻め落とせる」と判断した。


 それだけのこと。


 アリスは、舌打ちする。


「……判断、早すぎ」


 火力を落とす。

 その代わり、動きを極限まで絞る。

 槍の軌道が、最短になる。


 雷を弾く。

 風を裂く。

 巨兵を叩く。


 すべてが、紙一重。

 熱が擦過する。衝撃が腕に残る。


 観戦席が、息を呑んで静まり返る。

 攻防が、完全に拮抗した。


 アストラは、初めて口角を上げる。


「……いいっすね」


 精霊たちの動きが、さらに鋭くなる。

 もう、“測って”はいない。


 アリスも、笑った。


「でしょ?」


 火が、槍に絡みつく。


 王級と、制度外。

 本当のぶつかり合いは、ここからが本番だった。

 

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