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34話
【序列戦】。
上位生徒同士が公式に力を示す、学院でも数少ない公開行事。
演習場へ向かう通路には人が溢れ、期待と好奇心が混じったざわめきが、空気を軽く震わせていた。
今日の対戦表は、前日から掲示されている。
その中で、最初に注目を集めていたのは――
序列第六位 対 第七位。
派手さはないが、実力が拮抗していると評判の一戦。
後の王級戦への“前哨”として、十分な見応えがあると見られていた。
だが。
開始時刻が近づいても、第六位の姿は、どこにも見当たらなかった。
控室の扉は閉じられたまま。
呼び出しにも応答がない。
しばらくして、無機質なアナウンスが場内に流れる。
『――体調不良による、試合延期』
医務室の判断。
本日の出場は不可。
順位変動なし、後日再調整。
それだけだった。
理由としては、十分すぎるほどだ。学院では、珍しいことではない。
序列戦は短距離の勝負ではなく、長期間をかけて実力を測る制度だ。
一試合の延期など、全体から見れば誤差の範囲に過ぎない。
観戦席の空気も、すぐに落ち着いた。
落胆はあるが、不満はない。
むしろ、関心は自然と次へ移っていく。
今日の本命――
第三位と第四位の対戦が控えているのだから。
掲示板の対戦表から、第六位の名前が、そっと外される。
代わりに残ったのは、空白と、延期の二文字。
それを気に留める者は、ほとんどいなかった。
体調不良。
それ以上でも、それ以下でもない。
――その裏で、一人の生徒が痕跡ごと消えたことになど、誰も気づきもしなかった。
◆
演習場の空気が、静かに張り詰めていく。
先ほどまでの延期騒ぎが嘘のように、観戦席は熱気と落ち着きを取り戻していた。
視線の先にあるのは、すでに何度も見慣れた光景――それでも、上位同士の対戦が始まる直前特有の、ピリついた緊張が残っている。
闘技場に立つのは二人。
序列第三位、アリス・フェンリズ。
背後には、赤熱する陽炎のような魔力が揺らめいている。
対するは、序列第四位、アストラ・ノーグ。
ポケットに手を突っ込み、表情はいつも通り緩い。構えと呼べるものすらなかった。
「はじめ!」
開始の合図が、短く弾ける。
最初に動いたのは、アストラだった。
いや、アストラ本人は一歩も動いていない。
彼の周囲で、三つの気配が同時に立ち上がった。
紫電を纏う【狼】。
暴風を操る【鷹】。
そして、鋼鉄の巨躯を持つ【巨兵】。
精霊が、三体。
詠唱破棄による同時召喚。
しかも、完全な形での実体化。
観戦席に、どよめきが走る。
【精霊実体化戦闘】。
一柱でも高度な技術を要するそれを、三体同時に行う。その異常さは、強者であればあるほど肌で理解できた。
「三柱の複数契約者ですか。属性もバラバラ。よく制御できていますわね」
観戦席のさらに上の貴賓席で、扇子を揺らしながら序列第二位、ルシア・アルステッドが呟く。
「ええ、とても器用な方です。あの出力を維持するには膨大な魔力、そして何より、脳を三分割するような継続的な集中力が必要です。あれが彼の全力だといいのですが」
同じ場所にいるアリアが、冷静に分析を返す。
「相性も良くはありませんわね。それでも打倒してみせなければならないのが、王級契約者の務めですが」
アリアは二人から視線を逸らさない。
三体の精霊の配置。
アリスとの距離。
そして、中央から一歩も動かないアストラ自身。
命令の声はない。誘導の仕草もない。
精霊が自律して動いているように見えるが、それは“放置”とは違う。
(彼自身が、戦闘の設計者として機能している)
よほど戦闘経験値が高いとみたアリアは、目を細める。
「戦闘経験は、あちらのほうが上ですわね」
ルシアも同様の思考をしていたようで、アリアと意見が一致する。
「――ええ。この勝負、格の差だけでは勝てませんわ」
◆
「やるなぁ!」
「あざっすー」
アリスは一歩、後退する。
その手には、すでに紅蓮の炎が握られていた。
「【精霊装具化】――展開!【業火滅槍】!」
アリスの意思に応え、爆炎が一本の巨大な長槍へと形を変える。
切っ先から放たれる熱波だけで、会場全体の気温が一気に跳ね上がった。
「……うわ、あっつ。さすがは王級っすね」
アストラは額の汗を拭う仕草を見せるが、その目は笑っていない。
「一匹ずつやる!」
アリスは床を蹴った。
爆発的な加速。狙うは紫電の狼。
確実な一撃で数を減らす――その判断は正しい。
だが――
三方向からの同時干渉は、それを許さなかった。
ガギィンッ!
槍を受け止めたのは、鋼鉄の巨兵だ。
狼を狙った軌道上に、いつの間にか割り込んでいた。
「チッ!」
アリスが追撃しようとした瞬間、死角から風の刃が飛来する。上空の鷹だ。
回避のために足を止めれば、今度は狼が紫電を撒き散らしながら足元を狙う。
一体が防御。
一体が牽制。
一体が奇襲。
役割分担が、あまりにも自然すぎる。
アストラからの命令はない。
連携というより、「そう動くのが最適解」とシステムに組み込まれているかのような配置。
アリスは、歯を噛みしめる。
「面倒だな」
魔力量では圧倒的に勝っている。
出力も、精霊の格も、王級として不足はない。
あんな上級精霊など、一撃さえ入れば消し炭にできる。
それでも、押し切れない。
攻撃を撃てば、必ずどこかが塞がれる。
退けば、逃げ道が残らない。
精霊の数ではない。
視界の問題でもない。
――戦場そのものが、整理されている。
アストラは、中央に立ったままだ。
派手な動きは一切ない。
ただ、三体の精霊が呼吸をするように動く。
それだけで、アリスという暴力を封じ込めている。
アリスは一瞬だけ、呼吸を整えた。
次の瞬間、火が弾ける。
アリスの髪が逆立ち、瞳が赤く輝く。
小手先の連携など、火力で塗りつぶす。
王級精霊の出力を、さらに一段階引き上げた。
これ以上、抑える意味はない。
真正面から、打ち抜く。
その選択に、迷いはなかった。
「吹っ飛べぇぇぇッ!!」
業火の槍が、巨兵ごとアストラを貫こうと放たれる。
だが――
雷が落ちて軌道をずらし、
風が炎の勢いを殺し、
硬質な魔力装甲を全展開した巨兵が、真正面から衝撃を受け止める。
ドオオオォォォンッ!!
爆風が晴れる。
巨兵の腕は砕け散っていた。
だが――攻撃は「止まった」。
相殺ではない。
分解でもない。
三位一体の防御陣形が、王級の一撃を耐えきったのだ。
アリスは、はっきりと理解する。
(……こいつ)
王級ではない。
精霊単体の性能も高くない。
だが、決して弱者ではない。
“王級”という制度の外側で、
異なる形に完成している怪物だ。
「……アリアが油断するなって言ってた意味がわかったよ。油断なんてしてないけどさ!」
火が、再び揺らめく。
アリスの顔に、好戦的な笑みが戻る。
勝負は、まだ続く。
だが――
この瞬間、序列という数字以上の「実力差」が、静かに浮かび上がっていた。




