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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第3章

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34話


 【序列戦オーダー】。

 上位生徒同士が公式に力を示す、学院でも数少ない公開行事。


 演習場へ向かう通路には人が溢れ、期待と好奇心が混じったざわめきが、空気を軽く震わせていた。


 今日の対戦表は、前日から掲示されている。

 その中で、最初に注目を集めていたのは――


 序列第六位 対 第七位。


 派手さはないが、実力が拮抗していると評判の一戦。

 後の王級戦への“前哨”として、十分な見応えがあると見られていた。


 だが。


 開始時刻が近づいても、第六位の姿は、どこにも見当たらなかった。

 控室の扉は閉じられたまま。

 呼び出しにも応答がない。


 しばらくして、無機質なアナウンスが場内に流れる。


『――体調不良による、試合延期』


 医務室の判断。

 本日の出場は不可。

 順位変動なし、後日再調整。


 それだけだった。

 理由としては、十分すぎるほどだ。学院では、珍しいことではない。


 序列戦は短距離の勝負ではなく、長期間をかけて実力を測る制度だ。

 一試合の延期など、全体から見れば誤差の範囲に過ぎない。


 観戦席の空気も、すぐに落ち着いた。

 落胆はあるが、不満はない。

 むしろ、関心は自然と次へ移っていく。


 今日の本命――

 第三位と第四位の対戦が控えているのだから。


 掲示板の対戦表から、第六位の名前が、そっと外される。

 代わりに残ったのは、空白と、延期の二文字。


 それを気に留める者は、ほとんどいなかった。


 体調不良。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 ――その裏で、一人の生徒が痕跡ごと消えたことになど、誰も気づきもしなかった。



 演習場の空気が、静かに張り詰めていく。


 先ほどまでの延期騒ぎが嘘のように、観戦席は熱気と落ち着きを取り戻していた。

 視線の先にあるのは、すでに何度も見慣れた光景――それでも、上位同士の対戦が始まる直前特有の、ピリついた緊張が残っている。


 闘技場に立つのは二人。


 序列第三位、アリス・フェンリズ。

 背後には、赤熱する陽炎のような魔力が揺らめいている。


 対するは、序列第四位、アストラ・ノーグ。

 ポケットに手を突っ込み、表情はいつも通り緩い。構えと呼べるものすらなかった。


「はじめ!」


 開始の合図が、短く弾ける。


 最初に動いたのは、アストラだった。

 いや、アストラ本人は一歩も動いていない。


 彼の周囲で、三つの気配が同時に立ち上がった。


 紫電を纏う【狼】。

 暴風を操る【鷹】。

 そして、鋼鉄の巨躯を持つ【巨兵ゴーレム】。


 精霊が、三体。

 詠唱破棄による同時召喚。

 しかも、完全な形での実体化。


 観戦席に、どよめきが走る。


 【精霊実体化戦闘アストラル・マテリアライズ】。

 一柱でも高度な技術を要するそれを、三体同時に行う。その異常さは、強者であればあるほど肌で理解できた。


「三柱の複数契約者ですか。属性もバラバラ。よく制御できていますわね」


 観戦席のさらに上の貴賓席で、扇子を揺らしながら序列第二位、ルシア・アルステッドが呟く。


「ええ、とても器用な方です。あの出力を維持するには膨大な魔力、そして何より、脳を三分割するような継続的な集中力が必要です。あれが彼の全力だといいのですが」


 同じ場所にいるアリアが、冷静に分析を返す。


「相性も良くはありませんわね。それでも打倒してみせなければならないのが、王級契約者の務めですが」


 アリアは二人から視線を逸らさない。


 三体の精霊の配置。

 アリスとの距離。

 そして、中央から一歩も動かないアストラ自身。


 命令の声はない。誘導の仕草もない。

 精霊が自律して動いているように見えるが、それは“放置”とは違う。


(彼自身が、戦闘の設計者として機能している)


 よほど戦闘経験値が高いとみたアリアは、目を細める。


「戦闘経験は、あちらのほうが上ですわね」


 ルシアも同様の思考をしていたようで、アリアと意見が一致する。


「――ええ。この勝負、格の差だけでは勝てませんわ」



「やるなぁ!」

「あざっすー」


 アリスは一歩、後退する。

 その手には、すでに紅蓮の炎が握られていた。


「【精霊装具化スピリット・アームズ】――展開!【業火滅槍ラグナ・ヴォルカ】!」


 アリスの意思に応え、爆炎が一本の巨大な長槍へと形を変える。

 切っ先から放たれる熱波だけで、会場全体の気温が一気に跳ね上がった。


「……うわ、あっつ。さすがは王級っすね」


 アストラは額の汗を拭う仕草を見せるが、その目は笑っていない。


「一匹ずつやる!」


 アリスは床を蹴った。

 爆発的な加速。狙うは紫電の狼。

 確実な一撃で数を減らす――その判断は正しい。


 だが――

 三方向からの同時干渉は、それを許さなかった。


 ガギィンッ!


 槍を受け止めたのは、鋼鉄の巨兵だ。

 狼を狙った軌道上に、いつの間にか割り込んでいた。


「チッ!」


 アリスが追撃しようとした瞬間、死角から風の刃が飛来する。上空の鷹だ。

 回避のために足を止めれば、今度は狼が紫電を撒き散らしながら足元を狙う。


 一体が防御。

 一体が牽制。

 一体が奇襲。


 役割分担が、あまりにも自然すぎる。


 アストラからの命令はない。

 連携というより、「そう動くのが最適解」とシステムに組み込まれているかのような配置。


 アリスは、歯を噛みしめる。


「面倒だな」


 魔力量では圧倒的に勝っている。

 出力も、精霊の格も、王級として不足はない。

 あんな上級精霊など、一撃さえ入れば消し炭にできる。


 それでも、押し切れない。


 攻撃を撃てば、必ずどこかが塞がれる。

 退けば、逃げ道が残らない。


 精霊の数ではない。

 視界の問題でもない。


 ――戦場そのものが、整理されている。


 アストラは、中央に立ったままだ。

 派手な動きは一切ない。

 ただ、三体の精霊が呼吸をするように動く。

 それだけで、アリスという暴力を封じ込めている。


 アリスは一瞬だけ、呼吸を整えた。


 次の瞬間、火が弾ける。

 アリスの髪が逆立ち、瞳が赤く輝く。


 小手先の連携など、火力で塗りつぶす。

 王級精霊の出力を、さらに一段階引き上げた。

 これ以上、抑える意味はない。


 真正面から、打ち抜く。

 その選択に、迷いはなかった。


「吹っ飛べぇぇぇッ!!」


 業火の槍が、巨兵ごとアストラを貫こうと放たれる。


 だが――


 雷が落ちて軌道をずらし、

 風が炎の勢いを殺し、

 硬質な魔力装甲を全展開した巨兵が、真正面から衝撃を受け止める。


 ドオオオォォォンッ!!


 爆風が晴れる。

 巨兵の腕は砕け散っていた。

 だが――攻撃は「止まった」。


 相殺ではない。

 分解でもない。

 三位一体の防御陣形が、王級の一撃を耐えきったのだ。


 アリスは、はっきりと理解する。


(……こいつ)


 王級ではない。

 精霊単体の性能も高くない。

 だが、決して弱者ではない。


 “王級”という制度の外側で、

 異なる形に完成している怪物だ。


「……アリアが油断するなって言ってた意味がわかったよ。油断なんてしてないけどさ!」


 火が、再び揺らめく。

 アリスの顔に、好戦的な笑みが戻る。


 勝負は、まだ続く。


 だが――

 この瞬間、序列という数字以上の「実力差」が、静かに浮かび上がっていた。

 

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