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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第2章

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 森を駆けながら、ミナは何度も測定器を確認していた。


 水晶盤の針は、先ほどまで確かに振れていた。

 C区とは思えない異常数値。

 暴走した精霊由来の、特級クラスの反応。


 それを、追っていたはずだった。


「……おかしいです」


 思わず、声が漏れる。


 針が、動かない。

 ――いや、違う。


 “元に戻った”わけじゃない。

 ゼロでもない。安定でもない。

 ただ、そこに反応が存在しない。


「……消えた?」


 ありえない。

 あの規模の魔力が、急激に収束することはあっても、痕跡ごと消失するなど、聞いたことがない。


 ミナは立ち止まりかけた足を、無理やり前に出した。


(そんなはず……ない……)


 ふと、周囲の気配に違和感を覚える。

 前を走っていたアリアが、足を止めていた。

 隣のアリスも、同じように立ち尽くしている。


 二人とも、測定器を見ていない。

 ただ、森の奥を――“何かを確かめるように”見つめていた。


「……アリアさん?」


 呼びかけると、少し遅れて視線がこちらに向く。

 その表情は、困惑でも警戒でもない。

 理解を拒否された――そんな顔だった。


「……感じない?」


 アリスが、短く言う。

 ミナは、息を呑んだ。


「……はい」


 魔力として、感知できない。

 数値にもならない。

 それなのに――“何かが起きた”ことだけは、肌感覚として分かる。


「先ほどまでの強い魔力が、嘘みたいに感じられません」


 暴風の前兆だったはずの空気は、不自然なほど静まり返っていた。

 嵐の後ではない。

 嵐そのものが、最初から存在しなかったかのような、人工的な静けさ。


「……終わったのか?」


 アリスの言葉に、誰もすぐには答えなかった。

 少しして、アリアが低く言う。


「……ええ、恐らくは」


 理由は、語られない。

 語れないのだと、ミナは悟った。

 説明できる魔力じゃない。理解できる現象でもない。


 それでも――

 “裁定が下された”。

 そんな厳粛な感覚だけが、全員に共有されていた。


(……ナギさん……)


 胸の奥が、嫌な予感で締め付けられる。

 測定器を握る指が、僅かに震えた。

 数値も、反応も、指標もない。


(……無事でいてください)


「近いです。急ぎましょう」


 アリアの言葉に合わせて、三人は再び動き出した。



「……いた」


 森の奥へしばらく進むと、王級の二人は足を止める。

 ミナも合わせてその場で止まる。


「……あれは、なんだ?」


 アリスの声は、低く抑えられていた。


 視線の先。

 倒木と砕けた岩の向こうに、人影が見える。


 三人。

 立っている者が二人。

 そして――座り込んでいる、一人。


「……ナギさん……?」


 ミナは、思わず名を口にしていた。

 距離はある。だが、見間違えるはずがなかった。


 エルド。

 シオン。

 そして、ナギ。


「……生きて、ますね」


 アリスが、安堵の息を吐く。

 だが、すぐには駆け出さない。

 三人とも、本能的に分かっていた。


 “終わっている”のに、“普通じゃない”。


 空間そのものが、歪んだまま残っている。

 ミナは、測定器をもう一度見た。


 ――反応なし。


 なのに、目の前の光景は、明らかに異常だった。

 地面は抉れ、木々は薙ぎ倒され、岩は数百年かけて風化したようにさらさらに砕け散っている。

 災害の痕跡だけが、そこにある。


「……なにがあったんです?」


 ミナは王級二人に問いかける。


「わかりません。……これほどの規模の戦闘があって、魔力が全く残らないなんてこと……」


 アリアが首を振る。


「……アリア」


 アリスが何かに気づく。


「あの光の粒子……」


「ええ、私も考えていました。あの時と同じですね」


 王級の二人は、空気中にわずかに漂う、残照に映える金色の煌めきに視線を移していた。


「あの序列第8位の戦いの……だよな?」


「間違いありません。状況的にみても、シオンさんが解決したのでしょう。ただ――」


 アリアの声が曇る。


「あの様子じゃ、全て解決したわけでは無さそうだね」


「……え?」


 話を進める王級二人について行くことができず、ミナはその場で狼狽えるしかなかった。


「ナギさんから精霊の気配を、全く感じることができません」


 アリアが補足するように、沈痛な面持ちで状況を説明する。


「とにかく、早く合流しよう」


 アリスの声で、三人はナギ達の元へと向かう。



 辺りは異様な雰囲気に包まれていた。


 胸元を押さえ、悲痛な表情を浮かべるナギと、それを守るように立つシオンとエルド。


「……ピュール」


 ナギが話せそうな雰囲気がないため、アリアはシオンに問いかける。


「シオンさん、何があったのですか?」


「あ、あぁ。ミナが呼んでくれたのか。悪いけど、何が起きたのかは僕たちも分からないんだ。僕たちが到着した頃にはこうなっていて……暴走しているナギの精霊を、どうにか収めたところなんだ」


 シオンの言葉には、意図的な曖昧さがあった。


「暴走?」


「ああ。だが、ナギがこの調子だ。詳細については、一旦しっかり調べる必要があるな。とりあえずは、終わったと考えていいだろう」


 今度はエルドが答える。

 これ以上は踏み込ませない、という壁のような圧を含んでいた。


「……そうですね。当事者のナギさんがこれでは……。とにかく拠点に戻りましょう。後ほど、お話しを聞かせてください」


「わかった」


 それ以上、説明しようとはしない。

 いや――できない、という方が正しかった。

 アリアとアリスも、一度だけ視線を交わし、それ以上問うのをやめた。


 ミナは、その様子を見て一歩前に出る。


「……ナギさん」


 名前を呼ぶと、ナギの肩がわずかに揺れた。

 顔は上がらない。

 だが、確かに“聞こえている”。


 ミナは、慎重に距離を詰め、視線を合わせる位置までしゃがみ込む。


「……無事で、よかったです」


 それだけ言うのが、精一杯だった。

 励ましでも、慰めでもない。

 事実を、そのまま伝える言葉。


 ナギはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……うん」


 かすれた声。

 それでも、確かな返事だった。


 エルドが、ナギの方を見て一言だけ告げる。


「歩けるか?」


 ナギは一瞬だけ迷い、ゆっくりと立ち上がった。


「……大丈夫や」


 その言葉に、シオンがすぐ隣に立つ。

 支えるでもなく、離れすぎるでもない距離。


 ミナは、その配置を見て理解した。

 ――もう、この三人は“当事者側”だ。

 自分たちは、今は踏み込めない。


「……帰りましょう」


 アリアの合図で、一行は歩き出す。


 森は、相変わらず静かだった。

 だが、その静けさはもう、“何も起きていない”静けさではなかった。


 何かが、確実に終わり、そして始まった後の――重たい静けさだった。

 

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