27
森を駆けながら、ミナは何度も測定器を確認していた。
水晶盤の針は、先ほどまで確かに振れていた。
C区とは思えない数値。
暴走した精霊由来の、異常反応。
それを、追っていたはずだった。
「……おかしいです。」
思わず、声が漏れる。
針が、動かない。
――いや、違う。
“元に戻った”わけじゃない。
ゼロでもない。
安定でもない。
ただ、そこに反応が存在しない。
「……消えた?」
ありえない。
あの規模の魔力が、急激に収束することはあっても、
痕跡ごと消えるなど、聞いたことがない。
ミナは立ち止まりかけた足を、無理やり前に出した。
(そんなはず……ない……。)
ふと、周囲の気配に違和感を覚える。
アリアが、足を止めていた。
隣を走っていたアリスも、同じように立ち尽くしている。
二人とも、測定器を見ていない。
ただ、森の奥を――
“何かを確かめるように”見つめていた。
「……アリアさん?」
呼びかけると、少し遅れて視線がこちらに向く。
その表情は、困惑でも警戒でもない。
理解を拒否された――そんな顔だった。
「……感じない?」
アリスが、短く言う。
ミナは、息を呑んだ。
「……はい。」
魔力として、感知できない。
数値にもならない。
それなのに――
“何かが起きた”ことだけは、はっきり分かる。
「先ほどまでの強い魔力が感じられません。」
暴風の前兆だったはずの空気は、
不自然なほど、静まり返っていた。
嵐の後ではない。
嵐が存在しなかったかのような静けさ。
「……終わったのか?」
アリスの言葉に、誰もすぐには答えなかった。
少しして、アリアが低く言う。
「……ええ、恐らくは。」
理由は、語られない。
語れないのだと、ミナは悟った。
説明できる魔力じゃない。
理解できる現象でもない。
それでも――
“裁定が下された”。
そんな感覚だけが、全員に共有されていた。
(……ナギさん……)
胸の奥が、嫌な予感で締め付けられる。
測定器を握る指が、僅かに震えた。
数値も、反応も、指標もない。
(……無事でいてください。)
「近いです。急ぎましょう。」
アリアの言葉に合わせて3人は再び動き出した。
◆
「……いた。」
森の奥へしばらく進むと、王級2人は足を止める。
ミナも合わせてその場で止まる。
「……あれはなんだ?」
アリスの声は、低く抑えられていた。
視線の先。
倒木と砕けた岩の向こうに、人影が見える。
三人。
立っている者が二人。
そして――座り込んでいる、一人。
「……ナギさん……?」
ミナは、思わず名を口にしていた。
距離はある。
だが、見間違えるはずがなかった。
エルド。
シオン。
そして、ナギ。
「……生きて、ますね。」
アリスが、息を吐く。
だが、すぐには駆け出さない。
三人とも、本能的に分かっていた。
“終わっている”のに、
“普通じゃない”。
空間そのものが、歪んだまま残っている。
ミナは、測定器をもう一度見た。
――反応なし。
なのに、目の前の光景は、明らかに異常だった。
地面は抉れ、木々は薙ぎ倒され、
岩は風化したように砕け散っている。
災害の痕跡だけが、そこにある。
「……なにがあったんです?」
ミナは王級2人に問いかける。
「わかりません。……これほどの規模の戦闘があって、魔力が全く残らないなんてこと……。」
アリアが答える。
「……アリア。」
アリスが何かに気づく。
「あの光の粒子……。」
「ええ、私も考えていました。あの時と同じですね。」
王級2人は、見覚えのある残照に映える煌めきに視線を移していた。
「あの第8位の戦いの……だよな?」
「間違いありません。状況的にみても、シオンさんが解決したのでしょう。ただ――」
「あの様子じゃ、全て解決したわけでは無さそうだね。」
「……え?」
話を進める王級2人について行くことができないミナはその場で狼狽えるしかなかった。
「ナギさんから精霊を全く感じることができません。」
アリアが補足するように状況を説明する。
「とにかく、早く合流しよう。」
アリスの声で3人はナギ達の元へと向かう。
◆
辺りは異様な雰囲気に包まれていた。
胸元を押さえ、悲痛な表情を浮かべるナギと、それを見つめるシオンとエルド。
「……ピュール。」
ナギが話せそうな雰囲気がないため、アリアはシオンに問いかける。
「シオンさん、何があったのですか?」
「あ、あぁ。ミナが呼んでくれたのか。悪いけど何が起きたのかは僕たちもわからないんだ。僕たちが到着した頃にはこうなっていて、暴走しているナギの精霊をようやく収めたところなんだ。」
「暴走?」
「ナギがこの調子だから、何が起きたかは一旦しっかり調べる必要があるな。とりあえずは終わったと考えていいだろう。」
今度はエルドが答える。
「そうですね。当事者のナギさんがこれでは……。とにかく拠点に戻りましょう。シオンさん達もお話しを聞かせてください。」
「わかった。」
それ以上、説明しようとはしない。
いや――できない、という方が正しかった。
ミナは、その様子を見て一歩前に出る。
「……ナギさん」
名前を呼ぶと、ナギの肩がわずかに揺れた。
顔は上がらない。
だが、確かに“聞こえている”。
ミナは、慎重に距離を詰め、視線を合わせる位置までしゃがみ込む。
「……無事で、よかったです」
それだけ言うのが、精一杯だった。
励ましでも、慰めでもない。
事実を、そのまま伝える言葉。
ナギはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……うん」
かすれた声。
それでも、確かに返事だった。
エルドが、ナギの方を見て一言だけ告げる。
「歩けるか?」
ナギは一瞬だけ迷い、ゆっくりと立ち上がった。
「……大丈夫や」
その言葉に、シオンがすぐ隣に立つ。
支えるでもなく、離れすぎるでもない距離。
ミナは、その配置を見て理解した。
――もう、この三人は“当事者側”だ。
自分たちは、今は踏み込めない。
「……帰りましょう」
アリアの合図で、一行は歩き出す。
森は、相変わらず静かだった。
だが、その静けさはもう、
“何も起きていない”静けさではなかった。
何かが、確実に終わり、そして始まった後の静けさだった。




