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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第2章

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 高い天井から、柔らかな光が差し込んでいた。


 白い石で整えられた広間は静かで、足音さえも遠慮がちに響く。

 窓の向こうには、手入れの行き届いた庭園が広がっていた。


 人の気配は少ない。

 けれど、ここが常に見張られ、守られている場所だということだけは、子どもでも分かるほどだった。

 

「ナギ」


 呼ばれて、振り返る。

 そこにいたのは、母だった。


 柔らかな色のドレス。少し困ったような笑顔。

 近くにいるはずなのに、距離があるように感じる。


「そんなに急がなくていいのよ」


 声は、優しい。

 けれど、その声がどこから聞こえているのか分からない。


「今日は、おめでたい日なんだから」


 おめでたい日。

 そうだったはずだ。

 何かを祝う日だった気がする。けれど、何を祝うのかが思い出せない。


 周囲を見回すと、先ほどまでいなかったはずの大勢の人がいる。

 けれど、誰一人として顔が見えなかった。

 影のように立っているだけで、声も、気配も薄い。


 胸の奥が、ざわつく。


「……お母さん?」


 呼びかけた瞬間、風の音が止んだ。

 空の色が、わずかに暗くなる。

 鈴の音が、遠ざかる。


「ナギ」


 母が、もう一度名前を呼ぶ。

 その声は、さっきよりも低く、硬かった。


「聞いて。よく、聞いて」


 母が一歩、近づこうとする。

 けれど、その動きが途中で止まる。

 見えない何かが、母とこちらの間に割り込んだ。


 母の表情が変わる。

 恐怖ではない。怒りでもない。


 ――決意だ。


「約束して」


 その瞬間、母の姿が急に近づいた。

 手を取られる。強く、震える手。


「どんなことがあっても、生きなさい」


 強い口調だった。


「振り返らなくていい。選ばなくていい」


 言葉が、胸に突き刺さる。


「あなたは、あなたのままでいい。あなたの幸せが私の幸せなんだから」


 次の瞬間。

 背中を、強く押された。


 世界が反転する。


「――お母さん!!」


 叫んだ声は、途中で掻き消えた。

 光が潰れ、音が歪み、足元がなくなる。


 最後に見えたのは――

 その場に立ち竦む母の姿。

 それでも必死に手を伸ばし、叫んだ瞬間だった。



「お母さん!」


 ナギは、跳ね起きた。

 喉がひりつくほど渇いている。

 大量の寝汗で、制服が肌に張り付いて冷たかった。


「……なんや……夢、かいな……」


 荒い呼吸を整えようとする。

 だが、すぐに気づいた。

 ここが自分のベッドでも、実習先のテントでもないことに。


 薄暗い部屋。薬品の匂い。

 そして――。


「ようやく目を覚ましたか、ナギ・ハイデンシュローム」


「……っ!」


 低い声。

 ぼやけている視界の先、白衣を着た男の姿があった。


 ナギは普段では考えられない速度で思考を回転させる。

 ここはどこか。目の前の男は誰か。なぜ自分はここにいるのか。


「……久々に聞いたわぁ、その名前。アンタ、どこかで会うたことあるん?」


 震えを押し殺し、努めて軽い口調で返す。


「はじめましてだ。ナギ・ハイデンシュローム。いや……ハイデンシュローム王国第一皇女よ」


「なんや、全部知っとるんか。……何が目的や?」


「目的か。単純だよ」


 男は、白衣のポケットに手を入れたまま淡々と言った。


「君は“素材”として、非常に価値が高い」


「……素材?」


「王族の血。若年。精霊適性が高く、しかも自我が強い」


 まるで実験レポートを読み上げるような口調。


「壊れにくく、観測しやすい。理想的だ」


「……それがなんやっていうんや」


「なぁに、それこそが我々の目的に一致しているということだよ」


「だからその目的を教えろって言ってんねん」


「我々が世界を統べるための第一歩さ。君はそのための糧となる。悪いようにはしない。君の価値は我々が保証しよう」


「人をなんだと思ってんねん」


「人は人だよ。だからこそ価値がある」


 男は、ほんの少しだけ首を傾げる。

 その仕草には、人間らしい感情が欠落していた。


「王級精霊との契約は、本来“選ばれた個体”にしか成立しない」


「そんなん当たり前やろ。あんなんがうじゃうじゃいてたまるかい」


「だが、もし――」


 一拍、間を置く。


「条件を揃え、環境を整え、無理やり“成立させられる”としたら?」


 ナギの背筋に、冷たいものが走った。


「……アホな話やな」


「そうだ。だから面白い」


 男は、初めてわずかに笑った。


「君たちはこれを“奇跡”だと思っている。だが我々は、それを“再現可能な現象”に変えたいだけだ」


 静かに、結論を告げる。


「君は、そのための実験体だ。ナギ・ハイデンシュローム」


「そないなこと聞いて『わかりました!』なんて答えるやつはおらんやろ! ピュール!」


 名前を呼んでも、相棒の風精霊からの応答がない。

 身体を動かそうとして、ようやく気づいた。


 動かない。

 手首と足首に、何かが触れている。

 鎖ではない。冷たくも重くもない。

 だが、確実に“固定”されていた。


 力を込めると、空気がわずかに歪む。

 同時に、頭の奥がじんと痺れた。


「無駄だよ」


 白衣の男が、興味深そうに告げる。


「それ以上動くと、精神側に負荷がかかる。身体ではなく、“契約領域”にね」


 ナギは奥歯を噛みしめた。

 ――精霊に干渉する拘束。

 聞いたことはある。だが、実物を体験するのは初めてだった。


「物理的な拘束でないから、事故も起こるまい。そこで大人しくしていろ。すぐに終わらせる」


「なにをするつもりや」


 ナギは、抵抗が無駄だと悟ると、即座に時間稼ぎへシフトした。

 情報を引き出し、隙を窺う。それしか生き残る道はない。


「安心したまえ。悪いようにはしないと言っただろう。むしろ喜ぶかもしれないな。君は今から王級精霊契約者となるのだ」


「……っ!」


 ナギは気づいた。

 反応しないピュール。無数の違和感。そして、部屋全体に満ちている異常な魔力濃度に。

 それは新しい力を得る予兆ではない。

 今ある絆が、上書きされようとしている気配だ。


「おい! アンタ、ピュールになにしたん!」


「なにもしてないさ。今は……ね」


 白衣の男はナギから少し離れると、両手を広げて叫んだ。


「さぁ! 我々の第一歩だ! 世界の始まりだ! 喜べ! 笑え! そして慄け!

 人類が到達できる最高地点をお見せしよう!」

 

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