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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第2章

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 外部実習の前日。


 学院の敷地を出てすぐの大通りにある魔導具街は、朝から生徒たちで賑わっていた。

 新入生向けの実習が近いせいか、どの店先にも「実習応援セット!」といった看板が踊り、魔力ランタンや保存食、簡易結界札といった実用品が飛ぶように売れている。


「やっぱ買い物って楽しいよな! ほらシオン、この『携帯食料(激辛味)』とかどうや? 眠気覚ましにええで!」


 棚を見回しながら、ナギがやたらと楽しそうに赤いパッケージを手に取る。


「却下だ。実習の準備に来たんだろ? ピクニックじゃないんだから」


 シオンは肩をすくめて棚に戻させた。


「ええやんか。実習って言っても調査やろ? 実戦的で危ない場所は王級とか上位組が行くんやし、ウチらは安全なC区やで?」


「……そのセリフ、すべてがフラグに聞こえるんだが」


 シオンはため息交じりに呟く。


「油断してる時ほど、想定外は起きるものだ」


「エルドは心配性すぎやって」


「慎重と言ってほしいな」


 そんな三人のやり取りを横目に、ミナは少し離れた棚の前で立ち止まっていた。

 そこは最新の魔導具ではなく、少し埃を被った型落ち品が並ぶワゴンセールのようなコーナーだった。


 彼女が見つめていたのは、掌サイズの箱。

 水晶盤と細い金属針が組み合わされた、古めかしい計器だ。


「……これ、安いです」


 ミナが小さく呟く。


「なにそれ?」


 シオンが後ろから覗き込む。


「簡易魔力測定器……です。

 本来は遺跡調査用というより、研究室での補助向けなんですけど……」


 ミナは少し迷ってから、熱心に説明を続けた。


「学院の設備みたいに詳細な数値を測ることはできません。でも、針の振れ方で精霊や周囲の魔力が『想定とズレていないか』を見るだけなら、むしろ直感的で分かりやすくて……」


「お、ええやん。ミナらしいわ」


 ナギが笑って背中を叩く。


「でもC区なんだろ? 魔物もほとんど出ないって説明だったし、必要ないんじゃないか?」


「……そうですね」


 ミナは一度頷き、名残惜しそうに箱を置こうとした。


「念の為、ですけど……やっぱり無駄遣いですよね」


 その言葉に、エルドが鋭い視線を向ける。


「……いや、持っておいて損はない。機械は嘘をつかないからな」


「わかった。なら、それ買っておこうか」


 シオンはあっさりと商品を手に取り、自分のカゴに入れた。


「えっ、あ、いいえ! 自分の分は自分で……!」


「いいよ。パーティの共有備品ってことで」


 深い意味はない。

 ただ、仲間が必要だと思ったものを否定する理由がなかっただけだ。それに、ミナの勘は馬鹿にできないとシオンは知っている。


 会計を済ませ、店を出る。

 昼前の空は高く澄んでいて、街はいつも通り平和だった。


「ほんま、何事もなさそうやなぁ」


 ナギが大きく背伸びをする。

 ミナは買ってもらった測定器を大切そうに鞄にしまいながら、何気なく空を見上げた。



実習当日。


「遺跡までの移動は『転移門ゲート』を使う。現地に到着後、各パーティごとに所定の任務をこなすように!」


 学院の中庭にある巨大な石碑前。

 集められた生徒達は、担当教師からの指示を受けていた。


「はじめて使うわ転移門! めっっちゃ高級な魔道具なんやろ?」


「そうですね、私も初めてです。昨日買った測定器なら一生困らないくらい買えるかもです……」


「それ以上だと思うぞ。一国でも複数あるほうが珍しい代物だ。維持費だけで城が建つとも聞く。もちろん俺も初めてだ」


 ワクワクしながら談笑する三人。

 その横で、シオン一人だけが苦虫を噛み潰したような顔をして、柱に寄りかかっていた。


『アナタ、昔からアレ苦手よねぇ』


「……慣れないんだよ。なんて言うか、内臓が裏返しになるような感覚になる」


 シオンは口元を押さえながら脳内で答える。


『あら、私は好きよ? 一瞬で景色が変わるのって素敵じゃない』


(でもまあ……平気な顔はしておくか……)


「ほらシオン! 次はウチらの番やで! ぼーっとしてないでシャキッとせんかい!」


「あ、あぁ。た、楽しみだなぁ……」


 思考とは裏腹に、表情筋が引きつっているシオンであったが、興奮状態の他三人は特に気にした様子もなく、光り輝く門へと足を運んでいった。



 グニャリ、と世界が歪む感覚。

 それが抜けた次の瞬間、視界が一気に開けた。


 乾いた風が頬を撫でる。

 目の前に広がっていたのは、風化した石造りの広場。

 簡素だが頑丈そうな拠点の建物がいくつも並び、その奥には森に飲み込まれかけた巨大な遺跡の入口が、黒い口を開けている。


「……着いた?」


 ナギが、きょろきょろと周囲を見回す。


 人は多い。

 学院の生徒だけでなく、装備の整った現地の冒険者や、どこか雰囲気の違う調査団のような集団も見える。

 ここは遺跡調査の前線拠点。いわば、文明と未開の地の“境界線”だ。


 広場中央には、簡易的な受付所が設けられていた。

 生徒たちはそこに集まり、シオンたちも自然と足を向ける。


「各班、ここで任務表を受け取れ。区画はすでに割り振られている。勝手な移動は厳禁だ」


 担当教師の声が、広場に響く。


「区画は危険度順に五段階。C、B、A、S、特S。

 今回、君たちのパーティは、原則『C区』のみでの実習とする」


 その言葉に、周囲の生徒たちが安堵したように息をつく。


「C区は魔物の出現頻度が極めて低い。

 調査対象は主に環境変化、魔力濃度、生態系のズレの確認だ。戦闘を想定した区域ではない」


 ――つまり、安全圏。

 そう受け取る者がほとんどだった。


「B区以降の担当者は、この拠点から再度転移門を使用する。

 C区へは徒歩移動だ。道中の指示標識に従え」


「よし、ウチらはC区っと」


 ナギが任務表を覗き込み、軽く声を弾ませる。


「ほんまに調査だけやな。魔物の“ま”の字も書いてへん」


「書いてない、というのが重要なんだろう」


 エルドが地図に目を走らせる。


「“本来いないはずのものがいないか”を確認する。つまり、異常があれば即報告だ」


「なるほど……」


 ミナは任務表と遺跡地図を見比べながら、静かに頷いた。


「区画内の想定魔力値も載っています。

 昨日買った測定器、ちゃんと役に立ちそうです」


「買って正解やったな!」


「だな」


 シオンも一応、紙に目を落とす。


 C区。

 危険度・低。

 魔物出現率・極小。


(……平和そう、ではあるな)


 少なくとも、紙の上では。

 シオンは胃のあたりに微かな違和感を覚えつつも、それを転移酔いのせいだと自分に言い聞かせた。


 拠点を離れ、案内板に従って進むと、遺跡の内部へと続く石畳の通路が見えてきた。

 石壁に囲まれた通路は広く、足場も安定している。


「思ったより、ちゃんとしてるな」


「遺跡言うても、もう何十年も国が管理しとるからな。観光地みたいなもんや」


 ナギが気楽に言う。


 通路を抜けた先。

 風景が一変し、鬱蒼とした森と崩れた石柱が混在するエリアが広がっていた。

 境界を示す古びた標識が立っている。


 ――C区。


 その一歩手前で、ミナがふと足を止めた。


「……?」


 彼女が取り出した測定器の針が、チチチッ……とわずかに震えている。


「どうした?」


「いえ……」


 ミナは測定器を軽く叩き、首を振る。


「誤差、だと思います。

 数値は、想定範囲内なので」


「なら問題ないな」


 エルドはそう判断し、大剣の位置を直した。

 ナギも特に気にせず、先へ進む。


「ほな行こか。実習開始や!」


 四人は、C区へ足を踏み入れる。


 空気は静かで、魔物の気配はない。

 ――少なくとも、表面上は。


 だが、誰にも気づかれない場所で。

 遺跡の奥深くから、微かな“ざわめき”が広がり始めていた。

 

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