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外部実習の前日。
学院の敷地を出てすぐの大通りにある魔導具街は、朝から生徒たちで賑わっていた。
新入生向けの実習が近いせいか、どの店先にも「実習応援セット!」といった看板が踊り、魔力ランタンや保存食、簡易結界札といった実用品が飛ぶように売れている。
「やっぱ買い物って楽しいよな! ほらシオン、この『携帯食料(激辛味)』とかどうや? 眠気覚ましにええで!」
棚を見回しながら、ナギがやたらと楽しそうに赤いパッケージを手に取る。
「却下だ。実習の準備に来たんだろ? ピクニックじゃないんだから」
シオンは肩をすくめて棚に戻させた。
「ええやんか。実習って言っても調査やろ? 実戦的で危ない場所は王級とか上位組が行くんやし、ウチらは安全なC区やで?」
「……そのセリフ、すべてがフラグに聞こえるんだが」
シオンはため息交じりに呟く。
「油断してる時ほど、想定外は起きるものだ」
「エルドは心配性すぎやって」
「慎重と言ってほしいな」
そんな三人のやり取りを横目に、ミナは少し離れた棚の前で立ち止まっていた。
そこは最新の魔導具ではなく、少し埃を被った型落ち品が並ぶワゴンセールのようなコーナーだった。
彼女が見つめていたのは、掌サイズの箱。
水晶盤と細い金属針が組み合わされた、古めかしい計器だ。
「……これ、安いです」
ミナが小さく呟く。
「なにそれ?」
シオンが後ろから覗き込む。
「簡易魔力測定器……です。
本来は遺跡調査用というより、研究室での補助向けなんですけど……」
ミナは少し迷ってから、熱心に説明を続けた。
「学院の設備みたいに詳細な数値を測ることはできません。でも、針の振れ方で精霊や周囲の魔力が『想定とズレていないか』を見るだけなら、むしろ直感的で分かりやすくて……」
「お、ええやん。ミナらしいわ」
ナギが笑って背中を叩く。
「でもC区なんだろ? 魔物もほとんど出ないって説明だったし、必要ないんじゃないか?」
「……そうですね」
ミナは一度頷き、名残惜しそうに箱を置こうとした。
「念の為、ですけど……やっぱり無駄遣いですよね」
その言葉に、エルドが鋭い視線を向ける。
「……いや、持っておいて損はない。機械は嘘をつかないからな」
「わかった。なら、それ買っておこうか」
シオンはあっさりと商品を手に取り、自分のカゴに入れた。
「えっ、あ、いいえ! 自分の分は自分で……!」
「いいよ。パーティの共有備品ってことで」
深い意味はない。
ただ、仲間が必要だと思ったものを否定する理由がなかっただけだ。それに、ミナの勘は馬鹿にできないとシオンは知っている。
会計を済ませ、店を出る。
昼前の空は高く澄んでいて、街はいつも通り平和だった。
「ほんま、何事もなさそうやなぁ」
ナギが大きく背伸びをする。
ミナは買ってもらった測定器を大切そうに鞄にしまいながら、何気なく空を見上げた。
◆
実習当日。
「遺跡までの移動は『転移門』を使う。現地に到着後、各パーティごとに所定の任務をこなすように!」
学院の中庭にある巨大な石碑前。
集められた生徒達は、担当教師からの指示を受けていた。
「はじめて使うわ転移門! めっっちゃ高級な魔道具なんやろ?」
「そうですね、私も初めてです。昨日買った測定器なら一生困らないくらい買えるかもです……」
「それ以上だと思うぞ。一国でも複数あるほうが珍しい代物だ。維持費だけで城が建つとも聞く。もちろん俺も初めてだ」
ワクワクしながら談笑する三人。
その横で、シオン一人だけが苦虫を噛み潰したような顔をして、柱に寄りかかっていた。
『アナタ、昔からアレ苦手よねぇ』
「……慣れないんだよ。なんて言うか、内臓が裏返しになるような感覚になる」
シオンは口元を押さえながら脳内で答える。
『あら、私は好きよ? 一瞬で景色が変わるのって素敵じゃない』
(でもまあ……平気な顔はしておくか……)
「ほらシオン! 次はウチらの番やで! ぼーっとしてないでシャキッとせんかい!」
「あ、あぁ。た、楽しみだなぁ……」
思考とは裏腹に、表情筋が引きつっているシオンであったが、興奮状態の他三人は特に気にした様子もなく、光り輝く門へと足を運んでいった。
◆
グニャリ、と世界が歪む感覚。
それが抜けた次の瞬間、視界が一気に開けた。
乾いた風が頬を撫でる。
目の前に広がっていたのは、風化した石造りの広場。
簡素だが頑丈そうな拠点の建物がいくつも並び、その奥には森に飲み込まれかけた巨大な遺跡の入口が、黒い口を開けている。
「……着いた?」
ナギが、きょろきょろと周囲を見回す。
人は多い。
学院の生徒だけでなく、装備の整った現地の冒険者や、どこか雰囲気の違う調査団のような集団も見える。
ここは遺跡調査の前線拠点。いわば、文明と未開の地の“境界線”だ。
広場中央には、簡易的な受付所が設けられていた。
生徒たちはそこに集まり、シオンたちも自然と足を向ける。
「各班、ここで任務表を受け取れ。区画はすでに割り振られている。勝手な移動は厳禁だ」
担当教師の声が、広場に響く。
「区画は危険度順に五段階。C、B、A、S、特S。
今回、君たちのパーティは、原則『C区』のみでの実習とする」
その言葉に、周囲の生徒たちが安堵したように息をつく。
「C区は魔物の出現頻度が極めて低い。
調査対象は主に環境変化、魔力濃度、生態系のズレの確認だ。戦闘を想定した区域ではない」
――つまり、安全圏。
そう受け取る者がほとんどだった。
「B区以降の担当者は、この拠点から再度転移門を使用する。
C区へは徒歩移動だ。道中の指示標識に従え」
「よし、ウチらはC区っと」
ナギが任務表を覗き込み、軽く声を弾ませる。
「ほんまに調査だけやな。魔物の“ま”の字も書いてへん」
「書いてない、というのが重要なんだろう」
エルドが地図に目を走らせる。
「“本来いないはずのものがいないか”を確認する。つまり、異常があれば即報告だ」
「なるほど……」
ミナは任務表と遺跡地図を見比べながら、静かに頷いた。
「区画内の想定魔力値も載っています。
昨日買った測定器、ちゃんと役に立ちそうです」
「買って正解やったな!」
「だな」
シオンも一応、紙に目を落とす。
C区。
危険度・低。
魔物出現率・極小。
(……平和そう、ではあるな)
少なくとも、紙の上では。
シオンは胃のあたりに微かな違和感を覚えつつも、それを転移酔いのせいだと自分に言い聞かせた。
拠点を離れ、案内板に従って進むと、遺跡の内部へと続く石畳の通路が見えてきた。
石壁に囲まれた通路は広く、足場も安定している。
「思ったより、ちゃんとしてるな」
「遺跡言うても、もう何十年も国が管理しとるからな。観光地みたいなもんや」
ナギが気楽に言う。
通路を抜けた先。
風景が一変し、鬱蒼とした森と崩れた石柱が混在するエリアが広がっていた。
境界を示す古びた標識が立っている。
――C区。
その一歩手前で、ミナがふと足を止めた。
「……?」
彼女が取り出した測定器の針が、チチチッ……とわずかに震えている。
「どうした?」
「いえ……」
ミナは測定器を軽く叩き、首を振る。
「誤差、だと思います。
数値は、想定範囲内なので」
「なら問題ないな」
エルドはそう判断し、大剣の位置を直した。
ナギも特に気にせず、先へ進む。
「ほな行こか。実習開始や!」
四人は、C区へ足を踏み入れる。
空気は静かで、魔物の気配はない。
――少なくとも、表面上は。
だが、誰にも気づかれない場所で。
遺跡の奥深くから、微かな“ざわめき”が広がり始めていた。




