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演習場の喧騒から一段離れた高台に、四つの気配が集まっていた。
歓声はまだ続いている。
勝敗が決したあと特有の、熱を持ったざわめき。
だが、ここではその音が遠い。
代わりに感じ取れるのは――今しがた起きた“あり得ない結果”への困惑と、余韻だけだった。
「……終わりましたね」
最初に口を開いたのは、アリアだった。
視線は中央の演習場。
担架で運ばれていくライゼルと、その周囲に残る微かな魔力の揺らぎを見つめている。
「勝敗自体は、理解できます。
ライゼルさんは……全てを出し切っていましたから」
事実だ。
上級精霊の実体化をあれだけ維持し、さらに自身の魔力で身体強化を行えば、どこかで限界が来る。ガス欠は必然だ。
「ですが――」
アリアは、言葉を選ぶように一拍置いた。
「最後に“倒れた理由”が、見た目通りではない気がします」
「ええ。同感です」
隣で頷いたのは、ルシアだった。
彼女の冷静な瞳もまた、演習場の中心から動かない。
「魔力欠乏によるスタミナ切れ。それ自体は不自然ではありません。
……ですが、意識を失うほど切羽詰まった状況にも見えませんでした。初めての戦闘ならまだしも、彼はヴォルトレイグ家の人間。限界の管理は心得ているはずです」
「スタミナ切れで倒れたわけじゃない、ってこと?」
アリスが、つまらなそうに片眉を上げる。
「正直、そこまで細かくは分からなかったけど……。
でもさ、なんか一瞬だけ不思議な感じがしなかった?」
理屈ではなく、直感。
アリスの言葉に、アリアは小さく息を吐いた。
「……私も、似た感覚です」
見た目では何もわからない。
それでも、確かに“何か”があった。
その沈黙を破ったのは、セレスティアだった。
淡く集まった水の粒子が、静かにその輪郭を保つ。
『今の現象は、精霊術ではありません』
断言に近い声音。
その言葉に、三人の視線が集まる。
『少なくとも、既存の位階に属するものではない』
「……やっぱり、そうなんだ」
アリスが、ぽつりと呟く。
『魔力の総量も、出力も、痕跡も。どれも“不足”しています』
「不足ですか……?」
アリアが問い返す。
『はい』
セレスティアは、慎重に言葉を選んだ。
『本来なら、あの状況であの結果――ライゼルを強制的に気絶させる――を生むには、もっと“残る”はずなのです』
魔力の乱流。
術式の痕。
精霊同士の衝突の余韻。
『ですが、実際に残ったのは――』
セレスティアの視線が、演習場の一点を捉える。
『光の粒子だけでした』
アリアの表情が、わずかに強張る。
「……確かに。
私も、見ました」
あの一瞬。
倒れたライゼルの周囲で、確かに煌めいた“何か”。
美しく、そしてあまりに静かな決着。
「でも、それだけでは……」
『ええ。断定はできません』
セレスティアは、はっきりとそう言った。
『ですが――。
“王級が行う偽装と同等か、それ以上”の制御があったことは、ほぼ間違いありません』
その言葉が、静かに落ちる。
風が吹き、高台の空気が揺れた。
「……つまり」
ルシアが、慎重に言葉を繋ぐ。
「あの精霊は、“力を隠している”のではなく……」
『私たちですら“認識できない”領域で行使している』
セレスティアが補足する。
『見せないためではありません。恐らく、壊さないためです』
アリスが、小さく笑った。
「……なにそれ。めんどくさい人」
だが、その声に嫌悪はなかった。むしろ、好意的な響きすらある。
「でもさ」
アリスは、演習場の出口へ歩いていくシオンの背を見た。
「そういう人ほど、放っておいても面倒に巻き込まれるのよね」
アリアは、その言葉に否定も肯定もしなかった。
「彼が“静かにいたい”と願うなら」
ゆっくりと、そう口にする。
「なおさら――
世界は、彼を試すでしょう」
セレスティアは、最後に一言だけ付け加えた。
『そして次は、彼自身が“選ぶ”番です』
高台の上で、王級たちはそれ以上語らなかった。
だが全員が、同じ結論に辿り着いていた。
――もう、偶然ではない。
彼は、確かに“舞台の上”に立ってしまったのだ。
◆
【序列第四位】アストラ・ノーグ。
この男もまた、別の場所で先の戦いを見守っていた。
「彼、なかなかやるっすねぇ! 確信したっす。近いうちに必ず、自分っちと戦うことになるっすよ!」
「そうですね。その時は君の力を存分に発揮するといいでしょう。その時には、君の序列はさらに上がっているかもしれませんがね」
アストラの横には、『生徒会』と書かれた腕章をつけた男が一人。
上級生の威厳を纏い、静かにアストラを見下ろしている。
「何言ってんすか。これ以上上がるってことは、あの王級達が相手ってことっすよね? 自分っちには荷が重すぎっす。今の位置で十分っすよ」
アストラはひらひらと手を振った。
「次期生徒会メンバーになるであろう君には、もっと向上心を持ってもらいたいものだが……まあ、気持ちはわからなくもない」
「いくら自分っちが『複数の精霊と契約してる』っていっても、上級と王級ではえらい違いっす。そんな壁の厚さは、現生徒会メンバーである先輩が一番知っているでしょう?」
軽い表情で会話をするアストラの顔が、一瞬だけ暗くなる。
それに気づいた男は、それでも気にせずに話を続けた。
「そうだな。我々には理解のできない領域だ。だが、君であれば或いはとも思ってるのだがね」
「買い被りすぎっすよ。まぁ、でも……」
アストラは一拍置いて、小さく呟くように視線を演習場へ戻した。
「彼なら、有り得るかもっすねぇ」
その瞳は、楽しそうに、けれど値踏みするように、9位の少年を捉えていた。




