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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第1章

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 実技訓練場は、座学の教室とは空気がまるで違っていた。


 一歩足を踏み入れた瞬間、肌にピリつくような魔力の粒子を感じる。

 ドーム状の高い天井には無数の防護術式が刻まれ、床材は高火力の魔法にも耐えうる特殊な石材で組まれている。

 ここは学び舎ではない。戦場を模した箱庭だ。


 訓練場の中心には広大なフィールドがあり、それを囲むように観察用のスペースと教員席、そして鈍く光る簡易結界装置が並んでいた。


(……思ったより本格的だな。これ、本気でやったら怪我人が出るんじゃ……)


 シオンが校舎の設備に戦々恐々としていると、脳内で楽しげな声が響く。


『アナタが壊さなければね』


(……黙っててくれる?)


 隣ではナギが、物怖じするどころか楽しそうに周囲をきょろきょろと見回していた。

 肩に乗った風精霊まで、羽音みたいな音を鳴らしてせわしなく揺れている。


「うわ〜……! めっちゃ広いやん! テンション上がるなぁこれ!」


 よく通る声が響く。

 その瞬間、周囲の張り詰めた空気がわずかに緩んだ気がした。


(……やっぱりナギは強いな)


 場違いなほどの明るさだが、決して不快ではない。

 見ていると周りまで少しだけ肩の力が抜ける、そんな「陽」の空気。

 日陰で生きたいシオンには、一生かかっても真似できない種類の輝きだ。



「――静粛に。班分けを発表する」


 低く、重い声が場を締めた。

 この授業を担当する男性教員だ。歴戦の魔術師特有の、落ち着いているが油断のない立ち振る舞い。声に乗った魔力が、生徒たちの私語を物理的に押し流す。


 教員が巻物を開くと、光の文字が空中に浮かび上がった。


「今回の班はランダムではなく、訓練内容のバランス、および属性相性を考慮してこちらで組んだ。名前を呼ばれた者は、速やかに指定の位置へ移動しろ」


 次々と名前が読み上げられ、生徒たちが移動していく。

 優秀な生徒と同じ班になって喜ぶ者、相性の悪い相手と組まされて顔をしかめる者。悲喜こもごもの反応が広がる。


 シオンとナギの番はまだ来ない。


「――次。第4班。ナギ」


「はーい!」


(返事が元気すぎる……)


「シオン」


(……一緒か。まあ、知らない人と組むよりはマシか)


 シオンは内心で安堵し、手を軽く挙げてナギと並んで移動した。

 ここまでは良かった。

 ここまでは、平穏な授業風景だったのだ。


 しかし、教員の口から続いた名前が、その安堵を粉々に粉砕した。


「――アリア・フェンリズ」


 空気が凍った。

 いや、清浄になりすぎた水のように、恐ろしく澄み渡った。


「エルド・ハリオン。……そして、ミナ・ローレン。以上5名」


 シオンは思わず天を仰ぎそうになった。


(……嘘だろ?)



 指定されたエリアの空気は、他の班とは明らかに異質だった。


 そこに立っていたのは、蒼銀の髪をなびかせた少女。

 アリア・フェンリズ。

 学院序列1位。水王級精霊契約者。

 今、学院中の視線が自然と吸い寄せられる「高嶺の花」そのものだ。


 その横には、対照的な二人が控えている。


 エルド・ハリオン。

 42位。雷と風の二重契約者。昨日の騒動で評価を上げた実力派。

 鋭い眼光で、近づいてくるシオンをじっと値踏みしている。


 そして、ミナ・ローレン。

 193位。地属性の契約者。

 この「怪獣大戦争」みたいなメンツに胃が痛くなっているのか、エルドの背後に隠れるように縮こまっている。


(うわぁ……いきなり特濃メンバーなんだけど……)


 さすがのナギも一瞬だけ固まった。

 エルドもわずかに姿勢を正し、ミナは手を胸の前に揃えて緊張した笑みを浮かべている。


 だが、アリアだけは変わらなかった。

 シオンたちに視線を向けると、小さく、優雅に頭を下げたのだ。


「私も皆さんも同じ新入生です。そんなに畏まらず、よろしくお願いしますね?」


 柔らかい声。完璧な所作。

 なのに、とてつもない「圧」がある。

 威圧ではない。生まれつき人の上に立つ者が持つ、自然な重力のようなものだ。


 ナギが慌てて頭を下げた。


「よ、よろしくお願いしますっ!!」


 声がいつもより半オクターブ下がっている。

 普段の嵐のような元気さはどこへやら、完全に「借りてきた猫」状態だ。


 ミナも小さく会釈し、エルドは静かに視線をこちらへ向けた。


 シオンと視線がぶつかる。

 42位の瞳が、9位の瞳を射抜く。


「……エルド・ハリオンだ。よろしく頼む」


 エルドは短く名乗り、ほんの少しだけ顎をしゃくった。


「9位の席、結局お前が座ったんだな」


「……まあね」


「噂の『空白』の正体、手並みを楽しみにしている」


(……君とは仲良くなれそうだと思ってたけど、やっぱり面倒くさいタイプかもしれない)


 言葉は少ないが、敵意はない。あるのは純粋な競争心と、探究心。

 一番厄介なやつだ。


 続いてミナがおずおずと口を開く。


「み、ミナ・ローレンです……! 足手まといにならないように頑張ります……!」


(この子、完全に緊張でガチガチだ。親近感が湧くな)


 そして最後に、アリアがゆっくりと全員を見渡して言った。


「まだ正式な実技授業は始まりませんが……私は今日の班、とても良いと思います」


「良い……?」


 シオンが思わず聞き返すと、アリアは水面のような瞳を細めて淡く笑った。


「ええ。属性も、方向性も、立場も、すべてが違う。

 けれど、この組み合わせは――不思議と、運命が噛み合う音がします」


(……いやいや、怖いわ)


 予言めいた言葉に、シオンは背筋が寒くなるのを感じた。


『ふふ、アナタ。もう完全に“物語の中心”にいるわね』


(やめてくれ。端役でいいんだ僕は)


『無理よ。このメンバーを見てごらんなさい。王級、主人公気質、ヒロイン気質、トリックスター……そしてアナタ』


(……お腹痛くなってきた)



 班ごとの挨拶が終わる頃合いを見計らい、教員が再び場をまとめた。


「本日の訓練内容は、“基礎能力確認ベーシック・トライアル”。

 的への魔術攻撃・防御・展開速度・精霊との連携――

 それぞれの扱い方を実演し、記録する」


 空気が一気に緊張へ変わる。

 座学ではない。数字が、実力として可視化される瞬間だ。


「授業は班単位で回す。第4班、準備ができ次第始めろ」


「了解です」


 アリアが代表して答える。その声一つで、班の空気が引き締まった。



 教員が離れ、準備のために少しの間ができた瞬間。


 ナギがぼそっとシオンの耳元で囁いた。


「なぁシオン……」


「うん?」


「……ウチ、今日だけは静かにしときたい」


「……奇遇だね。僕もだよ」


 あのナギが縮こまっている。

 王級の圧力と、エルドの鋭い気配、そして周囲から突き刺さる「あの班、ヤバくないか?」という視線。

 これら全てが、平和主義者のシオン(とナギ)には重すぎる。


『いい判断よ。でも、風は吹くものでしょう?』


「……がんばろう」


「そっちもな!」


 ナギはぐっと拳を握った。

 風精霊も「ぴゅいっ」と小さく気合いを入れている。


(……ほんと、巻き込まれてるな、僕)


 シオンは小さく溜息をついた。

 だが、不思議と嫌悪感だけで埋め尽くされているわけではなかった。


 誰かと並んで、同じ緊張を共有し、訓練を受ける。

 そんな「普通」の学生らしい時間は、今までなかったから。


(……悪くない。目立ちさえしなければ)


 目立ちさえしなければ、この青春ごっこも楽しめるはずだ。


 目立ちさえしなければ……

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