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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第1章

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9



 翌朝。

 掲示板の前には、昨日ほどではないが、それでも相当数の人だかりができていた。


 初日の熱狂的なざわつきとは違い、二日目の空気はもっと冷静で、実利的なものに変わっている。

 誰が敵で、誰が味方か。誰が脅威で、誰が踏み台か。

 五百人の生徒たちが、互いに値踏みし合う視線が交差していた。


 シオンはその輪の最も端に立ち、人を避けるように斜めから掲示板を確認した。


 最上段の名前は不動だ。

 王級の三人。

 その文字があるだけで、掲示板そのものが光を帯びているように錯覚する。

 周囲の会話も、自然とその三名へと向かう。


「やっぱ王級は別格だな」

「この学年だけで三体とか異常だろ」


 そんな畏怖の声が耳をすり抜けていく。

 だが、シオンの視線はそこでは止まらない。

 紙の中央より少し上。


 そこでようやく、自分の名前に辿り着く。


 9位 シオン


 昨日は不気味な空白だった場所に、今日はあっさりと名前が刻まれている。

 エリナが徹夜で(そして怒りながら)手続きをした成果だ。


(……名前が入っただけで、なんとなく“世界”が僕を認識し始めた気がする)


 シオンは小さく息を吐いた。

 昨日のような「正体不明の怪物がいる」という恐怖混じりの視線よりは、まだマシだ。

 誤魔化す余地すらない、ただの事実として貼られている方が、精神衛生上よほど楽である。


『ふふ。目に見えるようになったわね、アナタの“場所”』


 ディアナが脳内で柔らかく囁く。


(もっと低いところでいいんだけどな……)


『そう思う子ほど、だいたい高いところに立つものよ』


 シオンは肩をすくめた。

 長居は無用だ。名前がバレた以上、ここで「あいつがシオンか?」と特定される前に撤収すべきだ。


 そう判断し、掲示板から離れようとした――その瞬間。


「ーーあー。やっぱり嘘やったんやな」


 シオンの足が止まる。

 振り返るまでもない。昨日会ったばかりなのに、声の圧力だけで誰だか分かってしまう。


 恐る恐る振り返れば、朝日にきらめく黄緑の髪が揺れていた。

 ナギだ。

 昨日よりも表情が読みやすい。嬉しそうだが、それ以上に「ほら見たことか」という得意げな色が混じっている。


 ナギは掲示板の「9位」と、シオンの顔を交互に見て、ニヤリと口角を上げた。


「9位の空白、やっぱりシオンやったんやな」


 質問ではなく確認。

 言い逃れを許さない、絶対的な確信に満ちた口調だ。


「……まぁ、結果としてそうなったよ」


 シオンが観念して答えると、ナギは目を丸くした。


「『そうなった』って言い方よ! しれっとしてるけどな、普通9位ってすごいで? 特にこの学年やと」


「……そうかな」


「そうやて! みんな必死こいてやってんのに、なんやその『たまたま通りかかったら9位でした』みたいな顔は!」


 ナギの言うことはもっともだ。

 周りの会話を聞けば、この学年は例年よりレベルが高いらしい。その中でのシングルランカーは、本来なら鼻高々で自慢していい順位だ。


 だがシオンにとっては、目立ちすぎるというデメリットしかない。


(できれば特別扱いはしないでほしい……)


 それが本音だった。


 ナギはシオンの微妙な表情を見て、ふっと笑う。


「なんやその顔。“静かにいさせて”って顔しとるな」


「……事実だけど、あんまり大声で言わないでくれ」


「でも昨日の返事は嘘やろ。『違うと思うよ?』とか言うてたやん」


「……否定はしない」


「せやろなぁ。シオンの嘘って、声より空気のほうでバレるタイプやわ」


 妙な分析力だ。

 しかし、図星すぎて反論できないのが悔しい。


 ナギは掲示板に視線を戻し、肩の風精霊を指先でチョイとつついた。


「で。それで? キミは今、どんな気分なん?」


 質問の形は軽い。

 だが、その瞳には興味本位だけではない、相手を尊重する色が混じっていた。


 だからシオンも、変に誤魔化さず、正直に答えることにした。


「……別に、特別な気持ちはないよ。いずれはこうなったはずだから」


「ほー。なるほどな」


 ナギはうんうんと深く頷き、満足げに両手を腰に当てた。


「ほな、こういうことでええな」


「……?」


「もうシオンがどういう人かわかってしまったからなぁ。このまま友達でいてもらわなあかんで!」


 にかっと笑うナギ。

 論理が飛躍しているようで、妙に説得力がある。

 「正体がバレたから友達継続」という謎の理屈だが、彼女が言うと成立してしまうから不思議だ。


 シオンは諦めたように息を吐いた。


「……昨日も決めてただろ。友達って」


「そうや。再確認しただけや!」


『諦めなさい。あの子は風。一度巻き込んだら離れないわよ』


(……知ってる)


 ナギは満足したのか、軽く手を振った。


「ほなシオン。またあとでな。逃げても追うで?」


「……脅しか?」


「約束や」


 ウィンクを一つ残し、彼女は軽やかに廊下を歩き去っていった。

 風精霊がその背中をふわりと押すように浮いてるのが見える。

 嵐のような少女だ。


 その背中を見送りながら、シオンはふと思う。


(静かに暮らす予定だったのに……どうしてこう、向こうから騒動が歩いてくるんだろう)


 しかし、その足取りは重くはなかった。

 むしろほんの少しだけ、胃のあたりが軽くなった気がした。

 「正体を知られても、普通に接してくれる相手」がいる。それだけで、呼吸がしやすくなるものだ。


『ねぇ、シオン』


「……なに」


『“普通に生きたい”って願いは、案外叶わないものよ』


「だろうね」


『でも——』


 ディアナの声が、少しだけ優しく響く。


『悪いことだけじゃないわ。巻き込まれる人生って、退屈しないもの』


「僕は退屈でいいんだよ」


『ふふ。言うだけなら自由ね』


 シオンは掲示板に背を向けた。


 周囲の視線が少しだけ増えた気がする。

 「あいつが9位か?」「パッとしないな」「いや、昨日の爆発はすごかったぞ」――そんな囁きが聞こえてくる。

 だが、突き刺さるような悪意はない。


 9位という数字は、追うには高く、騒ぐには低い。

 だからこそ中途半端で、だからこそある種の「匿名性」を守れるかもしれない。


(……悪くない)


 小さく、それだけ思った。



 鐘の音が鳴り響く。

 生徒たちの流れが、校舎から外へ、実技訓練場へと向かい始めている。


 シオンもその流れに混ざる。


 周りより少し遅い歩幅。

 けれど、そこに迷いはない。


(……まあ。なるようになるか)


 空を吹き抜けた風が、シオンの頬を撫でた。

 ほんの少しだけ、昨日の熱気を含んだ風よりも涼しく感じられた。


 

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