お嬢様 『再会の峠』
夜の山道に、濡れた落ち葉の匂いが立ちこめていた。
携帯ランタンの淡い光の中、アルテミスの面々は静かに向かい合っていた。
彩が震える声で「黒いライダーは……私の知っている人かもしれない」と打ち明けた直後。
空気は張り詰め、誰も軽口を挟めなかった。
最初に口を開いたのは梓だった。
「……つまり、奴の狙いは私たち個人の過去にも絡んでいる可能性があるってことね。
なら尚更、負けられないですね」
雅は腕を組んだまま小さく頷く。
「敵がどんな正体であれ、アルテミスはアルテミスとして戦う。
それを忘れなければいいと思います」
ルナゴスペルの美奈子が口元を歪めた。
「《紅の監視者》? 黒いライダー? 上等じゃない。
ウチらを試すつもりなら、逆に返り討ちにしてやろうじゃないの」
その挑発的な声に、涼子や千秋も息を弾ませる。
一方で、ルナヴァイオレットのいずみがゆったり立ち上がり、髪をかき上げた。
「まあまあ、熱くなるのはいいけど。
大事なのは“どう走るか”よ。
《紅の監視者》たち、頭も切れるタイプみたいだから、正面衝突は危険だわ」
しおんが頷き、持参した地図を広げる。
「次は、いろは坂を越えた周回コースへ誘導して……
視界が乱れる区間を逆手に取るのが得策かと」
宗子が即座に反応した。
「マシンの冷却とタイヤ温度管理も課題だね。
雨上がりの路面はトリッキーになる。
特注パーツをどう活かすかが勝負だ」
彩は仲間たちの声を聞きながら、胸の奥に新しい熱を感じていた。
黒いライダーが誰であれ、仲間と共に挑む限り、自分は逃げない。
その決意が、震えていた指先を少しずつ強くしていく。
やがて雅が静かに締めくくった。
「明日の夜明け、いろは坂で待つ。
アルテミスの答えを、あの影に叩きつけましょう」
ランタンの光に照らされた瞳が、同じ方向を見据える。
次なるバトルは、すでに始まっていた。
エンジンの点火音が一斉に響く。
静かな山の空気を裂くその轟きは、決意そのものだった。
雅がヘルメットを被りながら振り返る。
「行くわよ。ここから先は、もう迷いは許されない」
梓が即座に応じる。
「分析は終わった。あとは実行あるのみ。
奴らに“監視”なんてさせてやらない」
宗子がKIDA製マシンを軽く吹かす。
「マシンは万全。雨上がりの路面も計算済みだよ」
彩は胸に残るざわめきを抱えながら、深く息を吸った。
もう逃げない。仲間と共に向き合う。
ルナゴスペルの美奈子が笑う。
「さて、闇に潜んでる“影”さん。
ウチら三チームが本気で走ったら、どうなるか見せてあげるわ」
いずみがウィンクした。
「紅葉より華やかに走りましょ。
夜の峠に、お嬢様たちの花道を咲かせてね」
ヘッドライトが一台、また一台と灯る。
光の列が闇を貫き、隊列を成す。
雅の号令とともに、三チームは夜の山道へ滑り出した。
霧を含んだ夜気の中、いろは坂入口。
濡れたアスファルトにヘッドライトが並ぶ。
その先、闇の奥に《紅の監視者》の影。
「……来てるわね」
雅が低く呟く。
エンジン音が互いを挑発するように重なった。
黒いマシンの一台が鋭くスロットルを煽る。無言の挑戦状。
「合図は済んだ。行くよ」
梓がバイザーを下ろす。
次の瞬間、アルテミスが飛び出した。
ルナゴスペル、ルナヴァイオレットが続く。
光の奔流が峠を駆け上がる。
最初のヘアピン。
黒いライダーの挙動が異様だった。
減速がない。
濡れた路面、落ち葉、下りの遠心力。
それでもマシンは破綻せず、路面に張り付くようにコーナーを抜ける。
「なっ……ブレーキ踏んでない!?」
あかねが息を呑む。
さらに次のカーブ。
黒いライダーはわざと落ち葉を巻き上げ、視界を奪った。
その霧の中から現れた車体は、逆バンクで体勢を立て直し、直線へ。
「……異常ね」
梓が呟く。
「物理をねじ伏せてる。あれ、ただの走りじゃない」
雅が唇を噛む。
「技術か、マシンか……どちらにしても普通じゃない」
黒い背中は、闇の奥へと遠ざかっていく。
それは走りというより、制御された狂気の舞踏だった。
彩は息を飲んだ。
ヘルメット越しに聞こえた短い呼吸。
それは幼い頃、遊び場で聞いた声そのままだった。
「……あなた……?」
心臓が跳ねる。
微かな笑い方、息遣いの間。
それだけで確信できた。
黒いライダーは、あの初恋の少年だ。
事故で走れなくなったはずの――悠翔。
胸が熱くなる。
だが彩はグリップを握り直した。
「……もう逃げない」
雨に濡れた峠。
紅葉の影の中。
幼い日の記憶と、今の決意。
個人的因縁とチームの戦いが、ついに交差する。




