お嬢様 『雨夜の咆哮、鋼の牙』
信号が青に変わった瞬間、全チームが一斉にスタート。 ヘッドライトが水煙を裂き、雨粒を白く濁らせる。 エンジンの咆哮は倉庫の壁に反射し、まるで港湾全体が唸っているようだった。
第一コーナーを制するため、数チームが加速戦に突入。
アルテミスはスタートポジションの優位を活かし、雅が先頭で飛び出す。 宗子と彩が後方ブロックに入り、梓はレーシングモード2でトラクションを最大限に活かし、雅のアウト側を確保。
「初手は作戦通り、ライン確保優先!」
梓のインカムが全員に指示を飛ばす。
ルナゴスペルも美奈子が同時に飛び出し、千秋と涼子がサイドを固める。 千秋が一瞬だけ雅の視界を遮り、インラインを狙う。
ヴァルキリーズは、リーダーのフリーダが冷静に後方から状況を伺う。
「混乱を待つ」まるで獲物を狙う鷹のような動きだった。
クロムファングのマイクは、すでに直進全開。
「最初のコーナーで仕留める!」
仲間2人が左右に広がり、戦車のように他チームを押し出す走り。
後輪で雨水を豪快に跳ね上げ、後方の視界を奪う。
不如帰の蓮は中団で冷静にポジショニング。 仲間たちは水煙を避けながら、コーナー直前に隊列を縦に並べ替える。
「まずは観察。抜くのはその後だ」
第一コーナーは右曲がりの隘路。 積み上げられたコンテナが壁のように迫る。
アルテミスとルナゴスペルがほぼ同時に侵入。 美奈子がブレーキングターンでインを刺そうとするが、雅はアウトインアウトでラインを守る。
水煙が上がり、クロムファングは減速を強いられる。 ヴァルキリーズの1台と軽く接触し、バランスを崩しかけた選手を不如帰の仲間がスッと支えるように抜いていく。
「ナイス介護」 蓮がぼそっと呟くと、仲間が小さく笑った。
コーナーを抜けると、長いストレート。 左右には貨物列車の引き込み線、前方には傾いたクレーンの影。
アルテミスは合宿で習得したスリップストリームを活用。 雅が雨粒を受けながら加速し、梓が警告を飛ばす。
「後方にルナが来る!」
ルナゴスペルは美奈子を先頭に三角隊列を形成。 その背後、クロムファングのマイクが車体を揺らし、スリップストリームから外そうと揺さぶりをかける。
「おい、誰か俺の後ろでくしゃみしたぞ!?」
「それ水しぶきだよ!」 クロムファングのインカムが騒がしい。
不如帰はさらに後方から、雨で滑る外側ラインを避け、内側を巧みに使って距離を詰める。 蓮の声が低く響く。
「焦らせ。やつら、必ずミスを犯す」
第1ストレートの終盤。 コンテナ群が視界を狭め、雨水が壁から垂れて路面に水溜まりが広がる。
雅がイン側のコンテナ影に張り付き、宗子と彩が外側ラインを塞ぐ。
「次、S字です。中でブレーキ踏むと終わります」
梓が冷静に警告。
美奈子が後輪にピタリと付き、コンテナの影から一瞬だけフロントを覗かせる。
「今は無理をしない。焦らせる」
千秋が後方でフォロー。
涼子はアウト側の路面状況を探りながら、突破ポイントを探す。
マイクは豪快に外側から攻める。 「この区間は力勝負だ!」 だが水溜まりが多く、ハイドロプレーニングで速度が出ない。
「タイヤがグリップしねぇ!誰だよ“グッドイヤーはグッド”って言ったの!」 「それ俺だ!」
クロムファングのインカムが再び騒がしい。
フリーダは減速し、後方から混線を観察。
「次の左直後、クレーンの支柱に注意。外に出るとリタイヤ」
仲間が無言でうなずく。
蓮は混戦の後方をすり抜け、仲間がコンテナの隙間からショートカット気味に進入。 クロムファングの1台を抜く。
「罠は見極めろ。港湾は地元の庭だ」
S字の出口。 傾いたガントリークレーンの支柱が路肩に突き出し、木箱が無造作に置かれている。
外側ラインを選んだクロムファングの1台が箱を避けきれずスピン。
「タイヤのグリップがもう少しあれば……」 彼は思わず呟いた。
雨の水煙の中、不如帰とヴァルキリーズがその隙間を抜け、順位を上げる。
第2コーナーを抜けた先には、貨物列車の引き込み線。 雨に濡れた鉄レールが街灯を反射し、路面との段差がジャンプポイントになっていた。
そこに、大きな水溜まり。
「ここはジャンプしかない!」
雅が叫び、エンジンが一斉に加速。
宗子と彩が後続をブロックし、隊列を維持。 梓は冷静にギアを落とし、レーシングモード+オーバーテイクボタンを同時に解放。 KIDA-RS400改が水煙を割ってジャンプ成功。
美奈子が判断。 「行くぞ、踏み切れ!」
千秋と同時にフルスロットル。 ZX-4RR改が水溜まりを蹴り飛ばし、青白い水しぶきを背に連続ジャンプ。
マイクは咆哮しながら真正面から突っ込む。
「減速なんて冗談じゃねぇ!」 ジャンプは派手だが、着地の衝撃で一人がハイサイド気味に弾かれ、体勢を崩す。
フリーダは冷静に指示を飛ばす。 「斜めに飛べ。レールと平行に着地する」
ヴァルキリーズの隊列が、まるで一つの意志を持つかのように動いた。 水煙を裂き、斜めの角度でジャンプ。 滑走路を駆ける戦闘機のように、全員が美しい弧を描いて着地した。
観客席からは、思わずどよめきが起こる。
「なにあれ……美しすぎる……」
「え、今のスローモーションじゃないの!?」
その静かなる迫力に、他チームのライダーたちも一瞬だけ視線を奪われる。
その隙を突いたのが、不如帰だった。
蓮は、レール沿いにわずかに空いた作業路を見つけていた。
「飛ぶな。滑れ」 その一言で、仲間たちは一斉にラインを変える。
水溜まりを避け、低い姿勢で滑るように進入。 派手さはないが、確実に前方へとポジションを上げていく。
「飛ぶだけが能じゃねぇ」
蓮の声が、雨音の中に静かに溶けていった。
ジャンプポイントを越えた先、コースは再び狭まり、 コンテナの間を縫うようなテクニカルセクションへと突入する。
アルテミスの雅が先頭を維持しながら、インカムで指示を飛ばす。
「ここからは耐える区間。無理に抜かせないで」
梓が後方から補足する。
「宗子、彩、ラインを潰して。私は後ろから蓮の動きを見てる」
宗子が短く「了解」と返し、マシンをわずかに内側へ寄せる。 彩もそれに合わせてラインを調整し、ルナゴスペルの進路を封じる。
ルナゴスペルの美奈子は、アルテミスの動きに舌打ちしながらも、
「……やるじゃない、総長」 と小さく呟いた。
千秋が笑う。 「総長、顔がニヤけてますよ」
「うるさい。これは……戦いの顔よ」
涼子は外側の泥を避けつつ、
「次の直線、風向きが変わる。水煙が流れる方向、読んでおいて」
クロムファングは、やや乱れた隊列を立て直しながらも、 マイクが叫ぶ。
「次の直線で全部抜く! 俺の背中、見とけよ!」
「いや、さっきのジャンプで腰やったっぽいんだけど……」
「気合で治せ!気合で!」
ヴァルキリーズは、静かに隊列を整えながら、 フリーダが再び指を立てる。
「次、風向きが変わる。水煙の流れに注意」
仲間たちは無言で頷き、まるで風を読むようにラインを調整していく。
不如帰の蓮は、前方の混戦を見据えながら、
「次の分岐で、右へ。外から回り込む」 と指示を出す。
「了解」 仲間たちは一斉にラインを変え、 他チームが気づかないうちに、別ルートからじわじわと前へ出始める。
そして、次の難所が見えてきた。 コンテナの間を抜けた先には、急な下り坂と、ぬかるんだヘアピンカーブ。 雨水が溜まり、泥が跳ねる。 ここでのミスは、即リタイアに繋がる。
「ここ、滑るぞ。慎重に」 梓が警告するが、マイクは聞いちゃいない。
「滑る? それがどうした! 滑っても前に出りゃ勝ちだろ!」
クロムファングの1台が泥に足を取られ、後輪が滑ってスピン。 「うわあっ!」 マシンは横滑りし、コンテナの壁に軽く接触して止まった。
「……あー、やっちまった」
「誰か!予備パーツ持ってこい!」
「予備って……それ、さっきマフラー焼いたやつじゃん!」
「いいんだよ!溶接すりゃ走る!」
マイクが叫ぶ。 「リジェーネ?そんなもん、うちにはねぇ!ウチの整備は“気合とハンマー”だ!」
「ハンマーどこだー!」
「あ、今イスの足で代用してる!」
アルテミスとルナゴスペルは、互いに譲らず、 水煙の中で何度もラインを交差させながら、 次の直線へと突入していく。
「ここからが本当の勝負よ」
雅がインカムで告げると、全員が一斉にスロットルを開けた。
港湾の夜は、まだ始まったばかり。 水煙の向こうに、次のセクションが待ち構えている。 そして、誰もが知っていた。
このレースは、ただのスピード勝負じゃない。 信頼、戦術、そして“覚悟”のぶつかり合いだ。




