お嬢様 『港湾レースの発表と新たなライバル』
「次があると言うことは、今回は予選だったと言うことですか?」
雅が、すこしイラだって三島に聞く。
「その通りだ。次は、閉ざされた場所で行う。だが、そこでは“本当の強さ”が試される」
「それって、噂の“裏港湾”みたいなやつ?」
美奈子が身を乗り出すと、三島は口元をわずかに緩めた。
「近いと言えば近い。だが、場所も環境も、もっと特別だ」
雅はワイングラスを静かに置き、低い声で問う。
「その舞台に立てば、何が得られるのですか?」
「……真の走り屋としての名と、未来への切符だ」
「未来への切符?」
「信じるかどうかは、君たち次第だ」
その言葉に、ラウンジの空気がわずかに張り詰める。 三島はグラスを置き、全員の視線を受け止めながら言った。
「ただし、次のレースに招待できるのは、条件を満たしたチームだけだ」
「条件? チームって……」
あかねが眉をひそめる。
「まず、夜間コースでの平均速度が一定ラインを超えていること。次に、過酷な環境下でもマシンを守り抜く判断力。そしてチーム全員の完走が条件だ」
「つまり、個人の速さだけじゃダメってことですね」
雅が即座に応じる。
「その通りだ。次の舞台は、孤独なレースじゃない。仲間を信じ、共に走れる者だけが生き残る」
「ふふっ、面白くなってきたじゃん」
美奈子が拳を握り、いたずらっぽく笑った。
三島は小さく頷き、静かに告げた。
「期限は一ヶ月後。それまでに、各自の実力を証明してもらう」
横浜に戻った翌日、三島は各チームの代表を港の倉庫に集めた。 高く積まれたコンテナの間を抜け、重機の唸りが響く埠頭の一角。 大きな窓の向こうでは、クレーンがコンテナを吊り上げ、貨物列車がゆっくりと引き込み線を進んでいた。
倉庫の中央には、古びた木製の机。その上に、三島が一枚の航空写真を広げる。 写っていたのは、迷路のように入り組んだ港湾エリアと、隣接する工業地帯だった。
「次の舞台は、ここだ」
三島の声が、倉庫の静寂を切り裂く。
「夜間、雨天、障害物あり。コースは港湾全域と工業地帯を含む。
車種や燃料方式に制限はない。だが、ルールは苛烈だ」
彼は指で地図をなぞりながら、続けた。
「全員生存ゴールが必須。途中で一人でもリタイアすれば、そのチームのポイントはゼロ。ただし、参加人数が多いほどボーナスポイントが加算される。つまり人数を増やせば得点は伸びるが、完走の難易度も跳ね上がる」
その言葉に、場の空気が一変した。 誰もが、己のチーム構成と戦略を頭の中で組み直し始める。
そのとき、三島がふと顔を上げ、「入ってこい」と声をかけた。
倉庫の扉が軋む音を立てて開き、ひとりの男がゆっくりと歩み寄ってくる。 黒のライダージャケットに、鋭い目つき。 彼は、雅の前で立ち止まり、軽く右手を上げた。
「よう、久しぶりだな」
雅は一瞬だけ目を細め、そして小さくため息をついた。
「……気に入らないけど、悪くない人選ですわ」
三島がニヤリと笑う。
「紹介しよう。もう一人の“証”の所有者、鷺宮 蓮。彼が率いる“不如帰”も、今回のレースに招待した」
その名に、場の空気が再びざわつく。 不如帰、かつて“高裏レース界”で名を馳せた伝説のチーム。 そのリーダーが、再び表舞台に姿を現したのだ。
倉庫の会議が終わると、各チームはそれぞれの拠点へと戻り、 一ヶ月後の決戦に向けて、静かに、しかし確実に動き始めた。
アルテミス本部、「月の雫プロジェクト」6階会議室。
大きな窓からは、午後の陽が差し込み、テーブルの上に淡い光の筋を落としていた。 その中央に立つ雅が、静かに口を開く。
「今回、私たちアルテミスとルナゴスペルは、
ライバルチームとして戦うことになるわ」
すでにアルテミスは8人、ルナゴスペルは7人の参加が決まっている。 会議室には、緊張と期待が入り混じった空気が漂っていた。
「総長、ライバルチームが同じ施設を使うのって……まずくないスか?」
千秋が不安そうに尋ねる。
「いいえ、問題はそこじゃないの」
雅は首を横に振り、少しだけ視線を落とす。
「むしろ、あなたたちには本気でぶつかってきてほしいと思ってる」
「じゃあ、何を心配してるんですか?」
玲奈が首をかしげる。
「今回のコース条件よ。“夜間・雨天・障害物あり”。この環境で、あなたたちはフォーメーションを組める?
そもそも、こういう条件で本気のレースを走った経験があるの?」
その言葉に、会議室の空気が一瞬で重くなる。
「総長はな、皆の事故を一番心配されてんだよ!」
美奈子が声を上げた。
「無理して突っ込んで、誰かが壊れたら意味がない。勝ちたいなら、
まず生き残れってことだ」
「うちら、シミュレーターで死ぬ気で練習するス!」
千鶴が拳を握りしめて言い放つ。
その気持ちは痛いほど伝わる。 けれど、シミュレーターと実走の違いを、彼女たちはまだ知らない。 教えてあげたい。でも、自分たちもまた、完璧なフォーメーションを組めているわけじゃない。
そのとき「総長、朗報です!」 梓がタブレットを掲げて報告する。
「5人の“オジサマ”たち、ゲットしました。一週間後、鈴鹿耐久レースのあと、熱海に合流できるそうです」
「しかも、鈴鹿レースにご招待とのこと。関係者用パス付きで、ピットまで入れるって!」
その言葉に、雅は思わず机の上でガッツポーズを決めた。
「みんな、来週は鈴鹿へ行くわよ。そのあと、熱海で特訓よ!」
鈴鹿サーキットの夏は、熱気とエンジン音で満ちていた。 観客席の歓声が空に響き、ピットエリアではメカニックたちがタイヤを抱えて走り回る。 インカムからは監督たちの怒号が飛び交い、モニターには秒単位で変わるラップタイムが映し出されていた。
その光景に、普段は冷静な梓やあかねでさえ、思わず息を呑む。
「……これが、世界で戦う舞台……」
涼子がぽつりと呟く。
「次は、あたしたちの番だってことだろ?」
美奈子が笑いながら、涼子の肩を軽く叩いた。
5人の世界ランカーたちは、それぞれのピットで準備を進めていたが、彼女たちの姿を見つけると、手を止めて迎えてくれた。
「おお、アルテミス勢ぞろいか。いい顔になったな」
「そっちが新しい仲間か。今日は観戦だけじゃなく、
プロの“舞台裏”をしっかり見ていけよ」
その言葉に背中を押されるように、彼女たちはモニター解析室、給油ピット、タイヤ交換の現場を間近で見学した。 2分足らずでマシンが再びコースへ飛び出す様子は、何度見ても鳥肌が立つほどだった。
レース終盤、師匠の一人、ベグナーが自らのマシンでコースへと飛び出す。 ピットウォールから見下ろす彼の走りは、まさに芸術だった。
コーナーへの進入、立ち上がりの加速、すべてが研ぎ澄まされている。
「……あれが、プロの“本気”」
あかねの声が、わずかに震えていた。
雅は腕を組み、目を細める。
「次は、私たちが“あれ”になる。覚悟はいいわね」
鈴鹿の轟音と熱気の中で、アルテミスとルナゴスペルの決意は、さらに深く、強く、固まっていった。
そして、次なる戦いの舞台へ。 彼女たちは、もう迷っていなかった。




