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20.神の行進

彼女は目先で凍り付いた海水をジッと見つめる。

これだけの凍結状態ではあるが、海が全て凍った訳ではない。

より下の海中は、氷なりかけのまま液体として漂っている。

そしてこれだけの嵐ではあるが、エスゼリクから直々に加護を得ているのなら、耐えた上で海中から狙う魔族がいても不思議ではない。

ピシッ、と何処かで罅が割れる音が聞こえる。

直感したエイダが叫ぶ。


「下から来るわ!」


次の瞬間、目の前の地面が砕かれ、吸盤の付いた触手が海中から何本も現れた。

人を巻き取る位ならば容易に出来そうな長く太い手だった。

大小様々な氷の破片が散らばり、暴風に乗って巻き上げられていく。

自我を持つように不規則にうねる触手が、砕かれた氷の岸を掴み、引き上げるように力を込める。

そして現れたのは、見上げる程に巨大なタコだった。

猛吹雪の中で一切頓着せず、水飛沫を上げながら、真っ黒な瞳で三人を見下ろした。


「グオオオオッッッ!!」

「コイツ……! まさか、クラーケンか!?」


海王種と呼ばれ、境海に棲みながら幾度となく人族の航海を妨害してきた魔族。

伝説の中で語られていた、現在では遂に確認されなくなった海底の怪物だ。

まさかまだ、生き延びている個体がいたとは。

そう思うオスカーの前で、クラーケンは雄たけびを上げながら、複数の触手を振り回す。

狙いは眼前の彼らではない。

目にも止まらぬ速さで周囲の大地を砕き始め、地響きが徐々に大きくなっていく。

波に揺れる船のように、三人の元にまで揺れが伝わる。


「あの野郎、凍土を砕いて地の利を奪う気だぞ!」

「だったら、こうするだけだ! 石化剣!」


零度間近の海水に落とされれば、幾らオスカーでも戦闘続行が難しくなる。

すぐさま剣を振るい、氷の大地を石化状態へと変貌させる。

白く凍結した海水を、灰色の物理的な石材に変えた。

身の回りの足場を固定させたことで、触手の攻撃は受け付けなくなる。

叩きつけても砕けない石化に、クラーケンも異変を感じたようだ。

直後、前に出ていたエイダが大きく息を吐き出す。


飛瀑吹ヴァハト!」


魔力によって圧縮された水撃が放たれる。

クラーケンも対抗する形で水の波動を吐き出したが、竜の息吹には敵わなかった。

一瞬拮抗した後であっと言う間に押し返され、その胴体を貫かれる。

白い空間を染め上げるように、魔族の血が舞い散った。

両断されたクラーケンは、そのまま海水の底へと沈んでいく。

しかし触手だけは別の意志で動いたかのように、不意を突いてエイダの身体を巻き取った。


「!?」

「クラーケンの足は独立して動く! 油断しちゃダメだ!」


例え命を絶とうとも、触手には暫らく活動できるだけの余力が残っている。

絡め取られたエイダは脱出を試みたが、それより先に触手が彼女の身体を持ち上げ、そのまま氷塊へと叩きつけた。

巨大な水柱が立ち上がり、氷の礫が飛散する。

オスカーは彼女を助けるべく剣を振るおうとしたが、そこで新たな気配に気付く。


雪嵐の向こうから何百というサーペントが出現する。

海王種とは違うが、海を住処とする蛇・シーサーペントだ。

凍てついた空気を物ともせず、全員がオスカーに向けて毒牙を剥き出しにしている。

それだけではない。

新たな触手が何十本も海中から現れる。

同種のクラーケンが複数体、別の場所から氷塊を破って現れたのだ。


「まだ、こんなにいるのかよ!」

「それだけ相手も本気って事だ……!」


境海に存在する魔族を全て投入しているのかもしれない。

人族の領土に攻め入ると豪語していたのだ。

これだけの戦力があるのは当然なのだろう。

商業都市の襲撃時を思い起こさせるような大群を前に、オスカーはザカンを庇いつつ剣を振るう。

同時に、海中に引き摺り込まれつつあったエイダも、両手に力を込めた。


「邪魔、しないで! お父さんに、会いに行くんだから!」


彼女には彼女の戦う理由があった。

次いでオスカーの元で振るわれた絶気剣が、触手の動きを停止させる。

力が緩まったと見抜き、着水しかけていた海水から、そのまま両手で振り払った。


「どいてッッ!!」


小さな叫びと共に、衝撃波すら生み出しそうな風圧が飛び、触手が吹き飛ばされる。

今までにない強烈な一撃だった。

抱いている感情がそのまま溢れ出たような、そんな反撃だった。

オスカー達も衝撃に耐えつつ、眩まないように片腕で視界を庇う。

同時に危険と判断したサーペント達が一斉に飛び掛かる中、彼女が間髪入れずに息を吐く。


迅雷吹グロム!」


辺りの吹雪に劣らない程の音を響かせ、雷の閃光が弾き出された。

向かってきたサーペントだけでなく、海中を伝って他のクラーケンにも届かせる。

強烈な電撃は、凍結に耐性のある者にも有効だった。

近場にいた魔族から一斉に黒焦げにしていく。

だと言うのに、それだけの威力を浴びながらも、魔族達が臆する様子はない。

半死半生の状態ながらも、一矢報いようと更に踏み込んでくる。

死に場所を探すような、死して尚相手を殺さんとする威圧すら感じる。

決死の覚悟、必死の抵抗。

何故、そこまでの事をするのか。

オスカーも、それを受けてより一層気を引き締めた。


「許しはしない! 貴様達を殺し、我々は悲願を叶える……!」

「人族を滅ぼすことがお前達の望みなのか!? 全てを殺し尽くすまで、足りないというのか!? 教えてくれ、魔族ッ!!」

「お、オオオオッッッ!!」


魔族達が答えることはない。

実力的に敵わないと知っていても、分かっていても、雄叫びを上げながら戦線を押し上げようとする。

牙を抜かれようと、全身を焼かれようとも構わない。

商業都市の魔族とは違う、絶対に相手を殺すという意志だけが伝わってくる。

最早、執念の塊だった。

あらゆる魔族が、怨敵であるオスカー達に狙いを定め、一斉に攻撃を繰り出す。

オスカーは不動剣で周囲の空気を止め、防御壁を生み出して守りを固めながらも、少しだけ眉を顰めた。


「このままじゃ、押し切られる、か」


執念とは、各々が持つ思いとは、時に自身の持つ力以上の力を引き出す。

このまま耐え続けたとしても、予想外の方法で破られる可能性もあるだろう。

それを予期したオスカーは、不動剣による防御を解除する。

直後、ザカンの手を引いて周囲に別のデバフを撒いた。


「手を放すなよ!」

「何? う、うおッ!?」


防御壁が解かれ、魔族からの攻撃が届く瞬間、彼らは飛び上がった。

浮遊剣。

宙に浮かぶ力を以て、高く跳躍する。

飛ぶ事は出来ない、ただ浮かび上がるだけのデバフだが、今はそれだけで十分だった。

サーペント達に飛行能力はない。

仮にあったとしても、周りの猛吹雪で制御できる筈もない。

零魔剣で吹雪を払っているからこそ出来る浮遊、荒業だ。

そしてこれだけで終わりではない。

真下、蠢く魔族達に向けて彼は剣を振り下ろす。


「加重乱舞剣!」


浮遊とは正反対、重力を付与して落とし込むデバフだ。

複数回重ね掛けることで、より一層身動きが取れないように制限させていく。

サーペントも、クラーケンも、辺りの氷河すらも。

唯一重力を受けていないエイダを巻き込み、周囲一帯が海水に沈み込んだ。

凍り切らない海面が一気に波や泡を立てて、幾つもの波紋が広がる。

それを見て、ザカンが声を上げる。


「ちょっと待て! エイダまで巻き込まれて……!」

「いや、これで良いんだ」

「!」

「凍土も、冷却された海水も、元は魔将の魔力。五大元素の一つだ。彼女の領域テリトリーは、水中にこそある」


動揺はない。

氷塊沈む海の中から、彼はエイダの湧き上がる魔力を感じた。

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