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19.神の急き立て

大灯台・ロベルバの様子は悪化の一途を辿っていた。

カイツェルによって殆どの監視員が離脱したことに加え、エスゼリクの吹雪が迫っているのだ。

今はどうにか新たに配属された者や騎士団によって、魔法障壁を張って耐えているが、それも長くは続かないだろう。

そんな中にオスカー達の馬車は到着し、皆が待ちに待った様子で出迎えた。


「ローファン司教殿! お疲れさまであります!」

「貴方達こそ、よく無事で耐え抜いてくれた。状況はどうなっている?」

「はい! 私達が交代で魔導を駆使し、大灯台内の安全はどうにか確保されています! しかし境海に関しては吹雪が凄まじく、一面が白い砂嵐のようで……一里先すら見えない状況なのです!」

「成程……大灯台本来の役目は果たせていない、という事か」


監視員の言葉通り、大灯台自体に雪は積もっておらず、魔法障壁が役目を果たしているように見えた。

だが周辺区域は、他の地区とは比べ物にならない猛吹雪と化している。

近隣の雑木林は雪によって完全に埋没し、獣の気配すらない。

灯台自体も今は互いの魔導やスキルによって耐えられているが、無くなれば数秒晒されるだけで雪の群れが、表面を覆い尽くすだろう。

オスカーは大灯台を見上げ、薄く揺らいでいる障壁を窺った。


「この状況が続けば、大灯台も長くは持たない。君はどう思う?」

「同感です。大灯台以外もこれだけの猛吹雪が迫れば、近隣の村は一溜まりもないでしょう。嵐を巻き起こしている力そのものを、早急に封じなければ」


境海の湾岸部は、命凍る死の大地となっている。

加えてこれはパラミナだけでなく、同じように海に面するオルテシア王国も同様だ。

直ぐにでも力の元凶を抑え込まなければ、取り返しのつかない事態になる。

十ⅿ先も見えない中だが、この先を進まなければ話にはならない。

オスカーは自然災害とも呼べる力に立ち向かう覚悟を、改めて抱く。

するとエイダが境海の向こう、白い壁のように聳える風雪を見据えた。


「雪の台風が、直ぐそこまで来ているわ」

「この先の状況が分かるのか?」

「ん。この感じ、お父さんとよく似てる。白くて、冷たい魔力。きっと中心に、いる筈よ」

「そうか……だったらエイダ、先頭は君に任せる。目視が効かない俺達の目になってほしい。ただ、傍は離れないでくれ。離れすぎると、この雪で距離が掴めなくなる」

「……分かった。任せて」


彼女の索敵は強力だ。

これだけの猛吹雪の中でも、魔力の流れをしっかりと見極めている。

人の五感ではどうにもならないため、先頭を譲るのが最善だろう。

ただし気持ちが逸っている様子があるので、動向には気に掛けなければならない。

そしてこれから先は、神託を受けた者のみ以外は立ち入れない。

ローファンは残念そうに彼らに頭を下げた。


「すまない。我々の力では、此処までのようだ」

「いえ。ローファン司教の対魔耐性で大灯台を覆えば、より防衛しやすい状況を作れる筈です。此処は貴方に任せます」

「引き受けた。必ずや、この大灯台を守り通そう」


オスカーの頼みを、ローファンは二つ返事で引き受ける。

不安定な魔法障壁から、司教としての実力を持つ魔力遮断に切り替えれば、安定性はより高まる。

他の監視員達も決意を込めた表情で、強く頷いた。

勇者たちが心置きなく戦えるように、見送るつもりのようだ。


「貴方の力も、女神・アナスタシア様の加護を授かっている筈。恐れずに進んで頂きたい」

「あ、あぁ」


女神の言葉に間違いはない、信徒である以上はそう答えるしかないだろう。

ザカンもそれを分かっているからこそ、動揺しながらも頷いた。

とは言っても、オスカーからすれば不安要素に変わりはない。

直接的な戦闘能力を持たない彼が、敵と遭遇すれば一溜まりもない。

兵士一人くらいなら倒せる程度の力しか持っていないのだ。

兎に角、後方で絶対に前に出ないように言い聞かせるしかなかった。


「言っておくけど、俺から絶対に離れるなよ」

「待ってくれ。コッチにも少し考えがある」

「えっ?」


するとザカンが懐から小さな瓶を取り出す。

瓶には緑色に輝く得体の知れない液体が入っている。

調合した薬物なのだろうか。

オスカーが問うよりも先に、彼はその栓を開けて一気に飲み干した。

訳が分からず見ていると、その瞬間に身体が薄い光を纏い始める。


薬師の加護(エンチャント)


薬物による加護、或いは効能と言うべきか。

魔力とは違う物理的な光が放ち、辺りの吹雪と合さって余計に際立って見え始める。

妙に懐かしい感覚に襲われる、ほんのりとした温かさに、エイダも物珍しそうにザカンを見た。


「どうしたの?」

「付け焼刃の防御術さ。これで、寒冷と強風に耐性が付いた。吹き飛ばされたり、凍え死んだりすることはなくなっただろうよ」

「そんな事が出来たのね……」

「まぁこれも、薬を作る過程で生まれたモノの一つさ」

「本当に大丈夫?」

「おうよ。足を引っ張りたくはねぇしな」


彼の薬師としての才能は、女神に認められる程のものだ。

以前に策があると仄めかしていたが、恐らくこの事だったのだろう。

オスカーやエイダの戦いに干渉しないよう、自分の力で切り抜けられるように考えた結果に違いない。

ザカンは戦場に向かう二人を見て、静かに言う。


「二人共、俺の事ばかり気にする必要はねぇ。自分の身くらい、どうにか自分で守ってみせる。今は一刻も早く、この雪嵐を止めるんだ」


後ろばかりを気にして、周囲を疎かにする必要は無い。

少しは父を信用しても良いのだろう。

オスカー自身もそれを受け入れて零魔剣を行使、氷点下の気候影響のみに限定して無に帰した。

これだけ膨大な魔力が渦巻いているのだ。

商業都市のように魔力枯渇することはないだろう。

全てはエスゼリクの真意を確かめるため。

四神とは何者なのかを知るために。


「行こう。この戦いで、全てを明らかにする」


互いに頷き返す。

神官達が女神へ祈るように送り出す中、大灯台から凍り付いた境海に、三人は足を踏み入れた。

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