17.神の代行者
「まさか、女神様が顕現されるなんて……」
「はい、あたしも最初は信じられませんでした。ですが、目の当たりにした大司教様の言葉は、本当です」
大修道院の一室。
連絡用の水晶を通して、既にフィリアにも女神降臨の話が伝わっていた。
伝承と全く同じ姿であり、神聖な光を纏って現れた神体。
信じがたい話だが、彼女に然程驚きはなかった。
理由は簡単。
神に選ばれ、神剣を託された仲間を以前から知っていたからだ。
連絡係となっていたテリアは、複雑そうな表情を崩さなかった。
「エスゼリクという魔族が現れたのに皆、浮足立っていて。それであたしが、フィリア様と連絡を取る事に」
「そう言う事だったんですね。それで皆さんは?」
「女神様の神託を受けて、雪を降らせている魔族の討伐に向かうみたいです。勿論、オスカーさんやエイダちゃんも一緒に……」
「……他に何かしらの命は?」
「いえ、特には……」
これだけの騒動があるにも関わらず、依然フィリアに対する命は下っていない。
もどかしさを感じるのは仕方がなかった。
加えてオルテシア王国にも猛吹雪が迫る中、貴重な使者であり戦力でもある彼女を手放したくないのか。
クレイロード王は、騎士団を向かわせるばかりで、境海への出発に賛同しかねていた。
単独で動けばパラミナの印象を悪化させる事にも繋がるため、下手は打てない。
今出来るのは、王都中を大司教と同じく巨大な結界で包み込む位だ。
まるで自分に張った結界に囚われている感覚を、彼女は感じていた。
「そう、ですか」
「……フィリア様の状況は、どうなっていますか?」
「私の方は……現状問題はありません。大司教様にも、そのように伝えて下さい」
ウィルズはヴェンダル家で拘束されたままだ。
神剣を持っていようと、彼が偽りの情報を流して皆を騙していた事に変わりはない。
広場で鳴り響いた彼の悲鳴は、実に居た堪れないものだった。
父親のロランに引き摺られる様を、人々の前で見せつけてしまったのだ。
惨憺たるとは、まさにこれだろう。
彼が一変したのは、神剣を授けられて以降だ。
伝説の剣を疑いたくはないが、女神の顕現と関係がないとは言い切れない。
何かが介入してくる予感、侵食。
勿論、テリアに漠然とした感覚を話す気はない。
すると彼女は、一転して不安そうに身体を縮ませる。
「どうかしましたか?」
「何だか、あたし怖いんです。女神様が現れた事は、絶対に良いことの筈なのに……一体、何が起きているんでしょう……?」
もしかすると、テリアも同じなのかもしれない。
フィリアにその問いは答えられなかった。
●
女神の勅令から数日後。
オスカー達は馬車に乗り、再び大灯台を目指していた。
目的は他でもない、魔将・エスゼリクとの戦い。
そして降りやまぬ雪を止める事である。
四神の一柱からの神託を受けるまでもなく、彼らは災厄とも呼ぶべき力に臨む。
しかし、その経緯に異議を唱える者もいた。
何故、信徒でもない彼らだけが神の命を受けているのか。
実際に女神に会い、会話を交わすオスカー達は、嫉妬に近い目を向けられたのだ。
吐く息が白くなる中、オスカーは外の光景を見るため、馬車の幌をすこしだけ開けてみる。
雪は今も止むことなく降り続け、既に周辺の景色は何処を見ても、真っ白に覆われていた。
「辺り一面、雪景色だな」
「この辺りはまだ、影響が少ない。でも、境海に近づけば吹雪になってくる筈」
「報告の通りって訳か」
薬草の具合を確かめながら、ザカンが返答する。
パラミナ各地の情報は、中心部である大修道院に集められた。
殆どの箇所が雪によって閉ざされ、気温も一気に下がり始めたという。
特に境海に面する湾岸部が顕著で、雪が氷となって固まり、動くことすらままならない状況になりつつあるらしい。
放っておけば、その影響は国全体に届くだろう。
複数の神官が馬車を動かす中、ローファンが真剣な様子で頷く。
「貴方達の魔力を浪費する訳にはいかない。私の力で、大灯台まで案内する」
「すみません、ローファン司教。まさか、貴方が先導してくれるとは」
「命の恩人に返せるものは返さなくては、な。道中は私達に任せてくれ。これらは全て魔力の影響を受けたもの。私の耐魔力で全て遮断する」
対魔耐性は全ての魔力を遮断する。
降り続ける雪もエスゼリクの魔力であるため、馬車全体にその効力を行き届かせている。
雪や風も殆ど問題なく馬車を動かせているのは、ローファンによる所が大きい。
本来、彼は女神からのお告げは受けていない。
しかし恩人の助けになるため、自ら神官を連れて大灯台まで同行したのだ。
そんな彼らの厚意には、報いなければならない。
今更ではあるがオスカーは二人、ザカンとエイダに問う。
「二人共、本当に良かったのか?」
「良かった、っつーか。どうしようもねぇ、っつーか……。あのまま大修道院にいたら、何でお前、神託受け取ったのに無視してんだって無言の圧、喰らってたしな。ったく、ようやく住み心地が良くなったと思ってたらコレだ」
「一応、言っておくけど……」
「分かっている。前に出る気はねぇ。それに迷惑を掛けねぇ程度には策は考えてる」
上位存在の指示により、ザカンは同行せざるを得ない状況になった。
周りからの圧力もあり、留まるという選択は出来なかったのだ。
長期戦が続くのであれば、確かにオスカーを戦わせ続けては身体が持たない。
それを加味しての事なのか。
だとしても、未だにオスカーには納得が出来ていなかった。
前線に出る気はないと父が明言するだけ、僅かに安心ができると言った位だ。
不信感を持つ彼に対し、エイダは膝を抱えたまま呟いた。
「いつかは、こうなるって思っていたわ」
「……」
「ずっと嫌われて、逃げてばかりだったもの。でもオスカーと同じ、ちゃんと立ち向かわなくちゃダメ、よね。エイダはもう、皆と一緒に戦うって決めたんだから」
実の父であるエスゼリク。
彼女も本意ではないが、どうにか割り切ろうとしている。
過去を振り切り、逃げるしかなかった相手と戦おうとしている。
一体どれ程の覚悟なのか、オスカーには分からない。
ただ戦いを強制されたとしても、出来る事はある筈だ。
彼はその言葉を聞いて、前々から思っていたことを話す。
「もし、話し合いたいって言うなら、俺も協力する」
「え?」
「互いの事が分からないまま戦う必要なんてない。カイツェルを倒した時、そう思ったんだ。魔将には確かに、人族を滅ぼそうという目的がある。でも、その根本にあるのは仲間達への思いだった。そこだけは、俺達と何も変わらない。勿論、問答無用で襲ってくるなら、戦うしかない……でも、それでも、何もかもを女神の言うとおりにする必要はない筈だ」
「本当、に?」
彼は頷く。
戦いは避けられない。
だが滅ぼす必要などない。
幸いオスカーの能力は、相手の力を減退させることに長けている。
ギンコにそうしたように、彼を打ち倒して力を封印すれば、話し合う余地は生まれる。
互いに殺し合う意味もなくなるのだ。
「ありがとう……エイダも、知りたいわ。お父さんが今、考えている事を」
そんな考えを理解できたようだ。
彼女も微かに笑い、同意する。
自分は何のために生まれたのか。
何のために忌み嫌われるようになったのか。
倒すためではなく、理解するために立ち向かう意志を見せる。
気付けば見覚えのある村にまで、馬車は進んでいた。
「ナワテコ村、か。完全に雪に包まれているな……村の人達は、無事なんですか?」
「安心してくれ。彼らは全員、前もって派遣した騎士団が保護し、より安全な場所へと避難させた。しかし……」
カイツェルに挑むために経由した村は、雪によって半ば埋もれていた。
家々の一階層は殆ど出入りできない程だ。
辺りの雪も風に流され勢いを増しており、吹雪に近くなっている。
対魔耐性によって雪を元の水に戻しながら、馬車はそのまま進む。
しかし実際の有様を目の当たりにして、ローファンは苦い顔をした。
「これでは農作物は全滅か……まさかこれ程の吹雪とは……」
「司教様! この先は地面も凍っており危険です! 一旦、速度を落とします!」
「頼む。幾ら凍結対策が出来ていようと、滑走する可能性は最低限にしておきたい」
馬車の速度を少しだけ落とす。
オスカー達も幌から見える光景には威圧感しか覚えない。
最早これは、一つの生命体が持って良い力ではない。
周囲どころか一国をも滅ぼしかねない影響力。
これは天災と言っても良いだろう。
竜族の持つ力とは、これ程のものなのか。
「エイダ。君のお父さんの力は、ここまで凄いものだったのか?」
「ううん。竜族としては、とても強かったみたいだけど……こんな、大雪を降らすような事は出来なかった筈よ」
「そうか……だったらこれも魔将の……いや、神の力で増強されたって事か」
元が魔族の頂点に立つ種族だ。
それに加えて邪神より力を与えられれば、これだけの吹雪を放つことも出来るという訳か。
強いて言えば、これは神の力によるもの。
オスカーはその事実を知り、少しだけ思い悩んだ。
「どうかしたの?」
「何だろうな……上手くは言えないけれど、俺達はまるで、駒のような気がしたんだ」
「駒……?」
「そう。邪神の力を得て人族を攻める魔将も、女神に従って動いている俺達も、その根元には神の意志や力がある」
人族も魔族も、双方が神あるいは邪神の力によって相争っている。
そして先兵として動く自分達が、それらに従う駒のように感じていた。
自分達の意志で戦ってきたオスカーではあったが、そこに存在する上からの意志に違和感を拭えない。
「勿論、俺達がこうして境海に向かっているのは、自分達の意志だ。そうでなくちゃ皆が危険だし、そこは絶対に変わりはない。でも……腑に落ちないんだよ。彼女が言っていた、代行者って言葉に、引っ掛かっているのかもしれないな」
強制される戦い。
神々の後始末を行っているような事態。
本当に魔将を倒せば、人族と魔族が争わずに済む、平和な世界を生み出せるのだろうか。
女神は一切言及しなかった。
仮に魔将を滅ぼした後、その先にある魔族との折り合いをどうつけるべきか。
最終的な目標が見えてこなかったのだ。
するとザカンが静かに答える。
「……あまり、滅多なことは言わない方が良いぜ」
「え?」
「俺は信仰深くないが、あの女神様はいつでも俺達を見ていると言っていた。言葉の綾かもしれねぇが、もしかしたら本当に見ている事だってあり得る。そう言うのは、胸の内に留めておけ。俺自身、下手な事を言って、こうなったんだからよ」
神託によって動くしかなかった彼だからこそ、言えるのかもしれない。
信奉者でもないザカンですら、神の意志や力には逆らえない。
外堀を埋められ、留まる事を許されなかった。
ならば魔将達はどうだろう。
彼らは邪神の意志に従って、人族を滅ぼそうとしているのだろうか。
そこに自分の意志は、思いは存在しているのか。
もしかすると仕方なく戦わされている、その可能性もあり得るのではないか。
「……やっぱり確かめなくちゃ、いけないな」
「神様のこと?」
「あぁ。魔将が、君のお父さんが、何を知っているのかを」
今回の戦いは、今までとは違う。
何が起きているのか、その真意を探る。
そして自分なりの答えを見つけ出さなくてはならない。
彼ほどに理解はしていないようだったが、それでもエイダは自分の意志を信じて強く頷いた。




