表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/130

13.妄執勇者の崩壊

エスゼリクの宣戦布告は、黒魔導を通して人族の地に伝えられた。

王都の上空から鳴り響いたその声は、民衆を恐れ戦かせるには十分だった。

境海から攻め込むという魔王を名乗る者の存在。

怒りに満ち溢れた、殺意とも呼べる宣告。

始めは悪戯だと信じていなかった者達も、大掛かりに過ぎる状況を理解して俄かに騒ぎ出した。

すぐさまその一件は王宮に伝わり、クレイロード王の耳に入る。


「ど、どういう事だ!? 魔王が侵攻を開始するなどッ……!」


突然の事に、王ですら理解が及んでいなかった。

魔族との闘争は幾度となく、繰り広げられてきた。

境海を挟んでの防衛線、人知れず領土に忍び込んできた魔族との闘争。

戦いでのいざこざは数えきれなかったが、魔族から直接声明を下す事態は、王国建国以降ないものだった。

王配下の者達も、戸惑いを隠せない。


当然、フィリアも事態の最中にいた。

直ぐに現場に到着した彼女は、黒魔導の気配を探索。

しかし相手側から一方的に打ち切られ事により、逆探知は叶わなかった。

本当に魔族によるものなのか、それとも別の何者かの仕業なのか。

何にせよ、今の宣言は真実と仮定した上で動くのが懸命である。

そう判断した彼女は、周囲が混乱する中、冷静な思考を維持したまま王に進言する。


「国王様。魔王を自称する事ならば、どのような魔族にも出来るでしょう。恐らくこれは陽動。ただ魔王を名乗るだけの力があると仮定し、王国全域への厳戒態勢は敷くべきかと。私も力をお貸しします」

「う、うむ。仕方があるまい。先ずは、兵力を集めよう。各地の状況を今一度調べ、要所に騎士団を派遣する」


王もそこで冷静さを取り戻す。

王としての責務の一つは、王国全体の安寧だ。

脅威を知らしめる魔族から、国民を守らなければならない。

まだ見えぬ脅威に対して被害を減らすため、兵力の増強を容認する。

そしてもう一つ気掛かりな事実。

つい先日、王都の中心で行われた魔族の磔について思い出す。


「となれば、ウィルズ・ヴェンダルの報告にあった、魔王打倒とは……」

「魔王を名乗るエスゼリクは、同胞と名乗っておりました。私個人の推測ですが、磔にされた魔族は、恐らく魔将。そして少なくとも、魔王ではないかと」

「……馬鹿な事を。欲に目が眩み、大口を叩いたという訳か」


既にフィリアは、オスカー達との通信でカイツェルが魔将であると理解している。

磔にされた魔族は魔王ではないと、彼女は明言する。

それはつまり、凱旋を果たしたウィルズの言葉が嘘だという事に他ならない。

だがクレイロード王は失望したように、重く息を吐いた。

どちらが真実か、考える間でもないようだ。

周囲に控えていた従者に向け、右手を上げて指示を出す。


「至急、ヴェンダル家の当主、ロラン・ヴェンダルを呼び出せ。あの間抜けな子息を連れ戻すように伝えるのだ」

「はっ!」

「この度の遠征は、神剣あればこそだったと言うのに……よもやあの剣、贋作という事はあるまいな……」


彼も神剣の存在を認めたからこそ、大灯台への遠征に力を貸した。

あの神々しい光は、確かに神話に語り継がれる伝説の剣だと信じていたのだ。

とは言え、それは剣に限っての話。

使い手によっては薬にも毒にもなり得る。

そして虚言を振るうウィルズの存在は、薬から毒になりつつあった。


巷で聞くウィルズ・ヴェンダルの様子のおかしさ。

宮廷騎士団が報告した、オスカー・ヒルベルトの助勢。

それらを総括した上で、客観的に事実を元に王は判断を下す。

かつてギルドマスターを殺され我を失いつつあったが、時間が経ってようやく冷静さを取り戻しつつあったのだ。


「フィリア・アーノルド。パラミナとの交渉は後に回させてもらう。王としての立場故、今のパラミナを妄信する訳にはいかんが、敵対している余裕はない。そして、其方そなた個人の力は信用している。どうか、手を貸してほしい」

「分かりました。白日はくじつの勇者として、その使命を全う致します」


フィリアにとっても、ウィルズの暴走は目に余っていた。

己の利益だけを考え、そのためならばどのような暴挙にも出る。

最早自分の言葉が届いているようには思えない。

自分一人で止められないのであれば、より目上の人から止めてもらうしかなかった。

そして彼女の進言は王に届けられた。

心苦しい話だが、直ぐにでも彼の元に勅令が下るだろう。


「ウィルズさん……これで落ち着いてくれれば……」


今、彼に必要なのは自分を見つめ直す事。

それを気付かせてくれる場や環境がなくては、暴走する一方だ。

どうか、この一件で心を鎮めてほしい。

フィリアは以前のウィルズ、彼女が勇者パーティーに参入した当時のリーダーシップを、取り戻してくれることを祈るしかなかった。


そうして所変わって、王都中心部。

磔にされたカイツェルの前に、先程まで堂々とウィルズは立っていたのが、今はその面影はない。

理由は単純。

彼は王都中に響き渡ったエスゼリクの宣告に戸惑っていたのだ。

無論それは周りの民衆も同じだ。

恐れの声すら上げる人々を、王都の兵士達がどうにか鎮静化させていく。

喧騒で溢れかえっていた辺りは静まりつつあったが、彼の心は全く穏やかではなかった。


「魔王・エスゼリク? 何なんだ、それは! 何故、魔王が二体もいるんだッ!?」


ウィルズの動揺は本物だった。

嘘をついていたからではなく、嘘がバレたせいでもない。

彼は本気で、自分が魔王を倒したのだと信じて疑っていなかった。

神による神託を受け、それが正しいものだと妄信する。

自分が大灯台で騎士団を見捨てて先行したことも、最上階でカイツェルに手も足も出ずに敗北したことも、何も覚えていない。

端から覚える気がない。

信ずるのは自分、そして自分を認めてくれる存在のみ。

それ以外は神託を受けた自身を否定する、背徳者だと思っていたからだ。

だがそこで聞こえてきたのは、彼の行為を否定するような宣言。

暫くして、冷静さを取り戻した民衆達の声も聞こえてくる。


「国王様が、厳戒態勢を敷くそうだぞ」

「じ、じゃあ、ウィルズ様の言っていた魔王は?」

「あぁ、ただの嘘っぱちだったって事だよ」

「ひでぇ……。幾ら貴族だからって、こんな事が許されるのかよ……」


一斉に軽蔑に似た視線が注がれていく。

思わず後退るウィルズには、全く理解できなかった。

何故、自分がそのような目を向けられなければならないのか。

自分は確かに、魔王を倒して磔にした。

勇者として申し分ない実績を積んだ。

それだけは疑いようのない事実の筈だった。

敬われる理由はあっても、軽視される理由など存在しない。


「ま、待つんだ、お前達ッ! この魔族の異質さは、目の当たりにしているだろう!? どうせ、魔王を自称する脆弱な魔族に違いない! そ、それに、この剣の輝きを見ろッ!!」


思わず神剣を抜き、頭上に掲げる。

この剣が全ての証明。

自分の言葉が神に選ばれた、真実のそれであると物語ってくれる。

そう思い、周囲一帯に剣の光を放つ。

神々しい光が確かに包み込んでいったが、市民たちは少しだけ迷惑そうに目を瞑るだけだった。

何も変わらない。

何故だ。

何故誰も信じてくれないんだ。

ウィルズは声を震わせる。


「神剣・エフィルフィートッ! こ、これが本物だ……! お、俺は間違っていない……! 俺はッ……!」


正しいんだ。

そう言い掛けたが、その直後、ウィルズの前に兵士を連れた貴族風の男が現れた。

兵士達が全員気まずそうに視線を逸らす中、男は彼に向かって叫ぶ。


「ウィルズ、貴様ッ!!」

「あ……」

「よくも私の顔に泥を塗ってくれたな! お前のような大馬鹿者が、息子であると思うだけでも羞恥に堪えない! とっとと、その煩わしい剣を降ろせッ!!」


彼の父、ロラン・ヴェンダルである。

衆目の中であるにも関わらず、大声で息子を叱責する。

クレイロード王からの勅命を受け、それだけ腹に据えかねているという事だ。

今まで見た事もない雰囲気に、人々も一斉に押し黙る。

父親に激怒され、ウィルズはようやく剣を降ろした。


「父上……お、おれは……」

「黙れ! 貴様に父と呼ばれる筋合いなどない! 大言壮語たいげんそうごも甚だしい、魔王を倒したなどとうそぶくとは! お前達、あの馬鹿を捕えよッ!」


ロランが息子を拘束するように告げる。

ヴェンダル家の当主の命令でありながら、王の命令であるソレに逆らう者はいない。

兵士達はまるで猛獣を相手にするような姿勢で、ゆっくりと彼の周りを取り囲んだ。

彼らの視線はウィルズではなく、神剣だけに注がれていた。


「あ……あぁ……?」

「ウィルズ様、お願い致します……どうか大人しく、指示に従ってください……」


兵士達はウィルズに恐れているのではない。

ウィルズの持つ神剣を恐れていたのだ。

理由はそれぞれ違うのだろう。

ただ一つだけ共通しているのは、持ち手の事はどうでも良いという思いだけだった。

彼は呆気に取られた。

そして再び、何故と疑問ばかりが噴き出てくる。

神に選ばれた自分が、何故このような目に遭わなければならない。

まるでこれでは犯罪者ではないか。

俺は勇者だ。

勇者なんだ。

勇者として人々から羨望されなくてはならないんだ。

だと言うのに、今ここにあるのは人々の怯え、軽蔑、怒りの感情だけ。

羨望も憧憬の欠片も存在しない。

それを今一度理解し、彼の胸中に激情だけが湧き上がる。

直後、彼は耐えられなくなって天に吠える。


「あああああああああああああああああ!!!」


ウィルズの叫びが一帯に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ