14.デバフ勇者の会合
「まさか、このような事態になるとは……」
神都・パラミナの大修道院も、王都と同じような状況だった。
エスゼリクの声明が院内全域に響き、信徒達も信じられないと言うようにどよめき始める。
今はどうにか平静を取り戻していたが、これから先どうすれば良いか。
誰もが明確な判断を下せずにいた。
大司教・フェーネラルは、謁見の間にて先代魔王との戦いを思い出し、頭を悩ませる。
以前は人族から魔族の領域へと攻め込んだ戦い。
今回は間違いなく防衛線になるだろう。
先代の時のように、同じ道を辿る訳にはいかない。
思わず強く拳を握りしめると、謁見の間にオスカー達三人が駆け付ける。
「大司教様!」
「オスカー君! それに貴方達も、よく来てくれました! 先の宣告、聞いていましたか!」
「はい! 魔王・エスゼリクが境海から攻め入ると!」
当然だがオスカー達も状況は理解している。
そしてエスゼリクは魔王ではない事も分かり切った事実だ。
魔王は以前戦った九尾の狐、ギンコである。
こちらを動揺させるために、あえて名のある存在と明かしたのだろう。
三人はフェーネラルの元へ近づき、互いに話し合いの場を設ける。
「恐らくはアリアスやカイツェルと同じ、四魔将の一体と思われます。まさか暗躍していた彼らが、表立って活動を始めるなんて……」
「相手も背水の陣、という事なのかもしれません。あれだけの宣告をしたのであれば、下手な小細工はしない。恐らく全力を以って攻め入るでしょう」
秘密裏に動いていた魔将が、自ら先導して人族の領土に攻め込む。
姑息な手でも何でもなく、純粋な力で侵略を始めようとしているのだ。
アリアスやカイツェルを倒され、後に引けなくなったという事だろうか。
或いは大灯台を奪い返され、その隙を狙っているのかもしれない。
ザカンが唸りながら、オスカーに考えを述べる。
「大灯台を奪い返したと思ったら、これだ。奴らは、俺達に勢い付かせたくないみてぇだな」
「寧ろ、絶好の攻め時なんだと思う。今の大灯台に魔族を抑えるだけの力はない。カイツェルが倒された今、機能が回復する前に、深くまで入り込む気だ」
「成程な……つまり、ここが踏ん張り所って訳か」
「うん。それにもう一つ、気になる事があるんだ」
「気になる事?」
彼は頷く。
エスゼリクも確かに気掛かりではあるが、忘れてはならない重要な事が残されている。
これは直接関わっている者でなければ感知できない。
ザカンには勿論、探知に優れるエイダにも分からないだろう。
するとフェーネラルも同じ気配を感じ取ったようだ。
事情を察したように、その指摘に同調する。
「魔力が途絶えましたか」
「はい。大司教様の方も、ですか」
「えぇ、封印術が解かれた気配を感じます」
やはりか、という様子で互いに示し合わせる。
ザカンは訳が分からず、ひたすら疑問を浮かべるだけだった。
「どういう事だ?」
「魔王を、ギンコを拘束していた封印が解かれたんだ」
「そ、それは本当なのか!?」
「間違いないよ。大司教様も同じような気配を感じ取った。そしてその封印を解いたのは多分、魔将・エスゼリクだ。それか或いは……」
ギンコに仕掛けていたデバフの感覚が消えた。
フェーネラルも同様に、封印の術式が消滅した気配を感じ取っていた。
このことから考えられる可能性は二つ。
強大な力を持つ者によって、封印そのものが無理矢理解除されたという場合。
そしてもう一つは。
「ギンコが自死した可能性もある」
「だ、大丈夫、なのかよ?」
「魔王が死ねば勇者が死ぬ。それが本当なら、まだ彼女は生きている。それに俺は、彼女が死を選ぶことはないと思っているんだ。そうでないと、カイツェルに助けられた意味がない」
確証はないが、オスカーはそう言う。
仮にギンコが自ら死を遂げていれば、魔王が死ぬと同時に勇者も命を落とすという、未だに理屈が不可解な呪いが発動する。
それを防ぐために、彼らは弱体化と封印を重ね掛けていたのだ。
だが今の所オスカーには異変がなく、先程通信をしていたフィリアにも変わった様子は全くなかった。
状況的に考えるならば、彼女はまだ死んでいない。
大灯台で戦いを止めようとしていた素振り、そして死の間際におけるカイツェルの懇願もあって、死を選ぶとは考えにくかった。
封印が解かれた方を推すべきだろう。
そしてそれは、彼女が魔将・エスゼリクと行動を共にしている推測に繋がる。
「魔将と魔王、両者が一度に攻め入る場合もあるでしょう。大灯台へ兵力を与え、防衛力を強化しなくては」
「お願いします。自分も直ぐに大灯台へ向かいます」
「……宜しいのですか?」
「勿論です。勇者としてここが正念場。彼らの侵攻を必ず食い止めなければ」
フェーネラルは老体だ。
彼には総本山である大修道院を守る役目がある。
この場を放置して、迎撃に向かわせるのは無理がある。
適材適所と言うべきか、パラミナ内でまだ自由の利く自分達が動くべきだろう。
加えてギンコとは一度戦っている上、仮に彼女が加勢に出たとしても、商業都市とは戦う条件も違う。
他の者では相手にならないかもしれないが、エイダと協力すれば勝機はある。
それに王国にもこの一件を伝え、協力関係を築くのも良いだろう。
勇者殺しの勇者の是非を問うている場合ではない事は、王国側も理解してくれるはずだ。
オスカーは当代の勇者として戦いの場に自ら臨み、境海に再び舞い戻ると宣言する。
「エス……ゼリク……」
「ん?」
不意に、か細い声が聞こえる。
振り返ると、不安そうなエイダが俯いたままだった。
今更だがこの場に来てから、彼女は一切喋っていない。
難しい話のため口を挟めなかったのかもしれないが、どうやらそれとは訳が違う。
言い難そうな感情が、彼女の様子から感じ取れた。
「エイダ、どうかしたのか? さっきから、全く喋っていないけど」
「オスカー……本当にその魔族は、エスゼリクって……言ったの……?」
「あ、あぁ。そうだけど」
先程の宣言は一帯に響いていた。
エイダにだけ聞こえていなかったとは考え辛い。
どうしたのだろうかと、オスカーは顔色を窺う。
するとそこにあるのは、信じられないという思い。
見聞きしたものが、余程有り得ないものだったのか。
エイダは俯いたまま、思わず声を震わせる。
「どうして……そんな……」
「え、エイダ?」
普段は動揺を見せない彼女が、声だけでなく身体すら震え出す。
幼い少女がまるで恐怖を覚え、怯えるように。
そんな彼女は今まで一度も見た事がなかった。
流石に異変に気付き、ザカンも心配そうに声を掛ける。
「一体、どうしちまったんだ? 顔が青いぞ?」
「何か、心当たりがあるのですか?」
フェーネラルに核心を突かれ、彼女は顔を上げた。
隠し立てをするつもりはないようだ。
様々な感情を押し止めて、震える唇を開く。
それでも簡単には声が出ないようだった。
何度か声を出そうとしては躊躇い、そうして時間を掛けてようやく振り絞る。
「お父、さん」
「!?」
「エスゼリク……エイダの、お父さんの、名前……!」
その瞬間、オスカー達は言葉を失う。
エイダに実の父親がいる事は知っていた。
かつて亜人であるがために軽蔑され、敵視されたことで逃げ出したという根本の原因を作った張本人。
まさかその人物がエスゼリクだと言うのか。
しかしエイダの様子から、それが真実であることは疑いようもなかった。
そしてそれはエスゼリクが、魔族最強種である竜族であるという証明にもなる。
同時に、謁見の間に飛び入る者が現れる。
息を切らしながら現れたのはパラミナの神官であり、オスカー達を見た瞬間に声を張り上げた。
「大司教様、勇者様方、大変ですッ! 急ぎ、大聖堂にお越しくださいッ!」
切羽詰まった状況。
自分達では手に負えないといった様子で、彼らに助けを求めた。




