8.デバフ勇者の灯
「さてと。そろそろ打ち上げが始まるな。二人は聖堂に行ってきな。片付けは俺がやっておく」
「え? じゃあ、俺も手伝うし……」
「なぁに、気にするな。元々、俺は信仰深くないんでね。あんまり出しゃばる気はないのさ。お前達だけで、行ってくれば良い」
料理も菓子も食べ終わり、ザカンは二人を聖堂に向かうように言う。
夜になり、聖夜祭も終わりに近づく。
最後には皆で聖堂に赴き、そこで貰った灯を空に飛ばすのだ。
これに関しては、敬虔な信徒でなくても立ち入りが許されている。
あくまで一般人であるオスカー達も例外ではない。
パラミナの脅威を払った勇者として、参加しないのは流石に立場が悪いだろう。
オスカーはゆっくりと腰を上げて、席を立つ。
勿論エイダも一緒に付いてくるのだが、促したザカンは全く動こうとはしなかった。
「あれだけ仮装だの何だのしておいて、祈る気はないのかよ」
「医師が神頼みってのもおかしいだろう?」
「全く、頑固なんだな……仕方ない。俺は先に行って、エイダの分を貰ってくるよ」
薬師が神に願ってはいけない理由はないと思うのだが。
元から彼は神という存在を、やたらと遠ざけようとしている。
こればかりはザカンのポリシーに反するのだろう。
追求しても梃子でも動かなそうなので、オスカーは諦める。
そうしてエイダの分も仕入れてこようと言って、先に部屋から立ち去った。
残された彼女は、食器を片付けるザカンの方を振り返る。
聖堂に行くのは良いが、あまり人混みの中を歩きたくはない。
色々な匂いが混ざり合って、息が詰まるからだ。
オスカーもそれを理解して、先んじて聖堂に向かったのかもしれない。
とは言え、部屋に残っていても仕方ない。
後から追う形で部屋を出るのだが、その前にザカンに聞いておきたい事がある。
「ねぇ、ザカン」
「んん?」
「こんな事を聞くの、どうかと思うんだけど……どうして、オスカーと一緒にいようって、思ったの?」
唐突な質問に、ザカンの足が止まる。
エイダもいきなりだという自覚はあった。
しかし彼女はこの数日、色々なものに出会い、見聞きを繰り返した。
そうして得られた疑問に背を向けるつもりはなかった。
ザカンの力がなければ、オスカーは数日も生きられない。
それは、父親である彼が一番知っている。
故に薬師としての腕は、恐らく凄まじいものなのだろう。
よく知らないエイダですら、共に行動していれば自然と分かる程だった。
だが彼はその力を意図的に隠しているように見える。
それだけの腕があるなら、より多くの人々の助けになれる。
或いは勇者になることすら出来るかもしれない。
それでも彼はオスカーの傍にいる事を選んだ。
本来ならば他人だった赤子を、別れるではなく、家族にするだけの理由は何なのか。
色々な思いが込められた質問に、ザカンは持っていた食器を一度机に戻し、彼女に向き直る。
同時に、自嘲気味の笑顔を見せた。
「昔の俺はどうしようもねー奴でな。神に祈る資格もない、他人の事なんざ、どうでも良いと思ってたクソ野郎だったのさ。そんな時、赤子のアイツを拾ってな。流石に放っておく訳にもいかねぇと思って、ズルズル一緒にいたら、いつの間にかこうなっちまった」
「それって……」
「今の俺は、アイツが生きてきたからこその、俺なのさ」
過去のザカンが、どのような人物だったのかは分からない。
本当に酷い人間だったのかもしれない。
そしてオスカーこそが、そこから自分を引き上げてくれた、今の自分を作り上げて来た人物なのだと言う。
自分の一部のような、切っても切り離せないモノ。
朝方に出会った少女と老婆を、エイダは思い出す。
続けたザカンは穏やかな声で言った。
「でもな。俺はそこまでだ。その先には行けない。戦うアイツは、たった一人だ」
「……」
「エイダ、オスカーの傍にいてやってくれ。押し付け、と思うかもしれねぇが、アイツは色々なモノを切り捨ててここにいる。でも誰かが傍にいれば、その取りこぼしたモノを思い出せるかもしれねぇ」
「ザカンはいないの?」
「……俺がずっと傍にいるってのも、おかしな話だろう?」
何れは別れが来る、そう言いたげだった。
先に待ち受けているものも、分かった上でこうしているのだろう。
そして共に戦ってきた仲間として、エイダにその一部を託そうとしている。
だからこそ、彼女は大司教に言われたことをそのまま伝えた。
「でも、ずっと離れ離れも、おかしいと思うわ」
「!」
「だってエイダ達は今、生きてるんだもの」
彼女がそんな事を言うとは思わなかったようだ。
ザカンは不意を突かれたような顔をする。
そしてそのままじっくりと見据えつつ、感心するように頷く。
「エイダ、随分変わったなぁ」
「そう?」
「あぁ。王都の時は、右も左も分からねぇ感じだったのに……何だか、娘の成長を見ているような気分だぜ」
「娘……」
「っと、すまねぇ。つい口が滑って。気にしないでくれ」
「ううん。いいの。嫌じゃないから」
ザカンは慌てて取り繕うが、エイダは別に気にしていない。
逆に今の言葉によって、自分が彼らと共にいるという実感が湧く。
それだけで今の彼女は満足だったのだ。
疑問が晴れたエイダは部屋を出て、オスカーを追いかける。
それ程時間は経っていないが、既に聖堂に行ってしまっただろうか。
聖堂自体は非常に大きな場所で目立つので、わざわざ探す必要もない。
真っ直ぐに目的地まで小走りで進んでいく。
すると突然、前から走ってくる見知らぬ少女が現れた。
服装からして信徒ではない。
聖夜祭で赴いたパラミナの人なのだろう。
ただ気になったのは、彼女は涙を流していた。
エイダを気にも留めずに横を通り過ぎ、そのまま無言で走り去っていく。
「今のって……?」
何があったのだろう。
そう思って前方をもう一度見ると、オスカーが逃げるように人混みから離れていくのが見えた。
考えるよりも先に、彼の後を追跡する。
辿り着いたのは、人気のない小さな休憩場だった。
扉も窓も枠だけしかない円柱状の空部屋に、三角型の屋根があるだけの場所。
適当に造られて、放置されているような寂しい所だ。
隠れる真似もせず入っていくと同時に、彼の息遣いが聞こえる。
あまり聞き慣れない苦しそうなもので、思わず顔を覗かせる。
眩暈を起こしていたようだ。
突然現れた人影にオスカーは驚いたが、それがエイダだと分かると少しだけ安堵する。
「あ……何だ、エイダか。もしかして、俺を追って……?」
「だ、大丈夫?」
「ええと……まぁ、大丈夫さ。此処の所、戦いばかりだったからなぁ。少し疲れたみたいだ。なぁに、少し休めば元に戻るさ」
そう言って笑うオスカーに、体調の指摘は出来なかった。
ただ、さっきの人について疑問を抱く。
「……今の人、誰?」
「修道院御用達の商人、その娘さんだよ。面識なんて殆どなかったんだけど、この前の騒ぎでお父さんが命を救われたみたいでさ。お礼を言われたんだ」
「……それだけ?」
「まぁ……それだけじゃないんだけど」
オスカーは複雑な表情をする。
詳しくは語らないが、先程の少女の様子からして、何を言われたのかは流石のエイダでも理解できた。
彼には女性に対して一定の距離がある。
近づけば離れ、離れれば追わない。
嫌いな訳ではないが、好きという訳でもない。
何故かと以前聞いた時は、はぐらかされてしまった。
なので無言のままでいると、彼はもう一度、枠だけの窓から夜空を眺める。
「こういうのって、本当に難しいな」
「傍にいてほしくないの?」
「……エイダは気付いているだろう? 俺は父さんがいるからこそ、今をどうにか生きていられる。あの人がいなかったら、きっと赤子の時点で死んでいた。でも、それにも限度があるんだ」
視線を変えることなく語り出す。
ザカンの力を以てしても、今の状態を維持し続けることは出来ない。
全くそんな素振りは見せないが、日に日に弱っていく感覚があるのかもしれない。
進む以外に選択肢などない。
後ろを振り返る余裕など、一切なかったのだ。
だからこそ、異性の好意を無理矢理にでも遠ざける。
「長くは生きられない。ずっと一緒にいられる訳じゃない。だから、気持ちを伝えられるのも、物を贈られるのも、贈るのも、苦手なんだ」
自分のためではなく、相手の事を思った上での行動。
何れ悲しませてしまうのなら、共に傍にいても仕方がない。
そんな諦観のような思いが伝わってくる。
竜の亜人であり、恐らく長寿であるエイダにそれを否定することは出来ない。
ただ納得できない部分もある。
彼女は以前、彼から聞いた言葉を思い返した。
「オスカーは、前にこう言ったわ。望む限り、傍にいるって。あれは嘘?」
「いや、嘘じゃないよ」
「え?」
「俺が勇者である限り、君を同じ場所まで連れて行く。そして戦いが終われば、君にも帰る場所が見つかる筈だ。君が大修道院で受け入れられたように」
呆気ない程に簡単に、オスカーはそう言った。
これは、彼女が自分を一時的に頼っているだけだと思っているからこそ出る言葉だ。
幼さや純粋さがあるからこそ、仲間という枠を超えないからこそ、普通に接している。
仮に好意を、異性としての愛情を示せば、そこでオスカーは拒絶するに違いない。
エイダは少しだけ眉を顰めた。
まだ彼女には愛情の意味が分からない。
好きという言葉の本質が、漠然としていて表現できない。
それでも、分かる事はある。
「オスカー」
「?」
「貴方って、ずるいって言われたことない?」
若干責める様な言葉に、オスカーは目を丸くした。
彼女からそんな事を言われるとは思わなかったのだろう。
それでも軽く息を吐いた後、肩の力をゆっくりと抜いた。
「ずるい……ずるい、か。そう言われたのは、始めてだよ」
「……」
「でも、俺は勇者だ。人を助けて、人に勇気を与えるのが役目だ。憧れと、それは違う。だから、これで良いんだよ」
彼は僅かに笑うだけだった。
指摘されたことも、全て分かった上で言っているのだ。
力を失った人々に光を与える事が勇者としての役目。
個人の意志で誰かに寄り添うなど、有り得てはならない。
勇者としての役目を果たさんとする、彼の思いが確かにあった。
エイダには、よく分からない。
よく分からないが、ただ少し悲しいと思った。
「ほら、エイダの分」
そう言って、オスカーはエイダに小さな提灯を渡す。
提灯自体が魔力によって編まれ、打ち上げると共に火を放って浮き上がるものだ。
聖夜祭における、祈りを捧げる最後の場。
彼女はそれを受け取り、胸の内で小さく握った。
「今の話。フィリアが聞いたら、きっと悲しむわ」
「……そうかな」
「きっとそう。だって、どんな命でも、一人じゃ生きていけないもの」
肯定も否定もされない。
彼女が辿り着いた考えを、勇者は否定しない。
代わりにちらほらと、辺りから小さな火が灯り始める。
打ち上げが始まったのだ。
始めは数個だった火が、徐々に後を追う形で数を増していく。
浮かび上がった群れを見て、オスカー達も共に夜空に向かって掲げ、手を放した。
聖堂から上げられた他の光に混じり、光の川となって天上へと流れていく。
それらは夜空を覆うように、そして星のように輝いた。
「沢山の光……綺麗……」
「あぁ、そうだな……」
今、この瞬間を生き続ける。
二人は暫く、その灯を眺め続けた。




