7.デバフ勇者の聖夜祭
聖夜祭当日の日暮れ。
昼と夜の境目は、黄泉の世界に最も近い時間帯と言われている。
そのため、現世と曖昧にならないように祈りを捧げる事で、神々からの加護を頂く。
実際の加護を貰う事などないのだが、何も起きないというのは寧ろ、見えない加護を頂いているからこそのもの。
無病息災である身に感謝せよ、というのが理屈らしい。
大司教の先導の下、大聖堂では幾人もの信徒達が神に祈りを捧げた。
新しい一年を迎えるため。
健やかに生きられるように。
彼らは己の信じるもののために、ただ祈り続けた。
そうして恒例でもある祈祷が終わり、いつの間にか夜が訪れる。
敬虔な信徒ばかりでなく、大聖堂が一般的に解放され、足を踏み入れる者も様変わりする。
後は最後の行事を待つばかり。
そんな中、食堂の調理場の隅で、悪戦苦闘している人物がいた。
「はぁ……これじゃあ、駄目だな。でも、もう時間もないし……」
久絶の勇者、オスカーである。
彼は紙に書かれたレシピと、目の前に広がったものを見比べていた。
広がっていた、もとい皿の上に乗っていたのはよく分からない物体。
甘い香りは漂っているが、形が何を参考にしたのか分からない程に半壊している。
「レシピ通りに作っている筈なのに、何でこうなるんだろう」
溜め息をつきたくなる衝動を抑える。
ローファンに工面した貰った通り、お菓子のレシピとそれを作る場所は確保してもらった。
忙しい時期だというのに、彼は快く快諾してくれたので、それに見合う成果を挙げなければならなかった。
しかし、出来上がったのはこの有様。
香りは普通、味も何とか普通。
ただし形が終わっている。
バラバラならばまだしも、見れば食べる気が失せる程である。
一体何を、いや何処から間違えたのか。
項垂れる彼の様子を見ていた何人かの料理人が、ヒソヒソと声を潜めた。
「彼は一体、何をやっているんだ?」
「何をって……あれは料理だろう?」
「馬鹿な事を。あの得体の知れない形状を見て分からないのか? あれは料理に見せかけた錬金術。我々の知らない高度な術式、土の魔導に違いない」
彼らは勝手な解釈を付けて納得している。
無論、土魔導ではないし錬金術でもないし、そんな技術はオスカーにはない。
純粋な料理を作っているつもりだった。
全く別のモノと解釈されるのは、流石に心外だった。
「普通に傷つくんだよなぁ」
そう言いながらも、出来上がった得体の知れないモノを小袋に詰める。
作り直している時間もない。
元から無かったものにするのも、わざわざ使った食材に悪い。
駄目元で出して、反応が悪ければ自分で食べれば良いだろう。
そう思ってからのオスカーの行動は早かった。
調理台を掃除し、使った食器を全て洗い流し、そそくさと立ち去ろうとする。
すると食堂を出た辺りで、丁度タイミングよくエイダと鉢合わせた。
「ぁ……オスカー、何をやってるの?」
「うわっ!? え、エイダ!? どうして此処に!?」
「何処にも見当たらないから、探しに来たの。もうすぐ晩御飯よ?」
恐らくザカンに呼び出すように言われて探していたのだろう。
空腹なのか、お腹の辺りを抑えながらオスカーを見上げる。
思わず彼は持っていた小袋を慌てて腰の後ろへと隠す。
今まで密かにしてきた事を、彼女に露見するはマズかったからだ。
だが、そんな行動を見逃す程にエイダは甘くなかった。
「……? 何か作ってたの?」
「い、いや! 何も作ってないぞ!?」
「でも、甘い匂いが……」
「ほ、ほら、お金あげるから」
「!」
今にも正体に気付いてしまいそうだったので、オスカーは懐から別の小袋を取り出し、銀貨を目の前に掲げた。
キラキラと輝く硬貨が、エイダの前に現れる。
彼女は一瞬でそちらに目を奪われたが、暫くしてハッと我に返った。
そして少しだけ不機嫌そうに眉を顰める。
「ん、お金で誤魔化さないで」
「駄目か……」
「駄目、じゃないけど」
「駄目じゃないのか……」
少しだけ調子を崩される。
やはり彼女は光るものに目がないようである。
一度は視線を逸らしながらも、気になるようで何度もチラチラと硬貨を見ている。
お金を出してどうこうするのは、非常に罪悪感が残るのだが、口封じと言わんばかりに銀貨を渡しておく。
するとエイダはそれを握りしめるだけで、何も言わなくなった。
あまりに分かり易い。
綺麗な物さえ渡してしまえば、何でもお願い事を聞いてしまうのではないか。
そんな予感すら感じさせる切替の早さだった。
「と、兎に角、直ぐに分かるさ。部屋に戻ろう」
取りあえず、オスカーは言われた通りに部屋に戻る事にした。
お腹が空いているエイダも、元はそれが目的だったので後ろから付いて来る。
特に何かを言うつもりはなかったが、一つ気になった事がある。
彼女が靡かせる長い青髪。
そこにはそれらを一房に纏める髪留めが付いていた。
誰かから貰ったのだろう。
今まで全く飾り気がなかったので、それだけでも雰囲気が変わって見えた。
「それにしても、それ」
「?」
「髪留めだよ。誰かに貰ったの?」
「テリアからの贈り物よ。キラキラしてて、とっても似合うの。オスカーも、そう思わない?」
「うん。確かにエイダの髪は長いし、丁度良さそうだ。良いものを貰ったじゃないか。ちゃんとお礼は言った?」
「任せて。しっかりと言ったわ」
エイダは自慢するように胸を張った。
この大修道院に滞在している間、随分とテリアには世話になっている。
加えて小道具までプレゼントされているなら、自分も一度はお礼を言った方が良いかもしれない。
そう思っていると、彼女が改めてオスカーの方を見る。
何か気になる事があったようだ。
目を合わせて見てみると、彼の様子をじっくりと眺めて、不思議そうな顔をした。
「オスカーはテリアから何も貰わなかったの?」
「いや、貰ってないけど」
「あれ? そうなの?」
テリアの姿は朝方に見かけたが、何やらよく分からない事を言って立ち去り、それから一度も見ていない。
自分自身、調理室で没頭していたので出会わないのも無理はない。
エイダは自分だけが物を貰っている事に疑問を抱いているようだが、別に気にする程でもなかった。
同性と異性では、対応の仕方が違う。
そもそも物を貰う理由もなかった。
「まぁ、そっちの方が良いよ。物を貰うのは、苦手だから」
さらっと言うと、エイダは難しそうな顔をするだけだった。
気のせいかもしれないが、聖夜祭の辺りから、彼女の雰囲気は少し違っているように見えた。
距離があるような、かと思えば傍に近づいてくるような、付かず離れずの感覚。
心境に変化があったのかもしれないが、その正体はオスカーには分からなかった。
何か思う所があれば、面と向かって聞いて来る筈なのだが。
どちらにせよ気にしても仕方ないと考え、オスカーはエイダと共に、修道院内に用意された上客用の客室に戻る。
あまり落ち着かない豪華な部屋に辿り着き、扉を開くとザカンが二人を出迎えた。
「よう! 一体、何処をほっつき歩いてたんだ?」
「それは、その、色々だよ」
「色々? まぁ、今だからこそ出来る休息もあるか。ほら、二人ともこっちに来な」
特に問い質すつもりもなく、ザカンは二人を部屋の中に通す。
既に辺りには香ばしい匂いが漂っている。
準備を終え、後は皆で食卓を囲むだけなのだろう。
もっと早く呼んでくれれば、食器を並べる位の手伝いはしたのだが、仕方のない事だ。
晩御飯と言われていたので、普段と変わらない料理が並んでいるのかと思い、居間に進んだ。
「これって……」
するとテーブルにあったのは、いつも以上に豪勢な料理の数々だった。
一体何処で仕入れたのか、中央には大きな皿の上に乗ったローストの丸焼き。
それを彩るように添えられた、調味料込みの野菜の数々。
隣に置かれているのは、様々な種類のパンが入ったバケット。
個別には薬草をふんだんに使いつつも、苦みのなさそうな黄金色のスープ。
加えて宝珠の葉で淹れた茶まで置かれている。
この客室、調理室まであるのでザカンが盛大に使ったのだろう。
ここまで豪華なものは、勇者として名声を得た時以来だろうか。
驚くオスカーを見て、ザカンは自慢げに鼻を鳴らした。
「聖夜祭は贈り物を渡すのが習慣らしいな。と言っても、俺が出来る事ってのは高が知れてる。いつも通りの事を、ちょっと豪勢にするだけさ。それに、エイダも加勢してくれたんだぜ」
「エイダが?」
自分がやって来るまで手伝っていたのだろうか。
エイダは事情を知っていたようで、コクリと頷く。
「昨日、迷子になった子を助けてお金を貰ったの。どうしようかって思ったけど、そのお金を、今日のために使ったわ」
「金貨一枚でもあれば、そりゃあ豪勢な材料が買えるからな。せっかくの日だ。これ位の贅沢は、神様も許してくれるさ」
「後はお皿を並べたり、料理を運んだり、そんな感じよ。大丈夫、今日は一枚も割らなかったわ」
安心させるように彼女は言う。
恐らく二人も、この聖夜祭で何を贈ろうかと考えていたのだろう。
そうして互いに食卓を囲む場で、共に祝い合おうと思い立ったのだ。
形式ばった物ではなく、細やかな時間を分かち合うために。
「……考える事は同じだな」
オスカーは微笑みながら小さく呟く。
相談などしなくとも、行きつく場所は皆同じだったのだ。
少し躊躇い混じりに、彼は小袋を取り出した。
「これ、一応デザート的な感じで作ってみた。見た目はアレだし、この場には不釣り合いかもしれないけど……味の方は保障するから」
何とも言えない形の菓子が、テーブルの上に広がる。
比較するのも怖い位に、他の料理と調和が取れていない。
食欲を無くさないだろうかという不安すらある。
しかし今更と言いたげに二人は首を振った。
「そんなモン気にしねぇよ。形云々よりも、作ってくれたって事が、大切なんだからな」
「オスカーの手料理だったのね。じゃあ、ぜ~んぶ、食べてあげる」
快く彼女達は受け入れる。
どれだけの物であっても、皆で作り上げた品々の一つとして迎え入れた。
そうして彼らは席について、夕食を共にする。
いつもと変わらない、変わることのない風景。
今のオスカーには、これだけで十分だった。
すると食事をしている最中、ザカンは彼の作った菓子を見ながら苦笑する。
「それにしても、相変わらずお前は食べ物しか贈らないなぁ」
「良いんだよ、これで。食べたら終わりだし、何より楽なんだ」
茶化すような言葉に素っ気なくオスカーは答える。
料理は彼からすれば楽という認識だった。
食べれば手元には無くなるし、形が残る訳でもない。
そんな思いから零れた、信条のようなもの。
聞いていたエイダからすれば、残念ながら楽という感じはなかった。
色々な素材を駆使して、絶妙な塩梅で一つのものを作り出す。
大雑把に出来ないのは、彼女にとっては難しい。
それでも失敗していても尚、手間的に許容範囲という事なのだろうか。
ある一つの疑問を覚えながらも、今はあえて口にしなかった。




