26.デバフ勇者、最上階へ
高速で飛来する石礫を弾き飛ばすエイダなら、先頭にいても傷を負わず対処していく。
前衛としての役目は任せ、本来の立場である後方支援に専念することにした。
不動剣で周囲を防御しながら移動し、上の階を目指す。
塔内部の構造自体は変わっておらず、階段や部屋の位置も昔の頃と同じだった。
しかし一階だけでなく、上階のあちらこちらに先程と同じ石礫の砲台が設置されていた。
加えてそれだけでなく、妙な光線を吐く砲台すらあった。
一台一台が情け容赦なく、テリトリーに入った者を攻撃してくる。
破壊しようとも忍者屋敷のカラクリのように、壁の奥から新たな砲台が現れる。
攻撃は単調だが、不意を突いた超高速の攻撃は、動きが捉えられる魔族の軍勢よりも厄介だった。
「キリがないな。兵器ばかりで、人の気配が全くない。乗っ取られているのは間違いなさそうだけど、もしそうなら監視員の人達はもう……」
妙な狙撃から切り抜けながら最上階まで到達するが、現れるのは砲台ばかりで、人族も魔族も何処にもいない。
そして先に突撃したウィルズの事が気掛かりだ。
彼も大灯台の何処かにいる筈なのだが、未だに出くわしていない。
ここまで人気がないと、怪しさを通り越して不気味さすら感じてくる。
すると辺りに残った最後の砲台を破壊したエイダが、何かに気付いたようで視線を巡らせた。
「!」
「エイダ、どうしたんだ?」
「そこの扉、嫌な感じがするわ。ちょっと吹き飛ばしてみる」
彼女が指を差したのは、巨大な鋼鉄の扉だった。
取っ手のない横にスライドする形の扉で、門と言っても良いくらいの大きさだ。
門の先は、境海の様子を監視する監視室のような場所である。
重要な拠点でもあるので、他と違って頑丈に造られており、限られた者しか入れない。
まさかこの先に敵が潜んでいるのだろうか。
その言葉を信じてオスカーが頷くと、エイダはその場から跳躍し、物凄い勢いで門に突撃した。
彼女の拳と分厚い鋼鉄が拮抗し、大量の火花が散る。
「固いわね……でも、この位なら……!」
竜の装甲は鋼鉄以上の強度がある。
多少は面倒だが、突破すること自体は難しい話ではなかった。
火花が舞い散る中で徐々に門の外側が凹み、その隙間から光が差し込んでくる。
そしてそんな状態を黙って見ている程、オスカーも悠長ではない。
こじ開けようとする彼女の背後から新たなデバフを放った。
「腐朽剣」
生命体を除く物質を腐らせる力。
頑強な鋼鉄が数秒足らずで錆び、崩れ落ちていく。
次いでエイダの拳が錆びていく門を突破し、辺りを吹き飛ばす。
二人を前に、物理的な壁は全くの無意味だ。
重々しい音や舞い散る金属の破片と共に、監視室への扉は開かれる。
何処かの配管が壊れたのか、天井から水蒸気も漏れ出始める。
「オスカー、ありがとう」
「物理的に壊しにくいなら、こうやって錆させた方が早い。それにしても、何が気になったんだ? まさか敵がこの中に……」
「ううん。もっと大事なものよ」
エイダは蒸気を撒き散らす監視室の奥を見据える。
その表情は険しかった。
彼女の言葉はハッキリとしないが、嫌な予感がオスカーの胸中を支配した。
互いに頷き合い、降り注ぐ水蒸気を抜けて監視室内へと足を踏み入れる。
だが、その足は数歩進んだところで立ち止まる。
目の前に広がった光景に、息を呑むことしか出来なかったからだ。
「これは!?」
「さっき感じた嫌な匂いはこれよ」
嫌悪感を示すようにエイダの視線が鋭くなる。
室内にあったのは、幾つもの巨大な筒だった。
筒の色は透明で、中には緑色の液体が注がれている。
液体の正体が何なのかは二人には分からない。
ただその中に、人が容れられていた。
筒一つに人間が一人、収容されている。
その人達はこの大灯台を管理していた監視員で間違いなかった。
彼らは液体の中で一切動かず、目を開いたまま漂っている。
表情は死人のように冷たく、焦点は全く定まっていなかった。
「生きて、いるのか?」
「分からないわ。この変な水の匂いが強くて、嗅ぎ分けられないの」
嗅覚の優れるエイダからすると液体の匂いは激臭らしい。
片手で鼻の辺りを抑える辺り、本当に苦手なようだ。
オスカーは周囲の筒をもう一度見回し、拳に力を込める。
人を監禁するだけでなく、まるでモノのように扱っている状況。
あまりに残酷で、明らかに非人道的な行為だった。
こんな事が許されて良い筈がない。
尊厳を奪い、踏み躙るような真似をしでかした者に対する怒りが込み上げてくる。
その時だった。
『ガボボボボボボ!!』
「!?」
筒の一つから泡の零れる音が聞こえる。
反射的にそちらの方を向くと、中に閉じ込められていた監視員の男性がこちらを見つめていた。
この大灯台を管理する長、以前あった事のある、非常に高い実力を持つ人物だ。
意識を取り戻したのだろう。
監視長はオスカーの姿を目で捉えると、手足を動かしながら声を振り絞った。
『ボボボ……き、君は……あの勇者、オスカーか!?』
「は、はい! 貴方は大灯台の監視長さんですね!? 一体、何が……」
『や……奴だ。ボボボッ。奴が我々全員を、この液体の中に閉じ込めた。既にこの塔は、奴の手中に落ちた』
訳も分からず侵略され、瞬く間に全員がこの筒の中に閉じ込められたようだ。
何のために液体に漬けられているのか、本人も分かっていない。
だが別の筒から微かな声が聞こえてくる。
『何も……何も、考えられない……』
『ボボボ……溶けていく……頭の中が……』
『気持ちいいのに……ボボッ、苦しい……身体が疼く……』
見る限り、マトモな状態ではない。
液体が作用しているのか、肉体や精神が蝕まれている。
最早脱出する力も残されていないようで、虚ろな表情のまま漂う事しか出来ていない。
過去の記憶と重なったのか、エイダが口元を手で抑えたまま呟く。
「この嫌な感じ……アリアスに捕まった時と同じ……」
「これが連中のやり方だって言うのか……」
憤慨する二人に向けて、先程の監視員が続ける。
『この液体は……ボボボ……身体だけでなく、精神の自由も奪われていく。まるで、身も心も溶けていく気持ちだ。既に奴の手によって、廃人にされた者もいる』
「液体を取り除けばいいんですね!? 直ぐに助けます!」
『ボボボ! 待ってくれ! 我々の事は構わない! それよりも、ボボッ! 奴を! あの悪魔を滅ぼしてくれ! 手遅れに、なるまえに……!』
彼は自分を助けることよりも、大灯台を占領した敵の討滅を願い出る。
確かにここで彼らを解放した場合、何が起きるか分からない。
無理矢理に液体から取り出して、副作用が起きないとも限らない。
治癒が扱えない二人からすれば、下手な手出しは出来なかった。
何より悪魔と呼ばれ、彼らを液体の中に封じ込めた者が、近くにいる。
「オスカー、気配が近いわ!」
気配を察知したエイダが、部屋の奥を指差す。
何十もの筒を抜けた先に、更に奥へと続く扉があった。
あちら側は、探照灯が設置されている空間だ。
普通ならば立入禁止の場所なのだが、そこからドサリと嫌な音が聞こえる。
誰かがいる。
オスカーはエイダを連れ、扉の前まで慎重に移動する。
扉自体は施錠されておらず、手で触れるだけでアッサリと開かれた。
しかし部屋の先を確認する前に、扉のすぐ先で見覚えのある剣士が倒れていた。
「ウィルズッ!?」
「ぐ……あぁ……」
その剣士は、先行していたウィルズだった。
見た事のない剣を手にしたまま呻き声を上げている。
手酷くやられたのか、多数の傷を負っており立ち上がる気配がない。
一体、誰と戦っていたのだろう。
彼に駆け寄ろうとした瞬間、前方から別の声が響く。
「やっと本命が来たね。随分と遅かったじゃないか」
予想よりも幼い声を聞き、二人は思わず顔を上げる。
そこにいたのは、白髭を生やした非常に小柄な魔族。
三角帽子を深々と被り、その隙間からオスカー達を鋭く見つめていた。




