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15.デバフ勇者、目的地を決める

「大司教様、結界内の探索は終わりました。やはり、魔王の姿は何処にもありません」

「既に別の場所に転移した、という事でしょう。報告、ありがとうございます」


数時間後、日が落ちて夜になった頃。

大修道院内の安全が確保できた報告が、フェーネラルの元に届く。

洗脳されていた者達は、地下の牢獄に集められ全員が固く拘束されていた。

そして未だ暴走する意識のまま身をよじっている。

身柄を解放されたオスカー達も集う中、フェーネラルは拘束している者達に治癒の魔導を行使した。

白い光が彼らを包み、今までに受けた傷を癒していく。

しかし正気を失った様子は依然変わることはない。


「洗脳状態は元に戻りませんか。私の治癒すら受け付けないとは。しかもこの状態は……」

「何か分かったんですか?」

「治癒は効いていません。ですが、ただ効いていないという訳ではないのです。彼らは今、正常かつ健康であり、回復し終えている状態なのです」

「……この状態が、普通という事ですか?」

「勿論、そんな筈はありません。ですが現に、白魔導による回復は済んでいる。やはり君が言っていたように、この模様が鍵となるようですね」


当初からオスカーが仄めかしていた刻印の存在。

やはり拘束している者全員に、その模様は現れていた。

正体が分かれば、洗脳を解除することも出来るかもしれない。

しかし魔導でもスキルでもないコレについての心当たりは、何度思い返しても覚えがなかった。

それは他の神官達も同じである。

ただフェーネラルだけは刻印を間近に見て、思う所があるようだった。


「しかしこの印、何処かで見覚えがあるような……」

「本当ですか!?」

「えぇ。院内が落ち着いたら、少し調べてみましょう」

「お願いします。自分は、もう一つの手掛かりを探ってみます」

「もう一つ?」

「はい。この箱です」


オスカーが見せたのはボタンのついた黒い箱。

ギンコを連れ去ったと思われる少年が持っていた、得体の知れない物体である。


「洗脳された子供が持っていた黒い箱。大司教様、コレに見覚えは?」

「いえ。こればかりは、初めて見るものです」


フェーネラルであっても箱については初見だった。

刻印と違って、何のために使われていたのかも分からない。

推測するなら、神官の洗脳と刻印が繋がっていたように、魔王の転移と黒い箱が繋がっている可能性は大いにある。

まさか、これで転移したのだろうか。

一つの予測がオスカーの中で浮かび上がる。


「私にその箱の正体は分かりません。ただ私を狙った暗殺犯は、弱化した魔王を連れ去った。つまりは魔王の存在を知る者、魔族側の犯行と考えて、間違いないでしょう。そしてその魔族は、我々人族を洗脳する術を持っている」


黒い箱以上に、フェーネラルは今回の犯人の目的を突き止めていた。

当初思われていた人族同士の派閥争いではなく、魔族が仕組んだ、勇者の名を持つ実力者の暗殺であることを。

後ろで聞いていたエイダもその話に付け加える。


「エイダが戦った人達は、魔将が関わっていると言っていたわ」

「それは本当なのか!?」

「ん、間違いないわよ」


彼女は騒動の最中、地下に隠れ潜んでいたドッペルゲンガーを倒している。

二人は魔将を主として信奉し、目的を果たそうとしていた。

奴らが関与しているのは間違いない。

かつてアリアスが王都を乗っ取ろうとしていたように、下手を打てば大修道院が魔族の手に落ちていたかもしれない。


「魔将が今回の暗殺を企てた。しかも神官の皆を洗脳していたって事は、アリアスと同じで近くに潜伏しているかもしれない」

「近く……匂いや気配は感じないけど……」

「少なくとも、もう大修道院にはいないんだろうな」


暗殺が阻まれた以上、わざわざ現場に留まる犯人はいない。

ギンコ同様、既にこの大修道院から逃げ延びているだろう。

逃げた先はオスカーにも分からない。

転移を使って長距離移動をしたのなら尚更だ。


「魔将……フィリアの伝聞にもありました。魔王と同等の力を持つ魔族ですね」

「はい。ただ、既に倒したアリアス以外の情報は何もなく……」


魔将の一件は既にフェーネラルにも伝わっている。

強大な魔族として、フィリアが前もって情報を送っていたらしい。

だが、彼もその存在は知らなかったようで全貌を把握し切れていない。

オスカー達もまた、他の魔将の正体は分からないままだ。


「……ドッペルゲンガーの人達を捕まえておくべきだったわ」

「いや、エイダの判断は正しい。仮に仕留めていなかったら、その姿を見た俺や大司教様の命が危なかった」


残念がるエイダをフォローする。

仮にドッペルゲンガーを捕まえたとしても、尖兵でもある彼女達が情報を吐くとは思えない。

変身した相手を殺す特殊スキルもあって、拘束だけに留めれば、変身する猶予を与えることになり、状況は余計に悪化していた。

責められる道理は何処にもない。


「しっかし、あれだけの騒動を起こしておいて、痕跡がまるで見つからないなんて……相当に慎重深い奴みたいだな」


それでも手掛かりがない事に変わりはない。

ザカンが言う通り、暗殺と言うには生温い大掛かりな事件を引き起こしておいて、殆ど痕跡が残っていない。

残っていたとしても、刻印や黒い箱のように用途の分からないモノばかりだ。

こちら側に居場所を知られまいとする意図が嫌と言うほど伝わってくる。

このまま手をこまねくしかないのかとオスカー達が思い始めた時、フェーネラルが沈黙を打ち破る。


「ですが、その魔将は一つミスを犯しました」

「えっ?」

「まさか、洗脳に抗う者がいるとは思っていなかったのでしょう。ローファンが言い残していた言葉を思い出して下さい。奴らは大灯台に、と。恐らくこれは、境海きょうかいにある大灯台・ロベルバを指しています。そして以前、ローファン達は調査のために大灯台に足を運んだ事があります」

「もしかして……そこで洗脳を!?」

「あり得ない話ではありません。仮に魔将と呼ばれる者が術者だったなら、ローファン達を洗脳することも出来たかもしれません。そしてその仮説を信じるなら、大灯台は既に魔族の手に落ちている」


境海きょうかいに面する人族の領土には、魔族からの動きを監視するための人員が、王国と神都の両国から配置されている。

大灯台・ロベルバは、その役を担う重要な拠点でもあった。

確かに王都や商業都市で起きた魔族の襲撃は、あまりに周到だった。

監視の目を盗んで潜り込んだにしては大掛かり過ぎる。

となれば、監視をしている場所そのものが機能を失っていてもおかしくはない。

つまりは大灯台の陥落、魔族による乗っ取りを受けているという事だ。

新たな手掛かりを得てオスカー達が静かに頷いた時、一人の少女が彼らの元に駆け込んでくる。


「大司教様! それに勇者様方!」

「テリア? どうしたのです?」


修道女のテリアだ。

騒動後、友人たちと共に安全な場所へと避難していた筈なのだが、一体どうしたのか。

血相を変えてやって来たところを見ると、只ならぬ事態が起きているのだと予感させる。


「兄さんがっ! これ以上の醜態を晒したくないからって、自ら剣を……!」

「なっ!?」


ローファンは他の者と違って対魔耐性があるため、オスカーのデバフで動きを止めるしかなかった。

そしてその耐性で他の拘束に影響が出ないよう個室で安置している。

そんなローファンの事が心配だったのだろう。

様子を見に来た彼女は自害しようとする彼を目撃したのだ。

報を聞いたオスカー達は急いで彼を拘束する別室の牢屋へと向かう。

辿り着くと、慌てふためく数人の神官と鎖に繋がれていたローファンの姿が見えた。

元々剣を持ったまま不動剣で動きを封じられていたが、その剣を自らの首元に向けようとしている。

これは洗脳ではなく、彼自身の強靭な意志が成せる技だ。

フェーネラルが真っ先に声を上げる。


「止めなさい、ローファン! そのような事をしても、誰も救われません!」

「大司教……申し訳ありません。私は、罪を重ねたくはない……」


僅かな理性の中で呟く。

洗脳が解けない事に加え、いつ暴走してもおかしくない状況を憂いているのだ。

司教としての立場と責任も圧し掛かっているのかもしれない。

続いて彼はオスカーに視線を向けた。


「若き勇者よ……大司教を、妹を救ってくれて、本当に感謝している……」

「ローファン司教!」

「だが、私はもう限界だ……。頭の中で、ナニカが私の意志を奪おうとしてくる……。直ぐにでも、人格の消えた獣と化すだろう……その前に……」


自分が元に戻る手段はないと思っているようだ。

デバフを無理やりにでも外そうと、剣を首筋に近づけていく。


「兄さんっ、もう止めてっ!」

「テリア、お前を巻き込む訳にはいかない……。他の信徒達は、未だに私を疑っている……。事を起こしたからこそ、尚更な……。だからこそ、私への疑いは、私自身が命を絶つことで晴らす……そうすれば、お前を糾弾する者もいなくなる……」


剣を持つ手が震え、ギリギリと音を立てている。

拘束下にある中でそれだけ動ける者は殆どいない。

これも彼の強い精神が抗っているのだろう。


「そんな事はさせません」


しかしオスカーはバッサリと切り捨てた。

言葉だけでなく、その瞳にも力強い意志が込められている。


「貴方は自分の命を絶とうとしている。でも彼女は、テリアはどうなるんです? 目の前で家族が命を絶つ瞬間を見て、どう思うかなんて分かり切っている筈です」

「……!」

「その剣で自分を斬るのは、彼女を斬ることと同じ。そんな真似は、俺が絶対に許しません。君だってそう思うだろう?」


オスカーは傍らにいる、不安そうな顔をするテリアを見た。

彼女にとってローファンは家族だ。

二人の間にどれだけの信頼や絆があるのかは分からないが、それを断ち切られて平気な筈がない。

促された彼女は、震える手で兄を見つめる。


「兄さんはいつも勝手ばっかり。あたしが何を考えてるかなんて、知ろうともしないで……。あたしだって、もう子供じゃないんだよ! 我慢だって出来る! 兄さんがいなくなる位なら、疑われるのなんて、どうって事ないんだから!」


ローファンはハッとしたように目を見開く。

そう、二人は家族という名の絆で結ばれている。

家族が引き裂かれる事、それはオスカーが忌み嫌うものの一つだった。

取り戻していた自身の剣を持ち、その場で撫でるように振るう。


「絶気剣」

「な……にを……」

「俺が貴方達を助けます。魔将を倒して皆の洗脳を解く。そうすれば、全部元通りになる」


相手の気を失わせるデバフを放ち、ローファンを気絶させる。

気絶の対象は彼だけではない。

暴走する人格も抑え込み、深い眠りにつかせる。

これにより身体の動きを止める必要もなくなり、不動のデバフは解除。

喉を引き裂こうとしていた両腕から力がなくなり、司教の剣が地面に音を立てて落ちる。

オスカーは振り返ることなく、剣を鞘に収めた。


「エイダ、父さん。悪いけど、行く場所が増えたみたいだ」


二人は何をしようとしているのか分かった上で頷いた。


「大丈夫。気にしないで」

「だな。こんな事、見過ごせる訳もねぇ」


鎖に繋がれたまま意識を失ったローファンを、周りにいた神官達がゆっくりと抱き起す。

こんな状況は、何も彼だけではない。

他の洗脳された人々も同じ事だ。

彼らにも家族や仲間がいる筈なのに、意識を奪われた挙句、駒として利用され続けている。

暗殺も失敗に終わったというのに、主を失っても動き続けるカラクリ人形のようだ。

人を人として見ていない、扱ってすらいない残忍な行為。

これ以上の狼藉を許す訳にはいかなかった。

ならばどうするか、オスカーの目指すべき場所は決まっていた。

不安を拭いきれないテリアに対して、彼は安心させるように言う。


「安心してくれ。君の家族は奪わせない」

「まさか、貴方達は……!」

「大灯台・ロベルバ。そこで真実を確かめる」


きっとそこに、新たな魔将が待ち構えている。

危険を承知の上で、オスカー達は大灯台へ向かう覚悟を決めた。







辺り一面の暗闇に魔王・ギンコはいた。

一体どうなったのかは彼女自身も理解し切れていない。

大修道院で何らかの騒動が起きた際、部屋に入ってきた少年が触れた瞬間、視界が一気に暗闇に落ちたのだ。

死んだ訳ではない。

単純に別の場所に移動した、と考えるべきだろう。

ギンコは闇の中で視界を巡らした。


「ここは一体……転移されたことは間違いないようじゃが、あの異様な力はまさか……」


彼女には未だ封印の水晶が纏わりついている。

自分で移動することは困難だった。

すると突然、視界の先にぼんやりとした光が浮かび上がる。

よくよく目を凝らしてみると、次第にその光が強まると同時に新たな影が奥から現れ、彼女の元へと近づいてきた。


「あぁ、魔王様! 本当に、助けられて良かった……!」


聞こえたのは歓喜に満ち溢れた少年の声。

逆光で直ぐには見えなかったが、ギンコはその声に聞き覚えがあった。

そして徐々に光に慣れることで全貌も露わになっていく。

皮装備で全身を身に包んだ衣装。

赤子と見間違えそうな背丈に、頭部を覆いそうな程に大きなとんがり帽子の隙間から、これまた大層な白髭が生えている。

所謂、ドワーフ。

声と髭が一致していない不釣り合いな姿に、ギンコはやはりと言わんばかりに息を吐いた。


「やはり貴様か……カイツェル……」

「はい! ボクはここに!」


四魔将の一人、カイツェルはその場に片膝をつく。

表情は大きな帽子と白髭に隠れて見えなかったが、僅かに見える瞳が笑みを浮かべるように細まった。

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