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13.デバフ勇者、謎の刻印

狂乱した者達が大修道院内で暴れ回る頃。

巨大な水晶に封印されていた魔王・ギンコは、封印級の重罪人を捕える無人隔離室で外の騒動に気が付いた。

今更人族が何をしようと興味などないのだが、眠りを妨げられたことで少し眉を顰める。


「何やら騒がしいのう」


どの道、自害すら出来ない身。

ゆっくりと眠らせてほしいものだ。

そう思いながら再び目を閉じようとした瞬間、唐突に部屋の扉が開かれる。

何重にも錠が施されていた扉を開けたのは、見知らぬ一人の少年だった。

大修道院に住んでいる信者の一人だろう。

俯いたまま、ゆっくりと魔王の前に進んでくる。

しかし部屋の前には、警備のための神官が複数人いた筈だ。


「全く、今度は何用じゃ? 言っておくが、これ以上貴様らと話すことなどないぞ」


投げやりに突き放した言葉を放つ。

だが、暫く待っても返答はない。

妙だと思い、ギンコが逸らしていた視線を前に向けると、少年と目が合う。

そして彼の目は明らかに正気を失っていた。


「ま」

「ぬ?」

「ま、魔王……サマままままま……!」


やっと会えた。

そう言わんばかりに、次第に少年の目が大きく見開かれる。

黒く濁っていたそれは、歓喜に近い感情へと変わっていく。


「まさか、お主……!?」


心当たりはあった。

ギンコは思わず口を開こうとしたが間に合わない。

次の瞬間、少年を中心に室内全てが眩い光に覆われる。

封印されているギンコに抗う術はない。

身動き一つ取れない中で、彼女は光の中へと呑み込まれていった。







洗脳された信徒たちが起こした暴動は、大司教・フェーネラルも察知していた。

大修道院の最上階にある自室で異様な空気を感じ取った彼は、駆け込んで来た神官の方へと振り返る。

神官もかなり焦った様子で事態の報告を始めた。


「大司教様! 門下の者達や商人が突然暴れ出し、他の者達を襲い始めています!」

「大よそは把握しています。これが、暗殺と関係があるならば……」


フェーネラルの脳裏に浮かぶのは、持ち切りになっていた暗殺予告。

人々を洗脳し、どさくさに紛れて殺しにかかる気だろうか。

だがそれとは関係ない暴動という可能性もある。

自分の身だけでなく、信者達の身も優先して保護しなければならない。

彼は即座に神官へ伝令する。


「内外含めて戦線を引きつつ、皆を一つの場所に集めます! 院外にいる者達へ、修道院内の聖堂に集まるよう鐘を鳴らしなさい! 聖堂内で暴れる者は優先的に拘束! 先ずはそこを安全な区画として確保するのです!」

「分かりました! しかし、大司教様は!?」

「私の事は心配ありません! 行きなさい!」


先ずは事態の収拾に当たる。

神官達の中にも魔族を倒せるだけの実力者はいる。

洗脳された者達の拘束は彼らに任せるべきだ。

今は自らが戦線に赴くよりも、事態を俯瞰することが重要になる。

それは先代勇者パーティーで戦いに挑んだ頃と変わらない、フェーネラルの立ち位置でもあった。

ただ、一つだけ疑問に思う事もある。


「何故、結界を通過できた? 私の探知には一切引っ掛からなかった」


伝令を受けた神官が退室すると共に、彼は意識を集中させる。

やはりと言うべきか、結界が破られた形跡はない。

そして結界が敵を検知した様子も全くない。

フェーネラルはその状況に首を傾げるしかなかった。

結界は大修道院を包み込むように、球体状に展開している。

地中から潜り込もうとも必ず探知には引っ掛かり、オスカー達が魔王を連れて足を踏み入れた際も、彼は魔王の存在を探知していた。

どんな洗脳であっても、敵意がある以上は結界を通った瞬間に分かる筈なのだ。


「何か特殊なスキル……私達の知らない未知の技術を使っているのか?」


本来ならば有り得ない事態に、彼は未知の力の存在を予期する。

それでも、今展開している結界を無くすことは出来ない。

探知できなかったからと結界を消せば、大修道院内は完全な無防備状態になる。

更なるリスクを負う意味はない。

結界の維持を結論付けると同時に、修道院の鐘が鳴り、その音に紛れるように部屋へ近づく気配を感じる。

現れたのは、剣を携えた司教のローファンだった。

彼もまた騒動に巻き込まれていたのだろう。

衣服の傷から争った様子はあるが、特に負傷している様子はない。


「大司教」

「ローファン。無事だったようだね」

「えぇ」

「君は他の者達と共に聖堂に向かってほしい。敵の狙いは、まだ見えない。全員が一ヶ所に固まっていては、敵の思う壺だろう。私は別の場所で身を守る」


わざわざここを襲ってくれと言うように、一つに集まる必要はない。

信者達は聖堂に避難させ、ローファンを対処に向かわせれば良いだろう。

後は自分の身を守るための術式を整える。

念には念をと、フェーネラルは立て掛けてあった両手杖を持って白魔導を行使。

無詠唱で魔力が溢れ、彼を守る強固な結界が新たに形成されていく。

するとそれを見ていたローファンが口を開く。


「そ」

「?」

「そう、ですか」


妙に途切れ途切れな言葉に不穏な空気を感じ、フェーネラルは手を止める。

ローファンは俯いたままジッと動かない。

何かを待っているようにも、様子を窺っているようにも見える。

しかし何をと考えた直後、慌しく部屋に入ってくる人物がいた。

その人物は血相を変えて叫んだ。


「大司教様ッ!」

「君はローファンの妹の……? 一体どうし……」

「兄さんから離れて下さい!」


テリアがそう言った瞬間、フェーネラルは見た。

突如として、ローファンが持っていた剣を振りかぶり襲い掛かってきたのだ。

寸前の所で彼は後ろに飛び退く。

剣の一太刀は空振りし、床に重々しい音を立てて突き刺さった。

形成されつつあった防御結界は破壊され、硝子のように崩れ落ちていく。


「ローファン!? まさか、君まで……!」


ローファンまでも洗脳の餌食になっていたようだ。

顔を上げて見えた眼は虚ろなまま、あらぬ方向を彷徨っている。

加えて全身に奇妙な模様が浮かび上がっている。

とても正気とは思えず、テリアが兄に向かって制止の声を上げる。


「目を覚まして、兄さんッ!」

「ぐ……アァ……!」


返答はなく、呻き声を上げるだけだった。

肉親の声だけではどうにもならず、それ程までに洗脳は強力らしい。

続いて護衛の神官達が武器を手に躍り出てくる。

彼らの矛先は、意識を失っているローファンに向けられていた。


「大司教様、ご無事でしたか! やはりローファン様も操られている! 皆で取り押さえるぞ!」

「いけません! ローファン相手に魔力を使っては……!」


武器の切っ先に魔力を貯める神官達を、フェーネラルは止めようとするが間に合わない。

五大元素を元にした魔導がローファンに向かって繰り出される。

だが彼はそれらの攻撃を避ける事もせず、引き抜いた剣で軽く振り払う。

たったそれだけで、神官達の攻撃は霧のように飛散した。


「な!? 術式が打ち消され……ぐあああァッ!?」

「何だ!? 一体何が……グハッ!」


驚く間もなくローファンが踏み込み、彼らを斬り捨てていく。

魔導を打ち払った先程の一閃は単なる剣術ではない。

彼だけが持つ固有スキル。

魔力で編まれた力を全て中和させる対魔耐性だった。


「ローファン固有のスキル、完全対魔耐性は健在か! だとしたら何故、彼は洗脳されたのだ!?」

「オ、オオオオッ!」


完全対魔耐性はフェーネラルの防御結界すら破壊する。

しかし全ての魔導に耐性を持つ彼を、一体どうやって洗脳したのか。

疑問は幾つも湧き上がるが、考えている猶予はなかった。

呻き声を上げるローファンが、フェーネラルに勢いよく斬りかかる。

どうにか両手杖で防御するが、老体という体格差もあって、徐々に追い詰められていく。


「流石に、武術では……!」


フェーネラルの本領は遠距離からの白魔導にある。

詠唱時間の掛かる強大な術式ならば、対魔耐性を突破できるかもしれないが、今のローファンがそれを許すとは思えない。

このままでは押し切られる。

焦りの色を浮かべていると、突如テリアが手斧で二人の間に割って入った。


「大司教様は下がって下さい! ここはあたしが……!」

「止めなさい! 今のローファンは暴走状態にある! 例え相手が肉親であっても、彼は容赦をしません!」


例え近接戦闘に持ち込んだとしても、ローファンは高い剣術スキルがある。

多少腕のある程度では彼を抑え付ける事は出来ない。

恐らくそれは妹であるテリア自身が、よく分かっている筈だ。

それでも彼女は微かに震える手を奮い立たせ、兄の剣と拮抗する。

甲高い金属音が響く中、迫りくる剣を何回も防御するが、瞬く間に体勢を崩されてしまう。


「あうっ!?」


不意を突いた足払いを受け、テリアはその場に尻もちをついてしまう。

見上げると、剣を構えた兄がジッと此方を見下ろしていた。

その目は大きく見開かれ、眼孔も正気とは思えない程に開かれていた。


「ジャマ……ダ……!」

「兄……さん……」


目の前の人物が兄ではないナニカであると気付き、テリアの胸中に恐怖が込み上げる。

落とした手斧を握ることも出来ず、思わず目を瞑った。

すると直後、突風と共にローファンが吹き飛ばされる。

何が起きたのか分からずに彼女が目を開くと、見覚えのある青年の背中が見えた。


「間に合った、とは言い切れないか……!」

「勇者様!? どうしてここに!?」


蹴り上げていた片足を降ろし、オスカーがゆっくりと息を吐く。

地下牢獄に囚われていた筈だが、魔力封じの拘束を解除して駆けつけて来たのだ。

フェーネラルも彼の助勢に驚きを隠せないようだった。

混迷極める中で脱獄したとなれば、どういう扱いを受けるかは分かる筈だ。

剣も取り上げられ、まともな装備もない中で、彼は二人を背中で庇う。

一方、立ち上がったローファンは新たな敵を認識し、強烈な殺気を放った。


「任せてくれ! あの人の動きは俺が封じる!」

「駄目です! 兄さんには魔導が通じません! このままじゃ……!」


基本的に、デバフも魔力で編まれた攻撃ではある。

幾ら彼が優れたスキルを持っていようと、固有スキルの前に中和されてしまう、と考えるのが自然だった。

そしてオスカーもローファンの対魔耐性は理解していた。

だが頷くだけで退くことはない。

振り上げられる剣を前に、右手の拳を握りしめる。


「退くことなんて出来ないさ。俺は勇者だからな」


自信と確信に満ちた声だった。

それもその筈、オスカーは平民かつ無名の冒険者という立場から勇者に選抜された。

他者を圧倒するだけの、インチキと呼ばれるだけの力があったからだ。

対魔耐性如きで弾かれるようなら、始めから勇者になど、なれていない。

ローファンが大声を上げて剣を振り下ろす。

彼の剣技に付き合う気は毛頭なかった。

寸前の所で躱し、次に斬撃が来るよりも先に右拳を突き出してデバフを行使する。


不動拳ふどうけん

「グ!? ググッ……!」


瞬間、相手の動きを止める力が、対魔耐性を貫いてローファンを縛り上げる。

斬り上げようとした剣も止まり、指先一つ動かせなくなる。

狙い通りだった。

武器がなくとも、デバフのキレに衰えはない。


「どうにか、なったか」


あれだけ苦しめられていた対魔耐性を易々と突破する。

目の前で起きている事が信じられず、テリアは呆気に取られる。

改めて勇者としての実力を見たフェーネラルも、安堵したように構えていた杖を降ろす。

そこに敵意の視線は感じられなかった。


「耐性貫通能力……久絶くぜつの勇者は本物、でしたか」

「大司教様。脱獄の罰は後で受けます」

「いえ、私は君に謝らなければならない。王国からの要請があったとは言え君を拘束し、あまつさえ命を救われるとは」

「……自分の判断が間違っていなかったのなら、それだけで十分です」


何を言われても謙虚に振舞うだけだ。

実際は処罰を受けることを覚悟の上で、大司教の元まで飛び込んで来たのだ。

周りが安堵する以上に、彼自身が内心胸を撫で下ろしたい心境だった。

しかし、騒動はまだ終わっていない。

間髪入れずに、フェーネラルが自身の足元に巨大な術式を展開する。


「ならば次は、私が役目を果たしましょう。少しの間だけ、周囲を見張ってくれませんか?」


背中を預ける発言に、オスカーは無言で頷く。

構築されるのは先代勇者の白魔導。

恐らく人族の中で最高峰に位置する術式だ。

間近でその様子を見るオスカーとテリアは、周囲に白い光球が浮かび上がっている事に気付く。

眩い光の群れは徐々に高度を上げ、輝きを増していく。

そしてそれらに込められた力が収束したと同時に、杖が振るわれた。


聖光線(バニッシュ・レイ)


直後、光球が変化して何百もの光線が放たれる。

その全てが壁や窓を透過して大修道院全域に広がっていく。

鐘の音を聞いて避難し始める人々も、飛び交う光線に気付いて頭上を見上げる。

狙いは大修道院で暴れる暴徒達だった。

光線が輝く強靭な糸となり、彼ら達を次々と縛り上げていく。

逃げようとする者も先回りして退路を断ち、瞬く間に拘束する。

何十何百とあった争いの火種は、数分も経たずに沈黙した。

これがかつて『黎明の勇者』として名を馳せた人物の力。

窓からその様子を窺っていたオスカー達も思わず息を呑む。

一仕事を終えたのか、フェーネラルは力を抜くように息を吐いた。


「暴走する者は全て拘束しました」

「これが、自動追尾型の最上位スキル……」

「始めからこうすべきだったのですが、間者がいることを考えて安易に使用できなかったのです。この術は、発動中は無防備状態になりますからね」


今の白魔導は間近で襲われた場合に対処が出来なくなる。

つまりそれだけ信用されているという事だろうか。

どう反応して良いのか分からず、オスカーは頭を下げるだけだった。

兎に角、騒動は収まったので事後処理に動くべくテリアの方へ向き直る。


「一見落着、で良いのかな。取りあえず、負傷した神官達を手当てしないと……テリア、君は大丈夫?」

「は、はい! また助けて頂いて、本当に何と言えば良いか……!」

「その言葉だけで十分だよ。それに助けられて良かった。家族同士で傷つけ合うなんて、見てられないからな」


彼女に目立った外傷はない。

とは言え、実の兄に襲われたばかりだ。

心の持ちようが簡単に直る筈もない。

幾らローファンが操られていようと、血の繋がった者同士で戦うなど看過できない。

神官達の洗脳も含め、こんな真似をした外道は必ず見つけ出さなくてはならない。

家族を手に掛けたという事実が、オスカーの怒りに火を付ける。

声に出さないまま固く決意したが、ふと微かな声が聞こえる。


「だ……大司教……」


それは他の誰でもないローファンの声だった。

まさか洗脳が解けたのか。

異変に気付いたフェーネラルが真っ先に問いを返す。


「ローファン、意識が戻ったのかい!?」

「分かり、ました……。奴らは、境海の大灯台に……ウ、ウウウゥッ!」


どうやら完全に解けた訳ではなく、未だ術中にあるようだ。

抵抗しているようだが、意識がハッキリとしない。

フェーネラルは彼の身体に手を触れるが、表情は芳しくない。

最上位の白魔導を持つ力であっても、洗脳を解除することは困難なようだ。


「勇者様、お願いします! 兄さんを正気に戻してください! 兄さんはこれまでずっと皆から疑われ続けてきたんです! このままじゃ……!」

「それが……」


そしてそれはオスカーも同じだった。

テリアたっての頼みに対して、悔しそうに首を横に振る。


「他の人で既に試したけど……状態は戻らなかった。つまり……この現象はスキルや魔導の類ではない、ということなんだ」

「!?」

「ハッキリと見えるこの刻印。コレの正体を突き止めない限りは……」


今はデバフで動きを封じる事しか出来ない。

手掛かりがあるとすれば身体に浮かび上がった刻印。

捕えられていた盗賊達と同じように、ローファンの身体にも同じ模様が刻まれている。

やはりこれこそ、皆を狂乱させた元凶と見て間違いはないだろう。

すると別の神官が、慌てた様子で部屋に駆け込んでくる。

暴徒は捕えて事態は収束したように思えたが、神官は切迫した声で事態を告げる。


「た、大変です! 封印していた魔王がッ……!」


魔王の身に何かが起きたのだと、この場の全員が悟った。

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