7.デバフ勇者、神都・パラミナ
道中、盗賊に襲われていた修道女らを助けたオスカー達は、彼女達によって大修道院まで案内されることになった。
変装に気付いた様子はなく、普通の旅人と思い込んでいるようだ。
命拾いした事実もあってか、疑いの目は全くない。
騙すのは少々心苦しいものの、黙っておこうというのがオスカー達三人の共通認識だった。
「へ~、大司教様に用があったんですね! もしかして、グリム教への入信ですか?」
「まぁ、似たようなものかな?」
「やっぱり! それなら直ぐにお許しが出ますよ! 何て言ったって私達みたいな、か弱い信徒を助けてくれましたし!」
「成り行きで助けただけなんだけど、それで大丈夫?」
「善行を積んだ者に、寛容さで接するのは当然の事です!」
テリアと名乗った赤髪の少女は、新たな信者と勘違いしたまま自慢げに話す。
ただオスカーはグリム教の信者になるつもりはない。
過去、大修道院には勇者になる過程で赴いただけで、エイダに話した通りグリム教にも詳しくない。
話を合わせるのに精一杯だった。
教団に関する知識を問われたらどうしようと考えていると、他の少女達がエイダを気に掛けて声を掛ける。
「ねぇねぇ、貴方も凄い力なのね! 私達よりも年下そうなのに、簡単に盗賊を放り投げるなんて!」
「というか、凄く可愛くない?」
「怪我してない? 良かったら、私達が診てあげましょうか?」
「肩に乗せてるのは狐なの? とても小さいし、この子も可愛いわ!」
髪や衣装は変装によって変わっているが、目を引く容姿であることに変わりはない。
ギンコを肩に乗せ、更にあれだけの怪力を見せてしまえば、気になるのも当然だ。
突然複数の少女から質問攻めにされ、エイダは困惑する。
「ええと……」
どれに答えるべきか迷っていると、気付いたテリアが皆を止めに入る。
「こら、皆。あまり困らせちゃ駄目だからね?」
「はーい」
「あら、ごめんなさい」
エイダが何かを言うまでもなく、彼女達は素直に従った。
テリアはこのグループのリーダー格なのかもしれない。
盗賊相手に唯一武器で応戦しようとしていた所もあって、仲間を守ろうとする強い意志を持っている。
不利な状況でも立ち向かう気合は、簡単に出来る事ではない。
オスカーが感心していると、とりあえずと言わんばかりに彼女はエイダに笑みを見せる。
「パラミナはどんな人でも、ペット連れでも大歓迎よ? 心配しなくて大丈夫だから」
「わ、妾がペットなどと……モガッ!?」
一瞬、魔王がツッコミを入れたが、直ぐにエイダが口を塞いだ。
「えっ?」
「いや、何でもないんだ。うん」
喋る獣など魔族と悟られかねない。
相手が魔王だと分かればどうなるか分かったものではないので、オスカーがどうにか誤魔化す。
次いでザカンも助け舟を出す。
辺りを見回しながら、考え込むように話しかける。
「それにしても、最近この辺りは物騒になったのかい? 盗賊が出るなんて、昔はなかった気がしたんだがなぁ」
「あはは……大司教様もお歳なので、そこを狙っているんだと思います。今回だって、少し都市外に出ただけでこうですから。多分、王国側から来た賊だと思うんですよね。全く、困っちゃいますよ」
「時の勇者様、ね。若くないとは聞いていたが、もしかして……」
「いえいえ、大司教様はまだ現役ですよ。あの方のお蔭で、今も都市は守られていますから」
「現役? 確か先代様は、後継者を見繕って引退する話じゃ?」
「それがその、色々ありまして……ほら、もうすぐ見えてきます!」
何かあったのだろうか。
言い辛そうにするテリアは、話題を変えるように前方を指出した。
バルクハルト台地も終盤に差し掛かり、視界に大修道院が見えてくる。
台地の中で一番高い場所にあり、高い塀に囲まれた修道院は石造りの建築物だ。
歴史的価値があるものが多いが、その中でも目を引くのが、修道院を覆う巨大な結界だった。
薄紫色で展開されるソレは雄大に佇み、オスカー達を見下ろしている。
始めて結界を見たエイダは、その巨大さに目を丸くした。
「あれが結界?」
「あぁ。先代勇者様が常に展開している、敵意を持つ者の侵入を拒む高位の術式だよ。ああやって目の前で見ると、あの方の力量を思い知らされる」
「一人でずっと頑張っているなんて、凄い人なのね」
「あの結界は周りへの抑止にさせているって聞いた事がある。神都にはこれだけ強い人がいるんだ、ってね。実際、凄い人だよ」
「でも、ギンコは大丈夫かな? 結界に引っ掛かりそう」
「そう言えば……」
周りに聞こえないよう声を潜める彼女の問いに、オスカーもギンコの方を見る。
この結界は、敵意ある者を検知し迎撃する効力がある。
人族の敵である魔王が、通り抜けられるとは思えない。
するとギンコが口を挟んだ。
「この姿でどう敵意を抱けというのじゃ。妾は獣同然の身。今更、感知などされぬ」
「そう言うものなのか?」
「見立てでは、な。仮に迎撃されて死んだとしても、妾は何の問題もないがのう」
「お前……」
デバフで無力されている以上、彼女には動く程度の力しかない。
複雑な心境を抱くオスカーだったが、エイダがもう一度その口を塞ぐ。
投げやりな返答に、少しだけ怒っているようにも見えた。
「命を粗末にしないで」
「モガガ……こ、小娘のクセに……」
ギンコは憎まれ口を叩くが、実際に迎撃されては事だ。
一旦引き返す可能性が浮上しかけると、様子を見ていたザカンが更に口を挟んだ。
「まぁ、あまり気負う必要もないぜ。彼女を死なせるって事は、フィリアの身も危険になるリスクがある。そのことは、先代も知っているだろうよ」
「確かに……わざわざ下手な博打は打たない筈……」
魔王が死ねば勇者が死ぬ。
誰かは明言されていないので、フィリアが道連れに選ばれるかもしれない。
その事実が伝わっているなら、この場で魔王を倒す真似はしないだろう。
父の言葉を信じ、オスカー達は修道女らの後を追った。
往来する信者達と行違いながら、結界の元へと辿り着く。
結界の膜は水面のように揺らめき、人が通るたびに小さく震えていた。
テリア達が何の警戒もなくすり抜けていった様子を見て一瞬立ち止まったが、意を決し結界の中へと進む。
通り抜ける瞬間、水面から這い上がったような感覚が皆を包んだ。
その間、特にギンコに異変はなかった。
迎撃されることも排除されることもなく、エイダの肩の上で丸まっている。
彼女は少々落胆したようだったが、とりあえず何事もなく通過できたようだ。
そんな杞憂を知らずに、修道女達はホッと安堵の息を吐いた。
「ふぅ、何とか帰って来られたわ」
「今回の件は、司教様達に報告しないとね」
「変な汗かいちゃった。報告が終わったら、早くお風呂に入ろっと」
「旅人さんも、ありがとうございましたー!」
それぞれが思うままの言葉を並べ、オスカー達にお礼を言いながら去っていく。
結界の中に入りさえすれば、安全という訳だ。
彼女達だけでなく、神都に住む者達がこの力を頼っていることが分かる。
去っていく少女達を見送っていると、彼らを気に掛けたテリアが近寄ってくる。
「私達はこれから修道院に向かいますけど、貴方達はどうします? お礼もしたいですし、良ければ案内しますよ?」
「いや、誘いは有難いけど、俺達はここで待ち合わせる事になっているんだ。……そうだ、修道院に向かうなら、この手紙を大司教様に渡してくれないか?」
「大司教様に手紙ですか? 構いませんけど……気を付けて下さいよ?」
「え?」
「さっきの通り、最近は物騒なんです。王国の商業都市で魔族の襲撃があったばかりですし、結界内でも何が起きるか分かりませんから」
「……分かった。忠告ありがとう」
本当の事は言えないまま、オスカーは手紙を渡す。
これはフィリアから渡されたパラミナまでの道のりだ。
届きさえすれば、自分達が辿り着いたことが直ぐに分かるだろう。
残念そうな顔をしながら去るテリアを見送ると、ザカンが肘で小突いてきた。
「折角のお誘いをバッサリ断るなんて、オスカーもつれないな」
「変装してると言っても、いつバレるか分からないんだ。父さんだって、それは分かっているだろ?」
「そりゃあそうだが、即答する必要はないだろ。少しでも考えたフリをしとけ。特にああいう年頃の子相手には、な」
不愛想が過ぎると窘められる。
しかし妙な返答をしてテリアに誤解されては困る。
それとも少しは考慮した方が良かったのだろうか。
ザカンの言う事を完全には否定できず、同じ少女であるエイダに聞いてみる。
「そういうものなのか?」
「んー。いきなりダメって言われたら、少し寂しいかも」
「む、難しいんだな。作法とかは一通り学んだつもりだったけど」
「多分、それは関係ないと思うわ」
「えっ」
「え?」
噛み合ってない会話から微妙な沈黙が流れる。
困ったエイダは横のギンコに問い掛けた。
「ね、ギンコはどう思う?」
「知らんわ」
「……」
「何じゃその顔は」
「ギンコって、女の子よね?」
「き、貴様……しばかれたいのか? わざわざ言う必要がないと言うておるんじゃ、全く……」
尻尾を逆立てながらギンコは反論する。
そもそも勇者と呼ばれる者ならば、色恋沙汰など向こうからやって来る。
オスカーに全くその気がないのは、単純に余裕がなかったからだ。
彼は己の力を信じて、勇者の地位を勝ち取った。
気を抜けば蹴落とされるような場所で、ひたすらに上を目指し続けた。
他に目を向ける事もなく、明確に異性と交流を持った相手と言えば、今いるエイダを除けば同期のフィリア以外にはいない。
女っ気のなさにザカンはやれやれと溜息をついた。
「お前は女子に興味なさすぎるんだよ。何でそう無関心なんだ?」
「別に、良いこともないだろう? ずっと一緒にいられる訳でもないんだ」
「おいおい……」
割と素っ気なく返答するオスカーの様子に、エイダは疑問を抱いた。
「一緒に? どういう事?」
「いや、それは……っと。どうやら、早速来たみたいだ」
そうこうしている内に、彼らの元に近づいて来る集団が現れる。
集団は物々しい雰囲気を放つ、武装した神官達だった。
手紙を受け取ったのか、結界内に入った時点で気付いていたのか。
周りの通行人達も視線を向けている中で、神官達の中の一人が静かにオスカーの前に進み出た。
「我々と共に来い。下手な真似をするなら……」
「何もする気はありません。貴方達の言う通りにします」
「ならば武器を預かろう」
神官達はオスカーの能力を知っている。
結界を抜けた事実があっても、可能な限り武器の類は取り上げておきたいのだろう。
オスカーは腰に提げていた剣を、名残惜しそうに手渡した。
続いてエイダやザカンも、武器を身に付けていないことを確認される。
それからオスカー達は大修道院の中へと連行された。
普段皆が入る表の入り口ではなく、地下へと通じる裏口から通される。
石垣の側面に松明が灯された、狭い一本道だ。
明らかに普通の待遇とは違う。
フィリアの申し出が吉と出るか凶と出るか。
周りが一切の無言の中、オスカー達は少しの緊張感を持って歩き続ける。
「止まれ」
開けた空間、地下へと繋がる階段ホールに出ると何処からともなく声が降り注ぐ。
見上げるとそこには新たな神官達がおり、その中に黒みがかった赤髪の男が立っていた。
男の名はローファン。
過去にオスカーがパラミナに赴いた際、何度か顔を合わせた事のある人物だ。
渦中の者達を見て、彼は少しだけ気難しい顔をした。
「彼女の妄言すら疑ったが……まさか、本当に現れるとはな」
「お久しぶりです。ローファン司教」
「事情は大方聞いている。色々と積もる話もあるのだろう。だが先ずは……お前達の身柄を拘束する」
ローファンの傍に居た神官達が、おもむろに十字架を取り出す。
明らかに何かをするつもりのようなので、エイダが少しだけ警戒した。
「武器……?」
「エイダ、大丈夫。あれは武器じゃない」
オスカーが彼女を制止させると同時に、ローファンが一歩進み出る。
「その前に一つ、質問に答えてもらおう。君達は何のために此処に来た?」
「貴方達に協力を求めるためです。今、魔族には恐ろしい力と計画を練っている者がいる。それを止めるためには、俺達の力だけでは足りないんです。どうか、大司教様にお目通り願います」
フィリアの根回しがあるなら、この件は既に知っている筈だ。
魔将の存在も認知されているだろう。
だからこそ嘘偽りない事実だけを答える。
少しの間があった後、ローファンは十字架を手にした神官の方を振り返った。
「どうだ?」
「いえ、反応はありません」
「……彼らの言葉は真実という事か」
神官からの答えにローファンは難しそうな表情を崩さない。
疑問に思ったザカンがオスカーに問い掛けた。
「一体、何なんだ?」
「あれは看破の術。相手が嘘を言っているかどうかを見極める白魔導だよ」
「俺達の思惑を読み取ったってことか……」
神官達が手にした十字架は、術式を発動するための道具だ。
質問に対して真実か嘘かを見極めることが出来る。
単純なものだが嫌疑を確かめるには十分過ぎる。
そして今の問答で、オスカー達は嘘を言っていないと証明できた。
だがローファンは依然として彼らを信用し切れないようだった。
「悪いが、今の言葉が真実だとしても、大司教に会わせる訳にはいかん。拘束するという言葉を撤回するつもりもない」
「簡単に信用されるとは思っていませんでしたが……ならばどうして、看破の術を?」
「君達が今回の一件に絡んでいるか、それを見極めるためだ」
「今回の一件? 一体何の……」
オスカー達は首を傾げる。
フィリアからは聞かされていない、別の事態が起きているようだ。
勇者殺しの勇者が現れる以外に優先すべき事があるとしたら、それは相当な事件の筈。
そこでようやく三人は、張り詰めた警戒心の理由が、別の所にあると気付いた。
何も知らない様子と悟ったローファンは、彼らに静かに告げる。
「大司教の、先代勇者の暗殺予告だ」




