17.デバフ勇者と転移術式
「万事休す、か」
消滅した魔族達と現れたフィリアを見て、魔王は諦めたように目を閉じる。
放たれた白魔導に加減はなかった。
回復担当だった彼女からは考えられない威力。
共に戦ったことのあるオスカーは、その姿に目を疑った。
「フィリア……なのか……?」
「お、オスカーさん! なんて傷! 直ぐに治癒を……!」
彼女は屈していたオスカーを見るや否や、直ぐに駆け寄ってきた。
余程心配していたのだろう。
容体を確認するよりも先に、周囲に回復の術式が形成される。
緑色のオーラが全体を包み、徐々に傷口や枯渇していた魔力が戻っていく。
これは間違いようもなく、あのフィリアの力だ。
助かったのだ。
オスカーは窮地を救われたことを改めて自覚し、ゆっくりと息を吐く。
あくまで退こうとしなかったエイダも、忙しなく動く彼女を見て首を傾げる。
「あなたが、フィリア……?」
「怖がらないで下さい。私は敵じゃありません。貴方の怪我も治しますね」
「ううん。エイダは大丈夫よ。この位は、直ぐに良くなるわ」
問題がない、と言うようにエイダは小さく息を吐いた。
水のブレス。
少量の水がエイダの身体を纏い、付着していた血を全て洗い流した。
魔王から受けた衝撃波の数々は、どれも強力だったが、流し終えた彼女の身体は既に治りかけだった。
頭部から流れていた血も止まり、殆どの傷が塞がっている。
流石のフィリアも、その在り様に目を丸くする。
「凄い自然治癒力……あ、貴方は一体?」
「その子は亜人。俺の仲間だ」
警戒させる必要はなく、オスカーは彼女の素性を明かした。
信頼できる仲間として、自信を持って紹介する。
フィリアも亜人の存在を見るのは始めてだったようだが、それ以上は何も言わなかった。
オスカーと共に戦った少女として、快く受け入れる。
後は、治癒の術式が終わるのを待つだけだった。
腕の痛みも、見る見るうちに引いていく。
これ程の治癒能力は、人族の中でも指折りレベルだ。
彼女が駆け付けてくれて良かったと、オスカーは感謝する。
ちなみに手のひらサイズの魔王については、逃げ出さないように、エイダがぎゅっと両手で抱えていた。
美しい毛並みは変わらないので、その柔らかさを楽しんでいるようにも見える。
件の魔王は、未だ動きを見せない。
力を奪われたので抵抗できないのだが、逃げる様な素振りすらなかった。
「やっぱり、都市の石化はオスカーさんが行ったんですね」
「あぁ……それで、下の状況は?」
「都市の魔族は逃亡・掃討しました。無傷……とは決して言えませんが、冒険者さん達や、兵士の方々が頑張ってくれたので、被害は最小限に抑えられたと思います」
「そうか……良かった……」
商業都市についても、最悪の事態は回避できた。
フィリアだけでなく、ヨハン達冒険者の尽力があったためだ。
兎にも角にも、甚大な被害がなかったことにオスカーは胸を撫で下ろす。
対して、フィリアの表情は真剣だった。
それは以前から抱いていた疑念を、此処で晴らしたいという思いがあったからだ。
「オスカーさん、教えて下さい。一体、王都で何があったんですか? ウィルズさんは、貴方がディアックさん達を殺したとばかり言ってます。でも、私にはとてもそうには……」
「……」
「今ここにいるのも、立て篭もりをしたのも、何か目的があってのこと。違いますか?」
もしかすると彼女は、真実を知るために船に乗り込んで来たのかもしれない。
話を聞いていたエイダは、二人の様子を交互に見比べるだけだ。
確かに、今のフィリアにウィルズや王都兵士達のような、頑なに聞き入れない意志はない。
何故ここまでの事になっているのか、話すだけの価値はある。
意を決したオスカーはフィリアに向き直り、重い口を開こうとした。
しかしその直後、船全体に大きな揺れが起きた。
「きゃっ!?」
「な、何だ!? この振動は!?」
地震か、と皆が思ったがこの船は空中に浮遊している。
揺れが起きたとなれば、船自体に何かしらの問題が起きたとしか考えられない。
するとエイダに抱えられていた魔王が、閉じていた瞼を開く。
「まだ、分からぬのか?」
「!?」
「元よりこの船は、妾の力で浮遊しておった。つまり、そういう事じゃよ」
「まさか……!」
そこまで聞けば、嫌でも分かる。
今の魔王に船を浮遊させるだけの力はない。
最早、浮くだけの動力が存在しない。
次いで身体が浮くような感覚と共に、地面もとい船全体が高度を下げ始めた。
「船が、落ちる……!」
真っ先にオスカーがその場から動き出した。
都市の石化はとっくの昔に解けている。
これだけ巨大な船が落下すれば、その衝撃と余波で、都市は倒壊するだろう。
「フィリア! 俺の治癒はいい! 確か白魔導には、転移術があっただろう!? それを使って、船を都市の外へ!」
「む、無理です! これだけ大きなものだと、発動まで時間が掛かります! 間に合わない……!」
「いや、俺が時間を稼ぐ……!」
彼は手にした剣に力を込めた。
身体の節々には倦怠感が依然残っているが、気にしている余裕はない。
1分も経たずに船は落下し、都市に甚大な被害を及ぼす。
今までやって来たことが、全て水の泡になる。
当然、時間を稼ぐと言っても、魔力が回復し切れていない今のオスカー一人ではどうすることも出来ない。
だからこそ、彼はエイダに助力を頼んだ。
「エイダ! 魔力を借りるぞ!」
「ん。使って」
相手の魔力を奪う零魔剣をエイダに向けて行使する。
彼女の残っていたそれを打ち消し、その分を吸収していく。
あれだけブレスを放っていたにも関わらず、かなりの量があったようだ。
枯渇気味だった魔力に、余裕が出来るのを感じる。
「何をするんですか!?」
「今ある俺達の全魔力を使って、船を浮遊させる! フィリア、後は任せる!」
一刻の猶予もない。
オスカーはフィリアにそれだけを伝えて、剣を床へと突き立てた。
その瞬間、剣先から放たれたデバフが、船全体を包み込む。
「浮遊剣ッ!」
急降下し始めていた船が、再び浮き始める。
落下が止まり、フィリアも切迫した様子で転移術式を形成し始める。
しかし浮遊は読んで字の如く、ただ浮かぶだけだ。
上昇は出来ず、落下した分の距離は取り戻せない。
今度落ち始めれば、確実に止められないことはオスカーにも分かっていた。
だからこそ、魔力が枯渇しようとも決してデバフを解除してはならなかった。
「あくまで船を落とさぬ気か。しかしこれだけの負荷、身体が持たぬぞ?」
「黙っていろ……!」
魔王の横槍など切って捨てるだけだったが、その指摘は正論だった。
エイダの魔力を借りたとは言え、戦いで多くの傷を負った身だ。
治癒を経た状態であっても、急激な魔力行使に身体がついて来る筈もない。
「グハッ……!」
喉に詰まったものを吐き出すように、少量の血を吐く。
だが決して剣は手放さなかった。
勇者としての役目、矜持がそうさせていたのだ。
こんな所で、諦めてなるものか。
片膝を付いたまま、失いそうになる意識に縋り続ける。
「まだ、だ! もう少し……!」
まだ落とす訳にはいかない。
都市の皆を死なせる訳にはいかない。
そのためだけに力を振り絞る。
浮かんだ時間はまだ1分と少し程度。
本当に、気休めの時間稼ぎにしかならない。
それでも既に、魔力の残りは底を尽きかけていた。
「もう……すこ……し……!」
剣の柄から手を放しそうになった瞬間、エイダがオスカーを支えた。
魔力を吸い取られ疲弊している中でも、彼の手に触れしっかりと剣に添える。
その表情は強気で、真剣なものだった。
寸前で意識を失いそうになった彼は、彼女の存在を感じ取って手に力を込めた。
「術式が整いました! 転移します!」
同時に、フィリアの転移術式が完成した。
船全体に魔法陣が浮かび上がり、強烈な光を発する。
後の事は分からない。
ただ小さな地響きが起き、船が着陸したことだけが分かる。
落下ではない、ゆったりとした衝撃が響く。
オスカーは未だにデバフを解除しなかったが、エイダと共に状況が変わったことを朧気に理解する。
「周りの空気が変わったわ。森の近く……?」
「やった……か?」
「はい! 成功しました! お二人のお蔭ですっ!」
今まで緊張していた様子のフィリアが、ぱぁっとした笑顔を見せる。
エイダが仄めかした通り、商業都市に隣接する森の近場へと船を空間転移させたのだろう。
渾身の力を込めたデバフも、無駄ではなかったという事だ。
大きく息を吐いたオスカーは、ようやく浮遊のデバフを解除する。
魔王も倒し、落下する船も退避させた。
これ以上、危惧するものは何もない筈だ。
疲労感が一気に押し寄せ、彼はその場に大の字に倒れ込んだ。
「今、治癒します!」
あれだけの転移術を行使した中で、フィリアは疲労一つ見せずに二人に近づき、治癒を再開する。
人族全体でも彼女の魔力量は、随一と聞いた事がある。
確かにパーティーとして協力していた時も、魔力が枯渇した事は一回もなかった。
これが所謂、持って生まれた才能なのかもしれない。
改めてフィリアの力を目の当たりにし、オスカーは身体の力を抜く。
魔力が徐々に回復していくと、代わりにエイダが彼女を見上げた。
「あなたはやっぱり、良い人だったのね」
「いえ……。良い人だなんて、私は……」
「悪い人なの?」
「……オスカーさんを引き留められなかったのは、事実ですから」
複雑そうな表情でフィリアは呟く。
そこには後悔と寂しさの感情があった。
ウィルズみたく、オスカーを恨んでいる素振りはない。
ディアック達の死には、何かカラクリがあると察しているようだった。
気付いたオスカーは、彼女を見上げた。
不安そうな、喋ってほしいような瞳に向けて、おもむろに告げる。
「フィリア。ここで話しておきたい。王都で俺達に何が起きたのか」




