初めてのファンタジーエンカウント
どうも、お久しぶりです。
初めましての方は初めまして。
今回は、新しく契約書を中心とする物語を書いていこうかなぁ、と思っています。
途中でおかしくなったりするかもですし、ぶっちゃけ面白くないかもですが、面白くなかったらバッサリ切ってくれてかまいません。おかしいところがあったら指摘してください。
才能なんてありませんが、どうにか、面白くなるよう努力をしようと思っているので、遠慮せずにどんどん言ってください。
そして、今回は不定期更新となります。
私の書いた作品をご存知の方は知っていると思いますが、更新日守らないことが多々ありまして。
なので今回はゆっくり時間をかけて書いて、丁寧により完成度の高いものとして更新していこうと考えてます。
間結構空いちゃったりするかもしれませんが、よろしくお願いします。
さて、前書きはこの辺にして。
どうか、あなたのひとときを、楽しいものに出来ますように。
俺の名前は池田裕斗。
誰もが普通に読める名前だ。読みやすいのはいい。誰もが気兼ねなく読んでくれる。ただ、それだけありふれているということで、印象には残りづらい。
けれども、俺は負けない。
印象に残るよう工夫をするのだ。幸運なことに、顔はそれほど悪くない、というより、いい部類に入るだろう。女子からの好感度もそれなりに高い。告白されたことだって一度や二度じゃない。今では、なんかよくわからんが、俺を高嶺の花として、お互い牽制しあって手を出させないようにしているらしい。数少ない友人から聞いた。
というように、俺はそこそこおモテになる。……自分で言っておいて鼻に着くな。これ別な奴が言っていたらぶっ飛ばしてるわ。……ま、それはいいとして。
ついでに言うと学力もある。前回までのテストはすべて学年一位。
ここまで言うと、じゃあ運動は? って訊いてくるやつが多い。
そりゃそうだ。容姿端麗、頭脳明晰と来たら、最後は運動神経抜群とくる。ファンタジーによく出てくる完璧三拍子ってやつだが、まぁ、悪くはない。
それなりには動けるさ。あまり好きではないけど。
というわけで、準完璧三拍子の揃った、中途半端の完璧人間な俺だが、いやなことがないほど人間出来てない。
嫌いな人だっているし、なるべく関わり合いになりたくない人もいる。
逆に、女の子にモテるのは嬉しいことだ。特に美少女。可愛いは正義。イエス、ジャスティス。
そして最後に重要なことだが、俺も年ごろの男の子ということ。
女の子の前ではなるたけ格好つけていたいし、下心だって当然ある。聖人君主などではない。
男子はみんなそうだろう。と、決めつけるのはよくないが、そうだと信じている。
エロ本? そりゃ持ってるさ。だって盛んな年ごろだもの。
ばれないように隠すのが大変なんだよ、これが。
十八禁コーナーにも入りたい欲求はすごいある。目の前のお宝に惹かれ、入ってしまったこともある。以来、おっとこれ以上はいけない、口が軽くなりすぎた。
さて、と。
自己紹介はこれくらいでいいだろう。
ここらで一つ、同志である紳士諸君に伺いたい。
前提として言っておくと、俺は高校生だ。高校二年。華の高校生活の真っただ中。
先日、隣のクラスに超絶可愛い女の子が転校してきた。が、タイミングが合わず、ご尊顔を拝むことはできてない。
さて、そんな中、ふと歩いていると階段から落ちそうになっている可愛い女の子を発見。可愛い女子なら調べつくしている俺が見たことない女の子だ。すぐわかる、例の子だって。
で、訊きたいのは、助けるかどうか、だ。
俺はもちろん――。
「あっぶねぇ……」
助けたよ。落ちてきたところをお姫様抱っこでキャッチ。
筋トレしててよかったって心底思った。
ふわりと舞う長い髪の毛と、微かに漂う女の子特有の甘い匂い。まるで、クッキーのような優しい……あ、まんまクッキーだったわ。この子、手に持ってたわ。何なら俺の腕の中で呑気に食ってるわ。
え、マジで落ちそうになってたの? 危機感なさすぎね?
「……ありがとう。助かった」
「あ、いや。それほどでも」
ちゃんと飲み込んでからお礼言うのね。なんか、うん。危機感なさすぎ。
でもいい。なんてったって、お礼言う時の上目遣い! さいっこう!
「おろしてくれない?」
「あ、ああごめん。けがはない?」
「うん。クッキーも無事」
「あ、うん。よかった」
そこまで大事か、クッキー。
しかし、無表情なのが残念だな。笑えば誰もが振り返るほどの美少女だというのに。
いや、そもそも落ちそうになってたのに、さらには助かったのに顔色一つ変えないのおかしくね?
どんな環境で育ってきたんだよ……。豪胆すぎでしょ……。
しかもまだ食ってるし。
だが問題ない! 可愛いから!
「お礼、するよ。命の恩人だから」
「え、あ、いや。いいよ。君が無事なら、それだけでいいさ。特に、その美しい顔に傷一つつかなくてよかったよ」
キザすぎたかな? でも、決まった!
それにしても、命の恩人とは、また大きく出たな。階段から落ちたとて、そこまで大事にはならんだろう。いやまぁ、万が一は必ずあるけど。俺の前では万が一なんてないがな。
「そうはいかない。どうぞ、お納めください」
「はあぁ!?」
驚いた。死ぬほど。心臓が口から飛び出るほど。
俺のキメ台詞を普通に返してきたことではない。スルーされたことでもない。
なぜか急に制服の胸元を開け始めたことでも……ない。興奮はしたけど。
問題はそのあと。
素敵な谷間に手を突っ込んだと思えば、そこから出てきたのはなんと札束。それも百万近くありそうなほどの厚さ。
女スパイみたいだな~、谷間から小口径銃でも出てくるのかな~、それとも、お礼に私を好きにして~とかかな、なんて夢見ていた俺の想像の斜め上、夢をぶち壊すどころか強制的に現実に引き戻すレベル。
「な、なにこれ……」
「? 百万じゃ足りない?」
「いやいやいや! そうじゃなくて! そりゃ、出したところとか、突っ込みたいポイントはいっぱいあるけど! そもそも、なんでこんな大金……」
「儲けたから?」
「はい? あーもう、わけわかんね。とりあえず、あれしきのことでこんな大金受け取れないから。それはしまって。どこで誰が見てるかわからないんだから。むやみやたらとひけらかすものじゃないよ。金は富の象徴であり災いをもたらすものでもあるんだから」
「災い?」
「金に目がくらんだやつらが奪いに来るかもってこと。それぐらいわかるだろ」
「大丈夫。私、強いから」
「そういう問題じゃねーよ」
「……普通の人間なら、私には勝てないから」
「は?」
「お金がだめなら、何がほしいの?」
「身もふたもない言い方だな。……一つ何か欲しいものがあるとすれば、それは君の時間かな」
「私の時間?」
「そうさ」
「時間はみんなに平等に流れていて、人間がどうこうできる代物じゃない。よって、渡すことはできないわ」
「そーじゃねーよ! 誘ってるんだよ! デートに」
「デート……」
「そうだよ。察しが悪いとやりづらいなぁ」
「わかった。日曜の夜、十二時に学校の前で待ち合わせ。あと、これ持ってきて」
「え、ちょっ」
「それじゃ」
どこかズレタおかしな美少女は俺に変なチケットを渡して去って行った。……胸元はそのままで。
ちゃっかり札束をもとのように谷間に突っ込んだのに、どうして制服は直さないのか。
……眼福だった。
とは言え、
「なんだこれ」
妙にカラフルでおかしな細長い紙。
書かれた文字は何語かわからず読めないが、雰囲気的にチケットであることは察すれる。
名前を聞き忘れたあの子は、これをもって日曜の夜十二時に学校の前でといった。
そんな時間に出歩こうものなら補導されかねないし、なにしろ、夜中に学校というのも妙だ。
正直、すごく行きたくないが、連絡先も知らない彼女は俺のことを待つ可能性もある。その後、補導、ないし、悪い男たちに目をつけられたりでもしたら、さすがの俺でも目覚めが悪い。
きちんと断ろう。それで万事解決だ。
よし、次の休み時間にでも会いに行こう。
…………。
そう思っていたのが妙に懐かしく感じる、日曜の夜十二時。
結局会うことはできなかった。
あいつ、超能力者かと言いたくなるぐらい、俺が行くとその前に姿を消していた。
授業をさぼって行ったこともあったが、トイレにでも行っていたのか、会うことはできなかった。
致し方なし、と諦めてここまで来た。
さすがに高校生とばれるのはやばいので、私服の中でも、とびっきり大人っぽく見えるものを着てきた。
大丈夫だよな、たぶん。停学とか食らいたくないぞ俺は。
例のチケットも一応持ってきた。何に使うかわからんが。
「お待たせ」
声のした方に、美少女が立っていた。
私服姿。まさに至福。
おとなしめのデザインとコーディネートがよく似合っていてすごくかわいい。いいや、可愛いというよりは美しい。美少女というよりは美女。
高校生感はなく、むしろ大人のおねぇさんといった風貌だった。
「よく似合っているね」
「ありがとう。さぁ、行きましょうか」
「行先は?」
「ここよ」
「はい?」
彼女が指したほうは学校。
え? 夜中の学校になにがあるっていうんだい?
ばれたらアウトなことしかなくない?
「えっと、学校?」
「ええ。学校」
「ホワイ」
「行ってみればわかるわ」
「え、ちょっと」
容赦なく閉じられた門を飛び越える。
随分とアグレッシブだなぁ。嫌いじゃないけど、この場にはいらない代物だよね。
ああ、もう! 俺にとってデメリットになることはしたくないんだがな!
「ちょっと待ってくれ」
先を行く彼女に呼びかけ門を飛び越える。
全く、格好良く飛び越えるのはいいけど、見てる人がいないんじゃ意味がないってもんだ。
小走りで彼女の横に並ぶ。
「今更だが、君の名前を教えてくれないかな? 俺ら、互いに自己紹介もまだだろう?」
「そういえば。私、久瀬愛。あなたは?」
「池田裕斗だ。よろしく、久瀬」
「ええ」
「それで、夜中の学校に侵入したはいいけど、何があるんだ? それとも、何かするのか?」
「その両方」
「ふむ」
何かがあって何かをする。
単純に考えれば、何か施設のようなものがあってそこで何かをするということになるが……。
まさか、筋トレ!?
この学校の体育館にはトレーニングルームがある。
そこには、ベンチプレスを代表する様々な筋トレ器具がある。
わざわざ夜中の学校に侵入してまですることでもない。なにしろ、生徒であればだれでも使えるのだから。しかし、この状況で他に思いつくものもない。
久瀬の口数は少ないし、情報量も少ない。憶測にしたって、ある程度の情報量がないと成り立たない。
憶測もできず、勝手な妄想しかできないこの状況。
……いや、考え方のアプローチを変えてみたらどうだろうか。
二人きり。夜の学校。
この二つの事実だけをもって、青少年脳を使って考えれば……。
お礼は体。しかし、変態趣味を持っている彼女は、誰もいない教室という空間で、いつもみんなが使っているという罪悪感と背徳感に酔いしれながらじゃないと……。
…………。
馬鹿か、俺は。
なわけねーよ。いや、そうなったら嬉しいよ? でも、ないでしょ。お互いのこと全然知らないけどそうだという確信がある。
現にいま向かってる方向にあるのは教室ではなく体育館。
となるとやっぱ筋トレ? ムキムキマッチョになりたいとか?
わかんねぇな。ついでに言うと会話ねぇな。
「ここよ」
「ここ」
「ええ」
目の前にある扉は体育館へと続くもの。
マジで?
マッチョになりたいの?
「行くわよ」
「その前に一ついいかな?」
「なに?」
「それ……」
指さすのは久瀬の右太もも。
美しい魅惑の太ももに、二本のベルトがまかれ、外側には逆三角に細くなる入れ物と、そこから見える凶悪なグリップ。
「? 太もも」
「じゃねーよ」
「ああ、これ」
「そうそれ」
「銃よ」
「みりゃわかる」
「そう。じゃあ、行きましょう」
「答えになってねーよ!」
それ以上説明する気がないのか、はたまた、この先にあるものにいち早く行きたいのか。
おそらく後者。
何せ、表情からもわかるぐらいうずうずしている。
この先に一体何があるっていうのか。
「チケットを」
「――!」
扉に近づくと野太い声が隣からした。
すごいごついおっさんが立っていた。
あ、ばれた。終わった。
「おい、逃げる、ぞ?」
呼びかけた久瀬は、扉の両端にいたらしいおっさんたちの、もう一人のおっさんにあのへんてこなチケットを見せていた。
「どうしたの? もしかして、チケットを忘れた?」
「あ、いや。持ってきたけど……」
「なら、早く提示して」
「あ、はい」
ポケットから取り出して見せる。
「確認しました。どうぞ、一夜の夢をお楽しみください」
「はぁ」
わからんが許された。
扉を開け放した久瀬の後に続いて入ろうとして、その異常な光景と音に足が止まる。
「は?」
その扉は体育館へと続くもののはずだった。が、扉の先にあったのは体育館ではなく、とても立派で派手なカジノだった。
「わっお、犯罪臭。俺帰る」
「大丈夫。ここは普通じゃないから」
「普通じゃねーのはおまえらのほうだよ」
「いいから、早く」
「違法カジノに、未成年がカジノで遊ぶ? 笑わせんな、ガッツリ犯罪だろうが」
「大丈夫だから。イッツオーケー?」
「ノットだ。全力でな!」
「なら、そこで見てるといいわ」
言うなり、中に入っていく久瀬。
置いて帰ってもいいのだが、それはそれでなんか悪い気がする。とりあえず様子見て、誰か来ようものなら帰ればいいか。
何かあってもなんとかなるし。
久瀬は迷いなくルーレットへ。
改めて見渡すと、ルーレットにスロット、ポーカー、ブラックジャック。全力でカジノだった。
しかも、広い。
体育館より広くなっている。
初めは、誰もいなくなってからカジノを用意したものだとばかり思っていたが、そうでもなさそうだ。
たとえ、金曜の夜から用意していたとしても、ここまでは不可能だろうし、何より、空間が広がっているなど人間には不可能だ。
加えて、
多くいる客を見る。
限りなく人間に近いものもいるが、どう見ても人間じゃないのもいる。
仮装パーティーでもなさそうだ。
となると、青少年脳を使って考えれば、魔界ないし、異界につながっている、って感じか。
…………。
いやいやいや!
ラノベじゃあるまいし、ありえないだろ。……普通は。
誰か、この目の前の光景を嘘だと言ってくれ……。
「ん?」
俺の心境を何も知らない久瀬が、おかしな行動に出ていた。
あいつがやるルーレット、やり方は簡単、専用チップを好きな数字に賭けるだけ。あとは、ディーラーがホイールを回してボールを落とす。ボールの落ちた数字に賭けていた人が勝ち、という感じだ。
今回の場合、アメリカンルーレット。つまり、0、00を含む36までの計38の選択肢がある。むろん、複数賭けることも可能だ。他にも、赤か黒かの二択、奇数か偶数かの二択、ハイアンドローにダズン、コラムと、いろいろな賭け方がある。
配当金が一番高いのはもちろん、一点賭けだ。最大三十六倍。
まぁ、普通は当たらんよ。三十八の選択肢の中からたった一つを選ぶより、複数選択しておけば、当たる確率も上がる。だからみんなそうする。
負けるよりは、少しでも勝った方がいいからだ。
さぁ、ここまでルーレットの説明をしてきてわかるとおりだが、久瀬はなんと、――一点賭けをしていた。
相当な額を一点のみ。
馬鹿じゃねーのと叫びたくなった。けど、隣におっさんいるし、声を出して誰かに気づかれでもして連行されちゃ一巻の終わりだ。
叫べない分、止めようかとも思ったが、べつにあいつが散財しようが俺の知ったことじゃない。
今までと同じ無表情で回るホイールを見つめる久瀬の姿を見つめる。
あれだけ負けりゃ、少しは違う反応を示すかもしれんし、ちょっとばかり見守ってやるか。
ルーレットは回り、やがて減速、止まる。
ボールは止まる前に一点に吸い込まれていく。
ボールが入った先は――
「うっそだろ……」
久瀬が賭けていたところ。
つまり、久瀬は配当金三十六倍をもらうこととなる。
そりゃ儲けるよな。百万ポンと出すわな。金銭感覚狂うよな。
にしても、おかしくないか?
偶然か、はたまた必然か。
この状況を前に、青少年脳が回転を止めない。
何らかの能力による確率操作が一番ありえそうなところだが、そうなるとあいつは能力者となる。
ラノベだと、異世界に行ったりとかしてから、この世界の奴は能力を使えるようになる。これを前提とするなら、あいつは異世界に行っていた、ないし、異世界から来たことになる。
が、後者の方が納得できる。
この場所を知っていたこと、入り浸っているような素振りだったこと、銃の存在、この異空間。
何の証拠もない、ただの妄想だが、もしかするとあいつは。
いや、やめておこう。何度も言うようだが、証拠がない。
大金を勝ち得たはずの久瀬を見る。
何か真新しい反応を見てみたいものだ。何より見たいのはもちろん笑顔。
あいつの笑った顔が見たい。のだが、
「……何やってるだ、あいつ」
スーツ姿の奴ともめていた。
スーツ野郎のほうは、何やら怒っているような焦っているような、そんな印象を受ける。
久瀬のほうはと言えば、相変わらずの無表情で何も読み取れない。
耳を澄ませて、話し声を聞き取る。
「……。だから、何度も言っているでしょう! もう、ここには来ないでほしいと!」
「ナンノコトデスカ。ヒトチガイデスヨ」
「確率操作の能力か何かは知りませんけど、このままあなたに来られ続けるとここが潰れるんですよ」
「そんな能力は使っていないし、所有していない」
「そんなことは、今どうでもいいんですよ! とにかく! あなたのことは出禁にしたはずです!」
「それは困る。ここに来れないと私は生活できない」
「どうしても出ないつもりですか」
「ええ」
「なら、こちらにもやり方があります。おい」
スーツが近くにいた警備員らしき人物に呼びかける。
警備員はもう一人呼んできて、久瀬を両側からがっちりホールドすると、こちらに近寄ってきた。
暴れる久瀬をものともしないところを見ると、かなりの力持ち、というか強いようだ。
話の内容から、あのスーツはここの経営者って感じか。
つか、出禁くらってたってどんだけだよ、久瀬。演技も下手だったし。
運び込まれた久瀬は、廊下にぺいっと投げ出される。
もう一度入ろうとしたところを門番のおっちゃんたちに止められる。
「くっ!」
めっちゃ悔しそう。
なんか、思ってたのと違うけど、こいつの別の表情は見れたな、うん。演技下手くそだったな。うん。
めんどくさそう。帰ろう。
と、思った矢先に、後頭部に冷たい感触。
これは――!
「どこに、行くつもり」
「か、帰りたいなぁ~って。いや、ほら、門限が……」
「…………」
こわっ! 無言こわっ!
確かに、門限とか苦しすぎるいいわけだけど!!
え、まさか本物じゃないよね……?
「あのー。それ、モノホンじゃないですよねー?」
「試してみる?」
おっもい! 苦しい! 冷たい!
どうしたらそんな冷たい声出せんの!? 普通に怖すぎなんですけど!?
「オーケー。俺になにしろって?」
「私の代わりに稼いできてほしいの。私のお金で」
「負け続けたら……?」
「…………。撃つ」
おいぃぃぃぃぃぃいいいいい!!!
「冗談じゃない。なんで俺がお前の金でお前のために稼がなきゃならん。そのうえ失敗したら撃つだ? ふざけんな。この状況も人にもの頼む態度じゃ――」
――BANG!
「あ、あああ」
「いいから。行ってきて」
「は、はい……」
床に倒され顔の真横を撃たれた。これ以上ない死が迫る感覚。
こりゃ、イエスしか言えないよね。
ってか、ガチモンかよ。銃刀法違反だろ。おまわりさーん!
なんて、言えたらどんなにいいことか。
金を受け取り、しぶしぶ歩を進める。
カジノの中へと踏み入り、あたりを見渡す。
俺でもできるものは少なくないが、かといって何をするかは迷う。だって、しくじったら風穴あくし。
と、見渡す中で見つけてしまった。
女神を。
「隣、いいですかな?」
「あら、見たことない顔ね。どうぞ」
「では失礼して。いやぁ、ここには初めてきたが、どうやら俺は幸運だったらしい。あなたのような美しい女性と出会うことができたのだから」
「あら、嬉しい」
ポーカーの台に座っていた女神。
大人の色香たっぷりの体と、漂うオーラ。きわどいが品がある服装。
まさか、こんなお姉さんと出会うことができるとは!
とりあえずポーカーにでもしようか。下心しかないけど。
「あなたはどうしてここへ?」
「そうねぇ……興味があったから、かしら」
言動も艶めかしくて、その一つ一つにドキッとしてしまう。
俺はどちらかというと年下派だが、目の前のメロンには勝てない。うん。男のサガってやつだ。
「よろしければ、この後、俺とデートでもどうですか?」
「あら、素敵。その前に、一つ聞かせてくれるかしら」
「なんでしょう」
「あたしは、あなたの目にはいくつくらいに見えているのかしら」
「? 二十後半から三十前半くらいですかね」
「ふふっ。残念。そんなんじゃ、あたしとデートなんてできないわよ」
「失礼。邪推でしたね」
「いいえ、そういうことではないわ。お兄さんは、高校生ぐらいかしら」
「え、ええ。ですが、なぜそれを?」
「あの人。前に制服姿で来たことあるのよ。あの人と一緒に来たということは、お兄さんも近い年頃だろうと推察しただけよ」
「な、なるほど」
久瀬、制服できたことあんのかよ。補導されたいのか?
にしたって、この女性の真意が見えないな。
もう少し、強引にでも行くか?
「あたしね、お兄さんよりも年下なのよ」
「はい?」
「それが見抜けないと、あたしの隣に立つ資格がない、と言わざるを得ないわね」
「し、失礼した。どうか、俺にもう一度チャンスをもらえないだろうか」
「どうしようかしら?」
年下……? とてもそうは見えないのだが。
まぁ、本人がそう言うのなら、そういうことにしておこう。
ここは異界……と思われる場所だ。何が起きても不思議じゃない。
「そこまで言うのなら、勝負しましょうか」
「勝負?」
「ええ。ここは賭け事をする場所。それに則ってあたしたちも勝負をするの」
「賭けは対等なものを賭けなきゃいけない。俺が勝ったら君とのデートとして、君が勝ったら何を望む?」
「有り金全部」
ざわっと周囲が揺れる。
いつの間にか注目していたらしい。
ふと、久瀬のほうを見るとすごい剣幕で睨んでいた。そりゃあ、自分の金が勝手に賭けられたら怒るわな。だが、勝てばいいのだろう?
「大きく出たね」
「そりゃそうよ。乙女の一晩を、半端な金で買えると思わないで」
「なるほど。オーケー。それでいこう。ただ、ちと、準備はさせてもらうけど」
「準備?」
「そうさ。これにサインと捺印してもらう」
俺は、ポッケから折りたたまれた白紙の紙を取り出し、ペンで必要事項を書いていく。
契約書。
取引の内容、曰く、勝負をし、俺が勝ったらデート、彼女が勝ったら有り金全部を渡すという内容をしるし、名前と印鑑を押す。
「いつも持ち歩いているの?」
「ええ。用心深くて、小心者だからね。俺は、ただじゃ動かないを豪語していてね。約束を反故にされたらたまったもんじゃないから、こうして証拠を残すようにしているんだ。保険だよ」
「なるほど、ね。いいわ。ペンを貸してくださる?」
「どうぞ」
彼女もサインをする。
しかし、捺印はせずに紙を差し出してくる。
「ごめんなさい。印鑑は持ってないの」
「ああ、それでしたら朱肉があるので拇印でもいいですよ」
「あ、そう。わかったわ」
軽く引かれた気がする。まぁ、いいさ。
最低限のジェントルとして、朱肉で赤くなった指を拭くためにハンカチを差し出す。
お礼の言葉を言ってから受け取った彼女が拭き終るのを待つ間、契約書を見る。
「念のための確認ですが、この『崎原蓮実』というのは本名ですか?」
「ええ、そうよ。ところで、ゲームの内容は記してないけれど、何をするのかしら」
「そうですね。ここではポーカーができるところなので、ポーカーでもどうでしょう」
「いいわね。カードも、ここにあるしね」
「うお」
そういうと、崎原さんは自分の谷間に手を入れ、中から新品のトランプのデックを取り出した。
なんでこう、そんなところに入れておくかな。興奮してしまうだろ!
エロい!
「ルールは知ってるわよね?」
「ええ」
ポーカーは配られた五枚の手札で既定の役を作り、より強い役の者が勝つという単純なものだ。
手札は一回だけ任意の数交換可能。
「ワイルドカードはもちろん一枚。ディーラーはあたしが兼任でいいかしら?」
「どうぞ」
ワイルドカードとは、ジョーカーのこと。ジョーカーはなんにでもなれるカード。
ジョーカーがあるときだけ、ファイブカードという最強の役ができる。
「じゃあ、配るわね」
新品のデックを開け、カードを取り出す。
二枚あるジョーカーを一枚抜き、カードをシャッフルしていく。
……あのカードがさっきまで胸の間に挟まれていた。匂いとか、ぬくもりとか……。
邪な思いは捨てよう。どうせ、勝ったらこの後デートだし。
フィクションでは、こういう時にイカサマが入る。
そもそも、その点を気にするのであれば相手が持ち出したカードや、相手にディーラーを任せるのは愚策だ。
が、俺には関係ない。
二人の前に五枚のカードが配られる。
ふむ。では一つ。
「ああ、こりゃダメだ。いわゆるブタってやつだ。というわけで、全交換しようと思うが、お嬢さんは?」
「あたしはいいわ。運がなかったのね」
「はは。かもな」
カードを裏返しにして遠ざけておく。
山札からカードを五枚引く。
これで、準備は整った。
「それじゃ、あたしはフォーカードよ」
「おお!」
手札を公開した崎原の役は確かにフォーカード。
数字にも強さがあるが、なんと最強のエースが四枚。
驚く俺と同じように周囲からも、歓声とどよめきが広がる。
次は俺の番。だが、少しばかり格好つけをしておく。
「お嬢さん。確かに君のカードは強い。しかし残念だ」
「? これ以上強い役とでも?」
「ええ。イカサマをしてまで揃えたエースのフォーカードには申し訳ないが、俺の手札はこいつだ」
さっと、広げるように投げ出して差し出す。
「なっ!」
驚きは崎原だけではなく、周囲からも、そして、ずっと睨んでいた久瀬からもだった。
崎原の前に揃ったカードは、8、9、10、J、Qの五枚。それも、すべてがスペード。
四つのマーク、それにも強さがある。一番強いのはスペードだ。
そして、同じマークの連続した同じ数字の役。
これがもし、A、10、J、Q、Kだったのなら、かの有名なロイヤルストレートフラッシュなのだが、今回は、そこに届かず、だが、フォーカードよりも上位の役。
役名はストレートフラッシュ。
端的に言って俺の勝ちだ。
「さて、それじゃあデートに行きましょうか。拒否は、認めませんよ?」
驚く彼女の前に契約書を差し出す。
「ははは。そうね。完敗だわ。契約書には、『イカサマは禁止』とは書かれていない。だからあたしはイカサマをした。でも、そう。書かれていないのだとしたら、あなたもしていいということになる。最初から、計算していたということかしら?」
「さぁ? どうでしょうね」
「ねぇ、聞かせて。あたしのイカサマを見破った方法と、あなたのイカサマを」
「イカサマはばれたらイカサマじゃないですよ。でも、もしどうしても知りたいというのなら、もう一勝負になるか、対価を出すか、ですよ。俺は、ただじゃ動かないんでね」
「ふふふふ! あはははは! そうね、そうだったわね。なら、一回だけ触らせてあげるから、と言ったら?」
ちらり。
胸元を引っ張って素敵なものをチラ見せしてくる。
ゴクリ。
これは、断る理由はねぇな!
「オーケー。では、僭越ながら少しばかり語らせていただこう。
まず、お嬢さん、君のイカサマを見破った方法だが、これは簡単。カードの位置をすべて覚えたからさ」
「すべて?」
「イエス」
「でも、もしかしたら、最初からバラバラだったのかもしれないわよ? 見えてない状態でどうやって……」
「まず、今回のデックはちゃんと新品だ。ジョーカーはしっかりと一番端にあったし、ケースも開けられた形跡がなかった。加えて、これはどうやってイカサマかとわかったかの所にもつながることだが、順番がそろっていた。スペードのエースからキング。ダイヤ、クラブ、ハート、という感じに、きちんと並んでいた。それは、カードの何枚目から切られて、重なったのが何枚目か、という感じに覚えていたから、配られたカードと覚えていた配置が正しく一致していたことからわかった」
「なっ! あんな薄いカードがどこから分けられたか見えていたっていうの!?」
「ええ。だから、山札のカードの位置は把握していた。そんな中、不自然な並びがあった。エースです。俺とお嬢さんで交互に配る。その時にお嬢さんの手札にエースが来るよう上から一枚おきに並んでいた。大方、裏面に印があってそれを交互に来るようシャッフルでもしたんでしょう。これが、君のイカサマを見破った方法だ」
「…………」
呆気にとられたようにぽかんとする。
開かれたままの口でさえ、色気を感じてしまう。
つくづくエロを形にしたような女だ。
「次に、俺のイカサマだが、これも簡単。カードを交換するときにちょいと欲しいカードを引き抜いただけさ」
「見えないように?」
「見えないように。以上、ご清聴ありがとうございました」
「すごいわ。尊敬しちゃう」
美女の手が俺の手に重なる。
温かくて柔らかい。
俺も、そっと逆の手を重ねる。
「それじゃあ、片づけていきましょうか、デートに」
「おいおいおい。触らせてくれるんだろう? それとも、ここじゃ恥ずかしいから?」
「なに言ってるの? 触ったじゃない。あたしの手」
「あ」
ああああああああああああああ!!!
やらかしたぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!
「ふふ。どこを、も指定せず、お得意の契約書も書かなかったあなたの負けよ」
「この俺が……負けた……」
ふふ、と得意げに鼻を鳴らしてカードを片づけていく美女を前に、俺は落胆を禁じ得なかった。
俺は、欲深くて臆病な人間だったはずだ。なのに、なぜ契約しなかった……!
ああ、そうか。欲だけが先行してしまったということか。
嗚呼、二度とないチャンスだったのに。
嗚呼、初めて触れると思ったのに……!
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「うふふ、それじゃあ、行きましょうか。どこへ行くかはわからないけれど、エスコート、よろしくね」
「あ、ああ。とびっきり楽しい場所に連れていくよ」
とぼとぼと先行して歩く。
体育館、ではなく、カジノを出て廊下を歩く。
行先はひとつしかなかった。
後ろを歩く人影が、一つから二つに増えているのにも、落胆しきった俺には気づかなかった