釣浮草
「また来たんですか。飽きないですね」
「ここに来れば君と会えるんじゃないかと思ってな」
駅前の赤いレンガ。
花宮とすずが初めて会った場所である赤いレンガ塀。花宮はここ一週間、彼女に会いにここへ来ていた。
「私に何か用でもあるんですか」
「用があるわけでもないが、話でもしようと」
「私だって暇じゃないんです」
「私だってそうさ。でも、うやむやにしたまま終わらせたくない」
「…何のことでしょう」
少女は、花宮の意味深な声色に引き寄せられるように声をひそめた。
「君は私にしか見えないと、いつか言ったな」
「ええ」
「それがすっきりしないんだ。いくら私が一人暮らしで寂しいからといって見えぬものが見えるようになった覚えはない」
花宮は、世間では珍しい一人暮らしだった。
「…渡さん、一人暮らしだったんですか」
「そうだ。言ってなかったか?」
「ええ」
「父はなぜだか知らぬが役人にとらえられてから生死がわからない。母は病で死んだ。私があとに一人で残った。それだけだ」
「…すみません」
聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、すずは小さく花宮に謝った。
花宮は、もともと小さいのにさらに小さくなったすずを見て笑った。
「気にしなくてもいい。私とて、とうに忘れた話だ」
花宮が子供をあやすようにすずの頭をなでると、すずは「子ども扱いしないでください」と彼の手を払いのけた。
「私はわかりますよ」
「え?」
「貴方に私が見えた理由」
「何だ」
「いずれお教えしますよ」
すずは面白がるような笑い方をして花宮を見た。
花宮は言った。
「それから、もう一つ気になっていることがある」
「まだあるんですか」
「この間まで持っていた菊の花はどうした」
「…、ああ、あれですか」
すずの顔がやわらかくなった。
「もういらなくなったのです」
すずの顔が晴れやかなのに対して、花宮は訳がわからないといった顔をしていた。それを見たすずは、解りやすく説明してやろうといわんばかりに口を開いた。
「菊の花言葉、『私に気づいて』なんですよ」
「ああ、…それが何だ」
「あとはご自分で考えてくださいな」
すずが楽しそうに笑うので、花宮もつられて笑顔を見せた。
「わかりましたか?」
「わかったよ。…そういうことだろう?」
「はい、そういうことです」
それでは、とすずは言っていなくなってしまった。
「見つけてほしかっただなんて、…可愛らしいことを」
花宮は、すずのいた場所に微笑んで、また明日も来ようと考えた。




