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雪華草  作者: 鈴一ほたる
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2/9

菊 弐


「待ち人か?」

 彼は尋ねた。

 二か月前のあの日と同じ、山高帽の青年は少女に目線を合わせた。

「いいえ」

 少女は、あの日と同じ白いワンピースで微笑んだ。

 菊の花も、握りしめたまま。

「探しているの」

 山高帽の青年は、駅に汽車の泊まる音を聞きながら少女を眺めた。

「またそれか」

 彼は視線の先の少女を見て言った。相変わらず、何を考えているのかよくわからない目だ。

「二か月前もそれだったじゃないか」

「二か月前のことをご存じなのですか」

 少女の目が揺れた。青年が少女に出会ってから、初めて見る表情だった。

「そりゃ、二か月前にも君と同じ話をしたからな。覚えていないのか?」

 少女に自分のことを思い起こさせるように、彼は山高帽をとった。

「…」

 しばらくの間があってから、少女は小さく微笑んだ。

「…貴方でしたか」

「久しぶりだな」

 青年は山高帽を頭にのせて少女に微笑む。

「ところで君、こんなところで何をしているんだ」

「どういう意味ですか?」

「二か月前と同じ理由でここに立っているわけを尋ねているんだ」

「そういうことですか」

 少女は、ちょっと息を吸って答えた。

「探し物ですよ」

 青年は、これ以上聞いても答えは出ないと判断し、少女に尋ねた。

「君、名前は?」

「…え?」

 明らかに、彼女は童謡した顔を見せた。

「名前だ」

「ええと、…すずと申します」

「すず、だな」

「はい」

「そうか、いい名だ」

 ふわり、やさしく笑った山高帽の青年に少女の瞳が揺らいだ。

「ところですず、お前、家はどこだ?」

「…家?」

「父や母は、心配しているのではないか?」

「…」

 すずと名乗った少女は、また困った顔をして言った。

「…おりません」

「え?」

 素っ頓狂な声が、彼の口から飛び出した。

「父や母は、私にはありません」

 少女は、なんとも取れないような顔をした。

 青年は、何と言ってよいかわからず立ち上がった。

「もう行かれるのですか」

 静かな声で、すずは彼を止めた。

「私の話、聞いてくださらないのですか」

 青年は振り向いてすずの目をみた。

「話、か。…何かあるのか?」

 そこですずはにっこり微笑んで、青年に名を尋ねた。

 青年は、花宮渡と名乗った。

「ワタルさん」

「ああ」

「いいですか、お話しても」

「もちろん」

「それでは」

 すずは、ちょっと息を吸って話し始めた。

「ひとつ、お伺いします」

 すずの幼げだった目が、一気に冷たくなった。花宮に問う。

「私が見えるのですか?」

「…え?」

「貴方には、私が見えるのですか?」

「…」

 花宮は迷った。見えると答えても見えぬと答えても、返事が想像できなかった。

 今更見えぬと言ったところでもう遅いのはわかっていたのだが。

「見える」

「そうですか」

 花宮は初めて、彼女がいったい何者なのかと疑い始めた。ただの少女だと思っていたのに。

 違和感。

「見えるのが、どうかしたのか」

「いえ、…ただ」

 少女は言った。

「私、見えるものではないのです」

 耳を疑った。見えるものではない。…ということは、

「…幽霊」

「いいえ、その類ではありませんが、見る人にこそ見えるというものです」

「幽霊ではないと、…では何なんだ」

「これです」

 少女は、握りしめていた菊の花を花宮へ差し出した。

「菊の花?」

「私、花の化身なんです」

「…化身?」

「はい」

 花宮は目を数回しばたたかせた。

 化身というものを、初めて聞いたのだ。

「…本当に、見えないものなのか?」

「はい。試してみますか?」

 少女は花宮を見上げて、それから通りすがりの男に「もし、」と声をかけた。

 男は反応しない。

「もし、そこの旦那」

 やはり、男の反応はなかった。聞こえていないのだろうか。

「落し物ですよ」

 男を振り向かせようとしてすずはいろいろと声をかけるが、やはり男は振り向かない。

 男は結局二人のうちどちらにも気づかずに去ってしまった。

「…本当に、私しか見えていなんだな」

「言ったでしょう、私は見える人には見える存在だと」

「ああ」

 彼はあいまいに返事をし、しばらく駅前を行きかう人の流れを見て、それから少女のいた場所に視線を戻した。

 少女は、いなかった。



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