癖のある人
春。
その日、部署に新しい社員が来た。
朝礼の時間。
社員が集まる中、課長が言った。
「今日からこちらの部署に1人配属になります」
軽くざわつく空気。
新人というよりは、
転職してきた社員だと聞いている。
「佐倉さん、どうぞ」
前に出てきたのは、1人の女性だった。
黒髪を後ろでまとめている。
メガネ。
少しぽっちゃりとした体型。
派手さはない。
落ち着いた、真面目そうな雰囲気の女性だった。
「佐倉美咲です。26歳です」
少し緊張した声で続ける。
「前職でも事務をしていました。まだ慣れないことばかりですが、頑張ります。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる。
拍手が起きる。
「よろしくお願いします」
男子社員が声をかける。
女子社員たちも軽く会釈する。
朝礼が終わり、仕事が始まる。
午前中は、課長や先輩社員が仕事の説明をしていた。
美咲は真面目にメモを取っている。
わからないところはその場で確認する。
「ここはこの書類を使うんですか?」
「そうそう」
「わかりました」
受け答えもしっかりしている。
昼休み。
女子社員たちが声をかけた。
「佐倉さん、お昼一緒にどうですか?」
「はい、ぜひ」
食堂へ向かう。
途中で、1人の女性が思い出したように言った。
「あ、そうだ」
「佐倉さん」
「はい?」
「1つだけ言っておきますね」
美咲は首を傾ける。
「丸井さんって人いるでしょ」
美咲は少し考えた。
朝礼の時、後ろの方に立っていた男を思い出す。
「あの髪の長い方ですか?」
女子社員が頷く。
「そうそう、通称丸いメガネ」
そして少し声を落とした。
「ちょっと変わってる人なんですよ」
別の女性も言う。
「何考えてるかわからないっていうか」
「話もあんまりしないし」
「でも別に悪い人じゃないんだけど」
言葉を探す。
「なんていうか……」
「近寄りづらい?」
「そう、それ」
女子社員たちは頷いた。
美咲は少し不思議そうな顔をした。
「そうなんですか」
「まあ、そのうちわかると思う」
「うん」
食堂に入る。
昼休みで賑わっていた。
その隅のテーブル。
男子社員たちが笑っている。
「あ、丸井さんまたですか」
「今回はどうするんですか?」
テーブルの中心にいるのは、
さっき話題になっていた人物だった。
丸井。
弁当を食べながら話している。
「本命は間違いないでござる」
男子社員が笑う。
「それって単勝買えば最強じゃないですか」
「拙者は馬連命なのでござる」
「それで先週も負けてますよね?」
また笑いが起きる。
美咲はその様子を見ていた。
「あの人ですか?」
女子社員が頷く。
「そう」
美咲は少し驚いた。
思っていた雰囲気と違う。
普通に会話している。
むしろ、周りは楽しそうだ。
その時、男子社員の1人がこちらに気づいた。
「あ、佐倉さん」
手を振る。
「丸井さん、新しい人ですよ」
ジョンが顔を上げた。
丸メガネの奥から、ちらりと視線が向く。
数秒だけ見て、
「今日から入った方でござるな、よろしくでござる」
それだけ言うと、また弁当に視線を戻した。
あまりにも自然だった。
特に興味もない様子。
美咲は軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
男子社員たちはまた競馬の話を始める。
美咲は女子社員の席へ戻った。
「どう?」
「変でしょ?」
美咲は少し考えた。
そして答えた。
「……言葉以外は普通の方に見えました」
女子社員たちは顔を見合わせる。
「まあ、そう思うよね最初は」
「ござる以外も色々変だから」
「そのうちわかる」
美咲はもう1度、あのテーブルを見る。
丸メガネの男は、
真面目な顔で弁当を食べながら競馬の話をしていた。
特に目立つわけでもない。
どこにでもいそうな、
普通の会社員に見える。
美咲は思う。
(変かな…?)




