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第10色

 第10色



 脳内でノイズが走る。それは映像を伴いながら、臓腑を揺さぶる。消したい体験。忘れたくない過去。やり直したい日々。

 それも、もはや、露となって消え行く。

 だから、そう。せめて、片鱗だけでも―――。


 何処にでもいる、数多のうちの一人だった。幼い頃の夢はお嫁さんで、大きくなるにつれ看護師を目指すようになった。勉強は得意ではなかったけれど、多分、好きではあった。

 毎日勉強とバイトに明け暮れた。そんな自分を、もしかしたら親は心配していたのかもしれない。合格が決まった時、これからのことで意見が食い違った。親との仲は良好な方だったけれど、一人娘を家から出す事には反対された。だから、貯まった資金を握り締めて家を出た。

 専門に通うため、友人の伝を頼りに格安のシェアハウスを紹介してもらった。男女比率は2対8。全員二十代で、私だけが十代だった。そのお陰で、よく面倒を見てくれた。炊事や洗濯、掃除、買い物、勉強、入浴、睡眠……。そのどれもを誰かと共に過ごした。心地の良い、とても充実した期間だった。

 そんな現状に甘んじていた。

 それを当たり前だと思っていた。

 壊れることなど、想像も―――。

 ある日、一番年上の男性が家を越すことになった。なんでも、マンションを購入してそこに住むのだそうだ。寂しさと嬉しさが混ぜこぜになって、自然、涙が滑り落ちた。それを見た彼は、私の頭に手を置いて、そっと呟いた。

「住所、教えるから。いつでも遊びにおいで」

 優しく渡されたその言葉に、私は、ひどく頬を紅潮させているようだった。慈愛にあふれた皆からの笑みに包まれ、私はやはり紅に染まるしかなかった。

 少しの時が経ち、新しい住人がやって来た。二十代半ばの、少しおどおどとした控え目の性格の女性だった。

 どうやら、彼女と私は気が合うようで、日がな共に過ごしていた。趣味や嗜好も似通っていた。並んで立てば、まさしく姉妹のようだった。

 ある日の会話で、偶然お互いの出身校が同じだったことを知った。エレベーター式の小中高一貫校。学力の差が激しく、なんとなく騒然とした雰囲気だった。彼女曰く、小学生まではそうでも無かったらしい。というのも、元々はキリシタン系の学校だったようだ。素行の悪化、時代の流れの中で、私が低学年の頃には普通校になっていたが。

「そういえば、前の住人さん。私達の先輩なんですよ」

 その言葉に、思わず身体が硬直する。

 出来過ぎ。そう言わざるを得ないくらいの偶然。いや、今にして思えば、それは必然だったのかも知れない。

 つまり、この時、彼に会う口実を得られたも同然だった。心が火照る。緩む口元が、自分だけでは無いことにも気付かぬほど。

 後日、どころか翌日、すぐさま連絡を入れ、あろうことか許可を頂いた。だから、今、まさしく、彼の家の前にいる。

 チャイム。

 一分と待たず来たはずなのに、十分二十分待たされたように感じた。それでも、自覚はない。自信がない。信頼がない。信用できない。

「やぁ、久しぶり。元気だった?」

「あ……はい。お陰様で」

 久しく会っていない彼を見て、思わず身体が萎縮する。何がお陰様なのか、自身の吐いた言葉なのに、呆気にとられてしまった。

「とりあえず上がりな。同郷なんだって? お茶しながらジェネレーションギャップを楽しもうよ。ま、大したおもてなしは出来ないけどね」

「あ、はい。是非! 大分校風も変わってるみたいなのでそういう話が聞ければ!」

 正直、そんなものはどうでもよかった。出身校がどう変わろうと、大して興味はない。せいぜい、キリシタン要素くらいだろう。なによりも、彼と向き合える。話ができる。少なからず、無遠慮にも、無防備にも、私は舞い上がっていた。

 視界の端で光る、根本的な何かを見落として。

 そして私は大事なものを、与え、与えられた。仮にそれが私の思い込みだったとしても、それでも良かった。

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