時空の狭間
「………」
ハヤテは目を覚ました。意識を失っていたのだ。
ゆっくりと目を開けるとそこはさっきまでいたISROとは全く別の場所にいた。
いや。
別の場所というよりは別の空間。真っ暗な空間。光のない空間。それでもなぜか自分の姿ははっきり見えた。見渡してみると360度その空間が広がっていた。
何もないのにはっきりしている現実味の全くない空間だった。
そこに詩音の姿を見つけた。詩音はハヤテの数十メートル先で横たわっていた。
「詩音!!」
ハヤテは詩音に駆け寄った。声が出たことによりこの空間でも空気があることが確認できた。しかし、ハヤテにとってそんなことはどうでもよいことだった。
ハヤテは詩音の肩をゆすってみた。
「詩音!大丈夫か?しっかりしろ!!」
ハヤテの呼びかけに詩音は顔をしかめた。
「詩音?」
「ハヤテ?ここは?」
詩音は目を覚ますと現状の様子が異常なことにいち早く気が付いた。
「わからない。」
ハヤテも改めて見渡してみた。
「ねえ。ハヤテ、あれ……」
詩音はハヤテが見ている方向とは真逆の方向を指さした。ハヤテはその方向へ眼をやった。その先、50メートルほど先のところに人影を確認した。
その人影とはこの距離でもはっきりとわかった。わかってしまった。その人影は耶麻のものだった。
耶麻はこちらに近づいてきているようだ。耶麻はゆっくりっと一歩ずつ近づいてくる。ハヤテは詩音の前に入り詩音を隠した。
詩音は耶麻の姿に怯えながらも逃げようとは思わなかった。
勿論、逃げようと思ったところで逃げる先などないことはわかりきっているのだが。
詩音がそれをわかっていたのかただただ怯えて動けなかったのかはわからないが、どちらにせよ、詩音はハヤテの後ろで固まっていた。ハヤテは数歩、耶麻に歩み寄った。ハヤテと耶麻は向かい合う形で立ち止まった。
風も吹かない静かな場所ですべてが静止すると静寂というよりそれは無に近い状態だった。
先に膠着状態を解いたのは耶麻の方だった。
「一体これはどうなってんだ?答えろ。元疾風の雷撃、ハヤテ。」
耶麻は威圧感を醸し出している。
「それは俺が知りたいくらいだよ。あんたがやったんだろ。ここはどこなんだ?耶麻!」
ハヤテも負けじと強気で言い返す。
「生意気な口をきくようになったもんだな。元疾風の雷撃。」
「その名で俺を呼ぶな。」
ハヤテは耶麻の言葉を遮った。
「俺はもうアンダーにいたころの俺じゃない。俺はハヤテとしてまっとうな人生を歩んでいるんだ。これから歩んでいくんだ。だから、二度と、お前の付けたへんな通り名で俺を呼ぶな。」
ハヤテは強気のままで言い放った。ハヤテが言い切ると耶麻は笑い出した。
「お前が、普通の生活だと!?笑わせるな。お前は人殺しだ。根っからの人殺しだ。人殺しから生まれ、人殺しによって育てられた、純粋な人殺しだよ。そんなお前が求める普通とは何だ?見せかけの平和の中で過ごすことか?変化のないくだらない日常を繰り返すことか?どうなんだ?答えろ!」
耶麻は勝ち誇った表情を浮かべる。
「そうだよ。」
ハヤテは呟くようにそう言った。勝ち誇った表情をしていた耶麻の表情が一瞬曇った。
「その通りだよ。見せかけの平和の中で変化のないくだらない日常を送りたいんだ。」
ハヤテは強く言い放った。
「お前にとってそれがばからしくても俺にとってはそれが大切なんだ。かけがえのないものなんだ。」
「だから俺はその日常を守りたいんだ。」
ハヤテの顔は一点の曇りもなかった。耶麻はさっき以上に大きな声をあげて笑った。
「馬鹿げてる。いかれてる。腐ってる。最早、お前とは話していても仕方がない。」
耶麻はあきれ返っているようだ。
「ここが今どうなっているか答えろ。」
「だから知らないって言ってるだろ。」
「それなら、お前に用はない。死ね。元疾風の雷撃!」
耶麻は地面を強く蹴り上げ、一瞬にしてハヤテのもとへ向かった。
「こんなところで、死んでたまるか!」
ハヤテも強く地面を蹴り目にもとまらぬ速さで耶麻に向かって行った。二人の拳は丁度二人が立っているところの中間地点で止まった。
二人の拳がぶつかったわけではなかった。そこに、さっきまでなかった何かが二人の間に突如現れ、二人の拳を止めたのだ。ハヤテはそれが何か確認した。
それは人間だった。女性の小柄な人間だ。
「間に合ったみたいね。ギリギリ。」
その声は今までに聞いたことのない声だった。しかし、不思議なことにどこか、とても懐かしい感じがしたのだ。耶麻はその女性を見るなり瞬時に距離をとった。
耶麻は驚きをあらわにしている。
「お……お前は、西園寺……静香……」
耶麻は絞り出すように呟いた。
「西園寺……?」
その単語にハヤテは反応を示した。
「お、お母さん?」
ハヤテの後ろで詩音が呟いた。
詩音は西園寺家の話を聞いていないはずだ。しかし、それでも直感でわかるのだろう。ハヤテがどこか懐かしいと感じたように、詩音にも本能的に理解したのだろう。
あそこにいるのは母親だと。三人の驚きとはよそに西園寺静香は軽快にしている。
「確かに。私が西園寺静香よ。」
西園寺静香は耶麻に向かって言った。ハヤテは西園寺静香にこぶしを握られたまま固まっている。
「いつまでそうしているんだ。」
詩音の後ろで男の声がした。ハヤテは慌てて手を払いのけ、そして振り返った。
「さ……西園寺……宗十郎……」
耶麻は完全に動揺している。西園寺宗十郎と呼ばれた男は詩音の頭をポンとたたくとハヤテの方へ歩いてきた。
「詩音も颯もこんなに大きくなったんだな。」
西園寺宗十郎はしみじみと言った。ハヤテは唖然としていた。
「お前らは、死んだはずじゃなかったのか?なぜここにいる?」
明らかに先ほどとは耶麻の声のトーンが変わっていた。耶麻の問いに西園寺静香が答えた。
「確かに私たちは死んだわ。そして、私たちは時空の狭間に閉じ込められたの。」
「時空の狭間だと?」
耶麻が聞き返した。
「ああそうだ。ここは時空の狭間だ。」
今度は西園寺宗十郎が答えた。
「時空の狭間……って?」
ハヤテは西園寺宗十郎に訊ねた。
「簡単に言うと世界と世界の間ってことになるね。君たちのいた世界と、新しく作ろうとした世界のどちらでもない、というか世界でもない場所だね。」
「よくわからないけど、つまりは普通は存在しない場所なの?」
ハヤテは続けて訊ねた。
「いやいや。ここは常に存在している。ただし、人が立ち入ることのない場所だよね。」
今度は西園寺静香が答えた。
「じゃあ、あたしたちはどうしてここにいるの?」
後ろから詩音が訊ねた。
「俺たちが呼んだんだよ。」
西園寺宗十郎は意気揚々と答えた。
「呼んだ……だと?」
耶麻は混乱している。
「異世界へ行くためには必ずここを通ることになる。それを無理やり捕まえたってわけだ。」
お気楽な口調で西園寺宗十郎は言った。
「なぜそんなことをした?」
耶麻は怒りをあらわにする。
「それはあんたの世界が間違ってると思ったからだ。」
「間違っている?私の世界が?」
耶麻は西園寺宗十郎に聞き返す。
「ああ。お前の世界は間違っている。」
「間違ってなんかないさ!私の世界は人間の本来無つべき姿なのだ。人と人が殺し合いそして強くなるのだ。」
耶麻の声には熱がこもっていた。
「いい方がまずかったな。お前の世界じゃなかったな。やつの世界は間違ってる。」
「やつ?誰のことを言っているんだ?これから作る世界は私の世界だ。誰のものでもない私の世界だ。」
西園寺宗十郎はあきれたようにため息をつく。
「お前は吹き込まれて丸め込まれているだけだ。」
「丸め込まれているだと?いい加減なことを言うのも大概にしろ。」
「いい加減な事なんかじゃないわよ。」
西園寺静香が割って入る。
「何を根拠に?」
「あんたは騙されているだけなんだ。あんたはその世界を創ることで何になれると言われた?」
「何?ふっ。っふっふぁふぁふぁふぁふぁはははは。」
耶麻は狂ったように笑い出した。
「あぁそうだよ。私はこの世界の神になれるんだ。嘘じゃない。本当にだ。言いくるめられてもいない。私は私の力でそれを手に入れるんだ。私は神になるのだ。」
耶麻は天を仰いだ。その先にも永遠の闇が広がっていた。
耶麻の声はどこかに跳ね返ることもなくまっすぐ突き抜けていった。
「神……だと?」
反応を示したのはハヤテだった。
「たかが人間が神になんかなれるわけがないだろ。何をばかなことを言ってんだよ。」
「お前にはわからないだろうな。」
耶麻の声のトーンが変わった。その声は暗く、悲しく感じられた。
「人生のどん底まで落ちた私の気持ちが。死ぬ気も失せるような腐った世界で生きていく屈辱を。」
ハヤテは黙ることしかできなかった。何か反論したかったけれど言葉が出てこなかった。
「私は一度死んだ身。そして私は生まれ変わった。名を変え、私は耶麻となりアンダーのトップに立った。そして、人の死からエネルギーをため私は神になるのだ。」
力強く耶麻は言い放った。
「人の死からエネルギー?どういうこと?」
詩音は訊ねた。
「人が天命をまっとうせずに死んだ場合はこれから生きるはずだった分のエネルギーが放出される。それを、吸収すれば、1人死ぬごとに大量のエネルギーが手に入る。私はエネルギーを吸収し続けた。私はすでにお前たち人間よりも数十倍のエネルギーを持っているのだ。お前らが何人束になったって私には勝てやしない。そして、この力で私は神になるのだ。」
耶麻の話が正しいとするのならば、時空の扉を無理やり開くのに使われたエネルギーが耶麻から吸収されたものだと納得できる。
時空の扉を開いてなお、耶麻はエネルギーを持て余しているのだ。
「だからお前には無理だって言っているだろ。」
西園寺宗十郎はあきれたように言った。
「はぁ?お前に何がわかる?」
「何でも知っているさ。お前が誰に何を言われたのかもな。」
西園寺宗十郎は余裕の表情を見せている。
「誰に?何を?」
「お前はもう覚えていないのかもな。お前からすれば昔々というよりももっと昔の話だからな。」
「どういうこと?」
ハヤテと詩音は西園寺宗十郎の言葉の意味を理解できなかった。
「あいつは何百年も前からアンダーの耶麻として生きてきたんだ。」
「なんだって!!」
ハヤテは驚きをあらわにした。
詩音も手で口を抑え驚いた様子だ。何百年も前となると目の前にいる男は生きた化石ということになる。そんなありえない出来事を目の前に疑わずにはいられなかった。
「お前は……一体何者なんだ?」
ハヤテは耶麻に向かって言った。その口ぶりは得体のしれない何かに怯えるように思えた。
「何者だ?そんな野暮な質問があってたまるか。私は私であってほかの何でもない。お前がお前であってほかの何物でもないのと同じように。」
「そんなことを言っているんじゃないよ。俺はお前の正体が知りたいだけなんだ。」
「だから言っただろう。私は私でほかの何物でもないと。」
「それは、どうかわからないぜ。」
西園寺宗十郎が耶麻とハヤテの会話の間に入った。耶麻は西園寺宗十郎の方向へ顔を向け驚いてみせた。
「何を言っているんだ?」
「今のお前の意思が本来のお前の意思とは限らないということだ。」
「何をばかなことを言っているんだ。これは俺の意思でしていることだ。この言葉も!この思いもすべて!私が数百年間抱き続けてきたものだ!誰のものでもない、私のしてきたことだ。」
「違う!」
西園寺宗十郎は声を荒げた。そして、その後の静寂が緊張感を高めた。
たったの数秒だがそれでも迫力のあるものだった。
「もう、今のお前に昔のお前はいない。」
「意味が分からん。」
耶麻はあきれている。
「それなら、お前の初めの名前を思い出せるか?」
「昔の名は捨てた。」
「捨てたんじゃないだろ。捨てさせられたんだろ?」
西園寺宗十郎は言葉で耶麻を追いつめる。
「何を言っているんだ?そんなことがあるわけないだろ!」
「お前がアンダーに入った本当の理由は何だ。絶望の先に待っていたのは何だったんだ?思い出せ!」
「昔のことは忘れた。思い出すきもせん。」
耶麻はそっぽを向いた。
「まだわかってないのか。お前の記憶はいいように書き換えられているんだよ。」
「書き換えられている?誰に?」
「それはお前がよく知っているだろう。何百年もお前のそばにいて気が付かないわけがないよな?」
「何百年も一緒に?まさか!」
耶麻は何かに気が付いたようだ。それより先に西園寺静香が何かの異変に気が付いたようだ。
「まずい。あっちの世界からやつが来る。」
「あっちの世界?やつ?」
ハヤテは西園寺静香に聞き返した。
「君達のいた世界のことだよ。今は時間が止まっているはずなんだけどね……」
西園寺静香は天空を見上げる。そこにはわずかながら電線がショートした時のような稲妻が数本走っていた。
「無理やり時空を超えてくるのか……」
西園寺宗十郎は呟いた。
「時間がないわ。詩音、颯。あなたたちは何があっても負けちゃだめよ。」
「え?あ、う、うん。」
ハヤテは戸惑いを見せた。
「それから……詩音。あなた、鍵が何なのかはわかっているの?」
「えっ?わかってないけど……」
詩音もまた、ハヤテ同様に戸惑っていた。
「時空の扉を開ける鍵はいつでも詩音の中にあるよ。」
西園寺宗十郎はそう言った。
「いつでも?あたしの中に?」
「そうよ。時空の鍵はね、あなたの……」
西園寺静香はそこまで言うと消えてしまった。
「静香!!」
西園寺宗十郎の叫びだけがその場に残った。
「来やがったか。」
西園寺宗十郎は地面を強くけりその場から数メートル移動した。元々西園寺宗十郎がいたところには稲妻が落ちた。恐らく西園寺静香はこの稲妻にやられて、一瞬で消えてしまったのだろう。
「私は……神に……神に……」
耶麻は天に向かってそうつぶやいた。しかし数秒後、そこに耶麻の姿はなかった。
「一体、何が起きてるんだ?」
ハヤテはこの状況が呑み込めずにいた。
「面倒なことをしてくれましたね。西園寺宗十郎。」
どこかで聞き覚えのある声だった。
振り返るとそこにいたのはワタルだった。
「お前は動けないほどにしたはずなのに……」
ハヤテがナイフで突き刺した両の掌の傷は見る影もなくきれいさっぱり消えていた。
「君は詰めが甘い。昔からそういったことはあったが詰めの甘さに磨きがかかって来ましたね。」
ワタルは微笑を浮かべて言う。
「耶麻もこいつに言いくるめられていたってわけか。」
ハヤテは事実を確認するように言う。
「そうだ。そいつは本来君たちの世界にはいてはいけないやつだ。あるべき姿に帰れ。ワタル!」
西園寺宗十郎はきつく言った。
「帰れたらとっくに帰ってますよ。あなたが見えるのは所詮三次だけなんですね。」
「どういう意味だ?」
「私は元々三次元の人間ではありません。」
「それは、わかっていたよ。」
西園寺宗十郎は言う。
「しかし、どこから来たかは知らないだろう。」
ワタルの問いに西園寺宗十郎は黙った。
「私は三次元よりも次元の高いところから来ました。来たというよりは追放されたという方が正しいでしょう。私は三次元に閉じ込められたんです。」
ハヤテ、詩音、西園寺宗十郎は黙ってワタルの話を聞いた。
「私はこの三次元から抜け出すことも、死ぬことも出来なかった。」
「死ぬことも?」
詩音が訊ねる。
「はい。三次元で起きる衝撃なんて私の体にはかすり傷程度で済んでしまいますから。体にため込むエネルギーの量がそもそも違うんですよ。」
「だから私は考えた。いっそ、三次元空間を壊してやろうと。
それで私はアンダーを創ったのです。」
ワタルは冷静ながら熱く語った。
「しかし、アンダーを創ると同時に時空の剣を操るものが現れた。殺したエネルギーの半分がそのちんけな剣によって奪われたのです。だからこんなにも時間がかかってしまった。私はこの膨大なエネルギーを使って元の次元に帰る。」
ワタルの決心は固いように見えた。
「お前ひとりのせいで俺たちの世界が壊されてたまるか。」
「君たちの世界なんて私の知ったことじゃありません。」
ワタルは言い切った。
「なんだと?」
「君は虫を殺すのにためらいますか?動物の肉を食べることに抵抗を感じますか?私がこの次元の人間に抱く感情なんてその程度です。」
「ふざけないで!!」
反論したのは詩音だった。
「詩音……。」
西園寺宗十郎とハヤテは驚いて見せた。
「私たちは人間よ。難しい話は分からないけれど、生きているの。みんながみんな平等に生きているのよ。それを自分の勝手で終わらせるのなんてサイテーよ。」
詩音は声を張り上げていた。
「ふざけているのはそっちの方ですよね。お嬢さん。」
ワタルは優しい口調で言った。それが逆に威圧に感じた。
「それは君たちの視点から見た一方的な意見じゃないのか。だったら虫から見た君たち人間はサイテーってことになるのかな?動物たちから見た君はいったいどんななんですか?」
詩音は何も言い返せなかった。唇を強くかみしめるしかできなかった。
「それでも、生きとし生けるものすべては平等なんだ。意味もなく殺戮をするのは間違っている。」
詩音の代わりにハヤテが声を出した。
「間違っている?所詮この世に正解なんてないんですから、それはそれでいいんじゃないですか?」
「例えそうだとしても、知能を持って生まれたからには正解を求め続けなきゃいけないんだ。」
ハヤテは強い意志を持って言った。その言葉に迷いなんてものは存在しなかった。
「平行線ですね。このまま話していても無駄です。私は三次元とはおさらばさせていただきます。」
「そうはさせるか。」
西園寺宗十郎が言いながら地面に両手をつけた。そこから青い光がともしだされあたり一面を青く染めた。
「何をしたんです?まあ、何をしても無駄ですけど。」
ワタルは余裕たっぷりのようだ。
「ここの時空の狭間に結界を張った。そう簡単には壊せないはずだ。鍵がない限りはね。」
「面倒なことをしてくれますね。」
ワタルは言いながら西園寺宗十郎に右手を向けた。次の瞬間西園寺宗十郎の右腕が吹っ飛んだ。
「んな!!」
西園寺宗十郎は悲鳴をあげる。
「さすがは西園寺。今の距離で避けるとは大したものですね。褒美にもう少しだけ生かせてあげますよ。先に結界を破壊させてもらいます。」
ワタルは右手を天に掲げた。そして右手から赤色の稲妻を出した。
稲妻は大きな音をたてワタルの体から放出されていく。
しかし、異変はすぐに起きた。
「お前!何をした!西園寺宗十郎。」
ワタルは右手を掲げたまま西園寺に言う。ワタルは左手で右手を抑えだした。しかし、それでも稲妻の放出は止まらなかった。
「結界は結界でも膨大なエネルギーを吸収するだけのダストボックスを創っただけだ。一度吸収を始めると食いつくすまでそいつは止まらないぜ。」
西園寺宗十郎は倒れながらかすれた声で言った。
「クソが!!!」
ワタルはその言葉を残しその場から姿を消した。
「消えた……」
ハヤテは唖然とした。
「終わったの?」
詩音は膝から崩れ落ちた。
「まだだ。」
かすれた声で西園寺宗十郎は言った。
「やつは君たちの元いた世界に戻っただけだ。」
「そんな。」
「だが、エネルギーは相当失っているはずだ。今なら……仕留められる。」
西園寺宗十郎はみるみる顔が青白くなってゆく。
「仕留める?俺に殺せって言っているのか?」
ハヤテは西園寺宗十郎の肩をゆすった。
「そうだ。」
西園寺宗十郎は瀕死の状態ながらはっきりと言った。
「そうするしか方法はない。やつを殺せ。」
「俺は……俺はもう殺さないって約束したんだ。ここで殺すと俺はアンダーにいたころの俺に戻ってしまう。」
「戻りやしないさ。」
西園寺宗十郎は左手を地面につけ、地面の中から時空の剣を取り出した。
「この剣は正義の剣だ。」
「正義に犠牲はつきものだよ。颯。」
西園寺宗十郎は言った。その声はもうすでに消えかかりそうなものだった。
「例えそうだとしても俺はもう人殺しはしない。」
「俺の最後の頼みだ……やつを……ワタルを…………殺せ!」
西園寺宗十郎は力尽きた。首がだらんと下がり、ピクリとも動かなくなった。
「おい。なんでなんだよ。なんで死んでしまうんだよ。」
ハヤテは自分のふがいなさに涙を流した。
「ハヤテ……」
ハヤテの後ろから詩音が声をかけた。詩音の声はハヤテに届いたはずだがハヤテは何も反応しなかった。数秒後、ハヤテはゆっくりと立ち上がった。
「俺は……」
ハヤテはとても小さな声で呟いた。
「俺は、どうすればいいんだ。」
ハヤテは、頭を抱えた。
「ハヤテ。」
詩音の声にまたもハヤテは反応しない。
「ねえ、ハヤテ。」
詩音は優しく呼びかける。しかしハヤテは自分の世界に入り込んでいた。
「いいかげんにしてよ!」
詩音の叫び声でハヤテはやっと正気に戻った。
「このままじゃまたすぐに世界はあいつに壊されてしまうよ。どうにかしなきゃいけないんじゃないの?」
「そうだよ。だから困っているんだよ。」
「ハヤテにはハヤテの方法があるんじゃないの?
いや、ハヤテにしかできないことがあるんじゃないの?」詩音とハヤテは目を合わせた。
「俺にしかできないこと……」
「ハヤテのやり方で世界を救ってよ。あたしたちに普通の生活を送らせてよ。」
詩音の言葉はハヤテの心に届いたようだ。
「俺のやり方。か。まだわからないけど、それでもやるしかないよな。俺だって普通の生活がしたいから。」
ハヤテの表情はみるみる明るくなっていった。詩音も笑顔を見せる。
「よし。それじゃあ、行こう!」
「うん。でもどうやって?」
詩音の問いに場は凍り付いた。
「そういえば、時空の鍵は?」
「結局わからなかった。」
「それじゃあ、ここから……」
「出れないわね。」
「……」
「……」
二人は黙り込んだ。二人の視線はまっすぐお互いの目を見合っていた。
「どうするの?」
ハヤテは力なく訊ねる。
「どうしよう。」
解決策なんてそう簡単に見つかりはしない。
「西園寺静香の話では鍵は詩音の中にあるんだよね?」
「そうみたいだけど……」
「中って?」
「知らないわよ。」
「とりあえず吐いてみる?」
「吐く?どうしてそんなことしなきゃいけないのよ!」
「いや、だって中って言っていたし……」
「ハヤテってサイテーね。」
「そんなこと言うなよ……」
「こんな時にふざけないでよ。」
「別にふざけているつもりはないけど……」
「こうしている間にもワタルはエネルギーをためているかもしれないのよ。」
「それはそうだけどさ……」
「だからって鍵がなきゃ何も始まらないというか、ここから出られないというか。」
「なに?あたしが悪いって言うの?」
「そういうことが言いたいんじゃなくって。」
「見損なったわ。ハヤテってそういう人だったのね。」
「違うって。誤解だって。」
ハヤテの慌てぶりに詩音は噴出した。
「冗談よ。あたしがハヤテを嫌いになるなんてありえないよ。」
ハヤテは安堵した。
「でも、俺たち兄妹なんだよ。」
「知ってるよ。」
この話は詩音はまだ知らないはずだ。
「私、なんとなくでわかっちゃうところがあるんだ。さっきのがお父さんとお母さんだってことも。」
「それは、すごいね。」
ハヤテは感心して見せた。
「初めにハヤテに会ったときは突然すぎてただただびっくりしたけど、だんだんハヤテと一緒にいるとわかってきちゃったんだ。」
詩音は穏やかな表情をしていた。こんな現状でも心を落ち着かせているのだ。
「でも、できればあたしはハヤテと兄妹というより恋人になりたかったな。ケンおじさんじゃないけど。」
そう言って詩音は笑った。
「前にも言ったけど、俺には愛だとか恋だとかはよくわからないよ。ただ、俺も詩音とはずっとそばにいたいって心から思えたんだ。こんな気持ちは初めてだった。」
「兄妹ってそんなものなのかな?」
「俺には分からないよ。」
二人は見つめあい、そして笑った。
「もしさ、ここから向けだして、ワタルをたおして、普通の生活が送れたら、俺、学校に行ってみたい。」
「学校?どうして?」
「詩音たちみたいに友達と遊んで、試験で頭を悩ませてみたいなって。」
「それってあたしをばかにしてるの?」
「どうしてそうなるんだよ。」
「今まで、学校に行って無くてもあたしくらいなら勉強は勝てるって言いたいわけ?」
「そんなことは言ってないよ。でも、負ける気はしないけどね。」
ハヤテは微笑んだ。
「ばかにしないで。あたしは真ん中よりちょっとだけ下なだけだから、あたしよりも下なんていくらでもいるんだからね。」
「はいはい。わかっているよ。」
ハヤテは言いながら詩音の頭をポンポンと撫でた。
「うわ。そうやって子ども扱いして。」
詩音は不服そうな顔をする。
「でも、詩音は歌があるからいいじゃない。」
「勉強だってできるもん。」
「葵より?」
「うっ、そ、それはできないけど……でも由紀とはいい勝負だから!」
「それって、なんていうんだっけ?そうだ、どんぐりの背比べだね。」
ハヤテは満面の笑みを浮かべる。
「そんな言い方しないでよ。葵ったら、変な事ばっかり教えて。」
詩音は呟く。
「それにしても学校に行きたいってケイスケ君とおんなじだね。」
「ケイスケか。それじゃ、ケイスケと一緒に小学校に行こうかな。」
「そんなの無理だよ。小学校は義務教育だからね。」
「ギムキョウイク?なんだそれ?」
「日本人なら絶対受けなきゃいけないもの。でもハヤテは受けてないんだよね?」
「もちろん。」
ハヤテは首を縦に振る。
「じゃあ、その辺の勉強はケイスケ君と一緒にあたしが教えてあげる。」
「本当に?ちゃんとできるの?」
「だからばかにしないでって。あたしだって小学校の勉強位できるよ。」
「それじゃあ、期待しとくよ。」
「期待してなさい。」
「その後、一緒にサッカーもしたいね。」
「そういえばそんなこと言ってたわね。ケイスケ君。」
「サッカーも教えてね。」
「スポーツは得意よ。」
「速さでは負けないけどね。」
「ハヤテは本気出しちゃだめだよ。誰もついていけないから。」
「それもそうか。」
二人はまたもや笑った。こんな状態にもかかわらず、二人の間には穏やかな時間が流れている。
「あたしは普通の生活に戻ったら、ライブの続きをして、いっぱいご飯食べたいな。」
「詩音は食いしん坊なんだな。」
「いいじゃない。食べることは幸せな事なんだから。また、ハヤテの料理が食べたいな。」
「普通って女の子が料理する方じゃないの?」
「いいじゃない。ハヤテは器用なんだし。何よりおいしいし。」
「わかったよ。またおばさんに料理を教えてもらうよ。」
「いっぱい食べたら、あとはあたしの歌聞かせてあげる。」
「それはいいね。」
「でしょ?」
「ああ。俺は詩音の歌に救われたからな。」
「あたしたちの歌は未来を拓く歌ですから。」
詩音は胸を張って言う。
「未来を拓くか……ねえ。今ここで歌ってよ。」
「いいよ。」
詩音は満面の笑みを浮かべる。
「曲は何がいい?リクエストはある?」
「螺鈿」
ハヤテは即答した。
「初めにあった時もその曲だったね。」
「あの曲があったからこそ俺は今も生きているといっても過言じゃないからね。」
「それは言いすぎな気がするけど。どっちかというとその後のポカリが生き帰したんじゃないの?」
「ポカリはおまけだよ。歌だよきっと。」
「そうだね。でもすぐ倒れちゃったじゃん。」
「寝ただけだよ。」
「ほんとに変な人なんだから。」
「詩音ほどじゃないよ。」
「うるさい。」
二人は笑いあった。
「じゃあ歌うよ。」
詩音は大きく息を吸った。