本当の絶望
6月20日 金曜日 午後8時08分 ISRO
「ここは……?」
詩音は目を覚ました。目を開けてみると一面ガラス張りの部屋にいて、その向こう側には美しい夜景が広がっている。
「おはよう。詩音ちゃん。ここはISROの最上階だよ。」
詩音のつぶやきにシデンが答えた。詩音の背後から現れたシデンはゆっくりと移動して詩音の前に立ちはだかった。そして、今まで深くかぶっていたフードをはずした。シデンの顔がはっきりと詩音の目に映った。その表情から詩音は一種の恐怖を感じた。
「どうしてこんなことを?」
詩音は怯えながらもシデンに訊ねる。シデンは楽しそうに笑顔を作ってみせる。
「別にとって食おうってわけじゃないんだし怯えないで。って言っても無理か。突然眠らされて気が付けばこんなところにいるんだもんね。」
シデンは少し歩き椅子に腰かけた。その時、詩音の後ろでエレベーターが開いた。詩音は反射的に振り返った。
そこには照夫とカレンの姿があった。
「ご苦労様。彼女が鍵を持っているってことで間違いないのよね?」
「あぁ。この子の義理の父親から事情は聴いた。間違いないはずだ。」
カレンの問いかけにシデンは自慢げに答える。
「でかしたぞ。シデン。」
「あんたに褒められても嬉しくないですよ。ハゲつるおさん。」
相変わらずのシデンの照夫いじめが始まる。
「ハゲつるお!!??それは一体誰のことを指しているの?」
「もちろんあんただよ。」
「んな!?ふざけるのもいい加減にしないといくらなんでも怒るよ?わりとがちで激おこぷんぷん丸になるよ?」
照夫は顔を真っ赤にさせる。
「なったらいいじゃないですか。怒ったところであんたみたいなハゲチビ爺には何もできないんだから。」
「あーあ。もう知らないよ?どうなっても知らないよ?」
「じゃあどうにかしてみたらいいじゃないですか。」
シデンは半分あきれている。
「この私が本気を出したら一体どうなることやら……」
「あんたが本気を出しても所詮俺たち本物の殺し屋にはかなわないだろ?ちょっとは考えてからモノ言えよ。腐れテルテル坊主さん。」
「んぐっ!」
照夫は顔をさらに赤くさせ沸騰寸前だ。
「まあ、そんなことしてる暇なんてないんで、ハヤテ君が来る前に準備をしておきましょうか。」
シデンが机の上にあるパソコンを立ち上げた。カレンは、シデンの言葉を聞いてどこか柄移動した。照夫はシデンに言い負かされ地団太を踏みながらどこかへ行った。
そんな様子を唖然と眺めていた詩音はハヤテという単語に反応した。
「ハヤテがここに来るの?」
詩音はシデンに訊ねる。
「うん。来るよ。たぶんそろそろだと思うんだけどね。」
シデンはちらっと左腕にまかれている時計に目をやる。
「そのためにあたしを?」
詩音はシデンをにらみつける。
「それもあるね。でもそれだけじゃない。」
シデンは笑顔で答えた。
「そうこうしているうちに来たみたいだね。」
シデンが言うと部屋中に警報が鳴り響いた。
『侵入者あり!侵入者あり!』
機械的な声が部屋にこだました。
「一階ロビーにて、少年が一人侵入してきました。対処に向かった警備員数名が負傷そしてただいまエレベーターホールに向かったと思われます。」
スピーカー越しに警備員と思われる男性の焦った声が鳴り響く。
「ハヤテ……」
詩音は呟いた。
「エレベーターホール突破サレマシタ。最上階二向カイマス。」
片言な言葉がスピーカーの向こうで叫んだ。
「案外早かったなー。」
シデンは独り言のように呟いた。
詩音の後ろでエレベターが開いた。詩音は慌ててそちらを振り返る。
「ハヤテ……」
そこには右手に時空の剣を構えたハヤテの姿があった。部屋の照明がハヤテと時空の剣を照らし異様な雰囲気を醸し出している。
「もう少しゆっくりしといてもらった方がよかったのに。」
シデンはハヤテを見ず、パソコンをいじりながら言う。
「俺はもう逃げも隠れもしない。だが、詩音は関係ない。返してもらうぞ。」
ハヤテの言葉からは怒りがこみあげている。
「別にいいけど詩音ちゃんがいなくなって困るのはハヤテ君だよね?」
いたって冷静な口調でシデンは言う。その眼はいまだパソコンの画面から離れていない。
「どういう意味だ?」
ハヤテが言うとやっとシデンはパソコンから目を離し、ハヤテの方を見た。
「詩音ちゃんが鍵を持っているからだよ。」
「鍵?」
詩音は訳の分からない単語にはてなマークを浮かべる。
「例えそうだったとしても俺は詩音を巻き込みたくないんだ。だから、俺一人の力で何とかする。して見せる。だから詩音は帰して構わないか?」
ハヤテは冷静な口調で言い返す。
「だから良いって言ってるよね。ただし、詩音ちゃんがここにいると救われる命とハヤテ君だけがここにいることで救われる命がどれだけ違うかわかるか?」
シデンはパソコンから手を放しゆっくり立ち上がりながら言った。シデンの問いにハヤテと詩音は答えることが出来ない。全く見当がつかないのだ。
「約二十億人だ。」
シデンはハヤテの目の前で言った。
「二十億?」
その数字が一体どれほどのものなのか一瞬ピンと来なかった。
「ハヤテ君のみが時空の剣でセカンドアースを創り移住させられる人数は約35億人だ。今の人口が約70億人だからちょど半分といったところだね。
でも、そこへ詩音ちゃんが鍵を使うとそれだけでエネルギーの消費が少なくて済む。そうすればおよそ55億人はセカンドアースへ送ることが出来る。まあ、ISROとしてはどちらでもよい。どちらにせよ移住できればそれでいいからね。」
シデンはゆっくり歩き、窓の外の夜景に向かって話す。
「ねえ。話がよく見えないんだけど。」
詩音が不安そうな表情でハヤテを見る。ハヤテは詩音に見つめられ少し困ったような表情を浮かべる。
「ハヤテ君。君は何も言っていなかったのか?」
シデンが追い打ちをかける。ハヤテは渋々重い口を開いた。
「セカンドアースを作ることが出来るのは俺なんだ。」
詩音が驚きの表情を浮かべる。
「俺のこの剣で新しい空間が作れるんだ。」
「何言ってるの?そんなことできるわけないじゃん。」
詩音の頭の中は混乱している。思考が絡み合いきつくほどくことが出来ない状態だ。
「詳しくはわからないけど、この剣は時空を操れるんだ。」
「その剣があればいいのだったらそれだけ渡せばいいじゃない。」
「そういうわけにはいかないんだ。」
「どうして?」
二人はまっすぐに言葉を交わしあう。その様子をにやにやしながらシデンは眺めていた。
「ハヤテ君は適合者だからだよ。」
突然の乱入で詩音の勢いは少しおさまった。しかし、こみあがってくる疑問が詩音を詩音じゃなくさせる。
「適合者??わけわかんないこと言わないでよ。」
「この剣は……」
ハヤテは時空の剣を前に持ち上げ詩音に見せる。
「この剣は俺じゃないと扱えないんだ。俺がこの剣の適合者なんだ。」
「どうしてハヤテが適合者なの?」
「それが運命だから。」
ハヤテは自信満々で答えた。あまりに自信たっぷりだったので詩音は言葉を失っていた。
「運命だなんて……そんなのが運命なんて馬鹿げてるよ!」
詩音は混乱の渦から抜け出すことが出来ない。頭がぐちゃぐちゃになってかき回され、爆発しそうなほどだった。
「詩音が馬鹿げていると思っても運命は変えられないよ。俺は俺の意思でこの剣で戦うんだ。」
「それで、詩音ちゃんはどうするの?」
シデンが後ろから話に割って入った。詩音の混乱の渦はより深いものになる。
「詩音は関係ない。」
「それなら救える命をみすみす見逃すということか!?」
シデンは声を張り上げた。突然の出来事に場が凍り付いた。
「ハヤテ君。君は何もわかっちゃいない。すべてを救うなんて無理だ。不可能なんだ。」
シデンははっきりと言い切った。その言葉でハヤテの中の何か大切なもの、信念や決意と言ったものが音をたてて崩れ去った。
「何かを得るためには何かを犠牲にしなくてはならないんだ。それが今は世界の人々と詩音ちゃんのどちらかという話だ。答えは簡単に出せそうな気がするがな。」
シデンの言葉にハヤテは唇をかみ、時空の剣を強く握り締める。あまりの強さに時空の剣が壊れてしまうのではないかと思うほどだった。
「あたし、ここに残るよ。」
詩音が呟いた。ハヤテは握っていた右手の力を緩めた。というより力が抜けたという表現の方が正しい気がする。
「詩音……」
「よくわからないけどあたしが世界中の人を救えるならあたしはここに残るよ。」
「詩音には迷惑をかけたくないんだ。俺一人で……」
「何でも一人で抱え込まないでよ。」
詩音が大きな声をあげた。
「ハヤテが今まで過ごしてきたところがどんなだったか知らないけれど、この世界はみんなで支えあって生きていく場所なんだよ。迷惑はみんな掛け合うものなんだよ。だから、あたしここに残るよ。」
詩音が言いきるとハヤテは何も言い返すことが出来なかった。それがあまりにも正論だったからだ。この光景を眺めていたシデンが詩音に向けて拍手をした。
「いやー。何ともいい心がけだね。何でもいいけど詩音ちゃんはここに残るってことでいいよね?」
「詩音。もう一度しっかり考えてくれ。何されるのかわかってるのか?」
「何されるって……何されるの?」
「知らないよ!」
ハヤテは珍しく大きな声を出す。
「何もしやしないよ。ただ鍵を開けてくれればいいだけの話だ。」
「だからさっきから言ってる鍵って何なの?」
詩音が訊ねる。その問いにシデンは驚きの表情を浮かべる。
「もしかして、鍵が何なのか知らないのか?」
シデンは詩音の顔を覗き込む。
「は、はい。」
「小さいころから大事にしているモノとか肌身離さず身に付けているモノとかは?」
詩音はじっくり考える。
「ないと思います……。」
詩音は力なく答える。
「ねえ。もしかして鍵が何なのか知らないの?」
ハヤテがシデンに訊ねる。
シデンは歯を食いしばる。
「鍵の持ち主さえいれば何とかなると思っていた俺が甘かった。」
シデンは窓の外へ目をやった。
「仕方ない。ここまで来てもらって悪いけど、詩音ちゃん。君はもう帰っていいよ。」
シデンは笑顔を作って言った。
「ちょっと待ってよ。そんな事って……」
詩音がそこまで言ったところでシデンが何かの気配に気が付いたか真剣な表情で詩音を制した。
「どうしたんです……?」
詩音の問いにも答えず、神経を解き澄ましているようだ。シデンに倣いハヤテも神経を集中させていく。
「今、ものすごい殺気を感じなかったか?ハヤテ君。」
シデンがハヤテの方へ眼をやる。その表情は真剣そのものだ。
「俺も少しだが感じた。だいぶ遠くの方みたいだが強大な殺気だ。」
「今まであった中にこんなにも殺気を醸し出しているやつとはあったことがない。何かやばいことが起こりそうだな。」
シデンが言うと建物の中に再び警報が鳴り響いた。
『侵入者あり!侵入者あり!』
機械的な声が鳴り響くだけでほかの物音は一切しなかった。
「この殺気……もしかして……」
シデンが呟いた。
「心当たりがあるのか?」
「いや。でも、こんな殺気を出せるやつがいるとすれば……」
エレベターの数字が徐々に上がってくるのがわかった。三人はエレベーターを見つめる。
「一体どうなっているの?」
後ろからカレンの声がした。シデンは一瞬カレンを見て、エレベーターに目線を戻した。カレンもそこへ視線をやる。
数秒後、エレベターの扉が開いた。そこにいたのは返り血で赤く染まった、耶麻とワタルだった。
「やっぱりあんたか。耶麻さん。」
シデンは不敵な笑みを浮かべる。
「やっぱりとはご挨拶だな。元永久の昏睡、シデンよ。」
耶麻は一歩二歩とゆっくり歩き部屋に入る。その様子にその場にいる四人は動けないでいた。明らかにハヤテらが知っていた耶麻とは異なっている。
体中から放出されている殺気がいくつもの修羅場を超えたものにとっても恐怖を連想させている。
「まさか、元暗殺四天王が、三人も集まるとはな。まるで、同窓会じゃあないか。」
「目的は何?」
カレンが真剣な顔で、耶麻に言った。こういった場面で女という生き物は強いものだ。
「目的?君たちが創ろうとしてる世界を乗っ取ろうかと思ってね。」
耶麻はゆっくり部屋を徘徊する。
「君たちの望む世界と私の望む世界では多少のずれがあるようだ。だからここで時空の剣をいただき、私の理想の世界を創ろうかと思ってね。」
「理想の世界……?」
ハヤテがその単語に反応を示した。
「そうだ。君たちの創ろうとしているのはここのコピーだろ?セカンドアースなんだからね。でもそれじゃあダメだ。地球なんてできそこないの星は捨てるべきだ。もっと完璧な惑星を創ることは可能なはずだ。無限に広がる新たなる空間だ。そしてそこで争いあい殺し合いより人間らしい生き方をするんだ。」
「なんだって?」
ハヤテの目の色が変わった。
「何か言いたそうだな。元疾風の雷撃。ハヤテ。」
「調子に乗るのも大概にしろ。どうしてお前はいつも殺し合いをさせるんだ?お前の本当の目的は何だ?どうしてお前はアンダーのトップにいるんだ?」
ハヤテの問いかけに耶麻は笑い出した。
「なぜ殺しあうかだと?それが人間の本性だからだよ。現にお前だって何にもおろしてきただろ?所詮この世は弱肉強食。強いものだけが生き残ればいいんだ。人の死こそが、そのエネルギーこそが……」
「耶麻様、そのへんにしておきましょう。」
耶麻の後ろでワタルが冷静にいった。
「おっとっと。話しすぎたみたいだな。そういうわけだから時空の剣はこっちに渡してもらうぞ。」
耶麻はハヤテの方向に右手を差し出した。ハヤテは時空の剣を握り締めたまま一歩引いた。
「そんなことはさせない。」
横からシデンの声がした。と、同時にシデンは耶麻に攻撃を始めた。シデンは耶麻めがけて毒入り注射器を三本同時に投げつけた。そしてそれが耶麻に到達する前に動き出し耶麻に襲い掛かる。
耶麻はシデンの投げつけた注射器を確認するや否やそれを難なく避け、そのうえでその注射器の一本を右手でキャッチした。
勿論、その注射器のスピードは常任のダーツのスピードとは比べものにならないスピードであり、その威力だけで人を殺せそうだと思うほどのものだ。
それを至近距離で避け、それでいてキャッチするのはハヤテであってもできない芸当だ。
耶麻は体を一回転させて注射器の飛んできた威力を殺すとその方向からやってきたシデンの後ろ首に注射器を突きつけた。
その出来事はあまりにも唐突すぎて詩音にとっては瞬間移動の繰り返しにしか見えなかった。
ハヤテでさえもシデンや耶麻の動きのすべてを見ることはできていなかった。
ただ、今わかることはシデンが投げたであろう注射器の二本はさっきまで耶麻が立っていたところの後ろの壁に突き刺さっており、一本はシデンの首の数センチ先にあるということだ。
「勝てると思っているのか?元永久の昏睡、シデン。」
シデンは苦汁をのんだ。
「詩音!!危ないから下がってろ!」
危険を感じたハヤテはやっと詩音に指示を出した。しかし詩音は固まったまま動こうとしない。
「おい!詩音!!!」
「か、身体が……」
どうやら詩音はこの光景を目の前に体が硬直してしまったようだ。
「元永久の昏睡、シデン。君にはもう用はない。」
耶麻は不敵な笑みを浮かべる。シデンは体を動かすことが出来ない。
「死ね。」
耶麻は、シデンの首に注射器を突き刺した。が、その前にカレンの蹴りが耶麻から注射器を弾き飛ばしていた。寸でのところでシデンは助かったのだ。シデンは少しバランスを崩したもののすぐに体勢を立て直した。
「寄ってたかって攻撃してくるなんて卑怯だね。まあ、いいけど。」
そういうと、耶麻はカレンめがけてとびかかってきた。カレンは両手を目の前でクロスさせて耶麻の攻撃を防いだ。しかし、その威力を殺すことはできず、カレンは大きく後ろに飛ばされた。
そして、大きな音をたてて、壁にたたきつけられた。
「ワタル。そろそろ、準備を始めといてくれ。」
「承知しました。」
ワタルは耶麻に一礼するとゆっくりと歩き出した。その方向はさっきカレンが来た方向だった。耶麻たちが闘っている中、ハヤテは詩音の元まで行っていた。
そして、詩音を抱え上げ安全なところまで連れて行こうとしていた。
「元疾風の雷撃、ハヤテ。その子が鍵なんだな?」
その様子に気が付いていた耶麻がハヤテに声をかける。
「関係ないだろ。」
「あぁ。関係ない。だから、殺す。」
耶麻は詩音めがけて飛んできた。ハヤテは慌てて詩音をおろし、時空の剣で耶麻のこぶしを受け止めた。
「くっ!」
ハヤテは少し押されながらも、その場で受け止めた。
「ほう。なかなかやるじゃないか。」
耶麻は感心して見せる。詩音はその場でしりもちをついていた。ハヤテは渾身の力を込めて耶麻のこぶしを押し返した。
耶麻は少し下がったがバランスを崩すこともなく再びハヤテにその拳を振りかざした。ハヤテはそれを防ぐのが必死で反撃なんて少しも出来なかった。
そしてその一発がハヤテのみぞおちに命中した。
ハヤテはカレン同様、数メートル先の壁に叩きつけられた。そして、その場に倒れこんだ。
「ハヤテ……」
詩音のつぶやきがその場に小さく響いた。耶麻はゆっくりハヤテの方に歩み寄る。
「時空の剣はいただくぞ。」
耶麻は倒れているハヤテの右手から、時空の剣を取ろうと手を伸ばした。その時、横から一本の注射器が飛んできた。シデンだ。
しかし、それを目で確認することなく耶麻は受け止めて見せた。そして、次の瞬間注射器はシデンの心臓に突き刺さっていた。耶麻はノーモーションでそれをシデンに投げかえしていたのだ。注射器の中の透明な液体が徐々にシデンの中に吸い込まれていった。
シデンは動くことも出来ず、ただただ、自分の中に入って行く液体を眺めていた。
「シ……デン……」
カレンの絞り出した声がした。そしてシデンは正面から崩れていった。
「シデン!!!」
「うるさいね。元業火の鉄拳、カレン。」
耶麻は、顔をカレンの方へ向けた。カレンは瀕死の状態でありながら、耶麻をにらみつけている。耶麻は意識を失っているハヤテから時空の剣をあっさり取り上げるとそれを掲げてカレンに歩み寄った。
そして、何の容赦もなくそれで、カレンの首を掻っ切った。カレンから真っ赤な血が流れた。
詩音はその様子を見ていたが、あまりの光景に言葉を失っていた。そんな詩音の方へ耶麻は視線を向けた。
「耶麻様。準備が整いました。」
横からワタルの声がした。
「命拾いしたな。」
耶麻はそう言い残すとワタルの呼んだ方向へ歩き出した。詩音はしりもちをついたまま開いた口が塞がらない状態だった。耶麻が向かった先には照夫の死体があった。
胸から大量の血を流しその場で倒れこんでいた。それに気に留める様子もなく耶麻はその奥の大きな機械に目をやった。
「設定の変更は済んだのか?」
「はい。」
耶麻の問いかけにその隣のパソコンに目をやっていたワタルが答えた。
「それでは、始めようか。」
耶麻はそういうと大きな機械の真ん中、縦に長細く空いたスペースに時空の剣を差し込んだ。
耶麻は時空の剣を握り締めたままでいる。
「それでは、開始いたします。」
となりでパソコンをいじっている、ワタルが言った。
「待って!」
突然の声にワタルと耶麻は声の方向に振り向いた。そこにはしかっりと二本の足で立っている詩音がいた。
「続けろ。」
詩音であることを確認した耶麻は言った。ワタルも気に留める様子もなくパソコンの画面をいじりだした。
「ねえ。お願いだからやめて。」
そういう詩音の足は小刻みに震えていた。
「ちょっと静かにしてくれますか?死にたくなければですけど。」
ワタルは目線を詩音に向けることなく殺気を放った。
詩音は一瞬ためらったが、何かが詩音の背中を押したのか、ワタルめがけて歩き出した。
『エネルギー充電を開始します。』
機械的な声が部屋中に響いた。それと同時にパソコンをいじることを辞めたワタルが詩音の方を見た。そしてワタルはポケットから小さなナイフを取り出した。
そのナイフは血で赤く染まっている。詩音は歩みを止め一歩後退した。
詩音は自分の死を覚悟した。ワタルは立ち上がり詩音めがけて飛んできた。詩音は目を強く閉じた。数秒後、詩音は僅かな風を感じた。ただそれだけで、痛みはなかった。
恐る恐る目を開けてみると目のまでナイフが止まっていた。ワタルの右手から詩音の方にまっすぐ伸びたナイフが第三者が、ワタルの腕を静止させることで止めていたのだ。
その第三者とはハヤテだった。
「生きてましたか。」
ワタルは腕を振り払うと微笑を浮かべる。
「俺はまだ、死ぬわけにはいかないよ。」
そういうハヤテの頭からは血がしたたり落ちていた。足取りも先ほどと比べるとふらついているようだ。
「今更あがいたって遅いですよ。すでに手遅れです。」
ワタルは淡々とそう言った。
「ISROのやつらはエネルギーがないとだめだとか言っていたがこんな夜に、太陽も出ていないところでどうやってエネルギーを確保するんだ?」
『エネルギー充電50%』
ハヤテの問いに機械的な声が返答した。
「どうして??」
「耶麻様のエネルギーは底知れぬものですからね。」
ハヤテは大きな機械の中で時空の剣を握り締めている耶麻の方を見た。耶麻は余裕の表情を見せていた。
「止めなきゃ……」
ハヤテは大きな機械の方へ足を向けた。しかし、それはワタルによって制された。
「そこをどいてくれ。」
「そうはいきません。」
ハヤテは武器のない丸腰だ。それでも体術で、戦うしかない。一方のワタルは小さいものであるがナイフを手にしている。二人は向かい合っている。
『エネルギー充電80%』
機械的な音声が時間の猶予がないことを示す。ハヤテはワタルめがけてとびかかった。
渾身の力をこめ、目にもとまらぬスピードでワタルに殴りかかった。ワタルはそれを避け、反撃をする。
そして、二人は攻撃と回避、防御を繰り返した。その中でどうなっているのかは、中で戦っている当事者のみしかわからない状態だ。いや、もしかすると当事者ですらわかってないのかもしれない。数秒後、二人はともに倒れた。
ナイフは宙を舞い、詩音の足もとに突き刺さった。二人の現時点での強さは同等のように見えた。二人は震えながらゆっくりと立ち上がる。
「さっさと蹴りをつけろ。ワタル。」
大きな機械の中から耶麻が言った。
「承知しました。」
ワタルはそういうとポケットから、二本のナイフを取出し、構えた。
「お遊びはこの辺にしときましょうか。」
ワタルは息が上がっている。
「俺は、こんなところでは死なない!!」
ハヤテも息が上がり、意識を保っているのがやっとという状態だ。
「ハヤテ!!!」
ハヤテの後ろで詩音の声がした。詩音の声にハヤテは勝利を確信した。
「死ねぇぇ!!」
ワタルがハヤテめがけて襲い掛かってきた。詩音はその一瞬前に宙に先ほど落ちたナイフを投げていた。その瞬間は時空が歪んだかのような錯覚に陥った。
ワタルが襲い掛かってくるのを避けると、宙に舞ったナイフを受け取り、それをワタルの背後から右肩、左肩に突き刺した。ワタルは一瞬ひるんだが、すぐに振り返り再び襲い掛かった。
しかし、ハヤテはその手からナイフを弾き飛ばし、そして両手の掌を突き刺し二度とナイフが握れない手にした。
「ぬぁぁぁ!」
ワタルは悲鳴をあげた。そんなワタルに一切の容赦などなくハヤテはみぞおちを蹴飛ばしワタルの意識を遠のかせた。
ハヤテは一安心した。後は耶麻だけだ。
そう思った矢先だった。
『エネルギー充電完了』
機械的な声が部屋中に鳴り響いた。
「一足遅かったな。元疾風の雷撃、ハヤテ。」
耶麻がそういうと時空の剣が光りだした。
「おい!待て!」
ハヤテはその光に向かって駆け出した。詩音も自然と駆け出す。
「あばよ。」
時空の剣は今までに見たことのないような光を放った。
詩音とハヤテはその光の中に飛び込んだ。




