クリスマスパーティー〜招待〜
12月24日。今日はクリスマスだというのに、私は保健室に引きこもっていた。
もうここに来て4ヶ月も経つのに、探し物はみつからない。いくつかの手がかりだけを手に、私は焦っている。
家庭科室のベッドの端に座って、もう何度目かわからないため息をついていると、扉が開く音が聞こえた。
放課後だから生徒がここに来るのはおかしくない。実際、今も保健教諭はすぐそこの机に座って、私に気付きもせずに利用者名簿から何かの統計をとっていた。
「はあ」
音を無視して、また一つため息をつく。悩みはなにも探し物のことだけではない。鶫君のことも、その一つだった。
意識して鶫君のことは考えないようにしている。鶫君にどんな顔をして会えばいいのか、どう接するべきなのか。私にはわからない。
こんな有様では捗らないとはわかってはいる。それでも、膝の上に開いた卒業論文のコピーをひたすら読み続ける作業をやめることはできない。
文字を目で追っていると、今度は足音が聞こえる。
誰かの足が、本に向けられた私の視界の隅に映り込んだ。ださい小豆色のジャージを着た足。ジャージのデザインからすると、男子生徒だろう。
ジャージを着た男子生徒。
まさかという、確信に近い予想。
それはありえないはずだった。彼は家庭科室から出ないと公言していたのだから。
跳ねるように顔を上げる。
そこには──満面の笑みを浮かべた鶫君が、立っていた。
「…………!」
状況が理解できず思考停止する私に、鶫君は告げた。
「秊ちゃん」
なぜだろう。
「最近、家庭科室に来てくれなかったよね。どうしたの?」
鳥肌がたつ。
「……まあいいや。そんなことよりね、ボク、クリスマスパーティーをするんだよ! だから秊ちゃんを誘いたくて」
寒気が、止まらない。
「でも、ダメなら無理しなくてもいいよ。他の子にも声をかけてみるから。……来て、くれるかな?」
鶫君は、天使のような微笑で、クリスマスパーティーに私を招待した。
断りたい。だが、それをするには鶫君の発言が不吉だった。
「他の子って……?」
「……? 他の子は他の子だよ」
悪意がまったくない、きょとんとした無邪気すぎる表情が、逆に吐き気を催しそうなほどにおぞましい。
私はもう、8月に鶫君のクッキーを喜んで受け取った私ではいられない。『黄泉の家庭科室』に行ったらどうなるのかを、卒業論文で知ってしまった。
殺されて、お菓子にされる。
私が招待を受けなければ、誰かしら犠牲者が出るだろう。ひとかけらの悪意もない、鶫君の手によって。
「……わかった。クリスマスパーティー、参加する」
「わあ、ありがとう! それじゃあ行こう!」
鶫君は私の手を引っ張って、足取り軽く廊下を進んでいく。方角から、家庭科室に向かっているのだろう。
前を行く鶫君の顔は見えない。
強く握られた左手が痛む。
強すぎる力は、小さな子供が遊びで虫を殺すのを彷彿させる。萎えそうになる足を必死に動かして、鶫君の後をついていく。
家庭科室に入ると、鶫君は音を立てて扉を閉めた。そして笑ったまま、踊るように、スキップ混じりに、奥の調理台へと進む。
──ここは、裏の家庭科室だ。
調理台の上には、クリスマスにぴったりなお菓子が所狭しと並んでいる。
中央に鎮座する苺の乗った大きなホールケーキは、白いホイップクリームがたっぷりのデコレーション。大皿に盛られた可愛いころんとしたマカロンは、赤と緑の二種類で、粉砂糖で飾られていた。真っ白い飴は、机の上に直置きだった。
どれも、まるで雪化粧を……あるいは死化粧をされたよう。
湯気を立てるティーセットからは、人工的な薔薇の香りが漂う。
鶫君は調理台の奥の席に座った。
「秊ちゃんは向かいに座ってほしいな」
それは、この場においては強制以外の何でもない。
異様な空気に耐え、示された空席を埋める。
パーティーとは名ばかりで、ここには鶫君と私、二人以外いない。
「クリスマスパーティーって、何をするの?」
「お祝いするんだよ」
「……キリストの聖誕祭を?」
「さあ、何でもいいんじゃないかな。だけど、何をする日かは知ってるよ」
鶫君は白いホールケーキのお皿に添えてあったナイフを手に取り、ぐさりとケーキの真ん中に差し込んだ。
銀色のナイフは、曇り一つない刃にクリームを纏わり付かせながら埋まる。
「……特別な人と、ケーキを食べるんだ」
ナイフに、鶫君の微笑が映り込んだ。
「……鶫君は私にケーキを食べてほしいの?」
「そうだよ」
学園祭の夜、鶫君に私は尋ねた。どうしてお菓子を食べさせたがるのか、と。彼は、寂しいからだと答えた。
私はそれと、似ているようで違う質問をする。
「鶫君はどうして『私に』お菓子を食べさせたがるの?」
「それは……」
鶫君は珍しく、言い淀む。
そして、困ったように口元を曖昧に笑ませた。
「キミがボクと一緒にいてくれないって知ったからだよ」
「来年の8月にここを出るってこと?」
「違うよ。そうじゃない」
鶫君は、天使のような微笑みを浮かべて言った。明るく。けれど、どこか諦めたように。
「だってキミも、ボクじゃなくて他を選ぶんでしょう? ……中庭で一緒にいたカレを」
前話の颯太の意味不明な場所設定は、ただの嫌がらせだったのです!
秊ちゃんにはとんだ迷惑ですね。
あと申し訳ありませんが、朽名奇譚、スランプ入りました。……はぅ、そうですよね。わかってます。天丼オーダー入りました!みたいなノリでスランプ入るなよってことは。
ああ、すみません……。でも展開が浮かばないんです。来週の6月2日は投稿をお休みします。
再来週6月9日には復活します。




