クリスマスパーティー〜ホスト〜
『中庭で一緒にいたカレ』。思い当たるのは……。
「まさか、颯太のこと?」
「ああ、そういえばそんな名前だっけ。そう、そのカレだよ」
鶫君はにこやかに肯定した。
「颯太は、ただの私の幼馴染だよ。それに、選ぶってどういうこと?」
以前も言っていたが、意味がわからない。何に選ぶということなのだろうか。鶫君は私が颯太をどう思っていると考えているのだろう。
「わからないの? 簡単なことなのに」
鶫君は心底不思議なものを見るかのような目になると、人差し指を顎に当てて、言葉を探った。
「うんとね、選ぶっていうのは、ボクのことを好きになるってことだよ」
「……はぁ!?」
いきなり飛躍した気がする。私が鶫君じゃなくて颯太を好きだと言いたいのだろうか。恋愛感情で颯太を異性として見たことは一度もない。そもそも颯太は私の弟分で、そういう対象ではなかった。私が気になっている存在は、むしろ──。
「……私は颯太のことは好きじゃないよ」
颯太のこと『は』好きじゃない。含みを持たせたこの言い方は、卑怯だろうか。
……まだ、答えを出したくない。私の中で鶫君が占める立ち位置を、私はまだ……決められない。
「今はそうかもしれないね。それでもそうなる時が来るんだよ。そうしてキミも、ボクを選ばない」
未来を断定的に語る鶫君は、預言者のようだった。それから彼は、ちょっと悲しそうに、紅茶の液面に目を落とした。
「キミが誰も一番にしないならそれでもよかったんだ。だけど、キミがボク以外の誰かを選ぶのは嫌だよ」
「私は鶫君を嫌いになったりしないよ」
鶫君は顔を上げ、何もかも見透かすように私の目を見る。静かな言葉が、場の空気に染み渡る。
「そう言った子を、ボクは何人も見て来たよ……ねえ、秊ちゃん。キミがボクのこと、嫌いじゃないっていうのなら、証明して?」
「証明って……?」
鶫君は、蜜のように甘く微笑んだ。
「……お菓子を、食べて。もうここから出ない約束が欲しいんだ。どこにもボクを置いていかないっていう、証が」
鶫君は、調理台に乗った色とりどりなお菓子を手で示した。
「どれでもいいよ。一つでも食べたら、キミはもうここから出られない。ずっとボクと一緒だよ」
喜色を含んだ声。しかし、それはどこか空虚に響く。
お菓子を食べれば、ここから出られなくなる。さらに、怪談によれば、いずれは死んでお菓子にされてしまう。私は鶫君以外の全てを失うことになるのだろう。
私は、じっとお菓子を見つめた。
ここでお菓子を手に取るのは、正しいのだろうか。
──このお菓子は、枷だ。
他人を、鶫君の大切な者を、決して逃がさないための。
でも、鶫君が本当に欲しいのは違う気がする。
むしろ、それとは対極の。
乾いた唇を、私はゆっくりと開く。
「私は、お菓子を食べない」
鶫君は微笑みを浮かべたまま、口を開く。表情も声も明るいのに、徐々に彼の口調は興奮を帯びて、速くなっていった。
「……ボクのこと、嫌いになっちゃったの? お願い、例えボクが嫌いでも、一人にしないで。気に入らないところがあればなんだって直すから、だからっ!」
言い募る鶫君に、私は首を横に振った。
「私はお菓子を食べない。でも、鶫君が嫌いになったんじゃないよ」
「嘘だっ……!」
鶫君から、痛々しいほどの明るさが剥がれ落ちた。声は掠れ、上ずっていた。
「嘘じゃないよ」
「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!! みんなボクを置いていくんだ、だからボクは」
「お菓子で人を縛っても、鶫君は一人だよ。鶫君は、何が欲しいの?」
「っ、ボク、は……」
鶫君の笑顔が崩れ、焦燥が表面に出てくる。もどかしげに唇を震わせ、彼が言った言葉。
「ボクにはもう、わからないんだ……」
絶望が彼の瞳を染めていく。
鶫君が欲しがっているものが何なのか。そんな彼の様子を見ていると、何となくだがわかる気がした。
鶫君は腰を浮かせ、テーブルから白い真球を一つ、つまみ上げた。
そして。
テーブルの上に身を乗り出して。
甘い甘い、キャンディーを。
私の閉じた唇に、押し付ける。
「一人にしないでよ……ボクと一緒に、いよう?」
間近に見える、泣きそうな鶫君の顔。
私はそれでもなお、沈黙する。
私は今、どんな表情をしているんだろう。
きっと、キャンディーとは不似合いな。苦くて後味の悪い顔をしていると思う。
ふっと鶫君の指から、力なく飴が零れ落ちた。悲しいくらい軽い、硬質な音が響く。
銀色の調理台を真っ白な真球が転げ、床に落ちていく。
「キミも、ボクを選んでくれないんだね」
鶫君は諦めたように微笑むと、クリスマスケーキのお皿に触れた。真っ白で飾り気のない平皿が、輪郭を崩す。
陶器の艶やかさは質を変え、端から徐々にぐにゃりととろけた。変化が終わり、鶫君の手に収まったのは……飴でできた、真っ白い手錠。
これから起こることを想像させる不吉な拘束具に、私は瞬時を腰を上げて逃げようとした。だが、もう遅い。
ここは鶫君の場。黄泉の家庭科室なのだから。
家庭科室の空気が変わる。
お菓子が、目覚める。
皿を失ったクリスマスケーキは、調理台に落ちてはいない。ホールの周囲にまんべんなく生白い指を生やし、直立していた。苺は鼻に変わり、純白のホイップクリームは薄黄色い何かの油脂になっていた。
クリスマスカラーのマカロンは、赤黒い色の丸い血の塊のようなものと、治りかけの青痣だらけの人の肌をまるく捏ねて癒着させたようなものに。
ティーカップには今にも折れそうなほど華奢で小さな手足が生え、恭しいお辞儀を披露する。なみなみと湛えた鮮烈な赤がこぼれ、調理台に小さな湖を作った。
「秊ちゃんがボクを嫌いでも、ボクは秊ちゃんが好きだよ。だから……」
鶫君の美しい天使の微笑みが、空虚に咲いた。
「キミに嫌われても、一緒にいたいんだ」
こんな状況でも崩れない、無邪気な口調。
私は目の前で繰り広げられる惨状から逃げようとするが、体は全く動かない。
自分の体に目を落とすと、生温かいお菓子が群がっていた。
人工的な香料と砂糖、さらに血の混じった、あってはならない混合物の異臭。だが、恐怖は私が気絶することを許さない。
お菓子は小さな手で、足で、その重みで私の体を這い上がり、一心不乱に目指す。
私の、口を。
鶫君が、とても嬉しそうに言う。
「キミはもう、ボク以外を選べない。これでボクはやっと──」




