第1章 血塗られぬ誓い
第一幕:コード1823の骸骨
エクソシスト公安の本部最深部に位置する、厳重な地下研究所。
肌を刺すような凍てつく冷気が漂い、室内には重苦しい機械油と消毒液の刺激臭、そして肌を粟立たせるような重々しい死気が満ちていた。
白衣を纏った研究員たちが、冷たい鋼鉄の手術台をぐるりと囲み、息をのんでその光景を見守っている。彼らは特級冷凍庫から厳重に運び出された遺体を、慎重に台の上へと横たえていた。
一人の研究員が、液晶モニター上で激しく跳ね上がる生体データを緊張した面持ちで照らし合わせながら、指先をかすかに震わせて記録を確認する。
「エクソシスト、コード1823――『白衣の死神』クロード」
目の前に横たわる躯は、かつての凄惨な猛火によってすべての皮膚を焼き尽くされ、いまや完全に白骨と化していた。
その全身は、魔力を封じる重く黒々とした太い鉄鎖で厳重に縛り上げられ、冷徹な金属製手術台に強く固定されている。だが、その空洞となった左眼の眼腔には、今なお妖しく青く澄んだ「魔晶の眼」が深く嵌め込まれ、その左脚には、異様な金属構造を持つ「鴉爪の履」が堅牢に連結されていた。
そして、手術台の傍らに置かれた重厚な金属製武器箱の中には、冷たい青い光を放つあの大型兵器――「鴉狩の鎌」が、静かに横たわっていた。
第二幕:奇跡と死霊の力
「『死霊王オシリス』の魔核……これより、移植手術を開始する」
主任研究員が足元のフットスイッチを強く踏み込むと、天井から伸びた精密な錬金マニピュレーターが重々しく作動した。
禁忌の錬金術によって抽出されたドス黒く脈打つ赤黒い魔核が、ゆっくりと下降し、クロードの胸のぽっかりと空いた空洞――その肋骨の中央へと、容赦なく刺し込まれていく。
『ヴォォォォン――ッ!!』
鼓膜を刺すような金属の高圧駆動音が、研究所の静寂を切り裂いた。
データ監視を担当する若い研究員は、メーターの数値が人智を超えて暴騰するのを目を見開いて凝視し、信じられないというように叫んだ。
「だ、データ報告ッ! 被験体の躯と魔物細胞の相性……なんと、100%ですッ!?」
魔核が植え付けられた瞬間、奇跡が起きた。
かつて死霊王の代名詞であったその強大な魔核が、とうの昔に鼓動を止めていた心臓の、完全なる代用品となったのだ。
火山噴火のごとき狂暴な死霊の力が、灼熱の高圧電流と化し、白骨化した骨格と萎縮した経絡を伝って、永き眠りについていた躯へと怒涛のごとく流れ込んでいく!
『バチチチッ――!!』
骸骨の左眼腔に嵌められた「魔晶の眼」が、突如として妖しく、眩い青い火花を激しく散らした!
第三幕:ここは、地獄ではないのか?
「目覚めた……! 本当に、意識が目覚めたぞッ!」
周囲の研究員たちは、あまりの恐怖に慌てて半歩後退し、足音を激しく乱した。
そのうちの一人が冷や汗で濡れた生唾をゴクリと呑み込み、戦慄く足をひきずりながら、おそるおそる手術台へと近づく。
目の前で不気味に蠢く骸骨からわずかに視線をそらしつつ、彼は震える声で話しかけた。
「あ、あの……お身体の具合はいかがですか……クロード、先生……?」
その問いに応えたのは、息が詰まるほどの、重く冷たい沈黙だった。
台上に厳重に縛り付けられた骸骨の頭部が、極めて緩やかに、ギギギと回転する。下顎の骨同士が摩擦し合う不快な音と、重苦しい鉄鎖の衝突音が、いやな響きを立てた。
肉を失った枯骨の唇がかすかに開くと、空虚な口腔内で吐息が断続的に巡り、まるで砂利を擦り合わせるような、低く空虚な声が漏れ出た。
「ここは……地獄、ではないのか……?」
その問いに背筋を凍らせた研究員は、慌ててずり落ちた眼鏡を押し上げ、額からとめどなく滲み出る冷や汗を拭いながら説明する。
「さ、左様でございます、クロード先生……! 我々はあなた様の体内に死霊王オシリスの魔核を植え付け、そこに宿る強大な死霊の力を利用することで、あなた様を死の深淵から現世へと強引に引き戻したのです……!」
言い終えた瞬間。
研究員は、目の前のクロードの「眼」と、真っ向から視線が交わった。
そこにあったのは、狂暴な魔物の意志に呑み込まれた形跡など微塵もない――あまりに清らかで、冷徹な理性の光を湛えた瞳だった。
研究員は言葉を詰まらせ、ただ事ではないその圧倒的な異様さに息を呑み、声すらも激しく震わせる。
「ま、待ってください……! そういえば、なぜオシリスの魔核が……あなた様の精神システムを微塵も支配していないのですか……っ!?」
第四幕:最高研究員の遺産
通常であれば、高階級の死霊魔核を無謀にも植え付けられた人間など、脳が瞬時に死霊王の狂暴な精神に破壊され、魔力に操られるだけの、ただの暴走した化け物へと成り果てるはずなのだ。
「フフッ……カハッ……ハハッ……」
クロードの干からびた喉の奥から、かすかで、どこか乾いた笑い声が漏れ、それに続いて激しい乾いた咳き込みが起こった。
その振動で、肋骨の間に張り巡らされた鉄鎖が軽やかに揺れる。
『ドォォン――ッ!!』
嘲弄を込めた冷笑とともに、彼の左眼の「魔晶の眼」から、先ほどよりも数倍増した凄まじい蒼炎が、ドッと噴き出した!
その炎は優しく、そして圧倒的な威圧感をもって、死霊の魔核から溢れ出る狂暴な精神攻撃を、まるで児戯を扱うかのように完全に鎮圧し、完璧に浄化してみせたのである。
クロードは、青い炎を燃やし続けるその片目をゆっくりと向け、目の前で恐怖に戦慄く研究員を冷たく見下ろした。
その声には、毛羽立つほどの静けさと、かつての圧倒的な重厚さが完璧に戻っていた。
「私は生前……殺戮の果てに、己の手が血塗られる悪夢を何度も見ていた」
彼は、白骨だけとなった両手を、ゆっくりと空中へ掲げた。
その指関節が交錯し、カチリと軽い乾いた音を立てる。瞳の奥に宿っていたはずの深遠な愛おしさは一瞬で消え失せ、代わりに、誰をも見下ろす絶対的な尊大さと冷酷さが取って代わっていた。
「ゆえに……妻のディアンナは、疾くにこの事態を予見していたのだ」
彼女が自分のためにあの「魔晶の眼」を組み上げた際、死霊の精神侵食を完璧に制御し、ねじ伏せるための高度な錬金術式を、その眼の奥に書き込んでおいてくれたのさ――と。
クロードの口元が微かに釣り上がり、極上の嘲笑を浮かべた。
枯れ果てた音色が、青い炎の揺らめきとともに、空虚で冷ややかな地下研究所の中に、悠々とこだましていく。
「この研究所を舐めるなよ。……最高研究員を相手にしていることを忘れるな、駆け出しのひよっこどもが」




