それぞれのパフォーマンス
「すいません、ちょっと通して下さーい」
「アターシャじゃないか!皆道開けてやれ」
「アイリスまで、どうしたんだ?」
「ハハハ、今アターシャ達を手伝ってるんだよ。急ぎの用があって、申し訳ないけど通してもらえると助かるわ」
「おう!気をつけて行けよー」
「ありがとう、帰りも通してね」
「フフフ、上手くいったわね。私の家は此処の反対側よ、少し歩くけど、十分間に合うわ」
道すがら町の飲食店を覗くが、どの店も臨時休業であり、ちょっとしたゴーストタウンの雰囲気を醸し出している。
「アターシャ、早く戻った方が良さそうね」
「うん、私もそう思った」
こんなに大勢の人達が楽しみにしてくれてる。私達は町の人達にも色々良くしてもらっているから、皆んなの心に残るステージにしたい。それは責任と言うより使命に近いような気がする。
(町の人ほぼ全員集まってる感じだね。ファビ姉とアイリスさん二人じゃキツいかも、何とか私も手伝えたらいいけど)
「コン!」
「アターシャ余計なこと考えてるでしょ?町の人のためにも貴女は手品に集中するべきよ」
「そうだね、来てくれた人達に楽しんでもらわないとだね」
「そうよ、皆貴方の手品を見たいんだから」
私が分かりやすい性格なのかもしれないが、何かとアイリスさんは私の心を読んでくる。視野が広く、こういう気遣いが出来る女性は、やっぱりモテるのかもしれない。見習わなければと思わされる。
「着いたわ。ここが私達の家よ、あんまり大きくはないけど、幸せがたっぷり詰まった家よ」
確かに家自体は大きくはないが、家の前にある花壇には、色とりどりの花達が歓迎してくれてるみたいに、咲き乱れていた。
「綺麗!お花好きなんだねアイリスさん」
「それは旦那の趣味よ、最初は少しだけだったんだけど、気づけばこのとおりよ。買ってくるのはいいけど、世話ぐらいはしてほしいわ」
文句言ってるけど、丁寧にお世話されてる。この花達なら私の魔法にも応えてくれそうだ。
「アイリスさんの気持ちが花達に伝わってると思うよ。どの花も嬉しそうにしてるよ」
「魔法って凄いわね、そういうのも分かるんだ」
「ん?違うよ、アイリスさんが帰ってきた時から花の雰囲気が変わったんだ」
「ふーん、私には全然わかんないよ。ちょっと待っててアンジェリカの服とか持ってくるわ」
(私にしか分かんないのかな?)
「パチン」
指を鳴らすと、花達は音を奏でることはなかったが、ユラユラと揺れながら柔らかな甘い香りを放ち、家の周りを包んだ。
「お待たせ。って何か凄い花の香りがするわね。」
「フフ、いつもお世話してくれて、ありがとうだって」
「何かした?」
「フフ、内緒!早く戻らないと!」
今、私は魔法を使わなかった・・・
魔法なんか使わなくたって日頃から愛情注いで育てていたら、応えてくれるって事かもしれない。
急ぎ足で戻った私達は劇場の中へ入り、外の状況を説明する。話を聞いた皆んなは驚きながらも開演前の準備とステージの流れを今一度頭に叩き込み、ファビ姉の指示で動き出す。
「あらかじめドリンクの準備はしておいた方が良さそうね。アーシャ、ジョッキあと20個準備して」
「はーい」
「ルー、ピアノお願いね」
「アーチェとアイリスは注文とドリンクの受け渡しお願いね」
「皆準備はいいか?」
「OKよ!」
「アーシャ!幕を上げろ!」
「パチン!」
私の合図でいつものように幕が上がると長蛇の列を作っていた客達は、誰一人として文句など言わず開演をただ楽しみに待っていた。
(こんなに入るか?)
「待ってたぞー!」
「今日も盛り上げてくれよ!」
あちこちで歓声や応援の声が聞こえる中、ルーのテンポの良い曲に合わせ小さな劇場がオープンした。客は劇場に入ると、カウンターへと足を運んで行く。私達は客からの注文を受けると一人づつ挨拶しながらドリンクを渡す。
「いらっしゃいませ。今日は楽しんでいってね」
「ハハ、今日はアイリスもいるのか。町一番の美女なら三人にも負けねえな」
「フフ、バカ言ってないで受け取ったら早く席に着きなよ。」
「アターシャちゃん、いつものだ!」
「はーい!果実酒だね」
「今日は、最後の劇場だから席に着いても飲まないでね」
「おっ、なんだいそりゃ?」
「ハハハ、今は内緒!」
(何とか皆劇場に、入れそうね)
「アターシャ!始めるわよ。前説に行って大丈夫よ」
「はーい!ファビ姉行ってきます。」
(よし!早く着替えてステージに上がらなきゃ!)
カウンターの後ろを通り、裏で着替えるとステージの中央に立つ。正直言って緊張はしている・・・でも、この町での最後となるステージは、緊張より皆んなを楽しませてやるという意気込みの方が少し強い気がする。
ルーの弾く演奏が激しさを増すと、ステージの幕があがる。私は黄色い花をモチーフとしたドレスを身に纏いドレスの両裾を摘んで観客達に頭を下げる。
観客の温かい拍手と声援が飛び交う中前説が始まる。
「紳士淑女の皆様!今宵、劇場マジーア・スオーノにお越しいただきありがとうございます!今日で最後の公演となりますが、皆様に出会えた事と、この素敵な町で過ごせた事を、我ら劇団員感謝しております。今日は皆様に忘れられない夜をプレゼントしたい!その気持ちを胸に、僭越ながら私、アターシャ・モレッティが今宵の宴の火蓋を切らしていただきます。」
ステージ中央でクルリと一回転し何も持っていなかった手にジョッキを出現させると歓声が湧き起こる。
「おおーっ!」
歓声とともにジョッキを持ち上げ「今日という素晴らしい日に!カンパァーイ!」と宴の火蓋を切った。
「ルー!」ステージに、幕が降りると私は、ルーに駆け寄りハイタッチをした。
「パァン!」
「良かったぞアターシャ。ここからがアターシャの見せ場だ!頑張れ」
「うん!」
ステージ裏で衣装に着替え直し、ステージ中央に急いで戻ると大きく深呼吸する。
心音の大きさで、いつになく緊張しているのが分かる。何気なくカウンターの方を見ると姉様がアンジェリカを抱っこして、アンジェリカの小さな手を掴んで手を振っていた。緊張するのがバレてたみたいね、でもお陰様で緊張が和らいだよ。ありがとう姉様、アンジェリカ。
もう一度深呼吸するとさっきの心音は聞こえなくなっていた。これならヤれそうだ。ルーの顔を見て頷いて合図を送る。
「パチン!」演奏とともに幕が上がると、私に拍手の雨が降り注いだ。
降り注ぐ拍手の中、ルーの演奏に合わせ、「うん、うん」と頷き、足を開き、ルーの奏でるダンスリズムのオンカウントに合わせて、軽く体を沈めるようにリズムをとり始める。段々と速くなるルーの演奏に遅れないよう、身体を全力で動かしていく。次は足を細かく開いたり閉じたりとダンスを披露していく。
「パチン!」足でとっているリズムに合わせ指を鳴らすと、トランプが何処からか出現する。
「パチン、パチン」と鳴らす度に増えていくトランプを、被っていた帽子に入れていく。
全てのトランプを入れた帽子をひっくり返すと、帽子からは、薔薇の花束が出てくる仕掛けになっている。
「おおーっ!」
花束を観客席に投げると、受け取った人にウインクのプレゼントも添える。
「すげぇーぞアターシャ!」
歓声に応えるように手を振り、そのまま手と手を交差させ一枚のトランプを取り出す。そのトランプを人差し指と中指で挟むように持ち、観客の方へ投げ出した。
「うわっ!」
驚いた観客達の頭上をトランプが弧を描くように飛び回ると、自分の方へ戻ってくる。
それをキャッチして観客席の各方向へトランプを投げ、最後はステージ正面に真っ直ぐ投げ観客席上空に浮いてる風船に命中させる。
「パァン!」弾けた風船からは、「Grazie!」と書かれた垂れ幕が皆んなにお礼を言う。
「アターシャ!ブラボー!」
観客達の拍手と歓声の中ステージ上から、ゆっくりと幕が降ろされていく。
(よし!上手くいった!)
「姉様!次よろしくね!」
「フフフ」
姉様がすれ違い様に私の頭を撫でて、お客さんが待つステージへと向かっていった。何かいつもとは違う雰囲気を纏った姉様の体は、薄い光に包まれていた。
真っ白なドレスを着た姉様はステージ中央に立ち、右手を斜め上に上げ、その指先を寂しそうに見つめる。いつも見慣れているはずの姉様の優雅な佇まいは其処には無く、儚い一輪の花を思い浮かばせる。
(アーシャに感化されたな。アーチェに合わせてやるよ)
ステージの幕がゆっくりと上がりだすと、観客は姉様の姿を見るや否や、さきほどとは違う雰囲気に飲まれ、言葉を失いただ見惚れるだけしか出来ないでいた。
幕が上がりきると、ルーは静かに悲しげなメロディーを弾き始める。その旋律はまるで姉様が、すすり泣いているかのような印象を奏でる。
その曲に合わせ、舞い始めると観客達は、姉様に目を奪われてしまう。
徐々に緊張感が高まるメロディを弾いていくルーと、激しくも切なさが伝わる舞いで観客を釘付けにする姉様。二人の息の合った演劇に、私も見惚れてしまう。
(観てるアターシャ?これが私の本気よ)
二人の演劇がクライマックスを迎えると、感情が高ぶり切なさがよりいっそう観客達をうっとりさせる。
(姉様・・・こんなの見せられたら泣いちゃうよ)
曲が終盤に差し掛かると、舞いも緩やかになっていき、切なさだけが伝わる。最後はゆっくり消えいるかのように、床に跪き祈りを捧げる。
(姉様、身体の震えが止まらないし涙も止まらないよ)
演劇が終わると立ち上がり観客に一礼し、笑顔を見せると、客達はスタンディングオベーションを始めるのであった。
「まだよ?」と、その場でクルリと一回転すると、花弁がドレスから溢れ出す。もう一度回ると更に花弁が溢れ姉様を埋め尽くしていく。
花弁に埋もれた姿は、まるで絵画のように一枚の絵を作り上げた。
拍手の嵐の中、ルーの演奏とともに幕がゆっくりと降りて行くが、鳴り止まない拍手が私を震えさせた。
「姉様!」感動した私は走って姉様に飛びつく。
「コラ。まだ終わってないわよ?」
「だって、だって、あんなの初めて見たもん!」
「フフ、まだ見せた事のないヤツはあるわよ」
「今度見せてよ?」
照明の灯りを受けた彼女の姿は、神々しい光を纏った天女のようにも見えた。
「ルー、交代よ。最後は貴方のマジックで締めくくりましょう」
「ああ、たまには団長として、カッコいいとこ見せないとだな」
姉様が私にに感化されたように、ルーも静かに闘志を燃やしているみたいだ。
(ここはやっぱり原点回帰しなきゃな。俺のマジックが行き着く先はそこにある)
ルーの今宵の衣装は漆黒のスーツに漆黒の帽子。
(フフ、貴方がそれを着るとアーシャに出会う前の事を思い出すわ)
「いってらっしゃい」
「パァン!」
姉様に背中を叩かれステージ中央へと移動するルーの背中はいつもの、おちゃらけた感じはしない。
(ルーがカッコよく見える)
「アーシャ、彼の本気なんて滅多に見れる物じゃないわよ。目を離さないようにね。たぶん貴方に必要な事をマジックで見せてくれるはずよ」
(私に必要なこと?)
ピアノの合図で幕が上がると、ルーもポーズを決める。
「ようこそ!マジーアへ!私ルーカ・シモーネの手品とくとご覧あれ!」
挨拶と同時にルーは手を観客に向ける。
指を動かすと、白いボールが一個何処からともなく出現する。
更に動かすと2個、3個と増えていく。3個のボールを指の間に挟む。もう片方の手も同じように3個のボールを指の間に挟む。流れるような手つきで、順番を入れ替えると、ボールが指の間をクネクネと奇妙な動きをみせる。
1個でも習得するのに時間が掛かる技を、彼は両手同時に同じ動きをさせる。
(さすがルーだね・・・簡単にやってるけど私には出来る気がしないよ・・・)
奇妙な動きと卓越した技術に観客からは、どよめきが湧き上がる。
(まだまだだ!ここからだよ)
ボールが落ちないように、ゆっくりと手首を交差するように引っ付ける。
10本の指を扇状に構えると、まるで蛇が指の間をクネクネと動いているような錯覚に落ちいる。
「すげぇ、どうやってんだ?」
スピードを上げると、1個、また1個と数が減っていくボールを観客達は凝視するが、何がどうなっているか理解できず翻弄されてしまう。
全てのボールが消えると被っていた、シルクハットを取り一礼するが、ハットの中に消えたはずのボールが入っていた。
「ええーっ!いつの間に?」
ハットに入った3個のボールを取り出し、胸の前で右手に2つ、左手に1つのボールを持つ。右手のボールを一個、左手に投げ、それが落ちてくる前に左手のボールを右手に投げる。右手、左手と左手、右手へボールを交互に投げつづけていくルーの手技に、固唾を飲んで見護る観客。このカスケードという技は、慣れれば誰でも出来るが、さっきのボールが消えたり現れたりする手品を見た観客達は、簡単な技でも釘付けになってしまう。
観客達は、投げるスピードが速く気づいていないが、いつの間にか一個追加されている。
スピードを緩めると4個になっているのに気づき、またも観客からどよめきが湧く。
また、スピードを上げると次は1個づつ消えていく。
全て消えると観客達に一礼する。観客からは、驚きの拍手が生まれる。
(相変わらずの早技ね。種を知らなかったら私ですら分からないわよ)
「まだまだありますよ」と観客席に対して横をを向く。
肘を曲げ手を顔の前に置き「パチン」と指を鳴らすと先程のボールが一個現れる。
ボールを高く真上に投げ、落ちて来たボールを、包み込むように両手の掌で挟み込む。
「パァン!」ボールが潰されたような音が鳴り響くと、掌からは、スペードのエースのカードが出現する。
(いつものルーの手品だけど、何か違う!なんだろう?)
私のようにカードを観客席に投げ戻って来たのをキャッチすると、ハートのエースに切り替わっていた。
「ぜんぜんわかんねー、いつすり替えたんだ?」
もう一度投げるとクローバーのエースに変わる。
戻って来たカードに魔法を掛けるように「パチン」とカードの端を指で弾くと、一枚数が増える。「パチンパチン」と弾くとルーの手には合計4枚のカードが出現した。
カードを観客に見せると、「これで最後だ」という。
カードを四枚、ステージ端へ次々と投げて行くと、今度は戻って来ず、4枚のカードは空中で大きな円を描くように回っていた。
「ええーっ!どうなってんだ?」
「スゥーッ」大きく息を吸い込み、「フッ!」とトランプに息を吹きかけると、トランプに火が点き燃えながら回りだす。
「おおーっ!」
「パチン」指を鳴らすと、炎を纏っていたトランプは忽然とその姿を消したのであった。
最後にシルクハットを被り直し、ステージ中央に戻ったルーは、帽子を取り深々と一礼する。
(おまけだよ)シルクハットから、真っ白な鳩が2羽飛び立つと、観客席から盛大な拍手と歓声が、ステージに向けられた。
拍手を受けたルーは、私の方を見てニコッと笑うが、その笑顔の意味が分からず、ただ彼の手品に魅了されただけだった。
(フフ、アーシャにはまだ理解出来なかったみたいね)
ステージの幕が降りたルーは私に駆け寄り「最後の挨拶もよろしくな」と頭をポンポンと叩きステージを降りてカウンターへと戻っていった。
(ルーが伝えたかった事ぜんぜん分からなかった。何かいつもと違う感じがしただけだった・・・)
「アーシャ、最後の挨拶しっかりね」
「わかった!」
(分からない事、考え込んでても仕方ないね。今は自分の出来る事を精一杯やろ!)
ステージ中央に行き頭を下げると、幕がゆっくりと上がり私の挨拶で締めくくりを迎える。
「今宵の宴は楽しんで頂けましたでしょうか」
「最高のステージだったぞ!」
「フフ、ありがとうございます」
「この町に来て、沢山の人に出会い、そして色々な経験をさせてもらえた事を嬉しく感じています。また、この町に、そして素敵な皆様に会いに来ます。だから、さよならは言いません!新しい旅に行って来ます!」
「おう!いつでも帰ってこいよー」
「はい!」
「マジーア・スオーノ、一同感謝しております。またシルミーネに必ず戻ってきます。皆様お元気で!」
「パチパチパチパチ」
鳴り止まない拍手を浴びながらステージは幕を降ろし宴は終わりを告げた。
(はぁ、緊張した。ちゃんと出来たかな?)
「アーシャご苦労様、良かったわよ」
「姉様!」
(アレ、何かホッとしたら涙が出て来た)
「フフ。こっち来なさい」
溢れ出てくる涙をハンカチで拭いてくれた姉様は「アーシャのおかげで素敵なステージが出来たわ。ありがとう」と頭をポンポンと撫でるように褒めてくれた。
「皆の所行って来なさい、待ってるわよ」
「うん!」
ステージを駆け降り真っ直ぐにカウンターへ向かう。
「アンジェリカ!」
(そっちかよ・・・)三人は心の中で冷めた視線をアターシャに向けるが、アンジェリカの笑顔がバリアを張るように、アターシャを包み込んでいる。
(俺達の冷めた視線が、ぜんぜん届いてない!あそこだけ聖域か?)
「パシッ!」
「馬鹿な事考えてないで接客する!」
姉様が、三人の頭を次々と叩いて彼らの目を覚まして行くと、それを見たアンジェリカが「キャッキャ」と笑う。
「アンジェリカが喜んでるから、もう一発叩いていいかしら?」
「ダメ!!」
「はっはっは!手品の後は喜劇でもするのか?」
客の煽りも楽しく感じるほど、今日の宴は彼等や村人達の心に安らぎを与えたのであった。




