少女のPrelude
風を指揮し、草花と共に踊る不思議な力を持つ少女、アターシャ。しかし、人々はその力を巧妙な「手品」と信じ、彼女は小さな移動劇団の前座として、その正体を隠して暮らしていた。彼女の正体は、世界に数えるほどしかいない貴重な魔法使い。面倒ごとを避け、「探し人」を見つけるという目的のため、仲間と共に旅を続けているのだ。
「いつか、この魔法の力でみんなを心から笑顔にしたい!そして、魔法使いたちの楽園『エデン』で思いっきり踊るんだ!」
そう心に誓いながらも、今はまだ泣きじゃくる赤子をあやすために、こっそりと魔法を使う日々。そんな平穏な町での暮らしに、ある日変化が訪れる。長年追い求めてきた「探し人」の仄かな手がかりと、同時に彼女の力を嗅ぎつけたかのような不穏な影が、静かに忍び寄り始めていた。
果たして彼女は、大切な仲間と魔法の秘密を守り抜き、楽園へとたどり着けるのか。「探し人」の正体とは? 小さなマジシャンの、希望と秘密に満ちた旅が、今、幕を開ける。
円盤状の草原の中央に、腰まで長く伸びた髪を後ろで一つに束ねた一人の少女が佇んでいた。
身に纏う服は、女性騎士の礼装に近しい物を着ていたが、装飾で煌びやかに施されている。
フワッとした暖かい風に乗って流れてくる青くさい匂いと、ほのかに薫る甘い花の匂い。
二つが混ざり合った匂いを小さな鼻で嗅ぎながら、少女は静かに目を瞑って草花達に話し掛ける。
(皆よろしくね、今日は何か踊れる気がする)
少女はポケットから、徐ろに取り出したタクトを右手に握りしめ、指揮者が自分の気持ちを演奏者達に伝えるように、タクトを大きく振り上げた。
そのまま重力に導かれるように、勢いよくタクトを下に振ると、風がタクトに合わせるように舞いだす。
(フフフ良い風)
その風を身に浴びた草花達が擦れ合う音は、奇妙にも弦楽器を弓で擦る時に奏でられる、低くも柔らかい音を奏でていた。
葉擦れの音が少女の耳に届くと、少女は綿毛に乗るように軽やかなステップを踏みながらタクトを振り回す。
(行くよ!付いて来てね)
上下左右に振られるタクトの間隔が徐々に短くなると、風も小刻みに揺れ、草花達を刺激する。
(ハハハ柔らかくて良い風)
刺激された草花達は、擦れる強さを変え低音から高音へと短音階を形成していく。
少女の振るうタクトがスピードを落とすと、風も緩やかに流れ、草花達の奏でる音も、短音階から長音階へと変わり、開放的な空間を作り出す。
リズムに乗ってきた草花達を肌で感じると、少女は嬉しくなり自然と顔が綻んでいく。
少女はタクトを前に突き出し、その場でクルクルと回転し始める。少女を中心に風と草花達が包み込むように回り出した。回転速度を徐々に落としていくと少女を包み込んだ草花達が、花が開くように広がっていった。
少女の魔法と草花達の共演は、円盤状の草原に一輪の花を咲かせたのである。
回転を終えた少女は、持っていたタクトをポケットにしまい込む。右手を胸に当て丁寧に頭を下げ一礼をする。
少女は閉じていた目をゆっくりと開き「出来た」と小さく呟くと、魔法が解け草原も元の姿へと戻っていた。
演奏を終えた少女は「ありがとう」と風と草花達に挨拶をして、草原というステージを後にした。
私はアターシャ・モレッティ。年齢は一八歳。身長はさほど高くはないけど、目は丸く整った顔立ちで、童顔だと劇団の人達には言われる。
実は、世界に数人程しかいない魔法使いなんだけど、バレると面倒ごとに巻き込まれるから、素性は隠している。
あの草原の子達(草花)良い子ばっかりだったな、私の魔法にちゃんと合わせて踊ってくれた。エデンっていう魔法使いの為の楽園があるらしいけど、私達は其処を目指して旅をしている。いつしか其処でも踊ってみたいな。
って感情に浸ってる場合じゃないわね。早く劇場に戻らなきゃ。馬の世話もまだ終わってないし姉様達に怒られちゃう。
この広大な国の最南端に位置するシルミーネという小さな田舎町に私達の劇場はある。
まぁ「ある」とは言ったけど、劇場は移動型で、この町には探し人を求めて旅をしてきている。
劇場では、劇団員がステージ上で手品やダンス等を披露している。
この町の娯楽施設といえば酒場のビリヤードぐらいしかなくて、この町に私達が来た時、町長が町の活性化になりそうだと、快く受け入れてくれた。
町は、小麦畑が覆うような自然の多い町で、結構居心地がよくて長居させてもらっているのが現状かな。
「おかえりアターシャ」
長居させもらってるだけあって、町中では有名人?な私達は、色んな人達に声を掛けられる。
そんな気の良い、町の人達に「ただいま」と手を振り笑顔を振り撒いているけど、私は劇場の花形なんて凄い人じゃない。
ぶっちゃけ、私は単なる前座。
でもね、愛嬌の良さで町の人達からは愛されてると思う。ってうか思わせて!でないと泣くよ?
「アターシャ待ってたよ」
乳母車に赤子を乗せた一人の女性が、私の姿を見つけると困った顔で近づいてきた。
「どうしたの?」
どうやら女性は、赤子が泣き止まないの私に助けてもらいたかったようだ。私は二つ返事で引き受ける。こういう所が愛される秘訣とでもいうのだろうが、その事に関して私は無自覚なのである。
「任せて!」人助け、人助け!
快く引き受けると赤子の目の前に手を出し、親指と中指の指先を合わせ勢いよく指を弾く。
「パチン!」
弾いた指先から奏でられる音はピアノの「ファ」の音によく似ていて、それに驚いた赤子は泣くのを止め、差し出された指をジッと見つめている。
(フフフ、ビックリした?)
もう一度、指先を合わせ「パチン」と弾くと次は「ソ」の音を奏でた。連続で指を弾くと一つの曲が生まれる。
その曲が楽しかったのか、赤子の泣き顔は自然と笑顔へと変わっていた。そんな笑顔を見たら私も嬉しくなる。
「はい、おしまーい!」
「ツンツン」ヤバ、めっちゃほっぺ柔らかいんだけど!
(でも、今の魔法は特別だからね。内緒よ)
「ありがとうアターシャ。その手品凄いわね、練習しても、そんな音出ないわよ」
「ハハ、これでも一応マジシャンの端くれだからねー。また劇場に足運んでね」
「うん、また行くよ。ありがとう」
私は胸に手を当て、一つのパフォーマンスが終わった時のように、頭を下げ劇場へと帰って行った。




