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第63話 ノットペシミスティック-1-


「さぁ! それでは人払いもしましたし情報共有(ミーティング)を始めますわよ! 表題は茅峨の実情と今後、その対応についてですわ!」


「なんでこの人こんな元気なの……?」

「きゅ、休憩してご飯も食べたからかな」


 レイヴフォードが去り、暫しの休息後……

 朋斗がアルルザークから戻ってきてからの屋敷の一室。


 やや遅めの夕食をとったのち、長テーブルを挟んでクリストファー、向かいには茅峨と朋斗が座っている。リィは部屋で留守番だ。


 夕食に着く前に茅峨は少女然とした身なりにし直しつつ、クリストファーにだけはミヨではなく茅峨だと名を改めた。


 食事を囲んでいる最中、茅峨は何か言われるのではないかと気もそぞろだったがその時は何事もなく、食後に三人で部屋に留まってからのこれである。


 どうやら雨は上がったらしく窓の外は静かなもので、クリストファーの溌剌とした声がよく通る。


「俺の話の前に……クリストファー様。依頼、ちゃんと出来なくてごめんなさい……」

 眉尻を落としぺこりと下げた茅峨の頭はしおしおとしていた。


「依頼って……ああ、わたくしの護衛のこと」

「ドレスも切られちまったし、あんたを危ない目に合わせただろ。だから……すみませんでした」


 朋斗が謝ってくるのは珍しい。ミヨ……茅峨は、最初から素直さはあったが。


「……そうなんですのよね。目的の睡眠薬の(こけ)、バタバタしてて採れませんでしたし!!」

 今思い出したとばかりに目をぎゅっとつむったクリストファーは拳を握りしめた。


「ほんとにすみません……なので、これはお返しさせてください……!」


 茅峨は依頼料の書かれた小さな羊皮紙をテーブルの上に差し出す。

 それを手にしたクリストファーは羊皮紙を暫く見つめ、頷いた。


「……わたくしも、護られる者として後ろで大人しくしていなかったのも悪いですわ」


 それは少しある、と朋斗は言いそうになったが、ややこしくなるのでこらえた。


「でも、この返還は受け取っておきます。仮にも最高ランクに依頼した成果としてはグダグダでしたものね?」

 少し意地悪そうに口角を上げられ、朋斗は気が弱ったように目線を逸らす。

「それはまじで耳が痛ぇ……治療の手間賃とかドレスの弁償あるなら言ってくれよ」


「そんな所まで請求しませんわよ。色々ありましたがこうして無事なのだし……」

 そう言いながらも、クリストファーは何故か自嘲気味だった。


 ……なんとなく茅峨はその様子が気になったが、一旦それは置いて隣の朋斗と目を合わせる。


「で、では、俺のこと説明するね。クリストファー様は俺が指名手配されてるって知ってるんだよね?」


「ええ。青い髪の男の子……名前までは覚えてませんでしたけど、先日わたくしの端末で報道を見ましたわ。率直に、隠れて逃げているのは本人だから? それとも濡れ衣だからですの?」


 赤い瞳に見据えられて、茅峨は少しだけ身がすくむ。

 だが食事の前に朋斗とも擦り合わせをして、彼女にはきちんと話そうと決めていた。

 取り繕って嘘をついても疑惑は残るだろうし、下手に通報されたら元も子もない。


「あの、」

 そこで口を開きかけた茅峨だったが、クリストファーが手のひらで静止した。


「報道にある村人を刺して放火したのは、さっきまで表に出ていたあのセレキという子の振る舞いでは?」

「え……?」


「貴方は自分はやっていないと証明する為にこうして変装してまで逃げている、という状況かとわたくしは疑ったのですけれど」


 茅峨は目を丸くして、少し声が跳ねた。

「う、うん……そんな感じ、だけど……」


 セレキをどうにかしたいと思っていた。

 それが自分の潔白の証明へ繋がるのなら最上なのだが……


「なに、クリストファーってもっと頭固い気がしてた」

「様子を見ていればそれなりに想像がつきますわ。……濁さずに言いますが、記憶を共有していない別人格の存在……大方、極度の鬱積(うっせき)から来る人格解離性の症状でしょう。それ、同一人物であることには変わりないと判定されますわよ」


 はっきりと告げられ茅峨はやや目を伏せる。

 自分達は同じだと、セレキにも散々言われたのだ。


「そうなる、よね……」

「なんで? あんなに性格も考え方も違うのに」


 朋斗の否定を含む疑問に、クリストファーは手にしていた扇子をパチリと鳴らした。


「自分を守る為の人格を作る……無意識としても作る号令を出したのは本人自身でしょう? つまり茅峨の中には“セレキ”の発想があったということですわ」


 茅峨は膝の上に置いていた自らの両手を握り込む。


「……俺は、」

「そうか?」


 自分の気持ちを言おうとしたが今度は朋斗に遮られてしまい、茅峨は慌てて顔を上げる。


 クリストファーが怪訝そうに眉を寄せた。

「そうかって、他に考えようがありませんわよ」


「セレキがヤバいってのは俺も感じた。おどけてて誤魔化されるけど、あいつ、生き物が死ぬどうこうの境界がすげえ薄い奴だと思うんだよな」


 ……それにはクリストファーも同意する。

 洞窟で仔蟹を全て内側から破裂させたことや、未族の男の腕を迷いなく吹き飛ばしたことが思い出された。


「けどさ、クリストファーから見てこの状態の茅峨ってどうだよ」

「どうって……」


 改めて茅峨を見やる。

 態度も口調も年相応の、地毛が青色という以外は至って普通の少年に思える。

 少女の風貌にしているとはいえ、対面した時の印象から今も変わりはない。


 しかし……


「……わたくしはまだ茅峨をよく知らない。茅峨が内面でセレキのような腹積りをしていない、なんて言いきれませんわ。朋斗は付き合いが長いのかもしれないですが……」

「いや、この間会ったばっかり」

「そ、それでよくこの子に寄り添えますわね」


 二人の問答に戸惑いながら隣に座る茅峨を、朋斗はちらりと見て少し思案する。


「なんつーか想像だけど、その鬱積?してる奴って、もっと対策が内向きなんじゃねえのかなって」

「内向き……?」

 茅峨はぽつりと声を漏らした。


「そう。嫌なことを茅峨の代わりに受けてくれるのが、たぶん別人格を作るメリットだろ? けどセレキって、嫌なことはぶちのめすみたいな奴じゃん」


「茅峨の嫌なこと?」

「村での……まぁ、色々」

 朋斗は言葉をぼかしたが、クリストファーはそれとなく茅峨の立ち位置を察したようだった。


「……嫌なことを跳ね返してくれるような、主人格と正反対の人格を作ったのでは?」

「まぁそれもあるけど、それってすぐに形成されんのか? つか、茅峨ってそもそも嫌だとか思ってな……」


「……待って」

 テーブルを見つめたまま茅峨は目を丸くする。

 “すぐに形成されるのかどうか”。


「……俺が前にセレキと話した時、確か……」

 なんと言っていただろうか。思い出せ。



『あのなぁ、俺様はおまえを助けてやったんだぞ?』

『助ける……?』

『嘘だろそこ察し悪いとかある? あのままじゃお前は村の奴らに死ぬまでいいようにされてた。一生理不尽なサンドバッグで良かったのかよ?』



「……セレキは俺が村でどんなだったかを充分わかってた。でもセレキが俺の体乗っ取って動いたのは大火事の……報道された事件の時が初めてだと思う。もしその前から俺の体を使って何かしてたら、村のどこかに影響があったと思うから……」


 クリストファーが口元に扇子を当てて少し眉を寄せた。


「つまり、茅峨の中にいたセレキは茅峨の状況を把握していたのに、暫く何もせずに傍観していた……? あんなに苛烈で思い立ったら即行動な性格をしているのに?」


 妙なタイムラグがある気がする。


「……てことはさ。茅峨は自分と違う誰かを作ったけど、そいつがセレキとして時間かけて勝手に育った可能性あるじゃん。茅峨は嫌だと感じなかったことも、そいつは感じたのかも」


「…………俺からもうひとつ人格が出来て、それがだんだんと村が嫌だと思ってセレキの性格になって、だからあんなことを?」


 暗闇で話した記憶を掘り起こす。

 あの時、茅峨が聞いてもいないことをセレキは流暢に話し出した。


『なんですぐ俺様が表に出てこなかったかって? そりゃ最初はテメェの中で軽い澱みみてぇなモンだった。それがクソな奴らとの毎日に少しずつ大きく膨らんで、やっとテメェのカラダを俺様が動かせるようになったんだぜ』


 ――澱みが大きく膨らんで、というのがセレキ個人の気持ちなのだとしたら、辻褄は合ってる気がする。

 ただなんとなくまだなにか、見落としがあるような……



 茅峨は自分の中のセレキの気配を探ってみたが、未だ眠っているのかそれとも己の感情を見せないようにしているのか、上手く感じ取れない。


 しかしセレキの生まれた流れがこの予想で合っているのならば。

 口を結んで隣の朋斗と目を合わせると、朋斗もひとまず同じ考えのようだった。


「……なぁクリストファー、茅峨から分裂した人格が勝手にセレキになって事件起こしたんなら、茅峨本人は犯人じゃない……ってことにならない?」

 そう言われ、クリストファーは腕を組み表情を硬くする。


「それは……どうでしょう。そうであっても元々の発端は、別個に人格を作ってしまった茅峨自身なのでは?」

「それ言ったら茅峨のメンタル追い詰めた村のせいじゃんか」

 二人のやや厳しい口調に、茅峨はクリストファーと朋斗を交互に見て少し震える。

「あ、あの……」


「もし捕まったらその辺りは直接裁判ですわよ。クレオリアは犯罪者を問答無用で牢に入れることはしませんが、実際に加害はしていますから」

「ん……? てか精神的に分裂したのが村のせいだっつっても、村人みんな死んでたら茅峨が村でどういう扱いだったか証言する人居なくね!?」

「村人みんな死んでるんですの!?」


 クリストファーが勢いよく茅峨を見たので、思わず口を開いたり閉じたりする。


「あ、っと、い、生きてる人もいる……っけど俺のことを村でどうだったかなんて話してくれない、と思う……」

「いっそセレキを茅峨の心と統合して、元に戻ったからもう脅威がない、みたいにならないかしら?」

 茅峨が最初に考えていた、精神分裂の症状であるなら治療がしたい、というそれである。

 だが……


「いやその証明こそ難易度ハードすぎるしセレキの罪はどこ行くんだよ。分裂治しても主人格の茅峨が捕まるなら、もう引き剥がす一択じゃね!?」

「茅峨はどう思うんですの!?」


 テンションが上がってきた二人に勢いよく見つめられ、茅峨はたじたじとなりながらもなんとか二人を見据えて口を開いた。





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