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第62話 雨音



「いてて……」

「わ、悪い茅峨、つい蹴っちまったけど……おまえ茅峨だよな……!?」


 床でひっくり返ってる青い髪の少年に駆け寄ると、彼は目を擦りながらしぱしぱとまばたきさせていた。


「う、うん。えっと、ここってクリストファー様の屋敷だよね? 俺なんでここにっていうか、気絶……してたよね……!?」


 目が覚めたらすぐ傍に朋斗が居て、クリストファーがなにやら知らない男と話していて、突然朋斗に蹴られ、今に至る。

 確か巨大な蟹に吹き飛ばされてそこから記憶がない。

 なのに別の場所にいる、ということは恐らく……そういうことだ。


「と、朋斗、俺」


 記憶の無い経過事項を一瞬で想像し、顔から半ば血の気が引く。

 茅峨が床にへたり込んだままでいると、しゃがんだ朋斗に両肩を掴まれた。

 朋斗は心労を肩に背負ったオーラで項垂れる。


「はあぁぁ……悪いこと言わねえ、一生茅峨でいてくれ……」

「や、やっぱりアイツ出てきてたよね!?」


 本当に茅峨に戻っていると分かったのか、朋斗は安堵するように苦笑した。


「だ……大丈夫!? 怪我させられてない!? 俺……アイツ、酷いことしなかった……!?」


 大慌てで朋斗の様子を伺うが、身体に目立った怪我は無いようだ。

 朋斗はセレキが、あの未族の男の片腕を吹っ飛ばしていたのを思い出したが、苦虫を噛み潰したような顔で口をつぐむ。


「……まぁ、なんつーか、色々あって、今ココ」

「ぜ、全然分かんないよ……!!」


 ひとまず朋斗は茅峨をソファーに座らせ、セレキが蟹や未族の男を退散させたことと、それから屋敷に戻って傷の治療をし今は体力回復の為休んでいること、クリストファーが貴族の男と話していたが事情はよく分からないことを説明した。


「あーあのさ……」

 朋斗が大きく息を吐きながら頭を掻く。


「俺、役に立たなかったよな……まじでごめん。戦闘だったら経験値一番あるのに」


 顔色がしょんぼりしている朋斗の発言に茅峨は驚いた。


「え! 謝ることなんて……朋斗は強いよ!? 俺の方が何も出来てなくて、気絶までしたし」

 結局事態を収束させたのはセレキのようだし、それはそれで複雑な気持ちである。


「それに俺、もし朋斗が居なかったらもっと怖がってたと思う」

 茅峨の言葉を噛み砕けず、朋斗は少し首を傾げる。

「そうかぁ? おまえ元々かなり肝座ってると思うけど」


「……レッドクラブも、その前の大きなゴーストもすごくびっくりしたんだ。けど俺独りじゃなかったから、頑張れたというか……」


 戦闘は不慣れだし、自分が傷つくことはどうであれ巨大なモンスターは率直に怖いし、どう対処していいかも分からない。

 けどちゃんと立ってロッドを構えられた。


「朋斗と一緒だと心強いから……その、謝らないでほしい……」


 茅峨はしどろもどろになりながら両手を振るが、朋斗はそれでも微妙に腑に落ちて無さそうだった。


「心強くても、おまえもクリストファーももっと守れたはずなんだよなぁ……」

「朋斗、俺が足手まといにならないように、ちゃんと強くなれるように頑張るから、気にしないで……!」

「えぇ? てか気にしないでっていう問題なのか……?」

「それにクリストファー様も守られてばっかりみたいなひとじゃないと思うんだ」

「あーそれは」

 ……まぁ確かに、と思う。

 貴族令嬢だというのにゴーストの時も前線に出ようとしていたし、持ち前のあの気丈さである。


「……おまえら、励まし方全然違うのな」

「?」


 きょとんとしている茅峨を見ながら、少し笑う。


「まぁでも俺がパーティ戦下手だったことに変わりねえから、これからの立ち回り考えとくわ」

「……」

 その言葉に茅峨はやや目を見開いた。


「……これからの、って……朋斗。セレキと会話、したんだよね?」

「したけど? あいつもー全然意味分からん、変なことで爆笑しだすし。あと謎の上から目線な!」


 多少苛立ちつつもやれやれと肩を落とす朋斗を見て茅峨は唖然とする。

 あのセレキと話して、たぶん蟹や未族の男にも容赦が無かった様子も見ただろうに。


(それでも嫌だとか警士に突き出すんじゃなくて、これからのこと考えてくれるんだ……)


 朋斗に対して本当は申し訳無さが先に立つべきなのかもしれないが、どうしても言葉にならなくなってしまった。


「……朋斗って優しすぎるから、詐欺とかに遭わないでほしい……」

「急になんだよ……!? つかさぁ気になったんだけど、セレキっていくつ?」


 ……いくつ?


「……え!? それって、年齢の話?」

「そう。おまえの別人格なんだろ? 詳しくはねえけどそういうのって、年齢も性別も本人とは違ったりするんじゃねえの」

「…………」


 茅峨は口をあんぐりと開ける。

 考えたこともなかった。自分の中に現れたものだし、以前暗闇の中で対話した時も自分と全く同じ外見だったから、そういうものだと疑ってもなかった。


「どっどうかな、俺は俺と同じだと思ってたけど……! どうしてそう思ったの?」

「いや、なんかすげぇ上から話してくんだよあいつ。ちょっと達観してるし……だから微妙に年上ポジなのかなって」

「…………そ、うかな……?」


 茅峨自身は年齢が上だとかを感じたことは無く戸惑ってしまう。

 あれは我が儘というか自分勝手というか……俺様だし、セレキという名も確か小難しい漢字表記設定だった気がするし。

 けれど確かに達観した空気感、というのはなんだか分かる。


「年上だったらちょっと、だいぶ、嫌だなぁ……」

 うぅん、と悩みながら呟いた。


「まぁ自分の中に無茶苦茶する年上がいたら嫌だよな……」


 先程から降っている雨音が、少し強まった気がする。



「茅峨、俺ちょっと出てくるからおまえはもう少し休んどけよ。まだあんまし顔色良くねえし」

「え……どこか行くの?」

「依頼のスミレ石、サイモンさんとこに届けようと思って。早い方がいいだろ」


 そういえば色々あって忘れかけていた。巨大なゴーストも討伐したので、スミレ石は既に他の冒険者達も手に取っていそうだ。


 茅峨は主人格に戻ったとはいえ体の重さや眠気はまだ残っていて、素直に休めることは有り難かったが……


「い、いいの? 朋斗も疲れてるんじゃ」

「これくらいなら平気。あぁ、おまえ今変装してねえからクリストファー以外には注意しとけよ。部屋の前でリィ見張らせとくから」


 部屋の隅にいたリィはいつの間に起きたのか、軽く部屋を駆け回り朋斗が開けた扉の隙間から廊下に出る。


「休んだらクリストファーに茅峨の話もしないとな。未族の奴とか、あの辺のことも整理しようぜ」

「……うん、そうだね」


 朋斗は「ちゃんと休めよ」と軽くジェスチャーして、部屋から出て行った。



 小粒だった雨は少し大きくなり、窓ガラスを叩いている。



「…………ふう」


 独りになった部屋で茅峨はソファーに深く沈み込んだ。


 気絶していた時に自分が……セレキが何をして何を話していたかは分からない。


 ただ……アスハの夢を見た。


 それは自分の面倒を見てくれた時のアスハだったし、血塗れのアスハでもあった。


 面会が出来なかったことを思い出す。


「嫌われた……どころじゃない次元だって、分かってる、けど……」


 朋斗の気遣いはとても嬉しくて、同時にそれならばアスハも自分のことを受けとめてくれるのでは、と考えがよぎってしまった。


(朋斗とアスハは違う……朋斗に失礼だし、それにアスハに許されようなんて、そんなの)


 『――お前の真意を明確にしておけ』


 不意に別れ際の嘉神の言葉を思い出し息を呑む。


 『茅峨が絶対に人を殺めたりしていないという意思を曲げない限り、セレキとお前は別者なのだから』


「俺の、真意……」


 村に居た時は自分のことに頓着が無かった。

 待遇が厳しくてもそれが普通だと思っていたし、何か間違いがあって自分が死んでも構わなかった。


 村人のことを恨んだことはない。その発想がなかった。

 ただ……この先、生きていたいとも思ってなかった。



「だけど、アスハとは……ちゃんと話したい」


 アスハには助けられたことがある。

 覚えていること以上に、たぶんきっと何度も。


 その時自分は、どう感じていたのだったか。


「…………」



 ソファの傍に置かれていた自分の鞄が目に留まった。

 ワンショルダーの鞄の内ポケットには、リディアから貰った名刺(プレート)が入っている。


(リディアもあの報道はきっと見てるだろうな……) 


 自分のことを信用してくれたのに、それを仇で返すようなことになってしまった。


 テーブルの上には白茶色のウィッグと花のバレッタ。花の部分が少し欠けている。


(岩に当たった時かな……でも壊れてなくて良かった)



 目を伏せるととめどない雨音が耳に入ってくる。


(セレキは……たぶん、寝てるよね)


 自分の体力と共有しているので、同じ体感なら恐らくセレキは今かなり深く寝入っているだろう。


 雨のせいで外に出られない、という錯覚は、外界との遮断を肯定する。


 そんなわずかに隔たれた空間を感じながら、茅峨も少しだけ眠りに落ちた。







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