攻防戦の行方
マーガレットはゴーマンを見て「大丈夫ですよ、殿下」という表情で頷いている。そこはさすがヒロイン、凛としていると思う。だがゴーマンの方は顔色がすこぶる悪い。でも……そうなるのも仕方ないと言える。散々な、浮気の証拠を王太后にあげられてしまったのだから。むしろ、浮気相手として名指しされているのに、堂々としているマーガレットは……でもそれがヒロインよね。私だって前世でゲームをプレイして、ヒロインを動かしている時は、どんな逆境にさらされようと、立ち向かったもの。
「王太后様、学園に入学し、ゴーマン殿下と知り合った時。まさか殿下とお互いに慕い合う関係になるとは、思ってもいませんでした。殿下に婚約者がいらっしゃることは、重々承知しています。ただ、殿下はご自身の寂しい胸の内を、明かされたのです」
ゴーマンを見ると、俯き、ホールの床を眺めている。
寂しい胸の内、って何なのかしら?
「スチュワート伯爵令嬢は、大変勤勉なお方。そこはとても尊敬するべきことと、思います。ですが殿下は、寂しかったのです。スチュワート伯爵令嬢が、ご自身の相手をしてくれないことを。お二人の間に愛はなく、あくまで政略結婚。スチュワート伯爵令嬢が目指すのは、王子の妃。『僕の心にはぽっかり穴が空いていた。その穴を埋めてくれたのは、マーガレットなのだよ』と言われたのです」
つまり、ゴーマンは私に想いを寄せているが、私は彼に対してけんもほろろだった。相手にされず、そして私が狙うは王子の妃という地位。そんな悪女と婚約しており、結婚するしかない。心は寂しく穴が空き、それを埋めることができるのは、マーガレットだった……というのがゴーマンの言い分。それをマーガレットは信じたのだ!
これには穴が空くほどゴーマンを見てしまう。
この大ウソつきと叫びたくなっていた。
確かに悪役令嬢キャメロンとゴーマンの婚約は政略結婚だ。
王宮に私がやってきて、数年経つと、ゴーマンもハッキリとキャメロンに言っている。
――「僕が第一王子で、王太子だったら、隣国の姫君や公爵家の令嬢と婚約していた。でも僕は第二王子だから。第二王子の僕が、有力な貴族と婚約すると、兄上の立場を脅かしかねない。だから格落ちする伯爵家の令嬢と婚約したんだ。でも仕方ない。王族に自由な恋愛なんて無理なんだ。せいぜい僕の婚約者として相応しくあってくれよ。兄上の婚約者と比較され、君が劣っていたら、僕の恥にもなる」
ゴーマンは第二王子で王族なのだ。その彼から見たら、伯爵家なんて格下。婚約者として本来は考えたくなかった――というのも仕方ない。それにいずれ登場するヒロインにより、ゴーマンが攻略される可能性もあった。
ゴーマンから優しくされ、好きになってしまったとする。でも彼がヒロインに心変わりして、ハートブレイクした上に婚約破棄され、断罪されたら……。とてもキツイ。立ち直れない! よってゴーマンから「せいぜい僕の婚約者として相応しくあってくれよ」と言われても、気にすることなく、妃教育に邁進したのだ。
私が妃教育に集中するのを見て、ゴーマンは安心していた。政略結婚を踏まえた婚約なのに、恋人のようなことを私が求めたら、面倒だと思っていたのだろう。例えば私が頻繁に、散歩を求めたり、観劇に連れて行くよう要求したり、夜な夜な舞踏会にエスコートしろと言ったら、ゴーマンとしては「勘弁してくれよ」だったと思う。でも私は妃教育に集中し、最低限のことしか、ゴーマンとはしていなかった。
例えばお互いの誕生日を祝って過ごす、婚約記念日にはディナーを一緒にする、公務として出席する必要があるイベントに、ゴーマンにエスコートされ向かうなどだ。
それらについてゴーマンが「これでは足りない。もっと会う時間を増やそう。デートの回数を増やさないか」と言うことはなかった。むしろ、ヒロインであるマーガレットと出会った後は、私との必要最低限のイベントさえさぼるようになり……。マーガレットと過ごしていたのだ。
つまり、ゴーマンが私に相手にされず寂しかった――なんて事実はない! マーガレットのハートを射止めようと、ゴーマンがでっち上げた嘘に違いなかった。
「美しい話ね」
王太后の言葉に、ビクッと体が反応してしまう。
これまで、王太后はゴーマンを追い詰める発言をしていた。続いてマーガレットにも噛みついたと思った王太后が、攻撃の手を緩めるのかと思い、体が反応している。
所詮、ヒロインであるマーガレットには敵わない……。